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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第七章 荒廃する世界

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荒廃する世界 

また、これより先のエピソードの内容をより理解するために事前にシリーズ内にある別作品「アグリニオン戦記外伝Ⅰ」を読むことを推奨します。

 多くの兵を魔族領に送り込み、あらたな土地を領土として手にしたブリターニャ、フランベーニュ、それにアリターナという三つの大国でその兆候が現れ始めたのは、実をいえばそれほど古いことではなかった。


 順を追って話そう。


 別の世界の人間と同じようにこの世界に住む人間もまた常に戦いをおこなっていた。


 もちろん人間を道具程度にしか思っていない魔族との戦いは、自らの生き残りや尊厳のためにやむを得ない、いや、むしろ当然のものといえるものであった。

 だが、それだけに留まらず、領地争いを主要因とした同族同士の戦いを、魔族との戦いのさなかに起こしていたのはいただけない。


「今さら言ってもどうにもならないのだが、よりによって魔族との戦いにケリがつく前になぜそれを始めたのか。こういうのを見ると、『人間の歴史は戦争の歴史』というあの格言が正しかったことを実感する。それどころか、人間は戦い抜きでは生きられない生物なのではないかとさえ思えてくる」


 別の世界からこの世界に流され、その手腕によって人間同士の戦いを一時的という形で休戦に導いたあるアリターナ人の男が皮肉交じりそう呟くように。


 そして、その戦いであるが、この世界の戦闘スタイルは戦う相手や戦場が変わってもほぼすべてが白兵戦と決まっている。

 つまり、相手よりも多くの兵を揃えることが勝利への近道となる。

 当然徴兵がおこなわれるわけなのだが、その対象のほぼすべてはその国の食料の担い手である農民となる。

 そうなれば、戦いの多くが農閑期におこなわれていたのは十分理に適っているといえるだろう。


 ただし、それはあくまで一方の理論。

 なぜなら、相手が敵の都合に合わせる必要などない。

 それどころか、敵が弱体化しているときこそ攻め時。

 しかも、彼らの主敵である魔族はこの時点でほぼ完全に兵農分離をおこなっていたのだからなおさらである。

 当然その機に乗じて魔族側の大攻勢がおこなわれる。

 はずだった。

 だが……。


 実際にはそうはならなかったのである。


 敵の数が大幅に減る農繁期は自軍が攻勢に出られるチャンス。

 これは間違いなく正しい。

 だが、逆に考えれば、こちらから手を出さなければ戦いは起こらない。

 つまり、魔族軍にとってもその時期は疲弊した兵たちを休養を兼ねて帰郷させられる貴重な時間がとれるということになる。

 そして、彼らはそれを有効活用していた。


 不倶戴天の敵との戦いにもかかわらず、一年のうち半分近くは事実上の休戦。

 それが別の世界での戦いを知る者にとっては信じられないほどのんびりとした人間と魔族の戦いの真実だったのである。


 長い間続いたその緩い戦いに変化が生じたのはこの数十年のことである。

 まずはフランベーニュ王国が、続いてブリターニャ王国が常設軍の充実を図り、一年を通して魔族、さらに他国に対しても攻勢をかけ始めた。


 そして、その流れを確定させることになったのが、勇者の出現となる。

 圧倒的な力で次々と自軍の戦士を倒して回る目障りな勇者一行の討伐へ兵を割き始めた魔族軍の後背を狙って、それまで互いに領地を奪い合っていた人間たちが一時的な休戦と占領地に関する基本協定を結んだうえで大軍を設え一斉に魔族領に侵攻を始めたのだ。

 もちろん全方位からの大攻勢受けた魔族軍はおびただしい戦死者を出しながら後退したのだが、その過程で人間側にも多くの死者が出る。

 もちろんその大部分は徴兵された農民たち。


 それだけではない。

 それまでは農繁期には農地に返していた農民出身の兵たちを軍は前線に張り付けたままにする。

 いや。

 不文律の休戦を破り不意打ちを食らわせた人間の非道に怒り狂い、本格的な戦闘態勢に入った魔族軍の猛烈な反攻に対処する兵数を確保のため、張りつけざるを得なくなったといったほうがいいだろう。


 もし、ここで各国が進撃を止め、魔族軍の反攻を受け止めながら、戦力の回復に努める方向に舵を切れば、多少ではあるが事態は改善に向かったかもしれない。

 だが、実際にはそうはならず、兵はさらに増員され戦いは激化の一途となる。


 この世界の基盤産業である農業にとっての悪いことはさらに続く。


 占領した魔族領を自国の領土と宣言するために各国が競って開拓団を送り込むわけなのだが、その多くは半強制的に移住させられた農民となる。

 そして、移住させられた農民たちが耕作していた土地は国が開拓地と交換と称して召し上げ、貴族に払い下げられたわけなのだが、そもそも貴族が抱える農民は能力の限界以上に働かされている。

 耕作する土地が倍になってもそれにふさわしいだけの生産が出来ないのは当然のことである。

 そういうことであれば、あらたな労働者を雇えばいいだろう。

 簡単なことのようだが、そうはいかない事情があった。

 そう。

 大攻勢による領土拡張の代償となる自軍の被害。

 その補充のために未熟練の農民兵が次々と前線に送りこまれてはすり潰すという悪循環が続いており、あらたな農地での働き手になりそうな者はすでに皆前線に送りこまれていたのだ。


 そうなれば、次に何が起こるか。

 いうまでもない。

 権力を使った働き手の強引な引き抜きである。


 だが、それは足りない働き手が右から左に動いているだけであり、全体の生産拡大にはまったく寄与しない。

 というより、そもそも貴族たちの荘園は労働搾取のし放題であったため、そこで働く者たちのやる気は起こらず生産性はきわめて悪い。

 収穫の多くを担っていた自作農が徴兵と開拓地への移住などによって大幅に数を減らせば、食料生産高が急降下するのは当然のことである。


 そして、減り続ける食料の分配はどうなるかといえば、まずは王族や貴族、続いて軍、その残りを商人たちが買い取り高く売る。

 それでも買える者はいいが、皆がそうとは限らない。

 それどころか、もともと食料自給率の低いブリターニャ王国やノルディア王国、そして、そもそも農業従事者が少ない商人国家アグリニオンが高値で買い取るため、この世界の食料生産地となっていたフランベーニュやアリターナでさえ庶民の間では穀物不足が起き始める。


 それはまさにその時代より遥か昔に魔族の第十一代の王だった者が口にしたことが、完璧な形で現実となったものといえるだろう。


 まあ、現在はなりつつあると表現すべきなのだろうが、このまま事態を放置すれば、いずれ未来形ではなく現在形として表現できることになるのはまちがいない。

 そして、それが始まれば、すぐに次のフェイズに入る。


 国の崩壊。


 それが目の前にまで迫っているにもかかわらず、三か国の為政者たちは誰ひとりとして事態の深刻さを気づいていない。

 では、その周辺の者はどうだったのか?


 ブリターニャ王国の第一王子アリスト・ブリターニャはその旅の最中にそれに気づく。

 といっても、実を言えば彼自身これをそれほど大きな問題と考えていなかった。

 だが、正しく認識していたとしても何か有効な策を打ちだせたかといえば、疑問符をつけざるをえないだろう。


 その理由はいくつかあるが、そのひとつはブリターニャが魔族領の奥地まで侵攻していた戦況である。

 さらに、自国が音頭を取って始めたものである以上、真っ先に戦争をやめるわけにはいかないという事情もある。


 もちろん冷徹な判断を下せ、それに伴う多くの困難も軽々と乗り越えるだけの英知を持つアリスト本人なら、それも可能だったかもしれない。

 だが、彼は王どころか、王太子でもない。

 もちろん第一王子として国政に関与はできるのだが、そうなると例の後継者争いに参戦せざるをえなくなり、その後は国を離れられず、魔族の王討伐は断念せざるをえなくなる。


 結局、両者を天秤にかけたアリストは魔族の王の討伐を選び、父王にそれを託すわけなのだが、彼のような特別な才があるわけではない父王がそれをやろうとした場合、国内外で大混乱となり、その時点で国の崩壊が始まるのは避けられない。

 

 それがわかっていたアリストはあえて助言しなかった。

 余計な入れ知恵をして混乱を引き起こさないように。


 では、アリスト・ブリターニャの同行者であり、アリストからその重要情報を手に入れていたフィーネことフィーネ・デ・フィラリオはどうか?

 彼女はフランベーニュの有力貴族の娘。

 さらに、父親は彼女の言葉なら無条件に聞き入れるほど溺愛している。

 父親を通じて祖国を救う手立てを実行できる可能性はある。

 だが、彼女も動かない。

 こちらはより辛辣な理由で。


「あの父に王を動かすだけの度量も度胸もありません。ですから、忠告するなど時間の無駄なだけです」


「まあ、ありえないことだとは思いますが、奇跡的に父が王に言上したとします。ですが、馬鹿の見本のようなフランベーニュ王とその馬鹿な血を受け継いだ王子たちにそれを聞く耳はありません。結局無駄な努力になるだけなのです」


 この件に関してアリストに問われたときに口にしたフィーネの言葉である。


 さらに言えば、彼女は母国に対して思い入れなどまったくない。

 実際のところ、「自分が良ければ、フランベーニュがどうなろうと全く問題ない」と、彼女はフランベーニュ貴族令嬢とは思えぬことを何度も口にしている。

 つけ加えておけば、彼女自身の財を生む農地と店はすべてブリターニャ王国にあるので、彼女にとって崩壊して困るのはブリターニャ王国であって母国ではないということになるのだ。


 為政者はもちろん気づかず、それに気づいた者からも助言が得られないまま、ブリターニャ王国とフランベーニュ王国は、一歩、また一歩と破滅へ近づいていく。


 そのようななかで、少しだけ状況が動き出したのはアリターナ王国だった。


 それに関わる情報がある男の耳に入ったのである。

 それは必然のような偶然の産物ではあるのだが。

 そして、その男は手に入れた情報からこのまま状況を放置しておけば、魔族との戦いどころではなくなることに気づく。


 そこから始まるのは本当の意味での生き残りを賭けたこの世界全体を巻き込んだ大穀物戦争。

 そして、最終的に窮地に追い込まれたのは例のあの国となる。

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