ノアの箱舟を手に入れた男
クアムートの戦いで魔族軍に歴史的な大敗。
続いて、その戦いで捕虜になった王族三人を含む約五千人の捕虜を開放するため国中の金貨をかき集めた結果、ノルディアは疲弊。
いや。
言葉を飾らず言えば、ノルディアはどうにか国という看板を掲げているだけの存在となる。
当然戦争を継続するどころではなくなり、力の誇示とともにおこなわれた魔族軍の勧告を受け入れ降伏に近い形で非公式ではあるが休戦状態に入る。
対魔族協定からの脱落。
その情報を掴んだブリターニャは即座に使者を派遣しノルディア国王に事実確認をおこなったのだが、その使者とは勇者一行のひとりアリストと同一人物、ブリターニャ王国の第一王子アリスト・ブリターニャとなる。
優れた洞察力を持ち、これまで多くのことについて、見事な推測を披露したアリストはノルディア滞在最終日、その結果を踏まえ自身が探している魔族の将の所在について仲間たちに対してこう示していた。
私の待ち人である敵将はすでにクアムートを離れている。
そして、その理由として、事実上魔族とノルディアは休戦していることを挙げた。
曰く、そのような状況で魔族軍は自軍最強ともいえるくらいの戦力を有している彼らを北方に留まらせておくはずがない。
さらにアリストはこうつけ加えていた。
「彼らが次に姿を現すのは激戦地である南方の渓谷地帯でしょう」
だが、実際はアリストのその言葉に反し、彼の想い人であるグワラニーは多くの配下とともにいまだクアムートに滞在していた。
つまり、アリストの予想ははずれていたのである。
もっとも、それはアリストが想定できる範疇のはるか外にあるものが原因で起こったことであり、それさえなければ、グワラニーは配下とともにアリストの予想通り魔族軍の経済を支えている鉱山群の防衛のため南方に移動していたのは疑いないのだから、この一点だけでアリストの洞察力に陰りが見えたということはまったくならないとはいえるのだろう。
さて、まずはその不可思議なことが起こった原因を説明をするわけだが、そのためには、時間をノルディアとの休戦成立直後にまで戻す必要がある。
そして、舞台も現在グワラニーがいるクアムートから魔族の国の王都イペトスートへと移動させなければならない。
その日、ノルディアでおこなった一連の措置について王に報告にするため王都に戻ってきたグワラニーは軍の幹部たちに詰問されていた。
「……貴様。陛下の裁可も受けずに敵国と勝手に休戦条約を締結するとは何事だ」
「それだけではない。休戦条件に占領された地を放棄することを含めているとはどういうことだ」
「だいたい五千人の敵兵を治療したうえ帰還させるとは利敵行為そのもの」
「しかも、人間を我が軍に引き入れただけではなく、一隊を指揮する者に据えるとはどういう了見だ」
王の前ということもあり威勢の良い言葉が怒号という形に変えて次々とグワラニーのもとにやってくる。
そのすべてを真剣な表情とは裏腹に実はそのすべてを右から左に聞き流していたグワラニーはその波が一旦収まると、そのなかのひとつの発言をした者に視線を向けて口を開く。
「捕らえた敵の処断は司令官の裁量のうちにあると我が軍の軍規にあります。私はそれに従って処置しただけであり、それについて部外者が口出しをするのは越権行為でしょう」
グワラニーが口にしたその言葉に偽りはない。
たしかに魔族軍の軍規には捕らえた者の処遇を決める権利はその軍の司令官にあると記されている。
そして、クアムート戦ではその指揮官はグワラニー。
つまり、それを決める権利を彼は有していた。
だが、それとともにその軍規には明確に記されていないものの、それはその場で殺害するか奴隷として連れ帰るかの選択であって捕らえた者を母国に返還するなどということは想定されていなかったのも事実である。
「言ってくれるではないか。グワラニー」
自らの言葉に対して冷静に反論された将軍アラルゴン・フェイジョが口から泡を飛ばしながら乱暴な言葉を吐き出すが、その後が続かない。
予想もしなかった言葉を返され、次の言葉が思い浮かばず口をもごもごと動かすだけの同僚に代わってグワラニーに対して強烈な言葉を投げつけたのは軍の副司令官コンシリアだった。
「さすが文官あがり。文言を自分に都合の良いように解釈するのはお手のものというところか。だが、他国と条約を締結することは軍の司令官の権限にはないぞ。それこそ、越権行為であろう。違うか、グワラニー」
「まさにそのとおり」
「さすがコンシリア殿」
その瞬間、複数の同意する言葉と、その数十倍に及ぶ同じ意味を持つ心の声が飛び交う。
勝利に酔うコンシリアだったが、それはこれまで多くの場面でグワラニーにやり込められていたコンシリアの同僚たちも同様だった
なにしろそれはあきらかな国事行為。
つまり、将軍が自身の判断でおこなえるものではない。
それを犯したのだからグワラニーは厳しい処分を受けるのは確実。
一様に嘲りの笑みを浮かべて王の言葉を待つ。
だが、実際にはそうはならなかった。
……この程度の言葉で私に勝とうとは驚きを通り越して同情を禁じ得ないな。
その心の声の主であるグワラニーが黒い笑みを湛えて口を開く。
「コンシリア将軍のおっしゃること、私もそのとおりだと思います。たとえどのようなものであっても条約の締結は陛下の裁可が必要であり、軍の司令官ごときが勝手におこなえるものではありません。そして、もちろんですが、私もその程度のことはわかっております」
倍返しよろしく慇懃無礼の見本のようなグワラニーの言葉にはもちろんすぐさま苛烈な怒号が返される。
「寝ぼけるな。私は貴様がそれをやったのだと言っているのだ。グワラニー」
実際にそうなのだが、軽くあしらわれたと感じたコンシリアの声が大きくなるのは当然である。
だが、言われた方は動じない。
コンシリアと、それから少しだけ遅れてやってきた同僚たちからの怒号を平然と受け流し、それどころか笑みさえ浮かべる。
心の中で最高級の侮蔑の言葉を呟いたグワラニーがもう一度口を開く。
「申し上げにくいのですが、私は陛下の忠実な僕。そのようなことはおこなったことはありませんし、今後もおこなうつもりもありません」
「なんだと」
明々白々の事実の前でのその言葉。
解せぬ。
そんな表情を浮かべるコンシリアを侮蔑の視線を送りながらグワラニーは口を開く。
「今回の件は、クアムート防衛策の一環として出した、『あなたがたがこれからも生き残るためにここで戦いをやめてはどうか』という私の提案を、受け入れる以外に選択肢を与えられなかったノルディア王がそれに応じただけのことであり、条約を結んだわけではありません」
「そもそも、条約とは対等またはそれに準ずる者同士がおこなうものであります。ですから、国の大小はあれども人間の国同士が条約を結ぶことになんらおかしなところはありません」
「だが、我々は違う。なんと言っても我々は彼ら人間を支配する立場にあるのですから。つまり、支配する者である我々が支配される者である人間の国と平等な関係によって結ばれる条約を結ぶことなどあり得ないことなのです」
「ですが、コンシリア将軍は我が国が人間の国と条約を結んだと強硬に主張する。寡聞にして私は存じ上げておりませんでしたが、どうやら将軍は下等で下劣な生き物である人間を慈しみ、さらに彼らを我々と同等の存在と認めるような開明的な考えをお持ちだったようだ」
「……貴様」
グワラニー自身は爪の先ほども思っていないことを並べ立てたそれは、選民意識の高い魔族のなかでも日頃からその感情を露わにしているコンシリアに対する何重にも練り込まれた皮肉の言葉。
到底コンシリアが耐えられるものではない。
「もう我慢ならん。貴様はここで殺す」
「待て」
目を血走らせ、グワラニーを力でねじ伏せようと乱暴に立ちあがりかけたコンシリアを制する声が部屋に響く。
「そこまでだ。コンシリア。グワラニーも私には上席にある者に対して少々配慮が足りないように思える。それから、忘れている者もいるようなのでついでにもう一度言っておこう。我々が命をかけて戦う相手は人間どもである。理由がどんなものであろうと、そして場所がどこであろうと仲間同士の命のやり取りは絶対に許さぬ。いいな」
それが王の言葉である以上、どのようなものであろうが従わねばならない。
だが、怒りが収まったわけではない。
やり場の怒りをぶつけるようにコンシリアはしばらくグワラニーを睨みつけていたものの、やがて声を震わせながら口にした謝罪の言葉とともに深々と頭を下げ、グワラニーもそれに続くと、王は頷き、言葉を続ける。
「では、私からグワラニーに尋ねる。今回の件をノルディア国王に飲ませたことで我が国はどのような利を得られるのか?」
このひとことだけで他の奴らとは格が違う。
表面上のものとはいえ、自らが忠誠を誓い仕える者をグワラニーはそう評価した。
もちろんその不遜ともいえるその感情をグワラニーは言葉にも表情にも表すことなくもう一度深く頭を下げてから口を開く。
「それは……」
そこから始まったまさに立て板に水のごとく。
よどみなく説明するグワラニーの言葉をすべて聞き終わった王が再び口を開く。
「なるほど。すべて理解した」
その短い言葉。
それはその説明だけで王はすべてを把握したということだ。
だが、全員が王と同じように理解したわけではない。
その代表が口を開く。
「グラワニーに尋ねる」
「なんでしょうか」
プラスの感情などまったく含まれないグワラニーの言葉に声の主はすぐに応じる。
「いうまでもないこと。おまえの言葉が正しく、ノルディアから根こそぎ金をふんだくり、手足を縛って動けなくしたというのであれば、なぜ休戦を申し込む。逆進して王都ロフォーテンを落とし、そのまま我々にとって最大の敵であるブリターニャ領に攻め入ればいいだろう」
「ガスリン殿のいうとおり。ロフォーテンからブリターニャ国境まではそう遠くない。後背から現れた我が軍に王都が脅かされれば我が国に侵攻している奴らにも動揺が広がり、場合によっては兵を戻すかもしれない。そうすれば苦戦が続く西部地域の状況も大いに改善できる」
「まったくそのとおり。それをおこなわないのは軍人としてあるまじき所業。まさに腰抜けの文官あがりにしかできぬことである」
「……なるほど」
総司令官ガスリンに続き、ふたりの将軍アウミール・アグレ、カルロス・カピシャーバが口にした言葉を聞き終わったグワラニーはその言葉とともに頷く。
「たしかに今のノルディア軍が相手なら五千人にも満たない私の軍単独でもロフォーテンを落とすことは可能なのかもしれません」
「では、なぜ攻めない?」
「説明するまでもない簡単な理由があるからです」
「簡単な理由?」
「そう。それも少しでも頭を使えば誰にでもわかるような」
つまり、言外におまえたちはその程度のこともわからない無能なのだとグワラニーは将軍たちを嘲っており、言われたほうも当然それに気づく。
だが、先ほどの王の言葉がある。
怒りをぶちまけて叱責されたコンシリアと同じ轍を踏まぬよう怒りを最小限に抑え込んでから先ほどの男が問う。
「おまえが何に怯えているのかは知らないが、おまえと違い卑怯者でも臆病者でもない私はおまえの考える小賢しい理由など想像もできない。とりあえずおまえが怖がるものがどのようなものかをさえずってみろ」
その男総司令官ガスリンにしては珍しいといえるひどく回りくどい言い回しでの催促。
必死に隠しながらそこから漏れ出すガスリンの怒りを冷ややかに受け止めたグワラニーはそれに応じる。
「先ほど言いましたようにあれだけ弱体化していれば我が配下だけでもロフォーテンを落とせるかもしれません。そして、アグレ将軍の言葉どおりロフォーテンはブリターニャとの国境まで目と鼻の先。地図上でいえば、そこからブリターニャの王都サイレンセストを目指すこともできます。ですが、これこそが問題なのです」
「どういうことだ?」
「ブリターニャが予備兵力として自らの王都までの中間地点に配置している兵力はどんなに少なく見積もっても百万人は下らない。おそらく我々がロフォーテンを攻め始めたことを知ったらブリターニャは救援と称してその百万人を送り込み、数日をせず我々のもとにやってくることでしょう。当然百万人という数は数千しかいない私の配下などではどうにかできるものではない。こちらも増援が必要になります。そして、百万人の敵を相手に勝利し、かの地を維持しさらに進軍を続けるのであればこちらも百万人。と言わなくても、最低でも五十万人が必要となりますが、そのような兵を遠方に差し向ける余裕は今の我が軍にはない。違いますか?」
グワラニーの言葉を否定する者、いや、否定できる者はいない。
そう。
現在の戦線を維持し、空いた穴を予備兵力で防ぐのが精一杯。
遠方にそのような規模の遠征部隊を派遣するなどとてもできない。
それが魔族軍の悲しい現状なのだ。
そのことに気づき押し黙る将軍たちを眺めながらのグワラニーの言葉は続く。
「そもそも、どうやってそれだけの数の兵を増援としてロフォーテンに送り出すのですか?さらにその後も戦いを続けるその兵たちを支えるだけの食料や武器の補充は?」
「……」
もちろんこの世界には転移魔法という移動手段はある。
だが、それだけの人員を一気に送り込むには各地に配置しているエース級魔術師をほぼすべてかき集める必要がある。
それは最悪、前線で魔法を使った戦いができなくなるということを意味する。
そして、その結果主力魔術師を引き抜かれた戦場で起きることとは、考えたくもない惨劇とさらなる戦線の後退。
では、それを避けるために王都の魔術師だけを動かして数千人単位に小分けして送り込むことにすればよいのか?
その場合は五月雨式増援、いわゆる兵力の逐次投入となる。
圧倒的多数の敵相手にそれをおこなうことがいかに無益で愚かなことなのかは、グワラニーが元いた世界だけではなくこの世界においても敵味方双方がおこなった多くの史実が示している。
自らの愚策によって多くの同胞を死に追いやるという輝かしい偉業を成し遂げた先人たちの列にどうしても加わりたいという願望がなければそのようなこと当然出来ない。
さらに、たとえ前線に五十万人を超える人員を送り込めても、その補給を魔術師だけで支えるとなれば移動と同じくらいの数の魔術師を遠征軍の補給のためだけに張り付け続けなければならず、補給計画が早晩に破綻することは避けられない。
そもそもグワラニーの配下の者を除けばロフォーテンやその先まで転移できる魔術師など、これまでの戦いで有能なベテラン魔術師のほぼすべてを失っている魔族軍のなかには存在せず、魔術師による大規模な兵員移動や大軍への補給支援など夢物語に近い机上の空論以外の何物でもないという根本的な問題もある。
結局極北の陸路を歩いて長距離移動をおこなうしかない。
だが、そこを通る補給物資を抱えた荷駄部隊は敵の格好のターゲットとなる。
それを防ぐためには気の遠くなるような長さにまで伸びた補給線のすべてを守る大軍が必要となるが、ただでさえ足りない兵をそのようなところに割くわけにはいかない。
出来ることといえば、お飾りのような少数の護衛部隊をつけること。
当然物資が目的地まで予定通り届くことはない。
その結果増援部隊の大部分は祖国から遠く離れた地で飢え死にするという悲惨な結末を迎えることになる。
ようやくグワラニーが口にした言葉の全貌を理解した将軍たちの多くが沈黙するなか、ひとりの大男が口を開く。
「では、このままノルディアを放置しておくのか?」
「中身はともかく表面上はそうなります」
「大丈夫なのか?」
「将軍が言う大丈夫という意味がわかりませんので、これについて説明します。まずノルディアを現体制のまま存続させる理由はあくまで我々の利益。具体的にはブリターニャに対する盾として使うためです」
「盾?」
やってきた問いにグワラニーが頷く。
「ご存じのようにノルディアとブリターニャは長い国境によって接しており、国境問題もありお互い相手に対して良い感情を持っているとは言い難い。特に領土の一部、しかも南部の肥沃な土地という彼らにとって非常に重要な場所をブリターニャに奪われる形となっているノルディア人は。ですから、ブリターニャが無断でノルディア領に入れば当然激しい抵抗を受けることでしょう」
「そして、こちらはより重要なのですが、もともと人間たちが結んだ今回の連合は多くの問題を棚上げにして一時的に協定を結んで出来上がったもの。ブリターニャが突如ノルディアを攻めたという話が各国に伝われば疑心暗鬼に囚われ同盟は一瞬で崩壊しかねない。それは今回の連合軍の提唱者で盟主でもあるブリターニャにとって望ましいものではない」
「結局ノルディアが我々の側について自国領へ侵攻するという確定的な証拠が出ないかぎりブリターニャはノルディアには手が出せない。つまり、現状を維持すればノルディア領を通過してブリターニャが北方からやってくることは想定しなくて済むことになります。すなわち我が軍は最低限度の守備兵を残し、第二陣として配置している予備兵を安心して他の方面へ向けることができるわけです」
「おまえが言いたいことはわかった」
グワラニーの長い説明の言葉を受けた大男が口を開く。
「だが、ブリターニャ軍が自国領を通過することをノルディアが許可し、北方からブリターニャが攻めてきたらどうする?」
「まあ、両者に横たわるこれまでの確執を見ればそれは考えにくいのですが、万が一そのようなことが起こったその場合は……」
そこで一度言葉を切ったグワラニーは黒味を帯びた笑みを浮かべる。
「ブリターニャも魔術師不足は我が軍と変わらぬ状況ですので魔術師を大軍の移動手段として利用するなど叶わぬ夢。当然我が国にやってくるのも補給物資を前線に届けるのもすべて陸路によるものとなります」
「ということで、そうなれば先ほど話した極北の地の凍りついた悪路を使って補給をおこなう場合に我々が陥る様々な問題をブリターニャにタップリと味わってもらうだけのことです」
「あの経路を使っての移動や補給をおこなうことの難しさは寒地での行軍を苦にしないあのノルディアが数年間にわたって侵攻の準備をしてきたという捕虜の証言からもあきらか。ブリターニャが攻めてくるというのなら、まず彼らをすべて我が領土にまで招き入れ、その後我々は防御に徹しながら徹底的に補給を断つ。たったそれだけで大軍を殲滅できます」
「もちろん温情でおこなった約束を反故にしたノルディアに対する報復もおこないます。私ならこの世界で一番美しい町として名高い古都ロフォーテンを徹底的に破壊します。占拠はできなくても破壊ということならある程度の魔術師がいれば十分に可能ですから」
……悔しいが完璧だ。
将軍たちは下を向き敗北感を漂わせるその雰囲気に抗うようにひとりの男は言葉を加える。
「貴様は今回の件を口約束程度の軽いもののように表現した。であれば、それは当然ノルディアにとっても同じこと。ブリターニャの手を借りることをよしとしなくても、ある程度戦えるだけの戦力が整えば再び攻めてくるのではないのか?」
「もちろんその可能性はゼロではないです。ですが、彼らの経済的窮状を考えればそれは考慮にも値しないくらいに小さいものでしょう」
「……なるほど」
実はグワラニーからこの言葉を引き出したかったその男コンシリアがニヤリと笑う。
「グラワニーよ。陛下の前でそこまで言い切ったのだ。貴様にはそれが本当かどうかを示す義務がある」
「ですから、それは……」
「あくまで言葉の上だ。それほど安全な場所と言うのなら、貴様は住処を王都からクアムートに移してそれが正しいことを示せ。もちろん移り住むのは貴様だけではない。貴様の部下全部、それから貴様と部下の家族もすべてだ。それだけ自信満々に言ったのだ。嫌だとは言わせないぞ」
「もしかして、それは命令ですか?」
「当然だ」
さすがにこれはない。
その場にいる者全員が顔を顰める。
副司令官の職にある者とはいえ、その地を守備するわけではない者、それだけはなくその家族にまでそこに住むことを命じるのはどう考えてもあきらかに権限を逸脱した行為。
たとえその相手が忌々しいグワラニーであっても言い過ぎである。
当然断る。
そして、その権利は奴にもある。
誰もがそう思った。
だが……。
「……いいでしょう。私に関係する者すべてクアムートへ移住せよという副司令官からの命令。命令である以上、このグワラニー、謹んで受けさせていただきます」
それがグワラニーの答えだった。