かまいたち
「グワラニー様。あの程度でよろしかったでしょうか?」
「もちろん。完璧です。ですが……」
若い男の苦みを帯びた表情に、男もよりもさらに若く少女と表現したほうがよい女性がもう一度問いかける。
「もしかしてノルディア王国の王城で最も有名だというあの塔を壊したことを悔やんでいるのですか?」
「よくわかりましたね。まあ、そういうことです。……あと何百年か後にこの世界に世界遺産などという代物が登場したときには歴史的建造物の破壊者として私の名が永遠に残る。そう思うと本当に気が重いです」
世界遺産。
男が口を滑らせて出してしまったその言葉。
それはこことは別の世界にある概念を示すものであり、当然ながらこの世界にはそのような思想は欠片ほども存在しない。
「はあ……」
とりあえずのように曖昧な返事をしてから、そのようなものに触れたことがない少女が興味深そうに尋ねる。
「……初めて聞く言葉なのですが、その世界遺産とはいったいどのようなものなのでしょうか?」
「ん?」
そこでようやく自分が余計な言葉を口にしたことに気づいた彼はさりげなく、だが、実は必死にそれをなかったことにする。
「いや。気にしないでください。ただのひとりごとですから。ところで、あの魔法の名はなんというのですか?」
もちろん彼の言葉の半分は前言をごまかすためだったのだが、もう半分は純粋に彼の貪欲な知識欲によるものである。
「ただ破壊するのではなく、私たちによっておこなわれたことをノルディア王が理解できる痕跡が残るような魔法を」という自らのリクエストを完璧に満たしたその魔法の名を知りたいという。
だが、それに対する少女の返事はそっけなかった。
「風を使った攻撃魔法ですね」
「つまり、個別の名はないと?」
「そうですね。特にはないです」
少女の言葉は取り立てて驚くことではない。
この世界ではこれが常識なのだから。
もちろん男もそれを知っていた。
それを知りながら、男がその言葉を口にしたのは、それを見た男の頭に元の世界で聞いた怪しげな言い伝えも関わるある自然現状を示す言葉が浮かんだからだ。
男の口が開く。
「では……」
「あの偉大な魔法に私が名をつけてもよろしいですか?」
「もちろんです。それで、どのような名を……」
「カマイタチ」
「……カマイタチ?それはいったいどのようなものなのでしょうか?」
その問いの言葉のとおり少女はその名を知らない。
だが、それは当然のことである。
なぜなら、その言葉はこの世界のどこにも存在しないものなのだから。
少女より少しだけ年長に見える男の口が再び開く。
「人間の世界に伝わるもので、風の力によって鋭く斬られる、まさにあの状況そのものを示すものです。それで、気に入りませんか?」
「いいえ。グワラニー様が名付けてくださったのです。ありがたくいただきます。ありがとうございました」
それはあの日ノルディアの王城の塔が切り倒されるように崩れ落ちる様を少し離れた小高い丘の上から眺める人間の、いや、その姿をしているが、よく見れば魔族であることを示す赤い目をした若い男女の会話だった。