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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第四章 祭りの残り香
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望外の獲物

「貴様らは魔族」


 それからしばらく経った王都の外れにある小さな家に怒号が響く。


 その家の主は、やってきた男と少女の目が赤色であることからふたりが自分たちと相いれない存在であることをすぐに気づく。

 そして、大いに後悔する。

 帯剣が認められていないだけではなく、武器と名の付くものはすべて取り上げられているこの事態を。


「騒ぐな。タルファ。この方々は非公式ながら我が国の賓客だ。とにかくここでは話ができない。中に入るぞ」


 ホルムは自らの背後にいる者の地位、それから多数の武装兵の存在によって男を黙らせると、主の許可もないうちからずかずかと家の中に入っていった。


「ホルム殿。説明してもらおうか。魔族がなぜ王都を闊歩し、あなたがその魔族を丁重にもてなしているかを?そもそも魔族が私に何の用だ?言っておくが、私はどんなに落ちぶれても魔族などに魂を売る気はない」


 怒りが収まらぬままに吐き出されたタルファの言葉を「ふん」という一言で隅に追いやったホルムが口を開く。


「この方はおまえを見分にきたのだ」

「見分?」

「そうだ。引き渡されるおまえが本物のタルファかどうかを」


 もちろんタルファも自分が捕虜交換の条件になっていることも、クアムートで打首にされ晒しものになることも知っている。


「なるほど。……つまり、私の代わりに身代わりが引き渡されるのではないかと懸念しているというわけか」


 そこまで言ったところで、黒い笑みを浮かべ直したタルファは言葉を続ける。


「幸か不幸か現在の私は身代わりを立てるほどの価値はない。安心しろ。私は本物のアーネスト・タルファだ」


 あきらかに喧嘩を売っているタルファの皮肉たっぷりの言葉に同行していたホルムに緊張が走る。

 だが、肝心のグワラニーは気にする様子をまったく見せない。

 笑顔のまま口を開く。

 そして、お返しのような言葉がそこから漏れ出す。


「それはよかったです」


 その言葉によって自らの渾身の一撃が若造に軽くあしらわれた形となったタルファだったが、気を取り直し、もう一度口を開く。


「まあ、いい。私がタルファ本人と理解してもらったところで、実は私からおまえの飼い主に頼みたいことがある」

「頼みがあると言いながらその無礼な物言いはなかなか興味深い。ですが、それについては大目に見ることにしましょう。それで、誇り高きノルディア軍の元将軍が魔族ごときに頼む事とは何でしょうか?」


 そうは言ったものの、グワラニーはタルファが何を言うのかはすでに想像はついていた。

 そして、外れることなくそれはやってくる。


「もちろん家族のことだ。我々は敵同士。しかも、私はクアムートを包囲していた軍を率いていた将だ。勝者から首を所望されることも致し方ないことだと理解している。だが、家族は関係ないだろう」


 ……まあ、そうでしょうね。


 グワラニーは心の中でそう呟く。

 

 ……たしかに彼にとってこれは飲めない条件だ。

 ……だが、残念ながら将来のことを考えればこれは絶対に譲れない。


 ……もちろん私が言わなくてもそうなるだろうが。


 グワラニーの薄い笑みを加えた口が開く。


「……つまり、家族は助命しろということですか?」

「そうだ」


「そのような戯言。陛下が認めない」


 グラワニーの予想通り、ふたりの会話に割り込んでやってきたその言葉。

 声の主は目付け役のホルムだった。

 もちろんそれには訳がある。


 王都からやってきた交渉人に扮していたグワラニーはここにやってくるにあたり、保険としていくつかのことをノルディアに通告していた。

 そして、そのひとつがこれである。


 こちらが示しそちらも一旦了承した条件を反故にした場合、それがどのような理由であっても捕虜返還の証書に我々はサインをしない。

 すなわち、返還交渉は不成立。

 そして、捕虜はすべて斬首に処する。


 当然ながら、グワラニーから提示され、ノルディア側が承諾した条件のひとつである「タルファの家族も全員生きて引き渡す」ことに反するタルファの申し出などノルディアの為政者たちが許すはずがない。

 そして、疑い深い彼らはそれをより確実に実行するためさらにもう一歩手を打つ。

 

「ホルムよ。タルファだけではなく、奴の家族がひとりでも欠け、交渉がつぶれるようなことになれば、当然おまえへの爵位授与はなくなると思え」


 宰相ラクスエルブのこの言葉によって、タルファがおこなう家族の助命嘆願を監視役であるホルムが黙認する目もなくなる。


「ホルム殿。頼む。目を瞑ってくれ」

「黙れ。勝手なことを言うな」


「あなた。私は構いませんよ」


 和やかとは対極にある雰囲気に包まれたその場に流れ込んできたその言葉は、お茶を持って現れたタルファ夫人アリシアだった。


「しかし……」

「それよりも、私は別のことを使者様にお伺いしたいのですがよろしいですか?」


 夫を制するようにそう言ったアリシアはグワラニーに視線を送る。


「もちろん」


 拒む理由のないグワラニーがその言葉とともに頷くと、アリシアがもう一度口を開く。


「そちらに出向くにあたり、持っていくものはどの程度にしたらよろしいのでしょうか?準備の都合もあるので是非教えてくださいまし」


 一見すると場違いが過ぎるようなこの問いにその場にいる大部分の者が戸惑い、口には出せない言葉が飛び交う。

 だが、その言葉の本当の意味を理解した者がひとりだけいた。

 いや。

 実を言えばその人物も疑っていた。


 半信半疑のグワラニーはそのための言葉を選び出し、そして、それを伝える。


「……さすがにすべてを持っていくのは難しいでしょう。ですが、大事にしているものはすべてご持参ください。ついでに言っておけば、我が国はこちらほど子供向けの品が充実しているわけではありませんので必要なものは余計に持ち込むことをおすすめします」

「なるほど」


 アリシアは微笑みながら頷き、さらに言葉を続ける。


「それともうひとつ。こちらはお願いなのですが、私の年老いた両親も連れていきたいのですが、それは許していただけますか?」


 ……確定だ。


「チョット待て……」


 すべてを察し、心の中で嬉しそうにするグワラニーと違い、真意がわからず妻の言葉に慌てるタルファに続き、こちらも相当動揺するホルムが口を開く。


「夫人。だが、そうなるとご両親もあなたがたと同じ運命を辿ることになりますぞ」


 すべてを読み切ったものの、それをどこにも出すことはなく無表情を貫くグワラニー以外の者がうろたえるなか、上品な笑みを崩さないままアリシアが口を開く。

 

「お気遣いは無用です。私の両親は他に身寄りがございません。残しておいても辛いだけです。そうであるのなら一緒に連れていきたいのです。ホルム様」


 そして、女性の視線が動いた先にいるグワラニーが口を開く。


「……承知しました。その点については私の責任で上に承諾させますのでご安心を。ただし、二度とノルディアの土を踏むことはできないことだけはよくお伝えください」

「もちろんです」


「では、捕虜の方々との交換であなたがたがやってくることをクアムートでお待ちしております」


 ……タルファという大魚を釣り上げるつもりでここまで来たのだが、もしかしたら、私はさらに大物を引き当てたのではないか。


 グワラニーはそう呟き、薄い笑みを浮かべた。


 あれから四十九日が過ぎた。

 大小さまざまなトラブルが起こったものの、とりあえず魔族側は抱えていた五千人を超える捕虜のすべてをノルディアに引き渡し、その代わりとしてノルディア側が国中からかき集めてようやく揃えたノルディア金貨六千億枚を受け取り、この日捕虜の返還手続きはすべて完了した。

   

 魔族側から受け取った義理堅い領収書を眺めながらノルディア側の代表ホルムは心の中でこう呟く。


 ……これで男爵。今日はこれで乾杯するか。


 ホルムが視線をやった自らの足元。

 そこにはこれまでお礼と称して魔族側の交渉人から渡されたフランベーニュ産高級葡萄酒が五本置かれていた。

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― 新着の感想 ―
”ノルディア金貨六千億枚”は、さすがに多すぎではないでしょうか。 話の流れから金の価値がこの世界でも大きいことが予想できますが、金貨にするということは、それなりのグラム数になると思います。 その金貨6…
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