祭りの残り香 Ⅲ
再びの会議。
ノルディアからの返答の概要を説明したグワラニーの言葉にその場にいる者全員が沈黙で応じたのは当然グワラニーの感情と同じものが反映していたからである。
戦場で出会えばもちろん殺し合いをおこなう。
感情のおもむくままに無辜の民衆も傷つけた。
だが、助けるつもりで世話をしていた者を相手の都合だけで殺すのはやはり気持ちのよいものではない。
その様子にグワラニーは小さく頷く。
「皆が考えていることは表情から察することができる。そこで、ここにいる全員が満足する策を実行することにします」
グワラニーはその言葉に続いて、秘策といえるものを口にした。
むろんグワラニーはその策に自信を持っている。
だが、そうではない者もいる。
その男の口が開く。
「……つまり、グワラニー殿の策とは、国王から見捨てられた者たちに交渉内容を話したうえにその一部をノルディアに逃がし、その情報を国中に流布するということ。それでよろしいか?」
「そのとおりです。ペパス将軍」
ペパスの問いに提案者であるグワラニーが答えると今度はクアムート城主が言葉を挟む。
「策の概要はわかりましたが、彼らだって誇りある軍人。たとえ解き放たれても、それを恩と感じ国王の決定に反する行為を喜んでおこなうとは思えません。しかも、解き放つということはその者はノルディア国内で自由の身となる。こちらの思惑どおりに動くとは限らないでしょう」
「もちろん」
その策の問題点を指摘したプライーヤのこの言葉は正しい。
ただし、それにはそのままではという条件がつく。
グワラニーはその対策も考えていた。
当然のようにやってきたその言葉に対しまずはそれを肯定した。
それから、もう一度口を開く。
用意されたその対策を披露するために。
「ですが、送り出すネズミをよく選別すればそうであってもこの策が成功する確率は格段に上がります」
「選別?それはどのような……」
「言うまでもない。捕虜のなかには親子や兄弟といった繋がりが特別に濃い関係の者も多数います。そのうちのひとりを今回のネズミ役として使います」
その言葉でグワラニーがどのようなことを思い描いているかをこの場にいる全員は理解した。
もちろん先ほど疑念の言葉を口にしたふたりも。
だが、それと同時にその辛辣さには呻かざるを得ない。
「つまり、自分の働きによって親兄弟の命が救われると……」
「逆を言えば、失敗すれば残された者全員が死ぬ。そうなれば彼の胸に刺さった棘は一生に抜けないでしょうね」
「……そんなものを突き付けられたら自分がおこなうことが利敵行為になるのではないかという迷いなどどこかに吹き飛んでしまい、その者は必死に触れ回るだろうな」
「そして、その話が広まり、『王は王族だけに金を払って助け、多くの兵士を見殺しにしようとしている』と国中が大騒ぎになれば、王はその話をなかったことにするために平民たちの分の身代金もテーブルに載せなければならなくなる。もちろん金払いを拒否するために彼らを弾圧することもできるが、そうなれば、王や軍に対する平民や下級貴族の不満は募る。そこにこれ見よがしに王族の三人だけを返還してやればノルディアに修復不可能な亀裂を入れる。我々にとってはどちらに転んでも悪い話ではない。だが……」
途切れたあとにどのような言葉が続くは疑いようもなかった。
グワラニーはふたりの将軍の顔を眺めると、再び口を開く。
「これは肉親に対する情を露骨に利用するものであり、誇り高き戦士である将軍がたには好まれぬことは十分に理解していますし、ノルディア王が身代金を出し渋っているという話が我々の捏造ということであればどのような批判も甘んじて受けなければなりません。ですが、ノルディア王が下級貴族や平民の捕虜たちを見捨てようとしているのは紛れもない事実。しかも、このままこの主張を受け入れれば、我々は身代金を出し惜しむノルディアの為政者どもの尻拭いをさせられることになります。そして、そのあとに待っているのは、そこまでの過程が飛ばされた我々が多数の捕虜を殺したという結論だけを語る喧伝。我々にとってはいいことなどありません」
その表情から将軍たちの心情を読み解いたグワラニーが言葉を続ける。
「特に異論もないようなのでこの策を実行することにしましょう。バイアはすぐに準備を始めてくれ。そして……」
「そろそろ待たせているノルディアの使者殿にお会いしましょうか」