禍を転じて福と為す
プライーヤの問いに答えるグワラニーのその言葉と表情が王都で起こったことのすべてを物語っていた。
グワラニーと軍官たちの努力によって足かせとなっていた食料不足が解消されることがわかると大喜びした軍の最高司令官ガスリンはすぐさまマンジュークへの増援部隊の派遣を決めた。
ここまでグワラニーの予想どおりであった。
だが、ここでグワラニーの目算が大きく狂う出来事が起こる。
なんと出陣を命じられたのはグワラニーではなく、ガスリンの側近エンネスト・ケイマーダ将軍だったのだ。
もちろん目の前でその辞令を聞かされたグワラニーは心の中で怒りを爆発させていた。
……この場に及んでまだつまらぬ戦歴と縁故を優先させるとは。
……そもそもマンジュークではおこなわれているのは拠点防衛戦。
……それなのに、突撃しか能のないこの男に多数の兵をつけても、ただ兵を無駄死にさせるだけだ。
……もちろんこいつが戦死するだけならそれはそれで構わない。だが、後方から部下を怒鳴り散らすしかできないこいつが戦死するということは、マンジュークが陥落するということではないのか。
表情にも、そして口に出した言葉にも心の声の香りを微塵も纏わせることはなかったものの、出番に備え、部下たちとマンジュークを視察し密かに準備を進めていたグワラニーの収まらない心情を汲み取り、宥めるように声をかけたのが側近であるバイアだった。
グワラニーの耳元でその男が囁く。
「結構な話ではないですか。グワラニー様」
だが、男のその言葉はあまりにも簡素であったために頭に血が上った状態のグワラニーにはすぐにはその言葉の意味は伝わらず、グラワニーの不機嫌のレベルはさらに上昇する。
今度は露骨に不機嫌さを表したグラワニーはバイアを睨みつけ口を開く。
「これのどこがいいと言うのだ?バイア」
好ましくない種類のオーラを大量に帯びたグワラニーの言葉。
だが、それに動じる様子は微塵もないバイアの口がゆっくりと動く。
「今回の一万五千の増援で我が軍は四万人弱まで戦力を回復できます」
「……だから?」
「これだけいれば余程のヘマをしないかぎり戦線は維持されます」
バイアはそこで一度言葉を切り、ひと呼吸あけたあとにどす黒い笑みを浮かべてもう一度口を開く。
「……たとえば我々がクアムートの残務処理を完璧な形で終えるくらいまでは」
相手は二方向からやってくる総勢二十万。今と同じように地形を有利さだけを頼りに無策で戦っていては今回の増援を含めて早晩消える。
当然そうなる前に新たな手を打たねばならないが、ガスリンにはもう失敗は許されない。
当然次は持っているなかで最強の手駒を出すしかない。
そうなれば今度こそ自分たちの出番。
しかも、大軍を引き連れて出かけた子分が失敗しガスリンが万策尽きたとなれば、全軍の指揮権を要求しやすくなる。
そして、実を言えば、自分たちもクアムートに滞在しているノルディアからの客人たちという厄介ごとを抱えている。
彼らをいつまでもあのままにしておくわけにはいかないのはもちろんわかっている。
だが、こちらが満足できる結果を得るためには、それなりの細工を腰を据えてそれをおこなう必要となる。
初手こそ打ち終わっているが、時間がないため次の手を打てないでいた。
だが、あれだけの数の増援部隊ならそれが溶け切るまではタップリ時間がある。
それだけの時間があれば、すべてを解決したうえ、マンジューク戦に備えるための準備ができる時間的余裕も残る。
つまり、この増援は自分たちが必要としていた時間を稼ぐ駒。
そういう意味ではケイマーダをマンジュークへ送り出したことは悪い話ではない。
グワラニーはバイアの短い言葉に含まれるメリットをすべて理解した。
「……なるほど。そういうことなら彼らには最大限の奮戦を期待することにしよう」
「……我々のために」
側近の言葉で思考を構築し直し、出陣する同僚を見送った直後、何事もなかったかのようにグワラニーはクアムートに戻ってきた。
もちろんプライーヤの言葉にとりあえず相応の言葉を返せるくらいの余裕も復活している。
「あちらについては別の方が受け持つということになりました」
そうつけ加えたところでグワラニーはプライーヤを眺め直す。
「それはさておき、交渉相手からの返事が来たそうですが、それは色よいものだったのですか?プライーヤ将軍」
ちなみに、彼らの言う交渉相手とは先日まで戦闘をおこなっていたノルディア王国の王アレキサンドル・ノルデン。
つまり、グワラニーは戦闘終結直後に非公式ではあるものの、これまで戦っていた相手に接触していたのだ。
しかも、勝者であるグワラニーの方から。
そして、その目的はもちろん……。
捕虜の返還。