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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二十八章 滅びの道を選択する者たち
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ノルディア参戦 

 西進するにあたり、コンシリアは配下の将軍たちにこのような奇妙な注意事項を告げていた。


「これまではすべての人間が敵であった。だが、これから始まる戦いについてはそうではない」


「敵はブリターニャの国旗を掲げた軍だけだ。それ以外の国旗を掲げた軍については攻撃されないかぎり手を出すな」


 そもそもコンシリア率いる魔族軍が対峙しているのはブリターニャ軍。

 それにもかかわらず、コンシリアはなぜこのような指示を出したのか?

 それはブリターニャとの最終決戦が始まる前、王から許可を取ったうえで、グワラニーはノルディア国王に対し、このような書簡を送っていたことが理由となる。


「我が国が攻勢をかけ、ブリターニャが身動きできなくなったときに、ノルディア王国がブリターニャに奪われた土地を奪還する行為に及んでも、我が国はそれを咎めることはしない。むろんその土地はノルディア王国のものと認めるであろう。なお、我が軍と交戦する愚を避けるため、戦いの際には必ずノルディア国旗を掲げるように」


 むろん文章のどこにもブリターニャへの侵攻を指示をする文言はないため、ノルディアが参戦するかどうかはノルディアの判断となる。

 だが、実際はノルディアに対する事実上の参戦の指示。

 そして、そのタイミングでおこなえばノルディアは長年望んでいた旧領の奪還ができることは明記されている。

 魔族軍との交戦を避ける方法も。


「この機会を逃すわけにはいかない」


 ノルディア王アレキサンドル・ノルデンの命によりノルディアはすぐさま準備に入る。


 魔族領侵攻の失敗、さらに国家そのものを傾ける多額の賠償金の支払い、さらに食料増産策により徴兵で集めていた農民を農地に帰したことによりノルディア軍の規模は小さなものとなっていたのだが、今回の作戦に投入する兵力はおよそ九万人。

 あのクアムート攻防戦に参加したよりも大規模なものとなる。

 さらに、九万の兵のうち、その七割は訓練が行き届いている王都防衛軍から引き抜いたもの。

 その指揮官はこのようなものとなる。


 総司令官アレクサンドル・ユースダール。

 副司令官アウグスト・セーデハルン、アンブロシウス・ホルベック、バルブロ・エーベルトフト。 

 魔術師長アードルフ・フォッシュハガ。

 副魔術師長アハティ・セーテル、アトロ・メレルード、アーベスタ・オーシャ。


 さらに、万が一に備えブリターニャとの国境を警備する部隊も五万人に増員される。


 そして、それから十日も経たずに彼らが待っていた情報がやってくる。


「陛下。魔族軍がサイレンセストを包囲したという情報が入ってきました」


 ノルディア王国の王都ロフォーテンの王宮に駆け込んできた伝令の言葉に宮廷中が湧き立つ。


「王都に潜伏していた者とは連絡は取れませんが、国境近くの町でも大騒ぎになっているとのこと」


「真偽のほどはわかりませんが、どうやら魔族軍は転移魔法で王都の目の前に現れたようで、ふいを突かれ慌てて迎撃に出た軍は壊滅。王都は魔族軍の完全包囲下にあるそうです」


「ということは、各地に駐屯している軍は王都救援に向かっているというわけか」

「はい。しかも、魔族は別動隊が前線から大攻勢をかけており、ブリターニャの前線も総崩れしたとのこと」

「つまり、あの男が言っていた好機が到来したということか」

「そうなります。陛下。ご判断を」


 ノルディア王国宰相アンドレアス・ラクスエルブの言葉に国王アレキサンドル・ノルデンは頷き、重々しくその言葉を伝える。


「軍を指揮する将軍ユースダールに連絡。ただちに進軍を開始し、ブリターニャに奪われた我が土地デーンを奪還せよと伝えよ」


 ブリターニャの北部に広がる田園地帯。

 現在はエクスムーアと呼ばれているが、元々はデーンと呼ばれていたノルディア有数の耕作地帯だった。 

 十年近く前に起こった国境を巡る小競り合い。

 その始まりはブリターニャのあきらか言いがかり。

 そして、それはこの土地を狙っていたブリターニャの策。

 ブリターニャの挑発にノルディアが乗ると、待っていましたとばかりに「ブリターニャのアポロン・ボナール」ことセドリック・エンズバーグがノルディア領に攻め込み、あっという間に全域の占領に成功した。

 しかも、その戦いで多数の貴族が囚われたノルディアは領地を奪われただけではなく巨額の賠償金まで取られるという屈辱的な敗北を喫した。

 その日を「国辱日」と指定し、ブリターニャに対する報復を誓っていたノルディア。


 そして、待ちに待ったその日。

 王命とともに国境に沿って待機していたノルディア軍が一斉になだれ込む。

 むろん少し前までのブリターニャ軍ならばただちに迎撃し、簡単に撃退し、さらに逆進してあらたな土地を奪っていたことだろう。

 だが、度重なる敗戦で弱体化しているうえ、現在前線と王都、ふたつの地域で魔族軍の攻勢を受けている現在のブリターニャにはそのような力はない。

 新兵と老人で構成される五千程の守備隊はなんと戦わず敗走。

 続いて、土地を所有する貴族、その小作人たちも逃亡すると、ノルディア軍兵士たちは無人となった各家の屋根にノルディア国旗を掲げて回る。


 二日後。

 デーンの完全奪還を確認したユースダールは満面の笑みとともに副官のクリストフ・セウダを見やる。


「ロフォーテンに伝令。ブリターニャの蛮族はすべて駆逐。デーンの奪還に成功」


「正義が勝利したと伝えよ」


 デーン奪還。

 それはノルディア人にとってようやくやってきた吉事であった。

 だが、当然それはブリターニャにとっては真逆の出来事。


 魔族との一騎打ちの最中にノルディアが参戦。

 しかも、宣戦布告もない背後からの奇襲。


 ブリターニャ人からは当時も、そして、後世になってからもこの奇襲に対しての批判は絶えたことがなく、現在まで続くブリターニャ人のノルディア人嫌いはこの出来事が原因と言っていいだろう。


 戦史研究家ブライアン・マルハムの言葉。


「この時期のブリターニャ軍は連戦連敗。そして、その度に大きな損害を出し、弱体化していった。その大部分はブリターニャの無謀な計画が原因であり責任は間違いなくブリターニャにある。だが、ひとつだけブリターニャに責があるとは言えない戦いがある」


「むろんあの卑怯者国家ノルディアによるエクスムーア地方への侵略だ」


「弱体化したブリターニャ軍。そして、魔族軍の攻勢に対してブリターニャ軍が手一杯であることを確認したところでの軍事侵攻」


「ノルディア人らしい非道な所業とも言えるこの行為は、ある男の言葉のどおり、まさに『火事場泥棒』であろう」


 歴史研究家アレックス・グラッシントン。


「弱った相手を攻め、自国の利益を得る。これはあの時のノルディアに限らず、ブリターニャもフランベーニュもおこなってきたことである。だが、ノルディアのあの行為を許せないのは、宣戦布告をおこなわなかったことだ」


「国同士の戦いの最低限の規則すら守れないノルディアに我が国が野蛮人国家と呼ばわりされるいわれはない」


 ただし、ブリターニャ人の「ノルディアが宣戦布告をおこなわなかった」ことに対する非難については、それに反する意見もある。


 フランベーニュの歴史家ウスターシェ・ポワトヴァン。


「ブリターニャ人の多くが、宣戦布告もせずに自国に侵攻してきたノルディアを非難しているが、それは大きな間違いである」


「そもそも同時代の多くの戦いではブリターニャを含む多くの国が宣戦布告なしで戦いに突入しており、例の戦いでのノルディアだけがおこなったわけではない」


「そして、そもそもその土地は言いがかりをつけブリターニャが奪ったノルディアの土地。他者を非難する前にブリターニャ人は自身のおこないを恥じるべきであろう」


「さらに、宣戦布告なしという話でいえば、『バンワード丘陵の戦い』でブリターニャ軍はあきらかに無警告でフランベーニュ軍の背後から攻撃することを狙っていた。つまり、ブリターニャの手は他人を非難するほど真っ白というわけでない。いや。それこそがブリターニャの常套手段」


 ポワトヴァンの言葉は、ここからさらに辛辣さを増す。


「ハッキリ言おう」


「弱者とは毟られるだけの存在。つまり、やられる方が悪い。そして、毟られるのが嫌であれば、常に強者でいなければならないのだ」


「つけ加えれば、ノルディア軍の移動はハッキリと確認でき、デーン地方への侵攻を意図しているのは明白だった。それにもかかわらず侵攻を許し奪還されたのはノルディアの悪行というよりブリターニャ軍の失態というべきだろう」


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