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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二十八章 滅びの道を選択する者たち
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ガルベイン砦の戦い

「カービシュリー将軍。見張りより敵が接近しているという報告がありました」


 深夜。

 就寝中だったガルベイン砦の留守を預かっていた将軍アラン・カービシュリーの部屋のドアの向こうで副官のアスロン・バンブリッジが一アケト、別の世界での十キロメートル先でも聞こえるような大声で喚きたてる。

 むろん、それはカービシュリーの指示によるものであり、その声に反応し素早く飛び起きたカービシュリーは指揮所まで歩きながら状況を説明させる。


「……つまり、南から魔族軍の大軍が迫っているというのだな」

「はい。そして、敵を発見したタラモアの物見台からの距離から考えて早ければ二セパ後にはこの砦に姿を現すと思われます」

「わかった。それで敵の数は?」

「最低でも十万はいると。ですが、夜ですので全体数の把握はできなかったと……」

「タラモアの先にも物見台を設置していたはずだが、そちらからは報告は入っているのか?」

「いいえ」

「ということは、伝令を出す暇もなくやられたということか」


 バンブリッジとの会話をおこないながら、頭の中で戦いの絵図を描いていたカービシュリーは出来上がったばかりのその絵図をもとに次々に指示を出す。

 そして、その最初のものは、むろん連絡。


「伝令。王太子殿下の後方を進むグレナーム将軍のもとに走れ。敵三十万が接近。まもなく接敵。挟撃の好機。ただちに必要な措置を」


「続いて予備軍司令官のカーマーゼン将軍と即応魔術師団を指揮するアドラール・スカーレット導師にも伝令。南方を迂回してきた大軍の接近を確認。ただちに援軍を求む。なお、敵の数は夜間であるため不明確であるが、十万以上と思われる」


 ふたつの援軍要請。


 実はその内容は重要な部分で大きく異なっている。

 敵の数。

 グレナームに送ったものは三十万、後方へ送ったものについては不確かだが十万はいるというもの。


 敵中に現れたにしては十万という数はあまりにも少ない。

 少なくてもその倍、もしかしたら三倍はいるかもしれない。

 それを見込んだ数をグレナームには伝えたのに対し、後方には自身が把握している数をそのまま流し、その先はカーマーゼンたち受け取る側の判断に任せるというカービシュリーの意図が読み取れる。


「援軍要請は終わった。あとは彼らが来るまで持ちこたえるだけだ」


 手元には五十万の兵と二万の魔術師がいる。

 持ちこたえるだけであれば、十分な兵力がある。

 

 それがカービシュリーの読みだった。


 だが……。


「……百万以上。数が多すぎる」


 二セパ後、予測通り姿を現した魔族軍の全貌を確認したカービシュリーは思わず声を漏らした。


 兵百八十万、魔術師十八万。


 それがコンシリア率いる魔族軍の全容だった。

 むろんその主力は十八万の魔術師団。

 これはこの方面に展開しているブリターニャ軍の魔術師数を想定、そのすべてを一度に相手にしても勝つことができるものとして揃えられている。


 前衛に厚い剣士群。

 その後方からに陣を置く魔術師団の火球攻撃はわずか二万しかいないブリターニャ軍の魔術師団を圧するのはそれほど時間を要しなかった。

 むろんすぐに目標を兵士たちに変え、最後に突撃を敢行しての掃討戦へ移行する。


 なすすべなし。


 勝ち目がない以上、本来撤退すべきところだが、こうなっては逃げられるものでもない。

 やむなく迎撃戦を指示したカービシュリーであったが、カーマーゼンへ敵の数と戦い方を伝えるため、最後の伝令を送り出した直後敵軍に斬り込み、多くの部下を追うように戦死。

 ブリターニャ軍の有能な将がまたひとりこの世から消えた。


 だが、この地の戦いはこれで終わりではなかった。


 ガルベイン砦から援軍要請が出ることは魔族軍を率いるコンシリアも想定済み。

 いや、望むところと言ってもいい。

 ガルベイン砦を占領したところで、コンシリアはすぐさま四方へ偵察部隊を放つ。

 敵が目的地より離れた場所に転移し、攻めてくることを見越して。


「まあ、下手をすれば我々は前後から二百万のブリターニャ軍に挟撃されることになる」


 コンシリアは険しい顔で目の前に並ぶ配下の将軍たちに向かってそう言った。

 だが、その直後、笑いだす。


「一見すると我が方の不利。相手からも見れば必勝の体制だろう。だが、実際はどうかと言えば、我々こそ次々に餌に食いつく獣を狩る側。つまり、勝利するのは我々。しかも、圧勝」


 そこに伝令が走り込んでくる。


「東方からやってくるブリターニャ軍を発見」


「数約五十万。八十ドゥア後には姿を見せると思います」

「わかった」


 コンシリアはニヤリと笑う。


「そういうことで,諸君。狩りの時間だ」


 狩りの時間。


 コンシリアが戦いをそう言った理由はすぐにあきらかになる。


 魔術師七千を含む五十八万四千で編制されたアルビン・リムリック率いるブリターニャ軍を迎え撃った魔族軍は十五万弱。


 敵影を確認したブリターニャ軍将兵の誰もがこう思った。


 敵はガルベイン砦からの連絡があった三十万の半数。

 つまり、ガルベイン砦の攻防はまだ終わっていない。

 万が一終わっていたとしても、残っているのがこれだけということ。


「どちらにしてもこちらは四倍。勝ちは貰ったな」


 リムリックが呟いたその言葉はブリターニャ軍将兵の思いを代表するものだった。

 だが、その思いはその直後脆くも消え去る。


「敵陣上空に火球確認。数……」


「数多数」


「魔術師。対抗魔法を……」


 だが、火球から推測するに相手の魔術師は一万や二万ではない。


「……五万?いや。十万か」


「とても、対抗できない」


「勝ち目はない」


 そう。

 数で押し切ることも可能だったにもかかわらず、コンシリアは敢えて迎撃部隊の数を絞った。

 だが、その大部分は魔術師。

 数十万。


 物見からの報告ではブリターニャ軍は五十万。

 こちらがその半数以下であれば勝ちを信じたブリターニャ軍は逃げることなく勝ち目のない戦いを挑んで来る。

 まさに、狩り。


 そして、その戦いはまさに狩り。


 四十ドゥアに渡る魔族軍の執拗な火球攻撃によりブリターニャ軍は完全崩壊。

 指揮官のリムリックを含む四十二万余の死傷者を残し敗走し戦いはあっけなく終わる。


「追撃しますか?コンシリア将軍」

「いや。放っておけ」


 残敵掃討から戻ってきた将軍アレグレテ・カスカベルからの問いにコンシリアはそう応じる。


「我々はもう一戦おこなう必要があり、さらにできるだけ西進する必要があるのだ」


「それよりも、残党狩りは完全に済ませて来ただろうな」


 残党狩り。

 それは負傷し動けずに味方によって戦場に見捨てられたブリターニャ軍将兵に対する措置についてであり、その言葉どおり、見つけ次第すべて殺せというのがコンシリアの指示であった。


「本来であれば放置しておくだけで済ませてやるところなのだが……」


「王とガスリンへの供物。できるだけ多く備えなければならないだろう……」


 誰に言っているのかわからないその言葉の後、コンシリアはカスカベルを見やる。


「こんなところで時間を潰している暇はない。西進する。準備を」


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