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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二十九章 盟主交代 

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再生される世界 

 ブリターニャが事実上の降伏をしてから二十日。

 水面下では多くのことが動いていたのだが、表面上はあの日のまま何も変わらぬまま、時間が過ぎていた。


 一時的にブリターニャ全土は魔族の支配下に置く。


 この通知と駐屯する魔族軍のおかげでどうにか平穏は維持されているものの、ブリターニャには早急に新たな為政者が必要なのはあきらか。


 だが、この件に関してのグワラニーの解となる、「ブリターニャ王の娘で副王のホリーと世界を救った勇者ファーブが夫婦になり共同統治をおこなう」という案はこの時点ですでに半壊していた。

 なにしろ、そのひとりであるファーブには王位に就くこと自体を拒否されていたうえ、もうひとりであるホリーにはブリターニャの王位に就くことを了承した際に「グワラニー様の正式な妻であることを公表する」という条件が出されており、グワラニーはそれを承知していたのだから。

 むろん、この時点でもグワラニーは、「ホリーは新ブリターニャ王国の安全を確保するために自分と私との婚姻関係があることを知らしめたい」などとの全く的外れな読みをしており、たとえ公表しても彼女にふさわしい男が現れたところで婚姻を破棄すればなんとかなるなどと安易に考えていた。


「もともとそういうことになっていたのだから、その延長と考えれば問題ない。まあ、ことを進める上ではその方が色々都合がいい。もちろん、形の上だけでも婚姻関係があると宣言するのだ。当然それにふさわしい待遇を与える」


 そう独り言を言って自分を納得させたのだが、この浅はかな考えが後々大きな面倒ごとに発展するのだが、それは別のところで話すことにしよう。

 

 一方、国内問題については、「国内各地に散っていた王都の住人が移住先の確保」という物理的な問題であり、見た目よりは遥かに順調にことは進んでいたといえるだろう。


 イペトスート以外に相応の規模を持ち、インフラが整っている王都の暮らしに慣れた者たちが満足する場所はクアムートとクペル城周辺だけであった。

 だが、クペル城は人間も多く住むのでトラブルが起きやすい。

 そのなるとクアムート一択となるわけなのだが、言ってしまえば、一地方都市が王都全体を受け入れるのだ。

 当然、住居のスペースの許容範囲を大幅に超えることになる。


 クアムートは混沌の代名詞にならぬよう無秩序な受け入れは避けねばならない。


 それがグワラニーの判断であり、まずはマンドリツァーラに避難していた住人たちを戻し、落ち着きを取り戻したところで、場所を確保したうえで受け入れを開始する。


 その手順を軍官に検討させる。

 むろんイペトスート再建も始めなければならないのだが、これもグワラニーの手足となる軍官の務め。


 それをグワラニーの王位継承に伴う式典準備と、ホリーのブリターニャの王位継承とそれに続く停戦協定書の作成から始まるブリターニャ安定化を平行しておこなわなければならないのだ。


 ハッキリ言って今までの数倍忙しいと言っていいだろう。


 ただし、これはこれまでの破壊と死をもたらすものとは対極になる忙しさ。

 しかも、なんだかんだと言いつつ、夜は酒場に出かけ、それなりの時間には家族のもとに帰っていたのだから、文句を言いつつ皆笑顔であった。


 むろんそう大きなものではなかったのだが、こちらにもトラブルはあった。


「その間に他のやるべきことをやっておけばいいのだ」


 僅か一日のことだから最初に準備が終わる即位式典を終わらせるべきだという軍官のまとめ役であるアンデルソン・ビルキタスからの提案にグワラニーはそう言ってそれを拒否していたのだ。

 もちろんほぼすべての点においてビルキタスの言葉が正しいのだが、グワラニーが頑としてそれを拒む理由はむろんこの世界に来る前の記憶があるからだ。


 国民から選ばれた為政者たちが、その国民より自分たちの利益を優先する様を何度も見てきたグワラニーにとってそれをおこなってしまうのは、自分もその同類に成り下がるという気持ちが強く働いていたのだ。

 そして、それはグワラニーのこの世界における座右の銘である「力を持った者こそが弱者に対し譲歩すべき」という言葉とも共通するものといえるだろう。


「住むべき場所も決まらぬ者を放置して、何が即位の宴だ。避難した王都の住民たち、希望する者全員受け入れが済む。その目途が確定するまでは式典はやらない」


 たとえば、この言葉が外向けの言葉であれば、十分な効果を持ったパフォーマンスということになるのだが、絶対的権力者による内輪への言葉となれば全く違う意味となる。


 つまり、式典をおこなうためには移住が終わらせなければならない。

 そうかと言って、それが簡単にできるわけがないことは誰もがわかっている。

 式典を準備している軍官たちが頭を抱えた中で、その解決策を提示したのはバイアとアリシアであった。


「どうせ彼らはイペトスートが再建されれば戻るのです。そうであれば、クアムートの住居は仮住まいでも問題ないでしょう」

「そういうことであればクアムート郊外に用意された土地の整地だけ済ませればよい。だが、それで納得するか?彼らは」

「それは私にお任せを。その代わりにバイア様は最難関のグワラニーの説得を……」


 そして、その後の手際の良さ、いや、剛腕は、さすが「赤い悪魔」の長や、剛腕商人、さらに山賊国家の長たちを黙らせたアリシアといえるもので、避難者に対して、現在の仮設住居のままクアムートに移るか、破壊されたままのイペトスートに戻るか、そうでなければイペトスートの再建が住むまでここに残るかという選択肢を示す。

 むろん答えはひとつに集約される。

 一方、バイアは全員の希望が仮設住居のままでのクアムート移住だと、中間部分を大幅に除いた説明をしてグワラニーを納得させる。

 いや。

 バイアの言葉のそこかしこから漂う香りからおおよその気づいたグワラニーが自身のわがままに気づき承知したという表現が正しいだろう。


 とにかく、これによって魔族の国の国内問題は解決する目途はついた。


 戦闘工兵団に整地作業と魔術師たちによる転移作業は順調に進む中、グワラニーは姿を現したのはラフギールだった。


 現在ブリターニャは国全体が魔族の支配下にある。

 当然ラフギールに魔族がやってきても何も問題ない。

 だが、ラフギールはアリストの領地。

 いわば特別な場所であり、前触れとしてやってきた魔族軍兵士がその来訪が告げられると、一瞬で空気が変わる。

 村長、いや、今は町長となったアーロン・フォアグレンは町の入口でグワラニーを出迎える。


「ご用向きをお伺いします」

「この町に滞在しているフィーネ・デ・フィラリオに会いたいのだが」

「……それなら俺たちが案内してやる。すでにフィーネにも連絡はしてある。ついて来い」


 むろんその言葉の主は少々遅れてやってきた顔見知りの三剣士のひとり。

 

「よろしくお願いします」


 その無礼な物言いに焦るフォアグレンを横目にグワラニーはそう応じ、彼らとともに町に入る。


 ちなみに、グワラニーには、デルフィンとコリチーバの護衛隊のほか、ホリーとアリシア及びその護衛隊、さらにアーネスト・タルファ率いる二千の部隊、アンガス・コルペリーアとフロレンシオ・センティネラが率いる三百人の魔術師団が同行しており、それはこの町を落とすには十分過ぎる兵力でもあった。


 むろん攻め落とす気など全くないのだが。


 混乱が起きぬよう同行してきた者の大部分は町の外で待機。

 そして、町の中まで同行してきた三つの護衛隊もコリチーバとアラン・フィンドレイを除いてフィーネの屋敷前で待機。

 結局フィーネの屋敷に入ったのは、ふたりのほか、グワラニー、デルフィン、アリシア、アンガス・コルペリーア、ホリーのみ。

 そこに三剣士が加わる。


 まず、最初の目的を果たすため、屋敷にある地下室へと向かう。

 そして、氷結魔法で氷の中に閉じ込められたアリストの遺体に面会するのだが、実はグワラニーをはじめ多くの者が気づいたことがあった。

 棺がもうひとつあった痕跡がハッキリと残っていたのだ。

 しかも、それを動かしたのはほんの少し前。

 むろん気にはなる。

 だが、それはフィーネのプライベートに関わるものである可能性もあるため、誰も問うことはなかった。


 アリストに対する全員の挨拶が終わると、ホリーはフィーネ、それから三人の若者を見渡す。


「そろそろ話してもらってもいいのではないでしょうか?」


 むろんそれはアリストの死にまつわるものであることは間違いない。

 だが、三人にとって真実を言うわけにはいかない出来事。

 それこそ「墓まで持っていくべきもの」と決めているものであるため、無言を貫く。


 三人の決心が固いと見たホリーはフィーネに見やる。


「……治癒魔法を施さなかった。つまり、あなたもその行為に賛同したということです。起こったことだけを見れば同行者たちの裏切りと言えなくもないのですが、これまでのあなたがたの言動を考えれば、おそらくそうではない」


「そうしなければならないことが起こった。そういうことではないのですか?」

「……さすがですね」


 その言葉にフィーネは小さく首を振り薄く笑いながら、降参と言わんばかりに両手を上げる。


「ファーブ。王女も凡そのことはわかっているのです。もう話しても大丈夫でしょう」

「……そうか」


 フィーネのその言葉に頷くと、一度大きく息を吐きだしたファーブは口を開いた。

 そして、あの時のことが再び語られる。


 むろんホリーは相応の覚悟はしていた。

 だが、ファーブによって語られた真実はそれ以上のものだった。


 ……自分の読み間違えで多くの者を死に追いやった責任もあるでしょう。

 ……ですが、兄上はそれとは別のこと。おそらく、自分が本当に意味で負けたことに……。


 そう心の中で呟き、まず、グワラニーに見やり、続いて冷たい棺桶に目をやる。


 ……ですが、間違いなくそういうことです。そして、それこそがこの世界にとって一番の結果なのです。兄上。


 薄く笑ったホリーは再び口を開く。


「もし、あなたたちが兄上を止めなければ大変な事態になっていたわけですね」


 もちろんクアムートもクペル城もプロエルメルも無人になっていたので、人的被害はなかったのだが、それに気づいたら状況はさらに酷いことになっていたことだろう。

 それに、少なくてもミュランジ城は火の海になっていたのは確実だったのだから、その言葉は間違いない。


「……つまり、あなたは本当に世界を救ったわけです」


「さすが勇者と名乗るだけのことはありますし、グワラニー様がブリターニャの王位を勧めるだけのことはあります。そこで……」


「私からも提案します」


「あなたにその気があるのなら次の王位をお譲りしますが、その気はありませんか?」


 もちろん、それはグワラニーとの約束に反するが、ブリターニャにとってはそれがいいと思えるし、なによりもホリーにとっては、「ブリターニャ王兼魔族の王の妻」という歪な立場より、重荷をファーブに押しつけて自分は「魔族の王の妻」だけの方がいい。

 つまり、自身の幸福を優先させた本気の提案であったわけなのだが、当然のようにファーブは否定する。


「国を統治するとは、知識と経験のある者が色々なことを考え、場合によっては厳しい判断もしなければならない。当然責任を伴う。しかも、それは国全体に対してだ」


「悪いが俺はそのような知識も能力もないし、見たこともない奴に対してまでの責任も取れない。いや。責任を取りたくない」


「何も考えずただ剣を振り回していた小僧が国王になるなど英雄譚だけの世界の話だ」

「いいえ。あなたには十分に王になる資格がありますし、十分な素養もあります。そして、助言する者はたくさんいます。ですから、あなたは正しき道を示し方針を決めてもらうだけでいいのです」


 自分に対してグワラニーが口にした説得の言葉をそのまま使用するとファーブは笑う。


「なるほど。そう言われればできそうな気がするな。だが、やはりやめておく」


「人には向き不向きがある。俺は王女やそこの魔族と違い王には不向きだ」


 ファーブの意志の固さを悟ったホリーは困り果て成り行きを眺めていたグワラニーを見る。

 グワラニーは小さく頷き、ファーブに目をやる。  


「勇者ファーブの決心が固いことは理解しました。では、その件に関して勇者ファーブにひとつお願いがあります。王女殿下が王位に就く際にひとこと口添えをお願いしたいのですが、これについてはいかがでしょうか?」

「推薦しろということだろう。もちろんする。それは前にも言ってあるだろう」

「ありがとうございます。では、王位継承宣言の際にはよろしくお願いします」


「はあ?」


 ファーブはそこに来てようやくグワラニーがくどいくらいに口にしていた言葉の意味を理解した。


 つまり、グワラニーが要求しているのは自分が勇者であると名乗り、その上で多くの者の前でホリー支持を宣言しろということ。

 謳い文句をつけて。


「むろんその報酬は支払います。ブリターニャ金貨二千枚。もちろんおふたりにも金貨千枚を……」


 先ほどまでとは全く違う表情をするファーブにグワラニーは金で釣る策に出たのだが、それに乗ったのは兄弟剣士。


「ファーブ。絶対にやれ」

「こいつがやらなかったら代わりに俺が勇者と名乗ってやる。そして、二千枚は俺のもの。いや。ファーブは仕事をしていないのだから、ファーブの分も俺が貰う……」

「まあ、ブランにはその役は難しいからその場合は俺がやるしかないな。そして、報酬はふたりで山分けだ。どうだ?ブラン」

「それでいい。では、兄貴頼む」

「おう」


「ふ、ふざけるな。糞尿兄弟。やるのは勇者である俺に決まっている。おい。わかったか。魔族。やるのは俺だからな。だから、奴らの分も俺に寄こせ」


 さすがグワラニー。

 単細胞動物である三剣士など瞬殺である。


 こうして、ホリー即位時の段取りは決まる。


 グワラニーが次に口にしたのはフィーネを含め旧勇者一行全員に関わるものについて。


「現在ブリターニャ全土が魔族の管理下にあります。そして、ホリー王女が即位する新ブリターニャはサイレンセスト周辺のみを領する国家となり、それ以外は正式に魔族領ということで話は進んでいます」


「ですが、そうなると、ここラフギールも魔族領となります。皆さんにとってそれは好ましくないことは十分に承知しています。そこで、王位を辞退した代わりというわけではありませんが、望んだ土地を割譲し、魔族とは無縁な独立した国にしたいと思います」


「領地についての望みがあればどうぞ」


「……まあ、この町とこの町の者が持つ農地は当然」

「まあ、そうなるな」

「というより、アリストの私領は全部だな」

「当然そうなれば私の農地もそこに含まれるわけですが……」


 三人が挙げた土地にこっそりと自分の土地を加えたフィーネだったが、少し間を置き、こうつけ加える。


「では、ブリターニャの南半分。功からいえば、この程度は貰ってもいいでしょう」


 その瞬間、ホリーは顔を顰め、グワラニーは苦笑する。


「大きく出ましたね。たしかに本来それくらいは渡すべきです。ですが、それはそこに住む者たちに対する義務を生じることになりますよ」

「大丈夫。それは全部ファーブがやります」

「やらん」


 当然である。

 そのような義務を嫌でブリターニャ王を断っているのに、欲を掻いたばかりその義務が回ってくるなど馬鹿々々しいかぎり。

 しかも、その欲を掻いたのが自分ではないとなれば尚更である。


 グワラニーはその様子に懐かしさを感じながら、こう提案する。


「となれば、アリスト王子の私領に多少色を付けた程度。つまり、この町の町長殿が面倒を見られる範囲というところでどうでしょう。港もいくつか加えれば、他国との交易を自由にできるのでいいでしょう。ですが……」


「そうであっても、新ブリターニャ王国よりは面積的には広くなりますので、それらしい名前も必要でしょう」


 グワラニーは少しだけ考えた。


 いや。

 正確には考えたフリをした。

 そして、胸に秘めていたアイデアを披露する。


「ホリー王女。彼ら三人、そして、フィーネ嬢の爵位はどうなっているのですか?」

「彼らは特に……」


 むろんホリーは知らない。

 ブリターニャ王から、イペトスートを落とした暁には三人に男爵の爵位を与えられることを。

 だが、爵位を授けるはずの王も、その代理となるアリストもすでにこの世にいない。

 つまり、その話は事実上破談しており、結果的にホリーの言葉は正しいということになる。

 

 ホリーの言葉に頷いたグワラニーが口を開く。

 

「まあ、王位に就く前のおこなうのはやや問題があるような気もしますが、全員に公爵の爵位を与えたうえに、彼らの領地を独立させ……」


「そして、その地を彼ら四人の公爵が統治する国とする。名前は王が統治する王国ではなく公爵が統治する公国。つまり、ラフギール公国というのはいかがですか?フィーネ嬢」

「公国ですか。まあ、いいでしょう。もちろん私はそこに加わる気はありませんが。むろん爵位を遠慮しておきます」


 公国。

 別世界の定義では、統治者が王ではなく爵位持ちの貴族。

 貴族が自身の領地を持ったまま独立したというイメージでいいと思われる。


 そして、この世界で初めて誕生する公国にあたり、この世界流の定義を設けるわけだが、当然グワラニーは別世界の定義をほぼそのまま持ち込んだ。

 グワラニーが最初にフィーネに対して了承を得ようとしてのは、この場にいる者でその言葉を唯一知っていることがその理由であるのは言うまでもない。


 そして、あらたな公国をつくる、そのためにはまず統治者役となる三剣士に対して爵位を与える必要が出てくる。

 しかも、男爵や子爵ではなくほぼ王族が独占している公爵という爵位。

 当然、新たな爵位を与えるのは王。

 本来王位に就いていないホリーにはその権利がないのだが、ここで持ち出されるのは再び副王の地位。

 そして、爵位を与えたところでホリーがその独立を認めれば公国の完成というわけである。


 もちろんこの一連の流れにはグワラニー自身の言うとおり、多くの問題と穴があったわけで、まさにブリターニャ王国そのものが消えかかったこの状況でしかできないような荒業と言えるだろう。


 ついでに言っておけば、ラフギール公国に続いてこの後にフランベーニュ領内にもうひとつ公国が誕生する。

 こちらの名はフィラリオ公国。

 むろんそれは、ラフギール公国に対する政治的権利を放棄したフィーネに対してグワラニーが用意したものであり、当主はアグリニオン国から帰国したフィーネの父でフランベーニュ王国の公爵アルベール・デ・フィラリオとなる。

 こちらについては、この後予定されているフランベーニュから割譲される土地の一部がその領地に充てられるため、フランベーニュ王の承認は不要となる。


「どうですか?ホリー王女」

「皆さんが納得するであればそのように……」

「では、勇者たちの国の国名は『ラフギール公国』ということで決まりです」


 勇者たちとの話し合いはそこで終わる。

 そして、この後にグワラニーたちは家族への土産を購入するのだが、そこに待機していた兵士たちも加わり多くの店から商品が消えるという特需が発生した。

 そして、グワラニーは「最高級和牛」を堪能することになる。


 このラフギール滞在時の話はいずれどこかで披露したいと思うが、とりあえず話を進めよう。


 グワラニーの指示により、軍官たちが策定したスケジュールは次のようなものとなる。


 旧王都の住人のクアムート移住が完了したところで、グワラニーの新王就任宣言と式典をおこなう。

 続いて、ホリーが新ブリターニャ王国の王位に就いたことを内外に知らせ、魔族の国とブリターニャ国境の策定と休戦協定の締結、ラフギール公国に関わる手続きを進めることが決定される。

 そして、ブリターニャの王都再建の優先順位はその後。

 こちらは関知しませんので好きなだけ時間をかけてやってくださいというのは軍官たちの一致した意見となる。


 これにより、ホリーが副王の名でおこなうことは、当初の計画から大幅に減り、「この世界に災いをまき散らそうとしたアリスト・ブリターニャを討伐した功」により、三剣士に公爵の地位を与えることだけで終わることになる。


 ちなみに魔族の国の王都イペトスート再建であるが、遅々として進まぬサイレンセストとは対照的に順調であった。

 その理由のひとつが住民が退去の際ほぼすべてのものが持ち出されていたため、人的損害だけではなく物的損害も住居を除けばほぼゼロであったことだろう。

 つまり、残っているのは文字通り瓦礫。

 そう時間をかけることなく撤去が終わると、グワラニーの設計図に従い再建されていく。

 クアムート新市街の発展形ともいえるそれは再建される新イペトスート、その最大の特徴は、やはり、王宮から延びる幅広い歩道まで備えた片道五車線のメインロードであろう。

 そして、その左側は旧市街地と呼ばれる、以前と変わらぬ「混沌」を表現した細かい路地に入り組む街並みが再現され、新市街地と呼ばれる左側はいわゆる官庁街から始まる「秩序」がいたるところで感じるものとなる。

 さらに新イペトスートは城塞としての機能が一切なかった。

 旧イペトスートも人間界の王都に比べれば数段劣るものの、城壁と堀はあったのだが新王都からは城壁が消え、広げられた堀も防御的な意味よりも物流目的の意味が濃いものとなる。


 理由は言うまでもない。

 そもそも王都に攻められている段階で負けは確定している。

 さらにいえば、どれだけ城壁があっても強力な魔法一撃で瓦礫になることが今回の戦いで証明されたのだから、その時代に住む者にとっては城壁など閉塞感を生む醜悪なだけの無駄なものというわけである。


 せっかくなのでここで主要国の王都についても少しだけ語っておこう。


 同じ王都が焼失したフランベーニュの王都アヴィニアの再建計画は、ほぼ復元に近いものであり、実際に五年後に完全復興したアヴィニアは長所短所ほぼすべてが残るものとなる。

 それに対し、アストラハーニェの王都ニコラエフカは破壊された建物の撤去に加えて、貴族の屋敷も接収したことにより大きく様変わりした。

 権力のすべてを抱え込んでおり、城塞都市の中の城塞都市化していた王宮の規模を小さくしたうえ、公的施設を分散配置した。

 これは王宮に一撃加えただけ国家機能が完全消滅した、いや、消滅させたカラシニコフの反省の上にあるのは間違いない。

 ただし、上級貴族に対しては容赦なかったもの、自身の支持基盤である平民や下級貴族に対しては配慮する必要があるから、都市改革は中途半端になったのは否めないところである。


 戦災を免れたアリターナの王都パラティーノ、ノルディア王国の王都ロフォーテン、そして商人国家アグリニオン国の中心セリフォスカストリツァは当然何も変わることがなかったのだが、後にその不便さは際立つことになる。

 特に王都内の主要道路の狭さは大きな問題となるのだが、物流の重要さを理解する商人国家アグリニオン国はともかく、ふたつの王国はステークホルダーが皆王族と大貴族であったため、大胆な拡幅工事が出来ず為政者たちの悩みの種となっていく。


 そして、同時期に山賊国家と呼ばれるマジャーラにも変化が訪れる。

 これまではアストラハーニェは他の人間の国を陸路での往来には必ずマジャーラを通らなければならなかったのだが、魔族の国を通ってのやり取りができるようになるとその怪しげな収入が激減。

 明確かつ正当な通行料を定めることを余儀なくされる。

 ただし、それによって多くの国と繋がりが生まれ、マジャーラを自国の反乱分子としていたアストラハーニェが新王になったところで完全な独立国だと承認し国境を確定させたこともあり、自国の強みである良質な石炭と鉄の輸出によって急速な発展が始まるというある意味とんでもない副作用を手に入れることなる。


 残るはブリターニャ王国の王都サイレンセスト。

 こちらも当初フランベーニュと同様、元の姿をそっくり再現するために瓦礫の撤去を始めたものの、その死者の多さにまったく作業は進まず、「旧王都は墓地として国が管理し、隣地に必要最低限の施設だけを備えた新王都をつくる」というホリーの言葉によって事実上再建計画は放棄される。


 そして、新たなつくられた王都は、サイレンセスト包囲戦の際に魔族軍が本陣を置いた丘に王宮が置かれ、そこから広いメインロードが伸び、その両脇に多くの公的施設が整然と並びその周辺を住居が取り囲む、まさに新イペトスートのコピー、いや、洗練度からいえば、さらに上を行く近代的ともいえる建物配置を持つものとなる。

 ブリターニャ王国史では、ホリーがその原案を提示し、それがホリーの偉業のひとつとなるのだが、むろんその原案はグワラニーの手によるものである。


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