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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第四章 祭りの残り香
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「軍官」誕生 

 のちに、「クアムートの殲滅戦」としてアグリニオンの歴史に刻まれることになるクアムート城外でおこなわれたその戦い。

 もちろんその前哨戦ではノルディア軍は魔族軍の救援部隊を三度にわたって撃退しており、また、タルファに率いられてクアムートから撤退するノルディア軍を追撃していた三千人の魔族軍を勇者たちが完全に粉砕した「もうひとつの殲滅戦」もあった。

 だが、多くの歴史家が「クアムートの殲滅戦」と定義するノルディア軍とグワラニー率いる部隊の戦いだけを見れば、ノルディア軍は戦闘に参加した五万人の六割を超える三万人強の兵士と三千八百人の魔術師全員を失ったのに対し、直接的な戦闘に参加しない作業員を含めてもわずか五千人しかいなかった魔族軍は約四百人の負傷者を出したものの戦死者はゼロ。

 まさに「殲滅戦」の名にふさわしい歴史に残る結果といえるだろう。


 それから十日後。


 クアムート城内の特別な一室。

 賓客がこの城を訪れたときに使用するために設えられたその部屋を臨時執務室として城主プライーヤより貸し与えられていたグワラニーは先ほど届いた書状を読み終わると、目の前にいる側近バイアにその書状の差出人たちへの皮肉を込めた言葉を聞かせるために口を開く。


「王都への呼び出しだ。ここにはその理由は書かれていないが、間違いなくマンジューク銀山防衛戦に参加するように命令するためだろう。なにしろクアムートには出さなかった万単位の援軍を送り出したものの、状況は芳しくないらしいからな」

「まあ、常識的にはそうなるでしょうね」


 バイアはそう言って一度は肯定の言葉を口にしたものの、それに続いたのはグワラニーに負けないくらいの皮肉に満ちた否定的な言葉だった。


「ですが、羞恥心の塊である王やガスリン総司令官がクアムートへの増援を打ち切るためのつまらぬ儀式に供する生贄にしようとした我々にマンジューク出撃を命じるかについては保留したいところです」


 いくら厚顔無恥な王たちでも今回ばかりは自分たちがおこなった行為に対する後ろめたさから激戦地への出撃命令を出すことを躊躇うのではないか。

 バイアが口にした言葉の裏側にある意味をすぐさま理解したグワラニーがもう一度口を開く。


「奴らに知性と教養がある者が持つ最低限の羞恥心というものがあり、さらに手札に余裕があればそれはあり得るかもしれない。だが、残念ながらないな。両方とも」


 先ほど以上の皮肉を加えてそう断言したところで一度言葉を切ったグワラニーは側近の男に一度視線をやると、続きとなる言葉を口にする。


「マンジューク失陥は我が国の主要銀山を失うというだけではなく後方の鉱山群も軒並み危険地帯になることを意味する。ガスリンがどれほど馬鹿でもそれくらいはわかる。しかも、奴の頭のなかにそれを解決できる策もなければ、子分の中に解決できる者もいない。つまり、奴が持ち合わせているかもしれないわずかばかりの羞恥心では我々に対する出撃命令を躊躇うことなどできる状況ではないのだ。現在のマンジュークは」


「なるほど」


 自らの懸念を払しょくするグワラニーの言葉に納得したバイアは黒い笑みを浮かべ直す。


「自分の自尊心などを気にして、クアムートで大戦果を挙げた無傷の我々を遊ばせておく余裕など今のガスリン総司令官にはたしかにありませんね。そういうことであれば……」


「グワラニー様は拝命する条件として総司令官に勇者たちがおこなっていたあの儀式を披露するように求めてはいかがですか?」


「儀式?なんだ?」


「もちろんドゲザですよ」


「……なるほど。それはいい」


「……まあ、それはそれとして、近況を自分の目で確かめたわけではないが、噂通りならマンジュークの状況もクアムート負けず劣らずかなり悪い。まあ、それでもマンジュークがこちらの手の内にあるのならいくらでもやりようがある。とはいうものの、やはり準備に十日。さらに戦いにケリをつけるのに五日は欲しい。どうせ命令を受けるのなら早いに越したことはない」


 側近の言葉によってマチンガで女性魔術師に公開土下座をさせられていた勇者たちの惨めな姿を思い出し、顔を真っ赤にした最高司令官が自分に対しておこなうその恥ずかしい儀式の様子を想像しながらたっぷりと笑ったグワラニーだったが、再び口を開いたときの表情は完全にビジネスライクのものに変わっていた。


 そして、それはグワラニーの言葉に応じるバイアも同様だった。


「たしかに奪われた鉱山を無傷で奪還することよりはその防衛の方が手間は少ないです。ですが、問題はマンジュークの将軍たちが自ら進んでグワラニー様の下で働くとは思えないところです。つまり、勝つためには将軍たちに強制的に命じることができる指揮権を手に入れることは不可欠なものとなります。逆をいえば、全軍の指揮権を与えられなければ、たとえマンジュークに出かけて行っても、我々に回ってくる仕事はささやかな手伝い程度しかない。そして、それはグワラニー様がどれだけすばらしい策を用意していてもマンジュークの現状、そして未来を変えることはできないということにもなります」


 成功の可否は指揮権を手に入れられるかどうかにかかっている。

 そして、それが叶わなかった場合には間違いなくマンジュークは失われる。

 バイアの言葉はそう言っていた。


 グワラニーが頷く。


「……まあ、そうだろうな。マンジュークがどうでもいい場所なら、たとえ何も得るところなく逃げ帰っても私が初めて敗者の側に立つという程度の痛みしかないわけなのだから一向に構わない。だが、実際には……」

「……かの地は短期的にも長期的にも失ってはいけない場所」

「そのとおり」


「……我が国だけではなくこの世界で流通する銀の多くを産出するあの巨大銀山を失うことですぐにやってくる貨幣鋳造への影響だけではなく、我が国の経済、最終的には社会全体に大きな影響を与える」


 即座に返ってきたバイアの言葉にグワラニーはそう返す。


「だから、どんなことをしてでも王から全軍の指揮権を手に入れる。もし、それがどうしても無理なら将軍の地位にあるペパスの名を使って軍全体を動かすことも考えなければならないな」


 ふたりが皮肉と現実を混ぜ合わせて語り合ったこと。

 それはマンジュークに出向き、やるべき仕事を成功させるための手順。


 クアムートから王都に呼び戻され理由が、もうひとつの激戦地マンジュークへの急ぎの出兵命令が下ること以外には考えられず、そうであれば、その地を死守するだけではなく戦線を安定させるというその目的を達成するために必要事項を事前に確認しておくことは彼らにとって当然のことであった。


 だが、実際に転移魔法で王都に戻ったグワラニーに待っていたものは予想と大きくかけ離れた命令だった。


「グワラニーは一時的に文官へ戻り、山積みとなっている課題を早急に片付けよ」


 それがグワラニーにあらたな仕事を与える王の言葉。

 つまり、内勤の命令である。


「前線からの督促がひっきりなしでガスリンが根を上げている」


「おまえが有能な文官だというこうとは承知している。だが、その者がいなければ動かない組織では困るのだ。長が誰であっても円滑に目的を達成できる組織につくり直してもらいたい」


 ……つまり、伏魔殿に住む害虫駆除か。


 王の言外の言葉を理解したグワラニーは口頭、つまり非公式のものであるからまだ内密にされている王からの辞令を懐深くに隠して、国家の中枢で屋台骨を食い散らかしている白アリたちが根城にしている王宮の一角に陣中見舞いと称して出向く。

 元の職場を笑顔で一巡し終わるとグワラニーはその足で再び王に謁見した。


「……どうであった?」


 グワラニーが元の職に就けば、短期間にすべてが解決するのではないかと期待していた王に、グラワニーは冷たい言葉を投げかける。


「陛下。問題は相当根深いです。すべてを私がいた当時のように戻し、さらに良いものにするには相当な時間と労力を必要とします。ですから、まずは現在最も必要なことに手をつけたいと思うのですが」


 王は察した。

 グワラニーが言外に言わんとしたことを。


「そういうことであれば、まずは軍、特に前線部隊に対する食糧等補給物資の調達と手配。続いて大幅に支給が遅れている兵たちに払う給金を早急に届けること。これをおこなってもらいたい」


 俯き、そして王の言葉を神妙な面持ちで聞きながらグワラニーは心の中で黒い笑みを浮かべる。


 ……文官が運営するものもシステム自体は私の部隊のものとそう変わらない。というか、私は実権を握っていたときにはあれを使ってすべてが過不足なく送られていた。

 ……結局運営する者の問題だ。

 

 心の中で皮肉を込めた言葉を口にしたグワラニーが口を開く。


「承知いたしました。全力でやらせていただきますが、そのために条件をつけさせてはいただけませんか?」


「なんだ?」


 王の短い言葉から香り立つ負の感情にグワラニーはすぐに気づいたが、もちろん表面上のどこにもそれを表すことはなく笑顔でそれに応じる。


「まず補給物資を強制徴収という手段をとらず短期間に集めるのであれば金をケチらずに使わなければならないということをご承知ください。そして、そこに加えて提案をひとつ。実を言えば、今回陛下が提示された問題点は前線で兵を率いる者として私も感じていたことですし、当然ながら看過できるものではありません。しかも、私のテコ入れによって一時的に問題が解消されても、現在の文官たちに組織運営を任せていれば早晩同じ状態に戻るのは避けられません。ですので、前線部隊にとって死活問題である今回の依頼の件については今後も私、というか、私の部下たちにおこなわせていただけないでしょうか」

「もちろん文官どもが怠惰であることは私も知っているが……その代わりができるのか?おまえの部下たちに」

「現在私の部隊にはそのような仕事は専門におこなっている者たちがおり、私は彼らの仕事に満足していますので、十分に満足できる結果が得られると思います。まあ、規模はかなり大きくなりますが、彼らなら問題なくおこなえるでしょう。少なくても、現在の文官たちの仕事よりはよい成果が得られると思います」

「……そうか」


 そう言ってからしばらくの間、王は沈黙する。

 むろんその間に頭の中でそうすることによるプラスマイナスを天秤にかけているのだ。

 そして、おもむろに王の口を開く。


「……いいだろう」


 こうして、一部ではあるものの、国の機構を自身の傘下に収めることに成功し、王の間から退室したグワラニーは入り口で待っていたバイアにまず王との取り決めを話す。

 そして、問う?


「どう思う?」


 バイアは、二回注意深く周辺の様子を眺め、誰もいないことを確認したものの、それでも用心は怠らず、普段より数段小さい声が漏れ出す。


「……この時点でも怠け癖のついた文官どもの仕事をすべて代行することなど雑作もないこと。ですが、それをやってしまうと、そうなるようにグワラニー様が仕込んでいたのではないかと王が余計な警戒心を抱く可能性があります」


「また、一部だけを管理するのであれば、我々が手掛けた部分と現在の文官たちが抑えている部分の差を見せつけることもできます。そうすれば、両者の仕事の質の差に唖然とした王はすべてを任せる気になりますので、手に入れるのを一部分だけにとどめたのは正解だったと思います」


「……さすがだな」


 まず、そう言ってから、グワラニーは言葉を続ける。


「まあ、とにかく、そういうことだ。黙っていてもいずれすべてが我々のところに転がり込んでくるのだ。今は文官どもの尻拭いに時間を取られて前線復帰が遅れるのは避けたい」


 もちろん相手の配慮を真似て、同じくらい小さな声で囁くグワラニーの言葉。

 バイアはその言葉に頷く。

 そして、少しだけ時間をあけて、ため息交じりに更に言葉を吐き出す。


「ですが、正直驚きました。あれだけ出来上がった組織が一年も経たずに崩壊してしまうとは」

「それは違うな。バイア。崩壊したのではない。あれは腐り落ちたのだ」


 グラワニーのその言葉は言い得て妙。

 まさにその組織の状況を言い表すのにもっとも相応しい言葉だった。

 一本取られたと言わんばかりの表情をしたバイアはもう一度頷くと、そのお返しとばかりに人の悪そうな笑みを浮かべる。


「まあ、それについては我々の側にも問題がやってこないというわけではないのですが」


 ……問題?


 それに思い当たるものがない彼は眉間に皺を寄せる。


「何の問題がやってくるのだ?」

「今回の一件が終われば、王がグワラニー様の文官として秀でた能力を再評価するのは間違いないでしょう。その問題とは今回の件に懲りてそのようなグワラニー様を後方勤務に張りつけ前線から遠ざけはしないかということです」


「誉め言葉はありがたく受け取っておくが、そうは言っても、状況が状況だ。王だってさすがにあれだけの戦果を見せられてそれでも我々の部隊を寝かせておくことはできないだろう」


 そう答えるグワラニーに男はすぐさま言葉を返す。


「ですが、ガスリン総司令官やコンシリア副司令官はグワラニー様の勝利はすべて抱える魔術師によるものだと考えているようです」

「まあ、目に見える結果としては間違ってはいないな。もしかして、やつらは私から魔術師たちを引き離し自分たちで使おうと考えているというのか?」

「……総司令官たちが楽しそうにその算段をしている様子が目に浮かびます」

「なるほど。だが……」


「もし奴らが本当にそう考えているのなら残念だったな。そして、その点については心配はいらない。奴らが欲しがっている我々の最大戦力、老師とその弟子、そしてデルフィン嬢に関してはそのような事態になることはない」


「……もしかして例の契約ですか」


 バイアの言葉にグワラニーが頷く。


「そういうことだ。あれがあるかぎりガスリンたちは勝手に老師たちを自軍に引き込むことはできない。つまり、奴らが老師とその弟子たちの力を借りたければ私も前線に出すしかないのだ」


「あのときは随分大仰なことが好きな老人だと思ったが、こうなってみるとあれのおかげで助かっている。そう言えるようだ」


 ふたりの言う例の契約。

 もちろんそれは老魔術師が自分と弟子たちがグワラニーの配下になる際に王を証人として、自分と自らの弟子はグワラニーを唯一の主人とし常に同じ戦場に立つということを宣言したことを指している。

 それは軍人における忠誠の儀のようなもの。

 いや。

 実は契約にうるさい魔族の中でも特に契約を重要視する魔術師のものであるそれは、それ以上のものと言ってもいいだろう。

 つまり、グワラニーと魔術師両者の承諾なしにはそれが誰であっても破ることはできない。

 しかも、本当の最大戦力である老人の孫娘に関してはまだその力を知られていないうえに、たとえそれを知られても彼女は将来グワラニーと結婚する身。

 こちらについてはたとえ宣言に含まれていなくても手出しできない存在というわけである。


「……もしかして、老師はこのような事態になることを想定してすべてをおこなったということなのでしょうか」

「普段王に対しても頭を下げないあの老人があの時に限ってわざわざ王を証人に仕立てたのだ。それ以外には思い当たらんな。残念ながら」


 そう苦笑いした直後、グワラニーは表情を少しだけ引き締める。


「とにかくあれだけの啖呵を切った以上、王の期待に背くわけにはいかない。さっさと終わらすためにクアムートでおこなっている戦いの後始末を一時中断するしかあるまい」


「わかりました。では、そのように手配を……」


 翌日。

 グワラニーが文官に復帰することが発表される。

 ただし、それによって軍務が解かれたのではなく、兼務であることも合わせて発表されたため、一番混乱すると思われたグワラニーの部下たちはまったく動揺を見せなかった。

 一方で、あらたに、または再び彼の支配下に置かれる立場となる現役文官たちは上へ下への大騒ぎとなる。

 もちろん王の決定である以上、表立って不満を口にすることはない。

 だが、彼らの仕事のうちもっとも影響力を行使できる部分、すなわち甘い汁が吸える部分がそっくりグワラニーに移管されてしまったのは彼らにとっての大問題だった。

 普段は利益分配争いを繰り返していがみ合う文官の各派閥の間で「アイコンタクト」、または「暗黙の了解」により、目立たない形でのサボタージュを主なものとする妨害活動を開始することが決定された。

 だが、それも翌々日に王命により鉱山部門と貨幣鋳造部門までグワラニーの傘下に加えられると一気に収まる。


「軍務と兼任ということは、どうせこれは一時的なもの」

「あの小僧が戦場に駆り出されればすべてが我々のもとに戻ってくる」

「それにあれだけの仕事を我々の協力なしにできるはずがない。いずれ泣きついてくる。それまでの辛抱だ」

「つまり、奴が威張り散らしている間に我々がやるべきことは組織の保持と自らが追放されないこと。そのための形ばかりの服従と協力。それが最良の選択肢」


 各派閥の長である文官の長老たちは暗闇に集まり、戻ってきたグワラニー対策をそう語り合い、決定した。


 むろん彼らの考えていることがわからないグワラニーではない。


「バイア。静かになった大ネズミどもが何を考えているかわかるか?」


 以前使用していた執務室の椅子に座り、黒い笑みを浮かべたグワラニーはバイアに言葉をかける。

 もちろんこちらもすべてを承知している。

 バイアは同じ種類の笑みを浮かべて口を開く。


「嵐が通り過ぎるのを物陰に隠れて待つといったところでしょうか」


「……いい表現だ」


 グワラニーがニヤリと笑う。


「だが、奴らは大事な部分で勘違いをしている」

「……我々が嵐ではなかったこと」

「そのとおり。嵐は一時的なものだが、我々はそうではない。まあ、長い歴史ということであれば我々の存在はたしかに一瞬ともいえるが、少なくても奴らが考えているよりは遥かに長い」

「そうですね。そして、この場から退場するのも彼らの方が先になります」

「そういうことだ。それにしても奴らが本当に愚かだな。私が準備もせず、手ぶらでネズミの巣窟に乗り込んできたと本気で思っているのだから」


 自信満々にそう言い切るグワラニーの切り札。

 それは自らの部隊専属の文官集団、つまり軍所属の官僚であり、彼が「軍官」と呼ぶ組織だった。


 度々それが原因で敗北を喫していながら、なおも後方支援というものを軽んじる魔族軍の中では異例中の異例といえるのだが、グワラニーは戦場に身を投じる前からこの国の軍には後方支援体制の脆弱さと強化の必要性を感じていた。

 後方支援、つまり補給である。

 もっとも、補給の重要性を理解することが異例というのは「この世界では」という条件付きのことであり、こことは別の世界では、短期的なものはともかく長期的なスパンで考えるのなら補給は勝敗を左右する重要な要素であり、絶対におろそかにしてはいけないということを戦いを指揮する者たちの多くは十分に認識していた。

 もちろん、どのようなことにでも例外があるとおり、その世界でもそうでなかった者たちは存在する。

 たとえば、グワラニーの元の祖国のかつての戦いを指導した者たち。


 彼らが補給の重要さというものをどの程度理解していたか。

 そして、その結果どういうことが起きたのか。


 それを忘れていなかったグワラニーは一連の襲撃作戦後、手にした多額の報奨金を元手にこの部隊専属の後方支援組織をつくりあげていた。

 グワラニーが「戦争屋」と軽蔑する、強力な武器を手に入れるだけで悦に入り、目の前の戦いで敵を倒すことが戦争のすべてだと思っている愚かな輩の二の舞を演じることがないように。


 しかし、現在は機能不全に陥っているとはいえ形式上補給システムはすでに存在していることから、当初それをつくることには身内からも懐疑的な意見が出た。

 当然部外者となればその比ではない。


「さすが元文官。軍人になっても昔の組織が懐かしいとみえる」


 そのような皮肉を込めた言葉を口にしながらその仕事を遠くから嘲りを込めて眺める将軍も多かった。


 たしかにふたつの組織はほぼ同じものである。

 それに、その専門家である彼や側近のバイアが直接指揮をとれば屋上屋を架す見本のような組織など不要なのだから批判の趣旨はそう的外れなものではないと言えるだろう。


 だが、結果的にこの組織があったことによりクアムートの戦いにおいてグワラニーは必要とした物資と人員をわずかな準備期間で完璧に確保できたことは事実であるし、それがその戦いで彼が大成功を収めた要因のひとつでもあったことも間違いない。

 さらに言えば、クアムートでの戦いだけではなく、これからも少数で多数を相手にする戦いを強いられることが予想されるグワラニーは側近とともに前線指揮官として作戦を立案し兵を動かす必要があり、補給だけを専らとするわけにはいかない。

 つまり、自らの代わりに短い準備期間で質量ともに望んだものを確実に調達できる能力を持った者、または組織が必ず必要となる。


 そして、もうひとつ。

 グワラニーには、自身にとっての最終目標である「元の世界に戻る」ための方法に繋がる情報を手に入れるために安全かつ誰の掣肘を受けず国内外を探索できるよう、まず国そのものを手に入れるという隠された目標があった。

 そして、そうなったときにはできるか当然国家の寄生虫でしかない現在の文官の大部分を追放することになるのだが、その穴を埋める人材をすぐにどうにかできるかといえば難しい。

 そうであれば今のうちから自らに忠誠を誓い手足として動く自分と同じレベルの者たちを集め組織化しておくべきだろう。


 つまり、一見すると無駄に見えるそれは、短期的、そして将来的なもの双方の理由によって実は十分過ぎる意味があったのだ。


 現在の正式な軍官の数は四十人。

 グワラニーはそれまでの文官たちのよりもはるかに高い給金を払うと触れを出し、募集に応じた者から彼の眼鏡に叶った者を選んだ。

 当然優秀な者しか残らない。

 そして、各部署のトップに据えた九人は比較的高い地位にあり相応の報酬を得ていたにも関わらずあっさりとその職を辞し、こちらに転籍してきた元文官だった。

 法務担当グスタヴォ・アウメイダ、財務担当エソゥアルド・ジャウジンドとアウミール・トハード、交渉担当アドリアーノ・カベセイラとブニファシオ・イタビランカ、企画担当であるクリストァン・ゴルダ、ジョルゼ・スペンセ、それに書記官アイウトン・バレアル。

 それから最後に情報分析をおこないながらグループのまとめ役も引き受ける調整官アンデルソン・ビルキタス。

 それがその九人である。

 クアムートから戻ってきたそれぞれの部署を所管するその九人の前に立ったグワラニーが口を開く。


「では、諸君。あらたな仕事だ」

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