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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二十八章 滅びの道を選択する者たち
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不思議な出会い 

 ここで少しだけ本題から離れた話をしよう。


 アリストがベンジャミン・ダンピースを王都に連れ帰ったのにはもちろん理由がある。

 さらに事情聴取。

 これがその表向きの理由であるのだが、実をいえば、これの順位はかなり低い。

 では、どのような理由があるのか?

 言うまでもない。

 国境を超えた者の大部分はほぼすべて死亡。

 軍に同行していた文官についてはダンピースを除いてすべて死亡は確実。

 そうなれば、どうなるか。

 生き残ったそれに自体への妬み。

 それから派生する様々な中傷。

 本人の意向に関わりなくダンピース一家はフランベーニュに向かう以外の選択肢はなくなる。

 これが洋の東西、いや、どの世界であっても起こる人間という生き物の矮小さを示す現実。


 それであれば、王太子が半強制的に送り出してやってほうがいい。

 そういうことである。


 本来であれば中立的立場のアグリニオンかアリターナに放つことが望ましいのだが、現在は両国を含めて人間の国はすべてブリターニャとの関係を断っている。

 つまり、外交チャンネルが生きているのはこれから滅ぼす予定の魔族のみ。

 皮肉なことではあるが、これが現在のブリターニャの悲しい現実となる。


「ですが、これもなかなか厳しい」

「それについては私が請け負いましょう」


 肝心なことを失念し、ようやくそれに気づき頭を抱えたアリストにそう声を掛けたのはフィーネだった。


「アグリニオンにいるという親の顔を見るついでに置いてきましょう」

「ですが……」

「大丈夫。髪の色を変えるだけでわからないというのはすでに実証されていますから」


 だが、ダンピースの家族を連れたフィーネが姿を現したのはアグリニオンとは全く別の場所だった。


「……久しぶりですね」

「ええ。次に会うのは戦場だと思っていました」


「それで……」


「その方々は?」


 クアムート郊外のノルディアとの非公式取引所。


 そう。

 フィーネが姿を現したのは魔族の国だった。

 そして、フィーネの前にいるのはもちろんグワラニーとなる。

 餌付けするようにグワラニーの隣にいるデルフィンには炭酸入りのオレンジジュース、その隣に座る彼女の祖父には米からつくられた酒の入った木製の壺を差し出したフィーネはグワラニーの声を反応するように振り向く。


「少し前にブリターニャとフランベーニュと戦いがあったことは知っていると思いますが、彼はその生き残り。ですが、諸々の事情によりブリターニャからフランベーニュのベルナード将軍のもとに行きたい。ですが、現在のブリターニャの状況でそれは難しい」


「そこで私のコネを使ってあなたにそれをお願いしたいのです」

「なるほど」


「ちなみにこの件をアリスト王子はご存じか?」

「もちろん。仲介は別の場所でしたが」

「わかりました」


 グワラニーは老人を見る。

 小さく首を振った老人が視線で示したのはダンピース夫妻と一緒にいる三人の子供のひとりだった。

 むろんそれはある検査に引っ掛かったことを示す。

 だが……。


「まあ、いいでしょう」


 グワラニーは全員の受け入れを了承する。


「一点貸しということでいいですか?」

「そう願えると助かります」


 交渉成立。


「この先はこの男の指示に従ってください」


「この男は魔族ですが、信用できます」


「では、お元気で」


 その言葉とともにフィーネは立ち上がる。


「では、近いうちに会いましょう。グワラニー」


 フィーネの気配が完全に消えた直後、グワラニーはデルフィンとその祖父を部屋に外に連れ出す。


「……魔術師長に確認します。その子供の魔力は?」

「並以下。だが危険であることには変わらない。なぜ受け入れた?」


 自身の問いに答え、その直後に魔術師長アンガス・コルペリーアはそう問い返すとグワラニーはこう応じる。


「ひとつは、目の前のフィーネ嬢がいたこと。あそこで断ればほぼ間違いなく魔術師長が魔力検査をおこなっていることを悟られます。それに……」


「彼が成人する頃はもうそこまで神経質にならなくても済むようになっています。だから、ここから直接ミュランジ城の対岸に飛んでそのままリブルヌ将軍を呼びつけて引き渡せば問題は起こらないです」

「わかった。だが、以前に比べて甘くなったのではないか」


 グワラニーの言葉に老人は薄く笑ってそう呟く。


「まあ、フィーネ嬢にはなるべく恩を売っておきたいですし」

「たしかに」


「今日の感じでは十分に可能性がある」

「ええ。ですが、彼女の場合は表面にあらわれているものが本心なのかは微妙です。最後まで気を緩めないようにしなくてはいけません」



 ベンジャミン・ダンピースは普通の軍所属の文官。

 いや。

 その中でも軍幹部の評価が低い、失っても惜しくないと思われた者。

 いくつかの話を聞いたところで、グワラニーの評価も「並」という判定が下される。

 そうなれば、さっさとフィーネとの約束を果たすのみということになり、即座に転移魔法でミュランジ城の対岸に設けられたゲストハウスに送られる。

 そこで一晩明けたところですぐに対岸に渡ると思われたのだが、そうはいかなかった。

 肝心のベルナードがまだ前線にいたのである。

 グワラニーとしては引き渡したいところなのだが、相手のリブルヌとしても、万が一ベルナードから「受け取り拒否」の通知が来た場合、困った立場になるため、おいそれと五人のブリターニャ人を預かるわけにはいかない。


 話がまとまったのはゲストハウス到着後八日後。


 その間のお世話係としてやってきたのはいつも通り元気なフランベーニュ人女性。

 そこに何人かのブリターニャ人も混ざる。

 そこは男性より数倍社交性のある女性。

 すぐさま情報交換を兼ねた様々な噂話で盛り上がる。

 そして、ダンピースは妻経由で将軍フィンドレイや副官のクリエフ・ブレアら十六人の軍人と彼らの家族が魔族の国で楽しく暮らしていることを知る。

 魔族の国で処刑されたはずがなぜか生きているとは聞いていたのだが、ブリターニャやフランベーニュより豊かというのはどういうことなのだろうか。

 だが、その疑問が解決されぬまま、ダンピースはこの地を離れることになる。


 フランベーニュ王国の王都アヴィニア。

 正確にはその近郊にある領地内の屋敷ということになるのだが、リブルヌの手配によって無事ベルナードのもとを訪れることになったダンピース一家をベルナードは笑顔で迎え入れる。

 夫人と子供たちとは別室に通されたダンピースはまず謝意を示し、それからここまでの経緯を話す。


「……なるほど。フィラリオ家の小娘はやはりグワラニーと繋がりがあるのか」


 ベルナードはそう呟く。


「ですが、次会う時には戦場でと言っていましたので戦う気は満々でした」


 ダンピースはそうつけ加えるものの、ベルナードはそれについては何も語らなかった。

 そして、それからしばらく話し、ダンピースの話の種がなくなったところで、ベルナードは表情を変える。


「まあ、ここにやってきたということは、むろんその気だということなのだろうが、改めて聞かせてもらおうか」


「おまえは私に忠誠を誓い、たとえ元の祖国の恩人からの依頼であっても私を裏切ることはないか?」


「もちろんです」


「もし、裏切り行為が発覚した場合は、おまえだけではなく家族全員斬首になる」

「わかっています」


「わかった。では、今日からおまえは私の下で働く文官である」


「さて、ダンピース。では、早速最初の仕事を命じる」


「ある男に会ってもらいたい。むろん来たばかりで地理不案内なのは知っている。道案内兼ねた護衛をふたりつける。そうだ」


「せっかくだ。周辺の地理を覚えてもらう意味を含めて家族全員でいくべきだろうな」


 ベルナードはそう言うと手を叩き、男ふたりを呼び寄せる。


「要件は?」

「とりあえず相手の話を聞いてきてもらいたい」

「承知しました」


 実に曖昧なものであり、おそらくこれは自分の能力を試すものと察したダンピースはすぐに出かける。

 むろん母親に抱かれた赤子以外のふたりの子供は父親の心情など知るはずもなく家族全員で出かけることを喜び両親の回りを楽しそうに駆け回る。

 やがて、一家は多数の兵に囲まれた一軒の家に辿り着く。


「どうぞ」


 家を警備している男のひとりが扉を開け、ダンピース一家を招き入れる。


「中には誰がいるのですか?」

「一切話すなと命令されています」


 すでに何度もおこなった問答がここでも繰り返される。

 部屋のひとつの前に立つと護衛の男が中の人物へ声を掛ける。


「客人が来られました」

「中へ」


 返ってきたのは短いがブリターニャ人独特の強烈なアクセントがついたフランベーニュ語。


 つまり、この部屋にいるのはブリターニャ人ということか。


 そう思いながら中に入ったところで、ダンピースが目にしたのは知った男の顔。

 いや。

 彼の命の恩人と言える男の顔だった。


「……イブリントン将軍」


「生きていられたのですか?」

「ああ。なぜか生きていた」


「と言っても、相当酷かったのだが」


「フランベーニュ軍が治癒魔法を使用する女性魔術師たちを同行させていなかったら確実に死んでいただろうな」


 涙が溢れる中での言葉であったため、非常に聞き取りにくいものであったのだが、イブリントンは苦笑しながらダンピースの問いにそう答えた。

 ちなみに、フランベーニュ軍にとって治癒魔法を使用できる魔術師を戦場に同行させたのはこの戦いが初めてとなる。

 むろんそれは先日の体験から得たものを戦訓として参考にしている。


「だが、ベルナード将軍の話では生き残った者がいるのは最初の戦場だけで残りの戦場は魔法攻撃後、強烈な掃討戦がおこなわれたた生き残った者はいないそうだ」

「それは私も見ております」

「だが、私はブリターニャのフランベーニュ領侵攻軍総司令官。助かっても斬首がオチ。さっさと殺せと言ったのだが、なぜか助けるそうだ。といっても、ブリターニャに帰るわけにもいかない。どうしたものかと思案している最中というところだ」


 苦笑しながらの呟きのような述懐をしたところで、イブリントンの視線は母親の抱かれた赤子へと動く。


「その子がおまえの命を助けた子か。命の恩人であるその子を大切にしなければならないな」


 イブリントンがそう言ったところで赤子は元気よく泣きだし、部屋の雰囲気が一気に和んだところで、イブリントンはダンピースに目をやる。


「ブリターニャに戻りながらまたフランベーニュにやってきたということは、ベルナード将軍に仕えるつもりのようだな」


「たしかにあの戦場から生き残った者にとってブリターニャは生きにくい」


「それも選択肢のひとつだな」


「どうせブリターニャでは私が死んだことになっているのだ。ここでやり直すのも悪くないかもしれないな」


 そこまで言い終わると、イブリントンは視線を床に落とし何かを考えていたが、小さく頷くと、ダンピースに視線を戻す。


「ダンピース。申しわけないが、ベルナード将軍に伝言を頼む」


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