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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二十八章 滅びの道を選択する者たち
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滅びへのカウントダウン 

 王の決定から五日後からブリターニャ全域で新たな徴兵が始まる。

 言うまでもないことではあるのだが、ブリターニャには徴兵制度があり、この世界の成人である十五歳以上男子の三割はすでに前線に送りこまれている。

 そこに更なる追加徴兵となるわけなので、当然農業をはじめとした生産活動に悪影響が出る。

 新規徴兵者のみ二百万人で編制された部隊でフランベーニュ再侵攻をおこなおうという軍の無謀な計画を後から知らされた文官を統率する宰相アンタイル・カイルウスと国家の金庫番である大蔵大臣アーサー・ブリンククロイスから猛烈な反対が起こり、徴兵で集められる兵士は予定の十分の一の規模となり、残りはすでに軍に属している者から選抜するということで手打ちとなる。

 しかも、その臨時徴兵によってブリターニャ軍が新たな軍事行動を準備していることを各国に気づかれるという予定外のオチまでつく。


 そして、例の騒動での間者狩りによって情報収集能力が大幅に低下していたフランベーニュもアグリニオンと魔族からの有料無料の二種類の情報提供によってそれを知り、それがフランベーニュへ向けられるものと察する。


 むろん撤退への行軍中のベルナードにも王都からの至急報としてそれが伝えられる。


「……やる気満々だな」


 それを聞いたベルナードは笑う。


「もっとも今から徴兵するにしても、その者たちをすぐさま前線に投入できない。となれば、予備兵力を動かし、その穴埋めに徴兵した者をするということになるのだろう」


「となれば、多くても二十万というところか」


「だから、こちらは二十万に勝利できる二十五万で迎撃するということにはならない。当然全軍を西方国境へ向ける」


 そう。

 ブリターニャでおこなわれているという追加徴兵を聞いたベルナードはブリターニャ軍の再侵攻が近いと推測した。

 だが、その規模は徴兵している数から侵攻軍の数を二十万と推測した。

 むろんこれはブリターニャの予定の人数の十分の一。

 読みは大きく外すことになる。

 ここまでは国内事情により全兵力を新規徴兵する者で部隊を編制することが叶わなくなったブリターニャに運が向いていたということになる。

 だが、結局ベルナードが持てる全兵力で迎撃に向かうことになったことにより、弱兵が侵攻に成功するという奇跡のような物語は起こらぬことが確定してしまう。


 ベルナードは自らの直属部隊だけを率い、王都を経由せず直接国境に近い要衝プレゲール城に入り、軍を展開させる。

 この後に短い休みを終えた配下の将が次々に集結したところで、ベルナードはグミエールを臨時指揮官に指名して王都に戻り、家族と再会する。

 むろん何かあればすぐに戻るつもりでいたのだが、結局ブリターニャにその動きはなく、三日間の休暇を満喫することになる。

 その後ベルナードと入れ替わる形で休みに入った魔術師長アラン・シャンバニュールも夢に見た孫を抱くことができた。

 ただし、そこはベルナードの知恵袋。

 シャンバニュールは休みの間、二回にわたり宰相オートリーブ・エゲヴィーブと会談を持っていた。


 多数の守備兵がいたことから暴徒の襲撃を免れた海軍司令部。

 ここが臨時の王宮となっている。

 その一室が宰相の執務室であり、ふたりの魔術師が顔を合わせている場所でもある。


「……実を言えば、私はブリターニャのこの攻勢を疑っている」


 シャンバニュールはそう切り出す。


「この時機に別の戦線を開く必要があるのかと」

「言いたいことはわかる。だが、それはフランベーニュ側の視点ともいえる。考えるべきはブリターニャの視点」


 エゲヴィーブは茶をひとくち含み終わるとそう言った。


「フランベーニュが魔族と完全停戦した。そして、前線から軍を引く。そのような情報を手に入れたブリターニャがどう考えるか」


「フランベーニュ領侵攻。さらに戦場の騙し討ち」


「それまではフランベーニュにはその余力がなかったが、魔族との戦いが終わり余剰戦力が出たとなればいよいよその報復が来る。そう考えてもおかしくない」


「しかも、これから魔族との決戦が控えているブリターニャにとってフランベーニュとの国境は裏口。魔族との戦いが始まってからそこから二百万の敵がなだれ込んだきたらブリターニャとしては防ぎようがない。そこで慌てて徴兵しているのだろう」

「ということは、ブリターニャは攻めてこないと?」

「普通は。だが、相手にはアリスト・ブリターニャがいる」


「あの男なら別のことを考えているかもしれない。たとえば……」


「前回のブリターニャによる我が国への侵攻。その最終段階で起きたことを再現しようというのではないのか。つまり……」


「我が軍を集め、一瞬で葬る」


「エゲヴィーブ殿。ひとつ聞いていいか」


 エゲヴィーブの言葉が終わったところでシャンバニュールが問う。


「そういうことであれば、徴兵そのものが陽動ということなのか?」


「ブリターニャの徴兵があらたな出兵計画だと読んだ我々はベルナード将軍配下を国境近くに送り込む。そこに現れたアリスト・ブリターニャの一撃で殲滅するという罠」


「ということは、近づかないことこそが最良の一手ということ……」

「ありえる。だが、そう言い切れないところがこの策が妙手である所以というところか」


「たとえば、そう思わせ我々が近づかせず、ブリターニャは悠々と侵攻してくる。事前に情報を掴みながら攻撃を恐れそれを許したとなれば軍の醜態。罠かもしれないと思いつつ、前線に行かねばならない」

「ということは、ベルナード将軍指揮下の部隊の全部ではなく相手の予想される規模である二十万に勝利できる規模に抑えるほうがいいのか」

「いや。行くのなら全軍だろう。万が一、ブリターニャ軍が本気なら百万の兵を出すことだってありえるだろうから」

「悩ましいな」

「全くだ。魔族との戦いに集中すればいいものをこんな時期にまで余計なことを考えるものだ。アリスト・ブリターニャは」


 想定していなかった事態。

 そして、アリスト・ブリターニャという最上級の策士の存在。


 考えれば考えるほど泥沼に嵌っていくことを感じたふたりの魔術師は思わずぼやく。


「そして、ここでもうひとつ悩ましい情報を提供しよう」


 エゲヴィーブがそう言うには苦みが強すぎる苦笑いのまま、披露したのは前回の侵攻前にグワラニーが口にした情報だった。


「グワラニー氏はこう言った」


「どのような状況になっても国境を超えてはいけない。そこにはアリスト・ブリターニャが待ち構えているから」


「むろんグミエール司令官はそれを守った。だが、多数のお調子者がその言葉を無視して敗走するブリターニャ兵を追って国境を超えた。そして、全滅した」


「警告どおりだったわけなのだが、この話おかしいとは思わぬか」


 あのときは勢いに押されて、エゲヴィーブを含めてフランベーニュ軍幹部は皆そのまま鵜呑みにしてしまったわけなのだが、少しでも冷静になれば、この話は非常におかしい。


 国境近くまで来ているのなら、そのまま国境を越えその力で無双すれば形勢の再逆転も狙えた。

 それどころか、最初から戦いに参加していればブリターニャの完勝だった。

 それにもかかわらず、最後の最後まで戦いに参加せず、攻撃対象も国境を超えた者だけ。

 山ほどいる国境の向こう側にいるフランベーニュ軍将兵には一切手を出していない。

 つまり、自身が国境を超えることはもちろん、攻撃も国境を超えることは許さないという枷を自身に課していた。


 これ自体おかしなことであるのだが、その奇妙な枷をグワラニーは知っていた。

 しかも、戦いを始まる前から。


 どうして?

 言うまでもない。

 グワラニーがアリストからそれを知らされていたから。


 なぜ?


 エゲヴィーブが指摘したのはそういうことだった。


「……アリスト・ブリターニャとアルディーシャ・グワラニーが裏で繋がっていると?」

「もし、そうであれば、戦いはすでに終わっている」


「アリスト・ブリターニャとその護衛が本当に勇者一行であれば、その破壊力はグワラニー氏が将軍アポロン・ボナールに見舞った『悪魔の光』と同格。その巨大な力を持つふたつの勢力が共闘しているのであれば無敵だろう。抗うのが馬鹿々々しいほどに。そうなっていないということは……」


「理由はわからないが、お互いにその力を使用しないよう協定を結んでいると思われる」


「そして、その力は自国と相手の領内でのみ使用できるというのがその内容であろう。つまり、魔族とブリターニャがお互いが相手であるときのみその力は解放される」

「つまり、今回は大丈夫だと?」

「そう信じたいのだが、あの時から状況は悪化している。アリスト・ブリターニャがフランベーニュの地に踏み込んでくる可能性はある」


「だが、確実なのは、我が軍がブリターニャ国内に入った瞬間、制限は確実に解除されるということだ。だから、どれだけ勝っていようがブリターニャ領内に入ってはいけない」


「それと、どこであろうとアリスト・ブリターニャの存在に気づいたら逃げるべき。特にそれがフランベーニュ領であったときは間違いなくベルナード将軍を狩りに来ていることを認識すべき」


「承知した。助言を感謝する」


 シャンバニュールはそう言って直後、わざとらしい咳払いをした。

 むろんそれが仕切り直しの意味であることはあきらか。

 そして……。


「本題にとりあえずケリをつけたところで、先ほどの話の続きをしたいのだが……」


「アリスト・ブリターニャが国境を超えることができないという自身の枷の情報を最大の敵であるグワラニーに流したという件であるのだが、その情報を流したのは『銀髪の魔女』という可能性はないだろうか?実は……」


「本人曰く、下世話な話だそうなのだが、ベルナード将軍は『銀髪の魔女』とグワラニーが繋がっているのではないかと疑っているのだ」

「なくはない。だが、可能性は低いと私は考える」


 シャンバニュールからの意外な言葉に一瞬戸惑い、それから苦笑したエゲヴィーブが口を開く。


「そうであれば、状況がここまで来ているのだから彼女はグワラニー氏の側に席を移しているだろうし、そうでなければアリスト・ブリターニャの首は落とされているだろう」


「もっとも、首を落とす機会がないから、まだアリスト・ブリターニャの傍らにいるともいえなくはない。だが、そこまでグワラニー氏につくす理由を彼女は持ち合わせていないように思える。ただし、あの小娘は何を考えているのかさっぱりわからない。答えをひとつということであれば、わからないということになる」


「せっかくだからこちらからももうひとつつけ加えておこう」


 エゲヴィーブは呟くようにそう言った。

 そして、そのまま言葉を続ける。


「これは今回の戦いに関係ないことなのだが……」


「実を言えば、グワラニー氏は国外に逃げ出したダニエル・フランベーニュに対し、降伏を勧告していた。それはふたりが初めて顔を合わせた時。つまり、まだフランベーニュが貧しくなる前の話だ」


「そして、その時グワラニー氏はこのようなことを言っていた」


「今ここで降伏するのなら、エクラン山地を国境に定めてもよいと。当然ダニエル・フランベーニュはその勧告を蹴り飛ばしたわけなのだが、グワラニー氏は自身の勧告を蹴り飛ばされた後にこのような言葉をつけ加えていた」


「あの時、降伏しておけばよかったと後悔するくらいにフランベーニュは領土を失うことになる」


「ベルナード将軍が魔族軍と停戦する際に示した条件は、ダニエル・フランベーニュが蹴り飛ばした降伏勧告その時示したものと同じ。つまり、こちらとしては最大限の譲歩と思われたあの条件は交渉の始まりでしかない。ブリターニャとの戦いが終わった後に、魔族として正式な領土要求があると思ったほうがいい。しかも、その広さは途方もないものだろう」

「では、もう一度蹴り飛ばして……とはならないな。だが、停戦後に領土の再要求は相応の根拠が必要だろう」


 シャンバニュールの言葉にエゲヴィーブは苦笑する。


「その辺は抜かりない。あの男は」

 

「前国王とダニエル・フランベーニュの署名入りの領土割譲文書。それを隠し持っている。間違いなく」


「それはロシュフォール新国王に話してあるのか?」

「むろん」


 シャンバニュールの問いにエゲヴィーブは短いがハッキリと答えた。


「それで、国王はなんと?」

「正式なものであれば、それを受け入れる。それがどのようなものであっても」


「もともと陛下は誠実で正道を進む人だ。そして、王位についてからはその色合いが濃くなった。陛下はその時こうも言った」


「正当な相手の要求であるのなら、彼我の力関係に関わらず受け入れ、そうでなければ拒否する。そして、魔族の要求が正当であるならばそれを受け入れ、そこで新たな国境を策定する」


 アリターナの件もある。

 それはあまりにも譲歩しすぎではないのか。


 その感情がハッキリと読み取れる表情でシャンバニュールは目の前の男に鋭い視線を向ける。


「それについてエゲヴィーブ殿は意見しなかったのか?」

「むろん誠実さだけですべてが解決するわけではない。だが、今回については有効だと思ったので反対しなかった」


 そう言ったエゲヴィーブはシャンバニュールが納得していないことに気づく。

 数瞬後、言葉を加える。


「現在のフランベーニュの国力。そして、グワラニー氏率いる軍の実力を考えた場合、要求を拒否した瞬間フランベーニュの滅亡が確定する。それに対し、要求を受け入れ国境を確定してしまえば、それ以上の侵攻はない。これはこれまでのグワラニー氏の行動からあきらか」


「同じ人間としては言いたくはないが、もし、魔族とブリターニャの戦いでブリターニャが勝利したら、待っているのはフランベーニュのブリターニャの属国化。それに比べれば、どれだけ小さくなっても独立した国家である方が千倍いい」


「魔族には、いや、グワラニー氏には勝ってもらわねばならない。そして、我々は今回もブリターニャ侵攻は絶対に阻まなければならない。グワラニー氏主宰の宴がおこなわれる場に残っているために」


 クアムート。

 実質的には魔族の国で最も賑わいがある町。

 もっとも、最近猛追しているクペル城の新市街にその地位は脅かされている。


 その中心にあるクアムート城の一室で、その城を含む一帯を支配している者とその側近が真剣な表情でその情報が記された紙を睨みつけていた。


「……一応、フランベーニュには知らせておきましたが、これは全くの予想外の出来事です」


 その手配のためにクペル城に赴いていたバイアはそう言って盛大にため息をつく。


「我が国とフランベーニュが停戦成立。そして、撤退。たしかにそう思って見れば、自国へ攻撃を仕掛ける前触れとも見えますが、それなりの者が見れば単純な配置転換とわかるでしょうに」


「さすがにこれをアリスト王子が読み間違えるとは思えませんので、ブリターニャ王の決定ということなのでしょう」


「それに新規徴兵が始まったからといって再侵攻と決まったわけでもありませんし」

「いや。これはアリスト王子が主導している」


「そして、目的は先日の狩りの再現」


「ワイバーンからの情報によれば、ブリターニャはすでに苛烈な徴兵をおこなっている。それこそ農業崩壊が起こるギリギリまで」


「その状況でさらに徴兵をおこなうということは下手をすれば自壊を招く。さらに……」


「魔族討伐は勇者がおこなうということに決まっている。当然正規軍には余力が出る。彼らを転進させさえすれば基盤産業の崩壊の危機を招いてまで新たな徴兵をおこなう必要はない」


「それをおこなってまで新兵が必要な理由。それは全滅必至の囮役として彼らをフランベーニュへ向けるため。これであれば貴重な戦力を失わず済む。だが、それだけでは囮役の新兵を失ったうえにフランベーニュによるブリターニャ領侵攻の呼び水になるだけ」


 そこまで言ったところでグワラニーは薄く笑う。


「そう。一見愚策に見えるそれこそがアリスト王子が狙っていること。そして、自分の視界に入ったところでベルナード将軍の配下を巨大魔法で叩くわけだ。そして、ベルナード将軍の軍が消えれば、背後を心配する必要がなくなり、アリスト王子は魔族討伐に専念できる」


「だが、この策にはベルナード将軍が国境を超えるかどうかわからないという問題がある。だが、今のアリスト王子ならベルナード将軍を狩るためにフランベーニュ領に足を踏み入れることを躊躇うことはないだろう。つまり、本当の問題はベルナード将軍が国境近くまで来るかどうかということ」


「そして、徴兵を大々的におこなうことがその解決策というわけだ。派手に徴兵をおこなうことによってフランベーニュにブリターニャ軍の攻勢の可能性を気づかせ、国境付近で迎撃するようベルナード将軍に命令が出るように促すというわけだ」


「相変わらず芸が細かい。アリスト王子は」


 むろんこれもある意味ではハズレである。

 だが、まさかこの大事な時機にアリストが父王に足を引っ張られ、自身の思惑とは違うものを押しつけられているなどとはさすがのグワラニーも想像もできず、すべてがアリストの思惑どおりという前提に基づいて推測が組み上げられていくのは当然の作業。

 そうなれば、それによって出来上がった推測も事実と違うものになるのは致し方ないといえるだろう。


 ただし、アリストがベルナードを狩るために囮を用意しているという大枠は間違っていない。

 グワラニーの説明を咀嚼し終わったところでバイアも納得し小さく頷く。


「アリシアさんはどうですか」


 ここでグワラニーがその場にいた残り三人のうちのひとりに声をかけるとその女性は少しだけあった笑みを消す。

 一礼後口を開く。


「私たちとフランベーニュが停戦し、ベルナード将軍が撤退したという情報を手に入れたアリスト王子が私たちとの戦いをおこなう際の不安材料を取り除くために動くというはあり得る、いや、当然のことといえるでしょう」


「ですが、そうであっても新たな徴兵はやや疑問があります」


「新兵を囮に使うのはあまりにも露骨でベルナード将軍に疑念を持たれます。しかも、その手は少々の手直しをおこなったものの前回と同じ。グミエール将軍もいるのですから成功するのは厳しい」


「それこそ一線級の将兵を使わなければ囮にならないのではないでしょうか?」

「ですから、彼らはベルナード将軍を呼び寄せるだけの役割であとはアリスト王子が国境を越え、狩りに向かうと……」

「なるほど」


 バイアの言葉を頷きながらも、アリシアが口にしたのはハッキリとそれを否定するものとなる。


「もし、本当にアリスト王子がそれを実行するようであれば、王子の知恵の泉が枯れたといえるでしょう」


「アリスト王子がそれをおこなった場合、こちらも例の枷が外れることになります」


「そうなれば、こちらの戦い方の幅が増えることになり、必然的にアリスト王子の勝率は下がります。私たちとの戦いでそれがどのような意味なのか。その程度のこともわからぬようでは知恵の泉が枯れたと言われても仕方がないでしょう」


「おそらく一線級の兵を囮に使うことに反対した軍との妥協」


「これが今回の徴兵の真相ではないでしょうか」

「ですが、それではその策は失敗に終わる。そうなると、帳尻を合わせるためにやはり国境超えはあり得ると思われますが?」

「そうですね。ですが、それをやったらアリスト王子は終わりです」


「色々な意味で」


「……なるほど。それで……」


「それをフランベーニュに知らせてやるのか?グワラニー殿」


 アリシアの言葉の後に続いた長い沈黙を破ったその言葉を口にしたのは老魔術師だった。


「停戦したとは言え、そこまで親切にしてやる必要もないだろうと私は思うのだが」


 そう言って見解を求めるようにグワラニーを見やるが、グワラニーはそれには応えず左側に視線を動かし側近の男に目をやる。


「バイア。どう思う?」

「私は魔術師長の意見に賛成です。それによってアリスト王子がこちらとの約束を破ったかどうかを確認できますから」

「アリシアさんは?」

「私も同じです」


 グワラニーは最後に自身の隣に座るその場には場違いのような少女に目をやる。

 むろん少女に意見はなく、小さく首を振るだけだった。

 それを確認すると、グワラニーは全員を見渡す。


「皆の意見が一致し、私もその意見に賛成です。ということで、様子見ということになりますが、先ほどアリシアさんが言ったように同じ相手に同じ手を使った時点でその策は失敗。しかも、最も重要な囮役を新米兵士が担うとなれば失敗する。これに引っ掛かるようではベルナード将軍もそれの程度ということになります」


「もっとも、私の見立てではベルナード将軍はもちろんグミエール将軍、側近の魔術師長も有能。さらに宰相になったオートリーブ・エゲヴィーブ氏も十分な洞察力を持っている。そのような事態にはならないでしょう。それこそ、アリスト王子が一線を超えないかぎり」


 さて、グワラニー、そしてフランベーニュにも看破されたその策だが、むろん王の決定が下されている以上、中止はもちろん、変更もおこなわれることなく予定通りに動き出す。


 もちろんこのまま実行されれば失敗に終わることは確実。

 そして、そうなれば再び百万単位の死傷者が出る。

 その損害に見合う果実を得るためには、自身が国境を超えて狩りに出向かなければならないのだが、それをおこなえばグワラニーに課した枷が消える。

 それはグワラニーに対する自身の優位性を下げることはあっても上げることはない。


 ファーブたちの猛烈な反対もあり、アリストがそれを諦めた段階で失敗が確定する。


 ……始まる前に終わっている。

 ……クリスマス前の七面鳥ですね。これは。


 フィーネが心の中で呟いたその比喩はまさにその状況を的確に表現した言葉となる。


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