そして、その日がやってくる
グワラニー軍によるブリターニャの王都サイレンセスト包囲。
多くの事象、魔族の王からの言葉があったにもかかわらず、アリストはその可能性を排除した。
結果的にはこの判断ミスがサイレンセストの住む者たちの命を奪うことになり、最終的には自分自身の破滅を招くことになるのだが、この時点ではまだ余裕癪癪といったところだった。
そして、約束どおり歩いてくる王とガスリンの姿を見たアリストは黒い笑いを浮かべる。
「全く律儀ですね。魔族は。まあ、それだけ勝算があるということなのでしょう」
「ですが、それが命取り」
「まあ、やってきたのですから、それ相応のもてなしはさせていただきますが」
アリストがそう呟いた五ドゥア後。
間近に迫ったふたりの魔族の装いは先ほどとは少しだけ変わっていた。
王はおそらく正装と思われる、華美さはないが、厳かさは感じる服。
ガスリンは赤い甲冑。
さらに手には白旗だけではなく大剣二本と戦斧。
完全に戦闘態勢である。
やがて、声が届く範囲まで来たところで立ち止まったふたりの男。
そのひとりが口を開く。
「では、聞かせてもらおうか」
「話し合いの結果を」
王の言葉にアリストは薄い笑みで応じる。
「聞くまでもないでしょう」
「この場であなたを殺し、イペトスートを破壊する」
「なるほど」
「それは残念だ」
「では、翻意を促すためにもうひとつ話を聞かせてやろう」
「私がここに来る前にグワラニーはブリターニャの王と接触している。もっとも接触したのはホリー・ブリターニャとアリシア・タルファだったらしいが」
「そこでグワラニーは降伏を勧告した。ある条件を飲めば王も含めて命は助けてやると言った。そして、その条件とは」
「王太子アリスト・ブリターニャを自裁させる」
「だが、ブリターニャ王はその勧告を撥ねつけたとのこと」
「当然死を覚悟したものであろうが、かわいそうなのは巻き添えになる王都に住む民たちだ」
「おまえたち人間と違い、私は敵対している者であっても不要な死は望まぬ。そこでもう一度同じ勧告をしよう」
「アリスト・ブリターニャ。おまえがここで自刃すれば、サイレンセストに対する攻撃を中止してやる。むろん王を含め全員の命を助けブリターニャ王国は現状の国境で残すことを約束してやる」
「どうだ?悪くない条件であろう」
「たしかに悪い条件ではないですね」
「ですが、お断りしましょう」
「いかにも甘いだけのグワラニーが言いそうな話ですが、それとともに楽をして果実を手に入れようとするあの男らしい手でもある。あの男は全く姿を見せない。そして、命を狙われているはずの王が姿を見せ、とんでもない話を口にする。そこまで仕込まれたらその話を完全に信じ、民を救うためにここで心優しい私は自身の首を落とし、その後ブリターニャは降伏する」
「英雄譚になりそうな話ですが、残念です。その話は成り立たない。なぜなら、グワラニーがサイレンセストに辿り着くことは絶対に無理なのですから」
「それはサイレンセスト近郊に転移した話を言っているのか?」
「そうです」
「つまり、ここまで話してきた私の言葉をおまえは信じていないというわけか」
「ええ。まったく信じていないですね」
「なるほど」
王は薄く笑う。
そして、もうひとりの男に声を掛ける。
「ガスリン」
「交渉決裂だそうだ。となれば、その白旗は不要だ。捨てろ」
そして、その言葉に従いガスリンが目の前に放り投げた白旗に王が人差し指を向けるとメラメラと燃え出す。
「もうこれで後戻りはできないぞ。アリスト・ブリターニャ」
「もちろんそれは承知しています。ですが、それは……」
「おい。アリスト」
自身の言葉を遮るようなファーブの叫びに視線を動かしたアリストの目に飛び込んできたのは、四方から上がる狼煙。
合計十二。
それは間違いなく、王が火をかけた白旗に反応したもの。
つまり、先ほど白旗を焼いた行為は何かしらの意味があるということだ。
「何ですか?あの狼煙は」
「むろん攻撃をおこなうための合図だ」
「と言っても、ここに対するものはでない」
「あの狼煙をおまえたちの攻撃範囲外から眺めた伝令がサイレンセストを囲むグワラニーのもとに飛ぶという段取りだ」
「つまり、おまえの言葉によってサイレンセストが灰になることが決した。言い換えれば……」
「救える命をおまえは自身のつまらぬ目的のために見捨てたわけだ。そして、おまえはブリターニャ王都を燃やした大罪人として歴史に名を残す」
「まだそのような戯言を言いますか」
「ここまで来て嘘を言うわけがないだろう。まあ、信じないのはおまえの勝手だが、これだけ警告したにもかかわずそれを拒否したことをおまえはすぐに後悔することになる。アリスト・ブリターニャ」
王はそう言ってまた笑う。
「では、始めようか」
「ガスリン。まず小僧たちの相手をしてやれ」
王のその言葉とともに、ガスリンは二本の大剣を地面に突き刺すと、残った戦斧を握りしめる。
王はそこから少し下がった場所に移動しその様子を眺める。
「小僧ども。特別に相手をしてやるが、ひとりずつでは面倒だ。三人まとめてかかってこい」
ガスリンはそう言って挑発するが、三人には誇りと勇者という肩書がある。
そして、何よりも彼らは病的な戦闘狂。
強敵とはいえ、いや、滅多に出会えない強敵だからこそ、一対一で戦いたい。
当然三人でひとりの相手と戦うなど論外中の論外。
「今日こそ最初は俺にいかせろ」
「そうはいかん。いつもどおり金貨で……」
「そもそもこう言う相手こそ勇者であるこの俺が……」
敵の目の前でおこなうものとは思えぬ醜態を晒す。
「その気がないならこっちからいかせて貰うぞ」
その声とともに物凄いスピードで迫ってきたガスリンは戦斧を振るう。
一番近くにいたファーブが大剣で受け止めようとするものの、三人まとめて吹き飛ばされる。
隙を突かれ体勢が悪かったとはいえ、その力は相当なものと言わざるを得ない。
互角。
いや。
相手の方が上かもしれない。
三人は相手の実力を察する。
だが……。
「さすが、実力主義だという魔族軍の最高司令官。ブリターニャやフランベーニュの口だけ将軍とは違うな」
「ああ。こうなるとなおさら一対一でやるべきだな」
「そのとおり」
相手の実力を知ったところでまだ一対一、いわゆるタイマンに拘る。
まさに本物の戦闘狂いったところであろうか。
「……フィーネ。あなたは彼我の実力をどう見ましたか?」
性懲りもなく、再び誰が一番最初に戦うかで揉める三人の後ろでアリストはフィーネに囁く。
「力だけでなら、魔族軍の司令官の方が圧倒的に上でしょう。後は剣速ということになりますが、あの態勢から戦斧を受けたということはファーブたちの方がやや上といえるのではないでしょうか。そして、総合的に考えれば……」
「三人のうち誰であっても最初のひとりは確実にやられ、二番目に戦う者は五分。三番目に戦う者がようやく勝てるというところでしょう。さすが軍司令官。そして、魔族の王をひとりで護衛するだけのことはあります」
「それだけの実力の持ち主ならなぜガスリン今まで前線に出てこなかったのでしょうか」
「あの男には王を守るという絶対的な仕事があったからということでしょう。もちろん確実に剣と剣との戦いということならどこかで出てきたかもしれませんが、そうならないことはわかっていた。そうなれば、総司令官という身分の者が安易に前線に出るわけにはいかなかったのでしょう」
そう。
確実に相手を倒す。
その目的であれば、勇者は魔法を使う。
しかも、相手、つまり自分のことを指しているのだが、その相手は強力な魔法を操る者。
どれだけ腕の立つ剣士であっても勝つ術などない。
アリストの問いに答えるフィーネの言葉はそれを意味していた。
「そして、今はその第一の枷が解かれた。残りはひとつ」
「だから、わざわざ勝つのは厳しいと思っても三人を指名したのでしょう。剣と剣の戦いに持ち込むために」
「だからと言って、死に場所を求めて現れた愚かな剣士のつまらぬ感情にこちらがつき合う必要はないですね」
「……まあ、さすがにいきなりフィーネの一撃で終わらせるというわけにはいかないでしょう。ということで、これが最大限の妥協です」
アリストは視線をフィーネからファーブたちへ動かす。
「ファーブ、マロ、ブラン。ここは三人で戦いなさい。これは命令です」
「断る」
当然のようにファーブからは拒絶の言葉が届き、兄弟剣士はそもそもその言葉を無視することを決めていたかのように聞こえないふりをして剣を構える。
……仕方がありません。
「私たちにはまだ倒すべき相手がいるのですから、ここであなたたち三人、ひとりも欠けるわけにはいかないのです。命令に従わないのであれば、私は魔法でその男を倒します。それでもいいですか?」
その冷え切った声から三人もすぐにアリストが本気であることを察する。
「……わかった」
一瞬の百倍ほど経ったところで、ファーブはアリストを睨みつけ吐き出すようにそう言うと、ブランが剣を持って待っているガスリンに目をやる。
「オッサン。悪いな。そういうことで三人でいかせてもらうことになった」
その言葉にガスリンはニヤリと笑う。
「私は最初からそう言っているだろうが。だから……」
「さっさと来い。小僧ども」
戦斧から大剣に持ち替えたガスリンは三人を向ける。
「つまらぬ細工などせず三人同時にかかってこい」
三人で囲む。
これでアリストの命に従った。
だが、実際にはこの状態からひとりずつ戦う。
実際は一対一での勝負。
戦闘狂である三人が考えた渾身の策だったそれはガスリンにあっさりと見破られる。
「そうでなければ全員死ぬぞ」
「おもしろい。それが本当かどうかを俺が試してやる」
その言葉とともにブランがガスリンに向けて斬りかかる。
だが……。
「甘い」
そのひとことと共に唸りを上げたガスリンの剣がブランの渾身の一撃を撥ね返し、さらにブランを斬り裂こうと反転する。
並の剣士なら間違いなく両断されていたのだろうが、ほんの僅かの差でブランは剣を避けきる。
「避けたか。まあ、これくらいはやってくれなければつまらないのだが」
膝をついて大きく息をするブランを見下ろすガスリンはそう言って笑うものの、その視線でマロの動きを掣肘している。
「たしかに強いですね」
アリストは言葉を漏らす。
「正面から一対一でやりあったらブランどころかマロやファーブだって勝てるとは思えません」
「それはどうでしょうか……」
フィーネの言葉にアリストは首を傾げるとフィーネは薄い笑みでその言葉に応じる。
「見ていればわかります。アリスト」
フィーネのその言葉の意味はその直後、すぐにあきらかになる。
「俺に背中を見せるな。魔族」
その大声とともにファーブの大剣がその重さを感じさせないくらいの物凄い速さでガスリンの背中に突き立てる。
いや。
突き立てたはずだった。
だが、ガスリンは軽く躱し、その剣を叩き落とすと、ファーブを蹴り飛ばす。
「力が入り過ぎだ。それと背中からやるなら声を上げるな。殺気も出し過ぎ」
そう言うと、剣を拾い、ファーブに投げ返す。
「ここまでは遊びだ。次このような中途半端な戦いをしたら斬り殺す。心してかかってこい。小僧ども」
魔族の戦士を含めここまでどの戦いでも圧倒的力の差を見せてきたファーブたちを手玉に取る。
間違いなく本気のガスリンの力は三人より上。
本物の中の本物だった。
「本当に……本当に上には上がいるものですね」
アリストは呟く。
そして、思う。
このままファーブたちに任せていたら、全員が斬り殺されてもおかしくない。
むろんフィーネの使者蘇生によって復活できるのだが、そうなったら暫くは自分ひとりが魔術師となり、グワラニーに対する優位性が失われる。
前回はフィーネの魔力復活までおとなしくしていたわけなのだが、今回は最終決戦が始まっている以上、その手は使えない。
そうなれば、その状況に陥らないようにしなければならない。
……手遅れにならぬうちにガスリンを自分の手で始末するしかない。
「……どうしますか?フィーネ。あなたがやらないのであれば私がやりますが」
「そうですね……」
アリストはフィーネに魔法攻撃をおこなうように囁くと、短い言葉でそう応じたフィーネ。
そして……。
「ファーブ。あなたたちが三人がかりで戦わないのならその魔族は私が魔法で殺します」
「どうしますか?」
「ま、待て」
ファーブは慌て、残りふたりを見る。
むろんの望みは一対一。
だが、たとえ三人一緒であっても、これだけの強敵と戦える機会を失うよりは遥かにマシ。
無言の会話で合意され全員が頷く。
「仕方がない。気が進まないがやるしかあるまい」
「悪く思うなよ」
「気にするな。私としてはむしろ望むところ」
「だが、始める前にひとこと言っておこう」
ガスリンはなぜか剣を下ろし、三人を眺める。
「おまえたちの剣は自己流であり、基本ができていない。だから、私に勝てない。だが、これまでの実績が示すとおり素質はある。正当な剣の扱い方法を良き師に学べば、さらに強くなることだろう」
「魔族軍副司令官のアパリシード・コンシリアは私と同等の力量を持つ。また、グワラニーの軍に属するアーネスト・タルファは私が知っているかぎり人間で最高の剣の達人でありハッキリ言えばおまえたちより数段上。両者とも流派は違うが正統な剣の師に学んでいる。機会があれば、ふたりのうちのどちらかに師事するといい」
「もう少しこのまま楽しみたかったが、止むを得ない。だが、その相手は有名な勇者とその同行者。その者たちとの三対一の勝負ができる。悪くはないものだった」
「では、再開だ」
ファーブたち三人がガスリンを囲むように立ち位置を決める。
「もう一度言う。今度は手加減なし。隙があれば殺す。だから、おまえたちも一撃で私を仕留めるつもり来い」
その言葉とともに三人は間合いを詰め、一斉に斬りかかる。
勇者と兄弟剣士がこのような形でひとりに対して一斉に斬りかかったことは初めて。
アリストはもちろん、ファーブたち自身も本当に一撃で終わると考えていた。
だが……。
「……剣速が上がった?」
フィーネが思わず声を上げる。
なんと、三方向からほぼ同時にやってきた三人の剣をガスリンはすべて受け切ったのだ。
「もしかして、私が力だけで戦っていたとでも思ったか?」
「先ほども言ったであろう。基本がないおまえたちの隙だらけの一撃など防ぐだけならそれほど難しくない」
……たしかにそのとおり。
フィーネは呟く。
……たしかに彼らの剣は重く、早い。
……ですが、模擬戦では彼らは私に敵わない。
……その理由を、速さが違うからと私は思っていましたが、そういうことでしたか。
この世界に来る前の彼女は多趣味だったが、そのひとつが剣道。
……この世界の戦い方が両手で剣を持つスタイルだったので剣道がこの世界の武術と相性よかったのでしょうが、基本があるために彼らの剣筋を読めるということなのでしょう。
……ですが、そうなると、三人であっても相当厳しいということになりますね。
だが、三人も伊達に勇者を名乗っていない。
決定打は与えられないが、ガスリンからの一撃も受けていないのはその証。
そうなれば、あとは体力勝負。
三対一。
その差が徐々に表れてくる。
頻繁にあったガスリンの反撃の一撃が徐々に減り、遂に防戦一方になる。
そして、マロの一撃にガスリンの反応が遅れる。
かろうじて致命傷は避けたもの、剣は甲冑を突き破り背中に深い傷を与える。
その直後、ファーブの一撃がガスリンの剣を弾き、ほぼ完ぺきな一撃を右から左へ進み、ブランの渾身の突きがガスリンの内臓に貫く。
「……意外と手間取ったな。つまり、まだまだということだ。だが、いい攻撃だった」
なぜか笑ったガスリンはその言葉とともに倒れる。
「……陛下。お先に失礼する」
それがガスリンの言葉だった。
「強かったな」
ファーブが呟くとマロとブランも頷く。
「……俺たち三人がかりにやっと勝てた。一対一でやっていたら勝てなかった」
「しかも、最後に余計な説教までしやがって。本当に嫌なオッサンだ」
「……そうですね。確かにあのような形で殺すのは勿体ないと言えますね」
そう言ったフィーネはガスリンの髪をひと房刈り、それからそれに血を塗りつけると、それをガラス製の小瓶に入れる。
「私たちが魔族軍総司令官に勝った証拠です」
フィーネはその様子を眺めるもうひとりの男に聞こえるようにそう言ったものの、ファーブたちにはそれが何を意味するかすぐにわかった。
「……その時を楽しみしておこう」
ファーブはそう言って、死んだ魔族に一礼すると、マロとブランもそれに続く。
さらにフィーネも珍しくもそれに同調するように小さく頭を下げた。
一方、アリストはそのような感傷的な雰囲気を拒絶する。
その死体を感情が籠らぬ目で眺め、それから視線をその場に残る唯一の魔族へと動かす。
「さて、最強の護衛もいなくなりました。ここからどうしますか?」
だが、男は薄く笑っていた。
この状況が自身の望んだとおりであるかのように。
そして、こう呟く。
「さて、どうしたものかな」
「私も剣にはそれなりの自信があるが、ガスリンを倒すような者を相手にするのはさすがに荷が重い。では、魔法で勝負するかといえばそれも厳しい」
「では、諦めて首を落とされてください。ですが、その前に聞きたいことがあります」
「いいだろう。何が知りたいのだ?アリスト・ブリターニャ」
アリストの要求を王はあっさりと受け入れる。
それはアリストにとって意外であった。
だが、目的は尋問ができること。
相手の思惑など関係ない。
アリストはそう思い直すと口を開く。
「なぜあなたはここに来た?」
「魔族軍の総司令官の剣の腕は確かに驚くべきものだった。ですが、それでも私なりフィーネなりの魔法を使用すれば一瞬でケリがつく。もちろん、あなたはそれを知っていたはず。それにもかかわらずなぜこうやって私たちの前に姿を現した?」
「まあ、理由は色々あるのだが、そのひとつは私とガスリンは死なねばならぬ身だったことだ」
「王都を失陥させた王と総司令官という立場上?」
「それもある。だが、それ以前の問題だな。実際は」
そう言って王はなぜか薄く笑った。
「……ブリターニャの王家にも世に出せない歴史はあるだろうし、愚かな王もいただろうが、それは我々も同じだ」
「そして、数多くいた愚かな王の中でも先王はその醜悪さが際立っていた。先代の王がどうしてあの王を後継者にしたのかはわからない。だが、結果だけみれば間違いなくそれは失敗だったといえる」
「あの男は自身が手に入れた絶対的な権力を国のためではなく自分自身の欲望ためだけに使った」
「部下のどのような小さな失敗も死をもって償わせる。それだけではなく意見する者も反逆者として処刑した。そして、王はこれから死する者たちの様子を楽しんでいた」
「そんな時、おまえたち勇者が現れた。さらに人間の国が協定を結んで全面侵攻してきた。その時点で多くの有能な将軍が処刑されてガタガタになっていた我が軍は防ぐことができず後退するしかなかった。その際も王は軍の後退を指示した将軍を処刑するだけで反撃の手立てはなにひとつ打たれることはなかった」
「それどころか、好転しない戦況に苛立った王はそれまで以上に部下たちの処刑をおこない始めた」
「このままで敵が王都に来る前に我が国は自壊する。そう思った私はガスリンとともに王を誅した」
「王を殺す。むろんこれはどのような理由があろうとも許されるものではなく、我が国においても、王を害した場合、本人だけではなく一族全員が処刑になる重罪だ。だが、実際にはそうはならず、逆に私は王に推された。まあ、規則上王が別の誰かを指名しなければ私が王になるということになっていたということが大きな理由だろうが」
「むろん負い目のある私はそれに見合うだけの努力はしたつもりだ。だが、勇者の侵攻は止めることはできなかった」
「そうであれば、私は延期されていた死を自身に処し次の者に王位を譲るべき。そして、まもなく勇者が王都に来るとなり、軍幹部との最後の打ち合わせの際に私は自らの身の処しかたを語った。むろん総司令官であるガスリンと副司令官であるコンシリアは私に帯同すると申し出た。だが、私がガスリンだけにそれを許したのはそのような事情があった。ただし、戦士であるガスリンには死ぬにしても剣で死にたいという願望があり私はそれを許した。あのような無茶な戦いを敢えて臨んだのはあの男が自身に課したあの男なりの身の処し方ということだろう」
「……なかなか面白い話でした。ですが、そのような話をよく敵にしましたね。魔族の王」
むろんアリストのその言葉には嘲りの要素が多分に含まれている。
だが、王は顔色ひとつ変えることなくこう答える。
「構わないだろう。どうせ、私もおまえたちもすぐに死ぬ身。思い出話として話でも問題はなかろう」
……素晴らしい切り返し。
フィーネが心の中で呟く中、アリストはすぐさま反撃に出る。
「あなたがすぐに死ぬ身なのは確かですが、そこに私たちも加えられるのは迷惑この上ないです」
「そんなことはないだろう。言っておく。おまえたちはグワラニーには勝てない。確実に破れる。それを見ることができないのは残念だが」
「そして、おまえがグワラニーに負け、この世から消えた瞬間、ブリターニャ王国は正式に終わる」
「そして、ブリターニャはグワラニーが治める新しい国家の直轄領になるのだ」
「えっ?」
王の言葉の瞬間、アリストの表情は変わる。
……グワラニーが王?
「もしかして、グワラニーはあなたの子なのですか?」
「いや。我が国は王の子は次の王にはなれない。つまり、奴は私とは血の繋がりはない」
……ということは、以前ホリーが言っていたことは本当ということですか。
アリストが黙るなか、王はさらに言葉を続ける。
「グワラニーが新王になるための条件として私が示したのは、ブリターニャの王都サイレンセストをそこに住む者もろとも瓦礫にするというもの。そして条件を果たされているのだ。すでに王位はグワラニーに移っていると言っていい」
「つまり、おまえの前にいる者は先王と名乗るのが正しいと言える」
そう言った王は何度目かの笑みを浮かべる。
そして、数瞬の間をおいて、再び言葉を語り始める。
「そして、新王グワラニーはおまえがサイレンセストに戻ってくるのは待っている。むろんおまえたち勇者を仕留めるために」
「ついでに言えば、王都とともにほぼすべての王族が消えたブリターニャはホリー・ブリターニャが国王代理として我々に降伏する手順となっているそうだ」
「……さて、アリスト・ブリターニャ。聞きたいことはそれだけか」
「いいえ」
王の問いにアリストは頭を振る。
「せっかくです。聞きたいことは全部聞いておきましょう」
「あなたが言うところの新王であるアルディーシャ・グワラニーは魔法を使えるのですか?」
むろんこの問いについてはアリストの中ではすでに決着がついている。
それを敢えて尋ねるのは、この答えによって王の言葉の信憑性がどの程度なのかの尺度にするため。
……もし、ここでグワラニーは魔術師といえば、王の言葉はその程度ということになります。
アリストは心の中で呟く。
だが、王は薄く笑うと、こう答える。
「そうだと言いたいところだが、おまえたちだってあの男が魔法を使っているところを見たことがないだろう」
「隠しているわけではない。奴は魔術師ではない。だが、何もしていないのに明敏なアリスト・ブリターニャにそこまで疑わせるとは」
正解を手に入れた。
それにもかかわらず、アリストの表情が曇ったのは、コインの裏表と同じ。
ここで嘘を言えば、他の言葉を偽りとなる。
だが、逆にその言葉は本当であった場合、王がここまで話したことも真実ということになるからだ。
「それだけあの男が悪党ということです」
「まあ、強敵にそこまで言わせるのだ。こちらとしては結構な話ということになるな」
「では、おもしろい話をしていただいたお礼にこちらからも面白い話をしてあげましょう」
そう言ったアリストが口にしたのは自分たちとグワラニーの関係だった。
そこでは、最初に会ったプロエルメルから始まり、クアムートの交易所での密会、さらに多くの密約について語られた。
むろんそのすべてが王にとって初めて聞く話。
そして、その事実を並べれば、グワラニーは裏切り行為を働いていたことになる。
「どうです?おもしろい話でしょう」
「なにしろあなたが新王に指名した男が実は自分たちを滅ぼそうとする勇者と繋がっていたのですから」
「王位を譲ることを取り消す気になりましたか?」
アリストは自信を持っていた。
自らの言葉に驚く表情を見せる王の様子からグワラニーに対する負の言葉が王の口から吐かれることを。
だが……。
「……たしかに驚く話ではあった」
「だが、それだけこと。私がグワラニーに王位を託す気持ちは微塵も揺るがないな」
それが王の答えであった。
「つまり、グワラニーの魔族に対する裏切りを許すということですか?魔族の王」
「逆に問う。アリスト・ブリターニャ」
「ブリターニャ王太子であるおまえが魔族であるグワラニーと裏でコソコソと密談していたのはブリターニャ国民、いや、人間に対しての裏切り行為にはならないのか?」
アリストにとってこれは厳しい言葉であった。
つまり、この敵同士の密談は一方だけに裏切り行為になるわけではないということだ。
もちろん言い逃れできる道は残されている。
だが、それは相手にも言えること。
しかし、ここではその道を選択するしかない。
「ですが、その結果私たちは魔族の王を仕留める直前に来たわけですから、結果的には正しかったということになるでしょう」
「それは認める。だが、それはこちらにも言えること。いや」
「その密談を含めてあの男がおこなってきたおかげで我々はここまで生き延びてきたのだ。その功績はおまえたちのそれとは比較にならない」
「……なにしろあの男が軍に加わる前、我々は一年もかからずおまえたちがこの場所に現れると予測していた。しかも、領地を各国に蹂躙され、民は虐殺され続ける状況で」
「だが、あれから何年もの間我々は平穏に暮らし、逆に我々と対峙していた国は皆滅ぶ一歩手前まで追い込まれ、我々と停戦協定を結ばねばならない状況に追い込まれた」
「それはすべてあの男の功」
「さらにいえば、我が王都を破壊する者にいたってはその中核を完全破壊し帰る場所を失わせたのだ」
「その功に比べれば、密談をしていた事実など些細なことだ。いや、そのおかげでここまでの成功を手に入れたのかもしれないのだからそれも功のひとつ。そして……」
「そう考えると、おまえにも感謝しなければならないな。アリスト・ブリターニャ」
……この男は……。
……アリストやグワラニーとは別の意味での傑物。
ふたりの会話を聞きながらフィーネは思う。
……おそらくこの王はグワラニーに裏の顔があることに気づいていた。
……並の者ならば間違いなくどこかの時点で罪を問うていた。
……だが、この王はそれをせずに逆にグワラニーに多くの裁量権を与え、一見すると魔族にとって利にならぬような提案にも協力していた。
……遠い先にある最終的な結果を手に入れるために。
……まるで脚は速いが扱いの難しい荒馬を乗りこなす騎士。
……この世界にいる各国の王の数段上の才の持ち主。
……真の為政者というところでしょうか。
だが、冷静なフィーネと違い、アリストは平穏とは程遠い心境にあった。
そして、動いてしまう。
まだまだ聞かねばならぬことがあったにもかかわらず。
「……では、そろそろ始めましょうか。魔族の王」
「ブリターニャの王太子は随分と気が短いようだ。私はまだまだ話足りないぞ」
王はそう言って笑うものの、その手は剣にかかる。
「せっかくだ。ガスリンと小僧たちに倣い私もブリターニャ王子とこれでケリをつけたいと思うがどうだ?」
「そういうことなら、お互い魔術師。魔法でケリをつけましょう。もちろん一対一で」
王の挑発にそう言って逆に挑発する。
王は笑う。
そうなることがわかっていたかのように。
「止むを得ないな。では、お互いの得意な方で一騎打ちだ」
「いいでしょう」
だが、これでは一瞬でケリがつき、王に勝つ望みはない。
……覚悟を決めたということですか。
アリストは心の中で呟いた。
だが……。
「だが、始める前にやりたいことがある」
そう言った王はフィーネを見る。
「銀髪の……。いや。フィーネ・デ・フィラリオ。ひとつ頼みがある」
「なんでしょうか?」
訝しがるフィーネに対し、王は薄く笑う。
「たいしたことではないのだが、私もガスリンの例に倣おう」
そう言うと、まず、小刀で自身の左袖を切り落とし、切った髪をそれに包む。
そして、最後に親指に刃先をあて血を滲ませる。
「これをおまえに渡しておこう。大切に保管してくれ」
そう言って右手を伸ばす。
この王がつまらぬことをおこなうとは思えないが、油断をするわけにはいかない。
アリストと目を合わせた後、フィーネは魔法、剣その両方を防ぐことができる高位の結界を纏うと王へ近づく。
「心配するな。何もしない」
そう言った王だったが、フィーネは近づくと王の口が動く。
フィーネに対して王は何かを言った。
それは間違いない。
だが、その声はあまりにも小さく聞こえない。
それを聞いたフィーネ以外は。
一瞬後、フィーネの口が開く。
「いいえ」
すると王の口が再び動き、それに対してフィーネは少しだけ驚く様子を見せる。
「つまり、それは本当のことなのですか?」
それに応じるように王はそれまでより長い言葉を口にした。
いや。
そう見えた。
そして……。
「わかりました。心に留めておきましょう。魔族の王」
そう言ってフィーネは王のもとを離れる。
それは実際にはそう長いものではなかったはずなのだが、その様子を見ている者にとっては非常に長く感じる奇妙な時間であった。
「王はなんと?」
「あとで話します。それよりも……」
アリストの問いにそう言ったフィーネに続いてアリストは王へ視線を向ける。
細身の剣を持って待っている王に聞こえるようにアリストはそう応じると、体を王へ向ける。
「では、始めましょうか。一応聞きます」
「何か言い残すことは?」
「ない」
「ただし……」
「私も王。どのような形であっても敵に首を取られるなどあってはならぬこと。まして、我が王都を破壊しようとする者にはどのような形であっても首をくれてやるわけにはいかない。ということで……」
「さらばだ。ブリターニャ王国を滅ぼした王太子」
そう言った王はニヤリと笑い、剣を構えた瞬間、それは起こる。
「……そういうことですか……」
一瞬のことであり、何もすることができなかったアリストは呻く。
「自身の身体に全力の攻撃魔法を……」
「考えもしませんでしたよ。魔族の王」




