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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二十八章 滅びの道を選択する者たち
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ベルナードの決断 

 魔族軍との最終決戦をおこなう前に、「漁夫の利」を与えぬためにフランベーニュに打撃に与えるための「サイレンセスト宣言」であったが、結果はアリストにとっても予想外の結果となる。


 アリストとしてはダニエルが自分とグワラニーの戦い後に唯一フランベーニュが無傷でいることを許さずここで半死状態になることを望んでいたわけなのだが、その結果といえばフランベーニュ王朝は崩壊。

 そして、あらたに立ち上がったロシュフォール王朝は間違いなく魔族側に近く、大海賊を含めた反ブリターニャ連合に加わることは間違いない。


 フィーネの嫌味には強がりで見せたもののアリストにとっては困った事態であることは間違いないだろう。

 もちろん魔族に勝った勢いのまま、自身の力でフランベーニュやアリターナを押さえつけることは可能だ。

 だが、それでは当初のお題目であった「魔族から人間を開放する」戦いとは随分と色合いが変わるものになる。

 むろんやらねばならならなければやるだけだとアリストは覚悟を決めているのだが、その行き着く先にあるものはまさに「アルフレッド・ブリターニャの恐怖政治」そのものである。


「結局、勝っても負けても私たちに待っているのはロクな結末ではないようです」


 アリストが状況を苦笑し呟いたこのひとことはそう遠くない未来に起こるものを暗示したものとなる。


 グワラニーの居場所が不明なことに加えてフランベーニュが予想外の状態になったことでアリストの魔族討伐はフランベーニュにできた新王朝の様子を確認してからということになり、さらに遅れることになるのだが、事態はここからアリストにとってさらに悪いものへと進むことになる。


 フランベーニュ軍と魔族軍の戦いが続く前線。

 むろん前線にもアヴィニアが炎上したことやフランベーニュ王家の者たちが国外に逃亡し、軍に担がれる形で海軍のロシュフォール提督が新国王になったこと、さらに新国王がアリターナの要求に屈しアヴィニアの一部を含む領土の東部を割譲することになったことまで伝わっていた。

 不安や不満が渦巻く中でベルナードは常に前線を見ていたが、夜になると魔術師長のアラン・シャンバニュールやグミエールをはじめとした主だった将たちと話をしていた。


 もちろんその内容は今後についてだった。


 と言っても、ロシュフォールを新国王として擁立すると決めた時点で、ベルナードの心は固まっていた。


 魔族軍と停戦する。


 このような場合に問題となるのはその条件となるわけなのだが、彼らには誰と交渉するかというそれ以前の問題があった。


 知己であるアルディーシャ・グワラニーにすればよいだろう。

 だが、グワラニーの言葉を信じれば、彼はこの戦線に無関係な者。

 となれば、目の前にいる軍の司令官とおこなわなければならないわけなのだが、当然ながらグワラニーほど信頼できない。

 というより、ベルナードが信用している魔族軍の司令官はグワラニーだけ。

 やはり、グワラニーに声をかけ、仲介を頼むしかないのだろうが、借りはつくりたくない。


 堂々巡りの議論が毎晩のようにおこなわれていたのである。


 だが、その日遂に動き始める。


「将軍。もちろんこれまでの戦いは勝利を目指していたものであり、その損害については無駄とは言わない。だが、撤退という方針を決めているのであれば、その決定がされるまでの間に死ぬ者はすべて無駄死にとなる」


「それについては自身の都合が誇りのために決断を遅らせた我らの責任」


「私はそんなことで恨みを買いたくない。とりあえず知り合いの魔族に声をかけるべきではないのか」


 アラン・シャンバニュールからの提案はまさしく正論。

 ベルナードは小さくないため息をつく。


「またあの小僧に借りができるわけか。だが、それ以外の策がない以上、止むを得ないだろうな」


 そして、グミエールを見やる。


「さすがにこればかりはリブルヌ将軍に頼むわけにはいかないな。ミュランジ城に行くので留守の間の指揮を頼む」


「それと王都に撤退について提案と裁可。まあ、拒むことはないだろうが」


「伝令兵。王都へ使いだ」


 王都アヴィニア。

 むろんベルナードの提案を拒む理由をロシュフォールも宰相のエゲヴィーブも持ち合わせていない。

 問題はどこまで下がるかということあり、少なくても国として基準を示す必要はある。


「以前グワラニー氏が主張したエクラン山地が基準になるだろう」


 ロシュフォールから諮問された宰相エゲヴィーブの言葉を採用し、すぐさま王都からベルナードへ伝える。

 むろんその地を占領したベルナードとしては言いたいことはある。


 だが、ここで我を張り停戦交渉を取りやめにしても、そう時間を置くことなく食料不足から戦線維持が立ち行かなくなり、占領地を放棄することになる。

 それだけではなく飢えに苦しみながら敗走する事態になり、追撃してくる魔族の迎撃どころではなくなる。

 そうであれば、占領地を放棄しても正式な停戦をおこなったうえでの撤退のほうが百倍マシ。


 自身にそう言い聞かせたベルナードがミュランジ城に姿を現したのは軍の会議で撤退を決めてから四日後のことだった。

 そして翌日、ベルナードはリブルヌ、シャンバニュールとともに対岸に渡る。


「……日々命を賭けて戦っている者たちに申しわけなくなるな。この状況は」


 最も危険なはずの敵前での渡河。

 それすら安全が保障されているという状況に苦笑しながらベルナードは呟く。


「ですが、この状況がなければ我が国はとっくに滅んでいました。残念なことですが」

「というより、小僧のおかげだな。忌々しい」

「だが、その小僧が停戦の糸口であることもたしか」


 リブルヌは吐き出すようにそう答えると、ベルナードとシャンバニュールは微妙な言葉で応じ苦笑する。


「しかも、その小僧自らが出迎え。なんとも幸先のいいことだ」


 会談の席はすでに用意されている。

 むろんそれはアリシアの差配。

 そして、給仕役はフランベーニュ人の女性たちに混ざって見た目だけでブリターニャ人とわかる赤毛の若い女性も数人加わる。


「……仕切っているのが有名な元ノルディア人の女。その下で働くのはフランベーニュ人とブリターニャ人。ここはなにか妙な気分にさせる場所だな」

「ええ」


 出された茶を飲み、前線ではほとんど口にできない甘い菓子を摘まみ、そのようなことを口にしている三人の前にやってきたのはグワラニーとバイア、それにデルフィン。

 それからアリシアもそこに加わる。


「では、話を始めましょうか」


「では、要件を」


 むろんベルナードが話をしたいと申し入れた時点で、グワラニーは要件について凡その見当をつけていた。

 そして、その話を持ち出すということは相応の覚悟があることも。

 いつものなら皮肉や冗談から始まるところを、いきなり本題に切り込んだのはそのためである。


 グワラニーの言葉にベルナードはまず頷き、それからゆっくりと口を開く。


「フランベーニュ王国は魔族と停戦協議をおこないたい」


 こちらも回りくどい言い回しなど省いた言葉となる。


「もちろん持ち場が違うことは知っている。だが、こうして話ができるのはおまえしかいない。その辺は勘弁してもらおうか」


「それで……」


「停戦の仲介はおこなえるか?」

「むろん可能ではありますが、その前にひとつお尋ねします。いや、確認します」


「新国王アーネスト・ロシュフォール陛下はこの件はご存じか?」


 グワラニーとしては聞かざるを得ない。

 ベルナードは高名な軍人ではあるが、前線指揮官。

 国の許可なく停戦などできない。

 逆にいえば、国の許可なく前線指揮官が独断でおこなう停戦など意味を持たないのだから。


 ベルナードは薄く笑う。


「むろん。このような一大事を前線の指揮官の独断では決められない。意見を王都に伝え、陛下の承諾を得ている。安心しろ」

「では、それを踏まえてお伺いします」

 

「停戦にあたり、そちらが提示する条件はどのようなものでしょうか?」


 実際のところ、停戦交渉とはいえ、これは事実上のフランベーニュの降伏に近い。

 本来であれば、上位者はグワラニーであり、言葉遣いもそれに見合ったものになるはずである。

 だが、ベルナードが上位者でグワラニーがへりくだっているようにしか聞こえない。

 同席しているバイアはそれが不満なのだが、相手が年長ということもあり話を進めるうえで有効であるのならそれで構わないというのがグワラニーの基本。

 そして、これは「弱者に向き合ったとき強者こそが譲歩すべき」というグワラニーの考え方の基本に基づいているものである。


 ベルナードは息を吐き、まずシャンバニュール、続いてリブルヌに目をやると、もう一度大きく息を吐きだすとグワラニーを正視する。


「停戦の条件。それは……」


「フランベーニュ軍はすべての戦闘を停止しエクラン山地の南まで後退する」


 ここまで前進するまでには多くの犠牲を出した。

 つまり、後退するということはその犠牲を無にするとも取れる。

 指揮官であるならば後退はできるだけ少なくしたいと思うはず。

 最終的にその地を示すにしても、初手でこれはない。


 それとも、アリターナから情報が漏れたか?


 グワラニーは頭の中で様々な想定をおこなう。

 そのグワラニーに代わって口を開いたのはバイアだった。


「大幅な後退を提案されましたが、これはアヴィニアからの指示ですか?」


 そう。

 バイアもこの提案には疑問を持った。

 いや。

 何かしらの罠があるのではないかと疑ったのだ。


 それに対しベルナードは薄く笑う。


「指示というほど強いものではないのだが、王都が示したのは事実。私としては一ジェバも下がりたくないのが本音なのだが、話が進まない。現状を考えれば止むを得ないと思っている」


「当然その先は私の裁量となるわけでそれこそ一ジェバも下がる気はない。つまり……」


「これで停戦に応じてもらいたいのだがどうだろうかということだ」


 一瞬後、グワラニーが視線を動かしたのは左隣に座る女性だった。


「アリシアさん。ベルナード将軍からの申し出についてどう思いますか?」

「そうですね……」


 グワラニーの問いに対して、アリシアは少しだけ考えたところで敵将を見る。


「フランベーニュ軍の、占領地を放棄して撤退する見返りとなる要求はどのようなものになりますか?」


 ベルナードの表情が少しだけ変わる。


 噂に聞いていたが、これがグワラニー軍の幹部であるタルファの妻か。

 そして、その噂を信じれば、一国の宰相を務められるくらいの才の持ち主。

 このような場で女ごときの問いに答えられぬなどという考えは捨てねばならない。


 テーブルへ落していた視線を女性へと向けたベルナードが口を開く。


「停戦後に撤退する我が軍の背が安全であること。それだけだ」

「なるほど」


 ベルナードの返答にそう応じたのはグワラニーだった。


「いいでしょう。ベルナード将軍の申し出について王都に伝え、それが成立するように助力させていただきます。軽々しい言葉は使うべきではありませんが、こちらにも事情がありますのでおそらくその申し出は承諾されると思います。そして……」


「当然ですが、その間は戦闘は続くことになります。ですが、もう数日で終わる戦いのために死ぬ必要はない。ここまで生き残った者は皆家族のもとに帰る権利を持っていると私は考えます。できれば、ベルナード将軍にも同じ気持ちで持っていただきたいと思います」


 王都からの返信があり次第ミュランジ城に伝えるというグワラニーの言葉とともにその日の会議は終了となる。


「……これまでも何度も敗北の味は噛みしめてきたが、今回ほど苦みのあるものはなかった」


 ミュランジ城へ戻る船に中でベルナードはそう呟いた。


「これまで苦労して手に入れたものをほとんど失うわけですから当然ですね」

「いや」


 慰め半分のリブルヌの言葉をあっさりと否定したベルナードは自分たちを見送る魔族の男に視線を向ける。


「あの小僧、いや。アルディーシャ・グワラニーという魔族の将の足元にも及ばぬ自分の小ささに気づき打ちのめされている」


「悔しいが、勝てないな。絶対に」


「そして、そう考えると、そのグワラニーが全力でやっても勝てないというアリスト・ブリターニャにはなおさら勝てない」


「だが、そうであっても、自らは戦場に現れることなく口先ひとつでフランベーニュをここまで貶めた者を仰ぎ見ることなど絶対にできない。たとえそれによって命を奪われようとも」

「だが、グワラニーに対してはできると?」

「ああ。できるな。あの男に対してなら。なにしろ奴は常に前線に立っている。私はそのような者を評価する」


 シャンバニュールからの核心を突いた皮肉ともいえるひとことにベルナードはあっさりと応じ、数十瞬の沈黙後、その口からはこんな言葉は漏れ出した。


「……だから、勝ってもらいたい。グワラニーに」


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