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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二十八章 滅びの道を選択する者たち
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フランベーニュ王家の終焉 

 ロシュフォールが壇上で王位に就いたことを高らかに宣言し、それに続いてこれから始まる国の再建に協力するよう要請し、それに応える群衆がロシュフォールの名を連呼している頃、ダニエルはそこら遠く離れた場所に姿を現していた。


「ここは魔族領。そして、向こうに見えるクペル城。そして、多くの建物が出来て今はその面影はありませんが、その左側で我々とアポロン・ボナール将軍率いる大軍が戦いました」


「一晩だけクペル城にお泊りいただきますが、明日アリターナとの国境に移動します。そこには有名な『赤い悪魔』の長チェルトーザ氏が迎えに来ることになっていますのでその先は彼に従ってください」

「手回しがいいな」


 ダニエルは薄い笑みを浮かべる。


「……ところで先ほどの話なのだが、まず確認しておきたい。王太子以外に私が持っている肩書を知っているか?グワラニー」

「宰相です」


 ダニエルは自らの問いに対して、望みどおりの答を口にするグワラニーを見やる。

 その笑みはすでに黒味を増してた。


「そうだ。そして、宰相のというのは……」


「たしかに国を動かしている。それは事実だ。だが、フランベーニュは形式的にはすべてのことは国王がおこなうことになっている」


「まして、領土の割譲や譲位をおこなう権限は王が持っているので、宰相がどれだけ約束しようが意味を成さない。あくまで王の承認と署名が必要なのだ」


「残念だったな。グワラニー」


 そう。

 ダニエルが自分や国の根幹に関わる重大事項をあれだけあっさりと承諾したのは助かりたいという気持ちも少なからずあったものの、その奥にはこれを隠し持っていたからだった。

 グワラニーの表情を眺め勝利を確信したダニエルが言葉を続ける。


「だが、約束は約束。望むものは書き、署名する」


 署名をすることを約束しているかぎり、グワラニーに自分を害する理由は生まれない。

 つまり、対価なしで王宮から脱出できたことになる。


 勝ち誇るダニエルに対しグワラニーは苦笑いで応じる。


「……たしかに言われてみれば、宰相殿下の言うとおり。ですが、タダで国外に逃がすというわけにはいきませんので、署名だけはいただきましょうか。たとえ効力がないものであったとしても」


 少しだけ悔しそうな表情を見せたグワラニーは意外にあっさりと白旗を上げる。


「では、それは城に入ってから」


 そして、四十ドゥア後、ペンを握ったダニエルが口を開く。


「フランベーニュ王国宰相ダニエル・フランベーニュは魔族軍将軍アルディーシャ・グワラニーに対し、フランベーニュ王国の半分を譲り渡す約束をする」


「王太子ダニエル・フランベーニュは王太子と王より与えられた宰相の地位を下り、王位に関する権利を放棄する。あわせて、次期王位に海軍提督でフランベーニュ王国の子爵であるアーネスト・ロシュフォールを推薦する」


「内容はこれでいいな?」

「もちろんです。ただし、最後に署名と国璽を押すことをお忘れなく」


 その瞬間、ダニエルの表情は数段階、いや、その数十倍険しいものへと変わる。


 そう。

 グワラニーは知っていたのである。

 王の許可を得ず、宰相であるダニエルが国政を進めることができるカラクリを。

 国璽。

 簡単に言ってしまえば、それは国のハンコであり、これが押されることによって公的文書が有効になるもの。

 そして、その魔法ようなアイテムをダニエルが逃げ出すときに手放すはずがないことも。


 ダニエルはグワラニーが国璽に言及したことには驚いた。

 だが、実をいえば、彼にはもうひとつ隠し玉的な一文がある。

 それによって責任のすべてを父王に引き受けさせることができるのだ。


 ……勝ったと思うなよ。グワラニー。


 心の中でその呟いたダニエルはもう一度笑う。


「では、明日はよろしく頼む。アルディーシャ・グワラニー」


 そして、翌日。

 何ごともなくダニエルと彼に最後までつき従った二十一人は魔族とアリターナの国境付近に姿を現す。


「ご存じだとは思いますが、この辺は一時期フランベーニュが支配していました」


「今はアリターナ領であそこ見える屋敷は有名なアントニオ・チェルトーザ氏の別邸です」

「そして、おまえとチェルトーザの密談場所でもある」


 ダニエルはそう皮肉を投げかけた。

 だが、その程度ではグワラニーの最高硬度を誇る鎧には傷ひとつつかない。

 その皮肉を軽く受け流したグワラニーが口を開く。


「まあ、そういうことになりますが、彼はこれからのあなたがたの保護者となりますので言葉は気をつけたほうがいいでしょう」


「これからはフランベーニュの王太子という肩書はあまり役に立ちませんし、そもそも彼はあなたの従者ではない。それどころか、彼の尽力であなたがたはアリターナに居を構えられるのです。その辺を踏まえて対応してください。それと……」


「ご存じでしょうがチェルトーザ氏はもちろん常識を持っていますが、甘くはない。損得の計算をして自身にとってあなたの存在が利にならないと思えばすぐにも排除することになります」


 先ほどの礼と言わんばかり二割ほど厳しめにした言葉でグワラニーがそう釘を刺したところで館の主が姿を現す。


「ようこそアリターナ王国へ。王太子殿下」


 その恭しい声とは裏腹にチェルトーザの視線には敬意というものはまったく感じない。

 あくまで取引相手。

 いや。

 その相手はグワラニーであるのだから、ダニエルは取引の材料または商品。


 これが現実か。


 ダニエルは唇を噛む。

 だが、ダニエルが本当に唇を噛まなければならないのはその直後に始まるグワラニーとチェルトーザの会話から始まる出来事についてだった。


「ところで、先客はどうしていますか?」

「むろん王都へ」


「今頃陛下と顔を合わせていることでしょう」


 グワラニーの問いにチェルトーザが答えるそれを聞いたダニエルは察した。

 父王がすでに保護されていることを。


「父上、いや、陛下はすでに保護されていたのか」


 そして、それがどういうことなのか。

 それから、それによって自分がどのような扱いを受けるかを頭の中で想定を始める。


 そして……。


 父王はすでにアリターナに渡っているのであれば、その前にグワラニーが譲位と領土割譲の話をおこなっている可能性は高い。

 だが、そうであれば宰相とはいえ王太子である自分に同じ話をおこなうはずがない。

 となれば……。


 満足な結果が得られなかった。

 または、可能性は低いものの、交渉をおこなわなかった。


 そうなった場合、例の一文が利いてくる。


 悪くない。

 素晴らしい流れといえる。


 ダニエルは笑みを浮かべた。

 だが、その直後、ダニエルの想定はその希望とともに崩れ落ちる。


「……そして、グワラニー殿」


「これが例の証書となります」

「ありがたい。では……」


 チェルトーザが懐から取り出しグワラニーに手渡したのは見ただけで質の良さがわかる羊皮紙。

 おそらくアリターナ王室で使用しているものであろうその羊皮紙をグワラニーは笑みを浮かべながら読み進める。

 むろん気が気でないのはダニエルである。


「グワラニー。それは何だ?」


 先ほどまでの余裕は完全に消え去ったダニエルに目をやると、グワラニーの笑みはさらに深みを増す。


「もちろんフランベーニュ王アルフォンス・フランベーニュ陛下の証書です」

「そんなことはわかっている。私が知りたいのはその中身だ」


「知りたいですか?」


「昨日はすべてを父王に押しつけながらいざとなったらそれですか」

「うるさい。とにかく父上はなんと書いたのだ?」


 グワラニーの皮肉など構ってはいられない。


 数瞬後、嘲りの表情を消すことなくグワラニーの口が開く。


「私アルフォンス・フランベーニュはフランベーニュ王国の王を退位する。その地位は王太子であるダニエル・フランベーニュが継ぐことになるのだが、もし、ダニエル・フランベーニュが私の公式な退位宣言の前に王太子の地位を下り、継承権を放棄した場合、その地位にはフランベーニュ海軍提督アーネスト・ロシュフォールに譲ることとする」


「フランベーニュ王国はヴェヴィアロイア川から東にある領土をアリターナ王国へ割譲する」

「ヴェヴィアロイア川?モレイアン川ではないのか?」

「いいえ。ヴェヴィアロイア川ですね」

「ありえん」


 魔族領がその源流となる大河モレイアン川は古くからフランベーニュとアリターナとの国境を成す。


 簡単に言えばそうなるわけなのだが、実はこの川には多くの支流とそれによってつくられる大小の多数の中州があり、フランベーニュとアリターナはそのひとつずつについて領有を主張し長年争っていた。

 そして、近年はその力関係からそのほぼすべてがフランベーニュのものとなり、さらにその東岸についてもその一部をフランベーニュが領有していた。

 だが、国王アルフォンスが示した境は、モレイアン川の支流の最西端にあるヴェヴィアロイア川。

 つまり、中州のすべてがアリターナ領というだけではなく、その川沿いにある王都アヴィニアのうち貴族たちが挙って屋敷を構えるロッジュ島を含む東部がアリターナ領ということになるのだから、ダニエルが声を荒げるのは当然のことといえるだろう。


「アントニオ・チェルトーザ。これはどういうことかを説明してもらおうか?」


 そう。

 少なくても後者に関してグワラニーにも魔族にも利益になるものはなく、逆にアリターナは利益ばかりとなる。

 さらにいえば、先日自分を尋ねてきたときにどさくさに紛れてフランベーニュの領土を奪うことは絶対にないと言ったのは目の前の男。

 当然ダニエルの怒りは数段上がる。

 だが、その相手は冷静そのもの。

 そして、ダニエルの問いに対してこう答える。


「状況は日々変わるもの。先日お会いしたときにはアリターナはフランベーニュと共同してブリターニャに当たると言いましたが、肝心の相手が崩壊し、さらに一国の王が逃げるように我が国に保護を求めてきたのです。当然我が国は保護の対価を頂かねばならないでしょう」


「こちらとして、十分に譲歩した結果だと思いますが、納得しがたいということであれば、怒り狂うフランベーニュ国民のもとに王夫妻とあなたをまとめて送りつけてもいいのですよ」


 むろんこれは恫喝であり、ダニエルとしては簡単にはやり込められるわけにはいかない。


「だが、そうは言ってもフランベーニュ人はそれに納得するはずがない。しかも、次期国王らしいロシュフォールもその取り巻きも皆軍人。王位に就いた途端、アリターナに領土を奪われたとなっては黙ってはいまい。それこそ、逆に攻め込まれるだろう」


「言っておくが、フランベーニュ軍アリターナ軍では強さが違う。あっという間にケリがつく」


 ダニエルの言葉はほぼ正しい。

 過去の例からそれは証明されている。

 だが、チェルトーザは眉ひとつ動かすことなく話を進める。


「ということは、王太子殿下としは話を進めていいということでしょうか」

「そうだな。やってみるがいい。後で止めておけばよかったと泣くことになるのだから」


「では、これは承認ということでよろしいですね」

「ああ」


「ちなみにどうやって広大な領地を奪うつもりだ?」

「決まっています。交渉です」

「なるほど」


 ダニエルは笑った。

 心の底から。


「たしかにおまえなら無骨者のロシュフォールやロバウを簡単に丸め込めるだろう。だが、奴らは武官。自分たちに都合が悪ければ席を立ち力を行使する。つまり、口でどれだけ勝とうが結局は同じ。軍人とはそういうものだ」


 むろんダニエルは自信満々だった。

 だが、この勝負はチェルトーザの勝ちとなる。


 それから数日後。


「……これは?」


 即位を祝うアリターナ国王の代理という名目でアヴィニアに姿を現したチェルトーザから祝いの品とともに手渡された羊皮紙に目を通したロシュフォールは顔を歪める。

 むろんそこにはヴェヴィアロイア川から東を割譲する要求が記されていた。


「むろんアリターナ王からフランベーニュ王への要求書です」

「それは見ればわかるのだが、随分と唐突、そして理不尽な要求に思うのだが……」


 チェルトーザの答えにそう答えながら、ロシュフォールはまず宰相兼王国魔術師長に就任し実質的に国政の取り仕切っているオートリーブ・エゲヴィーブに不愉快な内容が記されたその羊皮紙を手渡し、数ドゥア後さらに王都防衛軍司令官に就いたエティエンヌ・ロバウへ回る。


「ちなみにこの要求の根拠は?」

「前王、と言ってもこの時はまだ現国王でしたが、その前王アルフォンス・フランベーニュと王太子で宰相でもあったダニエル・フランベーニュ連名でアリターナ王に提出された領土譲渡承認書となります」


「現物は持ちだすことはできませんでしたので、その写しを持参しました」


 チェルトーザはそう言うとさらにもう一枚の羊皮紙を示す。


「……なるほど」


 その羊皮紙を読み終わったところで声を上げたのはエゲヴィーブだった。


「たしかに前国王がこれを書いたのであれば、アリターナとしては要求するのは当然だ」


「ちなみに前王はこれを脅されて書いたのかな?」

「一国の王を脅すなど恐れ多くてできないです。宰相殿。ですが、要求はしました」


「逃げてきた隣国の王族を保護するのですからそれ相応の危険がある。それに見合う対価が欲しいと」

「たしかに筋が通っているし、その程度の要求するのは当然だな。そういうことなら……」


「承知するしかあるまい」

「さすがに気前が良すぎるのではないか?宰相」

「私もそう思います。ここは断固拒否すべき」


「いや。正当な根拠に基づいた正当な要求だ。これを拒むにはこちらも相応の理由が必要だが……」


「何か思いつくかな?」


 そのひとことでロシュフォールとロバウを黙らせたところでエゲヴィーブは言葉を続ける。


「少々時間はかかるが、アリターナの要求に応じるとアリターナの国王陛下にお伝え願おうか」


 こうして、実にあっさりとフランベーニュとアリターナの領土問題は解決した。

 だが、当然ながらこれには裏がある。

 

 チェルトーザが退室するとエゲヴィーブは不満顔のふたりにそれを説明し始める。


「むろんアリターナの要求を蹴り飛ばすことは簡単だ」


「だが、それですべてが解決するのかといえば違う」


「こちらがアリターナの要求を拒否した場合、チェルトーザ氏は間違いなくこう脅してきただろう」


「王夫妻とダニエル王太子をフランベーニュに送り届けると」


「実をいえば、今の我々にとってそれが一番困る」


「グワラニー氏が手に入れる前王からの譲位宣言書で自身の正当性を主張しながら、戻ってきた先王と元王太子を殺しては我々のおこないは完全に簒奪。我々は悪人として歴史に名を残す。では、帰ってきた王夫妻を厚遇すればいいのかといえば、国民感情的に難しい」


「その点、前王や王太子がアリターナに滞在し続けてくれれば、そのような面倒ごとは起きない。領土を失うのはその駄賃と思えば安いものだ」

「だが、領土を簡単に失う、しかも、その相手がこれまで散々馬鹿にしてきたアリターナとなれば、それこそ国民感情が許さないのではないのか?腰抜け、弱腰と非難は免れないと思うのだが」

「それについては考えてある」


 自身の説明の問題点を指摘したロバウの言葉にエゲヴィーブはニヤリと笑う。


「それこそこの証文を利用する」


「そして、すべて前王とダニエル・フランベーニュに責を背負ってもらい、我々は理不尽な約束を果たさなければならない被害者役を演じる」


「領土を失ったその理由がフランベーニュ王家にあると知れば、国民の心は完全に旧王家から離れる。つまり、フランベーニュ王家の完全な終焉となり、これから進んでいかねばならない我々にとって領土を失う以上の利が出るわけだ」


 当然ながらチェルトーザから交渉結果を聞いたダニエルは驚く。

 そこから続いたのは、とても王族の口から出るものとは思えないいわゆる罵詈雑言の嵐。

 ダニエルにとってその結果はあり得ぬ話であったのだから当然ではあるのだが、その嵐が一段落したところでチェルトーザが語られなかった裏事情の説明を始める。


「……新しく宰相となったオートリーブ・エゲヴィーブという魔術師はなかなかの曲者ですね」


 チェルトーザがまず言及したのは自身の罠を看破した男についてだった。


「おそらくあの宰相がおらず、新国王と側近の将軍だけであれば、あなたの読み通りにことは進んでいたことでしょう」


 ……といっても、私の次の一手で辿り着いた結果は同じになったでしょうが。


 チェルトーザは心の中で呟いたその言葉をすぐに飲み込むとさらに言葉を続ける。


「ですが、宰相のおかげでフランベーニュはその道に進まなかった。もちろんその決定だけでは当然アリターナに譲歩しすぎという批判が出る。特に新国王は軍人。そして、取り巻きも皆軍人となれば、その批判はさらに大きくなる」


「宰相だってそれに気づかぬはずがない。さらにいえば、アリターナは前王と王太子の念書を持参したとはいえ、そのようなものはその気になれば蹴り飛ばすだけの余力はフランベーニュ軍にはあるでしょう」


「それにもかかわらず、宰相はアリターナに譲る形とはいえ、領地を奪われることを承諾したのか?」


「言うまでもない。そちらの方がフランベーニュにとって利があると判断したからです」


「それをおこなったのは自分たちではなく前王アルフォンス・フランベーニュと前王太子で宰相だったダニエル・フランベーニュ。だが、公式な文書で国同士がすでに取り決められたことを自分たちの都合だけでなかったことにするのは文明国のすることではない。理不尽で納得のいくものではないが、止むを得ず領土の割譲をおこなうことになった」


「むろん中にはそんなものは蹴り飛ばせばよいという過激な主張をする者もいるでしょうが、大多数の国民の怒りの矛先はそのような愚かな約束をした前王と前王太子に向く。そこにアリターナに逃げ込んだ王と王太子がアリターナで優雅な生活を送るためにそのような約束をしたとでもつけくわえれば、効果は倍増でしょう」


「そして、それによって旧王家を懐かしむ者はいなくなる。すなわち、ロシュフォール新国王を否定する者はいなくなり、新しい王朝は安定するというわけです」


 ダニエルはここでようやく気づく。

 自分が他者の利益をえるための交渉の材料のひとつに成り下がったことを。


 そして、自分とフランベーニュ王家を辱めたのは小賢しい魔術師であるオートリーブ・エゲヴィーブと目の前にいるチェルトーザ。


 だが、自身の惨めな立場に視野と思考が極端に狭まったダニエルは気づかったのだが、エゲヴィーブは与えられた状況に対応しただけあり、チェルトーザにいたってはその言葉どおりフランベーニュへの協力料を手に入れただけ。

 本当の意味で中心にいたのはリブルヌとベルナードであり、今回ばかりはグワラニーも積極的な協力者という立場であったといえるだろう。

 ただし、利益という点で最高の果実を手に入れるのはアリターナではなくグワラニーであったのだが。


 領土的なものでいっても、フランベーニュ領の半分を魔族は手に入れるだけではなく、その場所は王都アヴィニア以外なら自由に選べるという条件付き。

 さらに、アリストの小細工によって国家が瓦解し無法地帯に落ちかけたフランベーニュを一瞬で立て直し、勇者の自由通行を阻止した点でも大きな利となるのだから。


 そして、道具に成り下がった前フランベーニュ王アルフォンス・フランベーニュとその三男で王太子兼宰相の地位にあったダニエル・フランベーニュが記した自身の死刑執行許可書に等しい宣言文はこのようなものであった。


 まず、父王が譲位と領土割譲に関して記したもの。


「私フランベーニュ王国国王アルフォンス・フランベーニュはフランベーニュ王国の王を退位することを決めた。王位は王太子であるダニエル・フランベーニュが継ぐ。ただし、ダニエル・フランベーニュが王太子の地位を下り、継承権を放棄した場合、王位はフランベーニュ海軍提督のアーネスト・ロシュフォールが引き継ぐものとする。また、アーネスト・ロシュフォールが王位に就いた場合、将来その地位を引き継ぐ王太子はロシュフォールの長子アレクサンドル・ロシュフォールとする」


 これがのちに譲位宣言書と呼ばれるものとなる。

 それに続くのは割譲宣言書である。

 こちらは二部構成となっている。


「私フランベーニュ王国国王アルフォンス・フランベーニュはアリターナ王国との長年の紛争のもとになっていた国境問題に決着をつけるため、現在フランベーニュ王国が領有しているヴェヴィアロイア川から東にある領土をアリターナ王国へ割譲することを決めた。フランベーニュ王国がその領土を放棄するのは新国王が王位に就いたのと同時とする。新国王はこの宣言に基づいて領土譲渡すみやかにおこなわなければならない」


「私フランベーニュ王国国王アルフォンス・フランベーニュはフランベーニュ王国の滅亡を防ぐため、アルディーシャ・グワラニーが代表となる組織に対し自国の領土のうちその半分にあたるものを上限に割譲する。なお、割譲する地域はアルディーシャ・グワラニーに望む場所とするが、王都アヴィニアとフランベーニュ王国がアリターナ王国に割譲した地域は除外される。また、割譲に先立ちフランベーニュ王国はエクラン山地より北の地域を放棄し、軍もすべて撤退するものとする。フランベーニュ王国新国王はアルディーシャ・グワラニーが割譲地域を示した場合、その要求にすみやかに応じなければならない」


 続いて、ダニエル・フランベーニュが記したもの。


「フランベーニュ王国の宰相である王太子ダニエル・フランベーニュは魔族軍将軍アルディーシャ・グワラニーに対して次のことを誓う」


「速やかにエクラン山地より北に侵攻しているフランベーニュ軍およびフランベーニュ人をエクラン山地の南まで撤退し、占領した土地を魔族に返還する」


「フランベーニュ王国の半分を魔族軍に対して割譲する。なお、その地域は魔族が指定するものとする」


「ダニエル・フランベーニュは王太子の地位を下り、王位に関する権利を放棄する。あわせて、フランベーニュ王より与えられた宰相の地位も辞し、フランベーニュ王国との関りを断つ。なお、私ダニエル・フランベーニュはフランベーニュ王国の次期王として海軍提督でフランベーニュ王国の子爵であるアーネスト・ロシュフォールを推すことを明記する」


「私の誓いは私がアリターナで確実に保護されることが条件であり、どの時点においても害された場合はすべて無効となる」


「領地に関わるもの。そして、王位に関わるもの。このふたつについてはフランベーニュ王国国王アルフォンス・フランベーニュの言葉が必要かつすべてに優先する。すなわち、これらについて国王の言葉が存在しなければ私の言葉はすべてが無効であり、また私ダニエル・フランベーニュと国王の言葉に齟齬が生じた場合、王の言葉に正当性があることを明記する」


 ダニエルはグワラニーが希望した要件をすべて載せたうえで最後に父王にすべての責任を押しつけた。

 もちろんダニエルが主張していることは正しく、宰相なり王太子がどれだけ承認しても王がそれに対して否と言えば、すべてのことが無に帰すのが王制である。

 だが、フランベーニュはかなり以前からその基本は形骸化しており、宰相が国璽を押すことによって王の承認を受けたものとし、王には事後承諾という形で報告をおこなうことが常態化していたのだが、ダニエルが王太子兼宰相の地位に就いてからは報告さえおこなわなくなっていた。


 それにもかかわらずダニエルが突然王の承認が必要と言いだしたのは言うまでもなく将来の王権復活への布石。

 だが、エゲヴィーブの一手であえなく封殺される形となった。


 ただし、ダニエルは知らなかったのだが、それがなくてもダニエルの復権は自身が宣言文に署名したときにすでに消えていた。


 実はダニエルがすべての責任を父王に押しつけようとしたものとほぼ同じことを父王もおこなっていたのである。

 

 グワラニーが炎上する王宮からダニエルを救出二日前。

 周辺に野盗たちの影が見え始めた「冬の離宮」から「王太子の指示」という名目でフランベーニュ王夫妻を救い出し、アリターナとの国境まで転移したグワラニーはある提案をしていた。

 むろんその提案とは、譲位と領土割譲。

 当然王は拒絶する姿勢を見せ、魔族であるグワラニーの隣に立つフランベーニュ人の男を睨みつける。


「騙したのか?将軍」


 だが、その男クロヴィス・リブルヌは顔色ひとつ変えることなくこう答える。


「いいえ」


「ただし、残念ですが、王都での暴動は収まる気配はありません。そして、その一因であるダニエル王太子殿下がその地位にあるかぎりこの事態は収拾できません。つまり、国民はダニエル王子とそれに繋がるフランベーニュ王家そのものに敵意を持っています」


「この状況を収拾できるのは、フランベーニュ王家に関わりがない者だけ」


「陛下が国を思う気持ちがあるのであればなにとぞご協力を」


 息子に権力を奪われだけではなく軟禁状態に置かれているフランベーニュ王アルフォンスは数ドゥアの思考の時を経てその言葉に黒い笑みで応じる。


「だが、今の私は形式だけの王。それに私がどれだけ書を書き署名をしようが国璽がなければ有効にはならない。まあ、そんなことは将軍もわかっていることだろう。だが、助けてもらった恩は返さなければならない。それくらいは私にもわかる」


「ダニエルに指示されたというのは私をここに連れてくるための方便だったのだろう。あれがそんなことを考えるはずがないからな」


「いいだろう」


「形だけの王の言葉。それでもそれが欲しいというのならいくらでもくれてやろう」


 アルフォンスはさらにその場で待っていたチェルトーザからのもうひとつの要求にもあっさりと応じる。

 そして、最後にこうつけ加える。


「ここまで来て私を騙し討ちするとは思えぬが一応用心のためだ。アリターナの王都パラティーノに着き、安全が確認できたところで書かせてもらう。それでよろしいな」

「もちろんです。グワラニー殿もそれでよろしいな」

「魔族も加わっているのですから当然のことです」


「そういうことだ。それで、チェルトーザ殿。受け入れの準備はどうなっているかな?」


 自身に続きグワラニーの同意も取り付けたリブルヌはチェルトーザに目をやると、その男はそれに応えて口を開く。


「我が王からも最高の賓客としてパラティーノの一等地の館で快適な暮らしをおこなえるように配慮するように申し渡されています。すでに準備は終えています。ご安心を」


 自身の要求をすべて受け入れるというその言葉にアルフォンスは満足げに頷いた。


「いいだろう。それと、そこまで配慮をされたアレッキオ・ファルネーゼ陛下にお礼を言う機会を設けてもらいたいのだが」

「歓迎晩さん会が催されるとのことですのでその際に……」


 ……さすが未来の公爵家の当主。いや。未来のアリターナ宰相。


 自身の要求にないところまで手回しをしていたチェルトーザの気配りにグワラニーはその様子を見ながらそう呟いた。


 そして、翌日。


「賑やかということを除けば、『冬の離宮』がパラティーノにやってきたようだ。感謝する。チェルトーザ公爵」

「……公爵は父で、しかも、父は非常に元気。私が公爵になるのはまだまだ先のことになりそうです」

「それは結構な話だな。では、言い直そう。チェルトーザ次期公爵」


 さり気なくそう訂正するチェルトーザにそう応じたアルフォンスは表情を少しだけ硬くする。


「これだけのことをやってもらったのだ。今度はこちらが義務を果たす番なのだが、実はひとつ不安なことがある」


「情けない話なのだが、私は息子である王太子ダニエル・フランベーニュをあまり信じていない。そのような状況でそちらの要求を受け入れてしまうと、これまでの自分の失政が原因で起こった不都合な事案まですべて私に責任を押しつけようとするのではないかという懸念がある。それについて良い手立てはないものか」


 一瞬後、それに対してチェルトーザはある提案をし、アルフォンスはそれに大きく頷いた。

 そして、それはアルフォンスの文書に反映された。


 その答えとなるものは一連の宣言に続くこの言葉だった。


「なお、フランベーニュ王国国王アルフォンス・フランベーニュがアリターナ王国及びアルディーシャ・グワラニーが率いる組織に対して示した譲位及び領土割譲はフランベーニュ王国王太子で宰相でもあるダニエル・フランベーニュの署名と国璽が押された同様の文書によって承認されるものとする」


 アルフォンスの記した文書を眺め終わると、チェルトーザは視線を動かす。


「……ですが、ダニエル王太子は王都脱出するとなった場合にも国璽を本当に持ちだしますか?」

「間違いなく持ち出す。あの者はその辺は抜かりない。だから、ダニエルに何か約束させるのであれば、確実に国璽を押すように言うべきだ」

「ありがたい助言感謝します」


 チェルトーザは最高級の羊皮紙を受け取りながらこう呟く。


 ……国璽の件まで見透かして行動するとは、さすがアルディーシャ・グワラニーというところだな。

 ……これで父子がお互いを信用せず、それどころか利用し責任を押しつけようとした結果によって生まれた金貨の裏表のような証書が揃い、その言葉はすべて有効になるわけだ。


 実をいえば、グワラニーはこの時点では自身の手の中にある領土の半分を割譲するという証文の存在をフランベーニュ側には伝えていなかった。

 それはアリストとの最終決戦の前にフランベーニュを自らの側に引き留めておく、さらにフランベーニュが望ましくない動きに出たときにこれを切り札にその動きを止めるという二重の意味があったのだが、そうなると表面上フランベーニュの瓦解と急速な立て直しにグワラニーの影はまったく見られないということになる。

 これを不信に思ったのはフランベーニュに対する過激な一手を打ったアリストだった。


「おかしいですね」


「子分であるはずのダニエル・フランベーニュをグワラニーが簡単に見捨てるとは思いませんでした」

「もしかしてダニエル・フランベーニュは今回の件の首謀者というアリストの読みは間違いだったということではないのですか?そうなると無実な者を貶めたということになっていよいよ悪人らしくなってきたではありませんか。アリスト」


 どさくさ紛れに大量に送り込んだ間者の報告を何度も首を傾げながら読むアリストのぼやきにそう皮肉の言葉を投げつけたのはフィーネだった。


「先ほどの話では、とりあえずダニエル・フランベーニュと父王は逃げ切ったようですが、見捨てられた多くの貴族や末端の王族はどうなったのでしょうね」


「もちろんそこに私の家も含まれているわけですが」

「フィラリオ家は無事だったようですよ。というより、騒動が始まる直前に夜逃げしたようです」


 ……ということは、グワラニーは仕事を完遂させたわけですか。


 心の中でそっと胸を撫で下ろしたフィーネだったが、その直後アリストの疑わしそうな視線に気づく、


「言っておきますが、私は実家には知らせてはいませんよ」

「それはますますおかしいですね。ですが……」


「あなたの実家に配慮しなかったのは私の落ち度。ですので、どうしてそのような都合の良い事態になったのかについては追及はする気はありません」

「当然です。というより、私にも無実の罪を擦りつけるきですが?アリスト」


「それよりも……」


「どうするのですか?」


「冤罪の有無はともかくダニエル・フランベーニュに対する個人的恨みを晴らしたのは良いとしても、今回のことでフランベーニュが反ブリターニャ、というよりも反アリスト・ブリターニャで結束すると思いますが」

「まあ、それはなんとかなるでしょう」


「王族だろうが軍人だろうが、為政者になれば、国の維持が何よりも重要。その世界で一番強い者に従属することになります。つまり、私とグワラニーの戦いがさらに重要度を増したということです」


「そういう点ではフランベーニュでの騒動にあの男が派手に関わらなかったことは想定外ですね。王家が瓦解しかけたフランベーニュに関わって身動きが取れなくなるのが望ましい形だったのですが」


「そして、それとは別に魔族を殲滅する。そのために一番の障害はグワラニーと彼の配下。その位置を特定しておくことは必須とはいかなくてもとても重要です。もしかしたら、そのためにグワラニーは身を隠していたのかもしれません。ダニエル・フランベーニュを見捨てたのもそのような意味があるかもしれません」


 そして、想定外のところでアリストの誤解を誘うことに成功したそのグワラニーであるが、実をいえば一連の謀略のなかでアリストよりさらに先の、本当の意味での将来のための一手を打っていた。


「……ところでグワラニー様」


 最側近のバイアはフランベーニュ王家の生き残りがフランベーニュ王国の解体をおこなう宣言書の原本を眺め終わったところで目の前の男に声をかけた。


「フランベーニュに割譲させた国土の半分ですが、奪い取る場所の選定はどうするのですか?」


 勇者一行との戦いに支障を来たすということでフランベーニュには要求していないものの、選定はおこなっておくべきでないのか?


 バイアの問いにはそのような意味がある。

 それはつまり、勇者一行との戦いのあとにも自分たちが存在しているだけではなく、この世界の頂点として国を運営しているということになり、極言すれば自分たちが勇者一行との戦いに勝利することを前提にしているということになる。

 これはおかしい。

 あれだけ自分たちの不利を方々で語っているにもかかわらず。

 となれば、これはバイアなりのモチベーション維持、それとも、単なる強弁としか考えられない。

 だが……。


「……バイアも気が早い」


 グワラニーはバイアの言葉にそう応じるだけで主張そのものは否定しなかった。

 そう。

 実をいえば、ふたりはすでに勇者一行に勝てる算段をしていたのである。


 むろんグワラニーとバイアが用意していた対勇者必勝の策についてはその場面が来るときまでのお楽しみということになるのだが、いつもは準備に抜かりないグワラニーがフランベーニュに対する要求を進めていなかったのはそれとは別の理由があった。

 いや。

 自分たちが用意していたものとは別の方法で勇者を倒す方法。

 それに関わるものだった。


 具体的には……。

 アリスト・ブリターニャの謀殺。


「……あまり驚かないようだな。バイア」


 その言葉を口にした直後、相手の表情が全く変わらないため、グワラニーは少しだけ不機嫌になる。


「それとも必死に隠したか?」

「いえいえ。我々が用意したものでない方法で勇者を屈服させるとなればそれしかないと思っていましたので」

「さすがだな」


 さらに不機嫌さを増したグワラニーがそこから口にしたこと。

 それは……。


「フィーネ嬢がアリスト王子を殺す可能性がある」

「まあ、常に警戒を怠らず結界を張り巡らせているアリスト王子を暗殺するのなら、結界の中にいる勇者一行の誰かがそれをおこなうしかいないだろうということは容易に想像できます。そして、他の三人がそんなことをやるとは思えませんので、当然そうなるでしょうね」


 バイアはそう言って後、冗談半分の不機嫌が最高潮に達したグワラニーを眺めながら言葉を続ける。


「どのような理由でアリスト王子を暗殺するのか少々興味がありますが、そうなるとフランベーニュに半分というのはそれに対する報酬ということになりますか?」

「そういうことだ。もちろんアドニア嬢に幾分かの報酬をあたえなければならないので彼女が確保している港周辺は割譲する必要はあるだろうが」


 フランベーニュ王家の没落とその最後の悪足掻きの影響で最終的にはフランベーニュの領土が三割程度にまで激減する結果となった「サイレンセスト宣言」から始まる一連の出来事の話は一応ここで終わる。


 フランベーニュにとってそれはまさに厄災であり、フランベーニュ人がかの宣言を「厄災宣言」と呼ぶのは十分に理解できるところである。


 むろん後世のフランベーニュ人にはこの時代の為政者たち、特にダニエル・フランベーニュに対して辛辣な意見を述べる者が多いわけなのだが、彼らがこの時代に生きて国を率いた場合、ダニエルやロシュフォールより多くのものを得られたのかは疑問である。

 その理由。

 彼らは忘れているようだが、アリターナにはチェルトーザ、アグリニオンにはアドニア、さらにアストラハーニェにもカラシニコフといった具合に偶然にも時を同じくして各国の歴史上最高の存在ともいえる特別な才の持ち主が出現し、さらにその者たちが指導的立場に就いたことから、グワラニーとアリストという過去はもちろん、この先にも現れることがないような希代の変人が次々に繰り出す小細工に対応できた。

 だが、不幸にも同じ時代のフランベーニュの頂点に立ったダニエル・フランベーニュは助言者としては有能だが為政者としての才は中の上、または上の下。

 それこそ上の上の才の持ち主だけが生き残れる世界でそのような者が頂に立つ国は残念ながら食われるだけの存在でしかない。

 それが嫌ならノルディアのように早々に舞台を下りるしかなかったのだが、ダニエルにはそれが許されない事情があった。

 フランベーニュは豊かであり、それを背景に軍事力をあることから、ブリターニャとともにこの世界の頂点に立っている自負があったのだ。


 言ってしまえば、フランベーニュにとって条件すべてが最悪だった。

 そう考えれば、むしろダニエルや彼の後を継いでフランベーニュの存続に尽力したロシュフォールはもっと評価されるべき。

 なにしろ彼らの努力でとりあえずフランベーニュという国が存在できたのだから。


 新フランベーニュ王国第二代王アレクサンドル・ロシュフォールの言葉。


「国中で国賊と罵られている前王太子ダニエル・フランベーニュであるが、彼を蔑することはもちろん軽んじることも許さない。これが王位に就いた父アーネスト・ロシュフォールが私に対して何度も言った言葉である。宰相の時代のダニエル・フランベーニュはたしかにいくつかの失敗はあったが、それが国の崩壊の危機に瀕した理由ではない。誰がその地位にあろうともフランベーニュは同じ運命にあったのだから。アルディーシャ・グワラニーとアリスト・ブリターニャという怪物と同じ時代に生き、彼らと同等の才がなかった。それだけのことである。もし、平穏な時代であったのなら、ダニエル・フランベーニュは希代の名君として国民に尊敬を集めたはず。彼はそれだけの才があった。何度でも言う。彼は不運だったのであり間違っても国賊などではない。それが先代のダニエル・フランベーニュに対する評価となる」


 そして、これに関連して非常に興味深い言葉を残しているのが、ダニエルに長年仕えてきた執事アーベント・ボローニャである。


「……ダニエル様が執着にしていたフィラリオ家の令嬢と婚姻。今さらではあるがこれが成っていればいればと思う。放蕩娘として有名な彼女にダニエル様が執着して理由を私はまったくわからなかったのだが、おそらくダニエル様は彼女の才を知っていたのだ。そして、その力でフランベーニュを守ろうと考えていたのだ。本当に。本当に彼女がフランベーニュ王妃になっていれば、ダニエル様もフランベーニュ王国もまったく違う未来を見ていたことだろう」

 

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