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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二十八章 滅びの道を選択する者たち
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旧友との再会 

 アストラハーニェの旧友。

 言うまでもなくこれはアストラハーニェの新王となったアレクセイ・カラシニコフを示している。

 もっとも、元の世界を含めるのならともかく、この世界においてふたりが最初に顔を合わせたのは旧友というほど昔ではなく、そもそもグワラニーとカラシニコフは友というほど親しいわけではない。

 それでも利害の一致と、強者兼勝者であるグワラニーが大幅な譲歩していることもあり意外にもその関係はうまくいっている。


 今回もグワラニーの呼び出しに対してカラシニコフがそれほど時間を置くことなくひとりで姿を現したのも、相手に対して大幅な信頼を置いている証拠であり、この点から言えば、旧友と呼ぶグワラニーの言葉もまんざら的外れというわけではないといえるだろう。


「……新王国の状況はいかがですか?」

「やることが多くて寝る時間もない。余計なことをしたと今になって後悔している」


 グワラニーの問いに、冗談交じりにそう返したカラシニコフはそこから表情を一気に変える。


「そんなつまらぬことを聞くために呼び出したわけではないだろう。要件は何だ」


 当然こちらも表情を厳しいものに変えたグワラニーはその言葉にこう応じる。


「実はカラシニコフ新国王にお願いがあります」

「お願い?」


 カラシニコフにとってこれはもちろん想定外のこと。


「その気になれば我が国を簡単に屈服させられる力がある魔族軍の将が私にどのような願いがあるのか」


 むろんそれはグワラニーへの皮肉がその構成要素の大部分を占めるものであるのだが、そのうちの何割かは自身とアストラハーニェという国への自嘲でもある。

 薄い笑いでそれに応じたグワラニーが口を開く。


「実は……」


「近々ブリターニャ王太子アリスト・ブリターニャが我が国と一戦交えるために動き出します」


「もちろんアリスト・ブリターニャがただの王太子であれば何も心配はありません。ですが、アリスト・ブリターニャは違います。なぜなら、アリスト・ブリターニャはあの勇者一行、その中心人物でこの世界最高の魔術師のひとり。あの力は同じ勇者一行の『銀髪の魔女』より上。そして、私の隣にいるデルフィン・コルペリーアと同等」


 カラシニコフは上級魔術師。

 他の魔術師の力を見極めることができる。

 当然、目の前のいるなぜか顔を真っ赤にしている少女がどの程度の魔力保持者が理解している。

 その彼女と同格。


「むろん『銀髪の魔女』もふたりよりほんの少しだけ落ちる程度。つまり、勇者一行にはふたりの最高級魔術師がいる分、状況としてはこちらがやや分が悪い」


「これが現状です」


 カラシニコフにとっては再びやってきた想定外の言葉。

 そして、それとともに浮かび上がるのはあの疑問。


「グワラニー。ひとつ尋ねる」


「アストラハーニェが侵攻を開始する直前、おまえたちと勇者は一戦交えたのではなかったのか?」


 そう。

 当事アストラハーニェ軍の総司令官の地位にあったカラシニコフは勇者とグワラニー軍が噛み合うのを狙って開戦に踏み切ったのだ。

 だが、勇者と戦っていたはずのグワラニー軍は驚くほど早く戦場に現れ、結局それがアストラハーニェ軍壊滅に繋がったのだ。

 グワラニーが口にした今の話が正しければ、自分の読みは外れ、両者は戦うことなく終わったということになる。


「どうなのだ?」

「もちろん国王陛下の読み通り、我々は戦いました」

「だが、おまえたちは驚くほど早く戦場に姿を現した。だから、私はおまえたちが勇者を簡単にねじ伏せたと理解したのだ。だが、勇者が健在ということはそうではなかったということだろう。強力な力を持つ両者が激突して双方とも無傷で終わるということなど絶対にない」


「いったい戦場で何が起こったのだ?」


 むろんグワラニーはアリストたちと自分たちの関係まで話す気はない。

 それを除いた部分を巧妙に組み合わせて齟齬のないように話を組み立てる。

 

 そして、数瞬後。

 

「……王より迎撃をおこなうよう命令された我々には勇者を倒す秘策がありました」


「魔法無効化結界という魔法です」


 そう言ってグワラニーが視線を動かすと、カラシニコフがそれに応じるようにこう答える。


「知っている。だが、その魔法は自身も他の魔法が使えなくなるという非常に使い勝手の悪いものと聞いている。それに魔力の消費も激しく、長くはそれを維持することはできない」

「そのとおり。ですが、勇者に勝つには彼らの最大の武器である魔法を使用できないようにするしかありません」


「そして、我々はそれをおこない。あと一歩まで彼らを追い詰めました。ですが、時間切れになり、転移魔法で我々はその場を離れましたが、その直後にやってきたアリスト王子の一撃により残っていた部隊は全滅しました」

「では、なぜ勇者はそのまま進まなかったのか?」

「実はアリスト王女の実妹ホリー・ブリターニャは我々に捉えられた王子の身柄と交換で現在私が保護下にあります。そのホリー王女が私の隣にいるにもかかわらずアリスト王子は一撃を放った。転移と攻撃の差は僅かだったのでアリスト王子はホリー王女を殺したと思い込み自身の浅はかな行動を後悔して後退したようです。その隙をついて我々は転移魔法で戻れないよう対策を施しました」


「もう一度同じ手は使えないのか?」

「相手が愚かであれば可能でしょうが、アリスト王子に同じ手が二度通じると思いませんので……」

「十分な十分な対策をしてくる。当然だな」


「たしかにそうであれば相当厳しいな」


「それで、状況が厳しい魔族軍幹部が私に何を頼みたいのか?」


「もしかして、アストラハーニェで自分たちを匿えということか」

「まあ、簡単に言ってしまえばそういうことになります」


「ただし、その匿ってもらいたいのは我々ではなく新しく我が国の住人になった元アストラハーニェ国民です」


「実際のところ、国王からの迎撃命令が出た場合、ほぼ全軍でそれをおこなわなければならない。そうなれば、元アストラハーニェ国民を侵入者から守る者がいなくなってしまいます」


「陛下には彼らの保護をお願いしたいのです」


「それと、もうひとつ」


「戦う前から負ける算段をするのはいかがなものかと思いますが、もし、我が国の王都が勇者たちに落とされ、魔族の国が消滅した場合、魔族の国の東側はアストラハーニェに進呈したいと思いますので、その受け取りをお願いします」

「な、なんだと」


 それはカラシニコフにとって今日三度目の驚き。

 頭の中で多くのことを考えたものの、結果的に正解らしきものに辿り着かなかったカラシニコフがグワラニーを見やる。


「……確認していいか」


「それはグワラニー個人の意見か?それとも魔族の国の王の意志か?」


 そう。

 グワラニーのこの言葉の持つ意味は大きい。

 なにしろそれは対魔族戦をおこなうにあたりカラシニコフが第一段階として占領を目指したものなのだから。

 それ以上に、これが王の許可ないままグワラニーが口にしたものなら、当然それは効力はなく、ただ揉め事に巻き込まれるだけなのだから。


「どうなのだ?グワラニー」

「私は一介の将。国土の割譲の権限など持ち合わせていません」

「つまり、それは王の意志ということか?」

「もちろんです。そして……」


「王は、国土のすべてと言ってもいいと言っておりました」

「なんだと……」


 カラシニコフは呻く。


「随分と気前がいいのだな。魔族の王は」

「そうですね。ですが、これは毒入りの菓子のようなもの」


「アストラハーニェが魔族領を手に入れられるのは我が国が消えてから。つまり、勇者、というかアリスト王子が魔族を滅ぼしてからということになります。当然、そうなれば魔族の国を手に入れる権利があるのはブリターニャ。アストラハーニェは何もせず、その権利を主張するのです。その後に何が待っているかはいうまでもないでしょう」


「我が王は、自身が滅んだ後、人間たちによる新たな戦いの火種を残す。この割譲にはそのような意味が含まれています」


 転んでもただでは起きない。


 異国の言葉によるふたりの分の心の声が宙を舞う。


 笑みの色が濃くなったグワラニーはさらに言葉を続ける。


「そして、たとえそうであったとしても、さすがに魔族領全土の領有をアストラハーニェが主張するのは無理がある。そこで東側という表現になったのです。もちろん、そこにはトゥルカナ回廊も加えておきますが」


「ちなみにそれはおまえの提案か」

「そうです。最終的には王の決定となりますが」


 カラシニコフは改めて思う。


 自分の目の前にいる男は傑物だと。

 そして、その男が恐れるアリスト・ブリターニャも同じ。

 さらに魔族の王も相当な人物。


 自身の位置を理解したカラシニコフは自身に向けて薄い笑みを浮かべる。


「まあ、形はどうであれ、同胞を救う手間賃だと思ってそれは承知した」

「では、譲渡契約書を」


 そう言って、グワラニーは上質の羊皮紙に記されたアストラハーニェ語とブリターニャ語をカラシニコフへ手渡す。


「……噂には聞いていたが、本当に魔族の王には名前がないのだな」

「そうですね。我が国の形式上、この世界はすべて魔族領。王は当然ひとり。王という言葉そのものが魔族の王の名前のようなものです」


 そこに書かれた文字を眺めていたカラシニコフがその最後にブリターニャ語で書かれた署名を見て呟くとグワラニーはそう答えた。


「さて、国王陛下は新しい国の立て直しに忙しい身。私も最後の戦いのための準備がありますので……」

「グワラニー。率直なところを聞かせてもらいたい」


「これから臨む勇者一行との戦い。勝つ目はあるのか?」


 立ち上がり、口にしかけた自身の分かれた言葉を遮ってやってきたカラシニコフの問い。

 その意図はわからない。


 だが、これがこの男との最後の会話になることもありえる。

 それなりの言葉を残すべきか。


 グワラニーの頭に一瞬だけその思いが過るものの、結局生来の生真面目さが前面に出てしまう。


「勇者一行に戦って勝つのはほぼ無理。これは事実。あとはアリスト王子が停戦に応じるような材料を手に入れられるかどうかということでしょうか」


「まあ、それがどのようなものかもわからぬ状況ではそれも厳しいでしょう」


 グワラニーの言葉は事実上ゼロ回答。

 だが、カラシニコフはそれに怒ることもなく、それどころか恐縮するように自らを嘲るような笑みを浮かべる。


「そのような重要なことを答えられるはずがないのは当然だ。本当につまらないことを聞いた」


「だが、これは私の本心からの言葉。素直に受け取ってくれ」


「戦いが終わったら、もう一度会おう。だから……」


「絶対に死ぬなよ」


 そう言って伸びるカラシニコフの手。

 グワラニーもそれに応じた。


「では」


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