落日のブリターニャ軍
転移魔法が使えず徒歩による撤退は心身ともにブリターニャ軍は将兵を疲弊させた。
小動物が立てる草音ひとつで魔族軍の襲撃だと大混乱となり、さらに恐怖のあまり精神を病み自刃に及ぶ者も多数現れる。
多数の脱落者を出しながらの行軍。
彼らがそうして到着したガルベイン砦にアリストたちが姿を現したのはブリターニャ軍の大部分が到着してから五日後。
転移魔法を使えば一瞬であるにもかかわらずこれだけ時間をかけたのはむろん魔族軍の追撃に備えるため。
いわば、殿を務めたわけである。
大いなる期待を込めて。
だが、その頃魔族軍の兵士たちはアリストとの約束を律儀に守りブリターニャ軍の戦死者の埋葬をせっせとおこなっていた。
もちろんこれが中途半端な勝利なら間違いなく追撃に入ったのだろうが、あまりにも完璧な勝利を手にしてしまったため、皆が妙な気になり、埋葬をおこなうことに反対する者はいなかった。
つまり、「結果的には」という言葉がつくものの、アリスト自身が魔族軍の追撃の芽を摘んでいたともいえるわけで、再び、アリストは無意識に自分で自分の足を撃ち抜いたのに等しい行為をおこなったといえるのである。
アリストたちがガルベイン砦に到着してから二セパが経ったブリターニャの王都サイレンセスト。
その中心にある王城の一室.
王の前に六人の男たちが並ぶ。
ふたりは将軍、三人は魔術師、そして、もうひとりはこの国の王太子である。
全員の顔をひととおり眺めた王が口を開く。
「……スカーレットより魔術師団が撤収したところまでは聞いている」
「その後について聞かせに来たようだが、顔つきからあまり喜ばしいものではなさそうだな」
「聞きたくはないが、聞かなければ、前には進めない」
「包み隠さず話せ」
一礼後、アルビン・リムリックとともに王都に戻ったバイロン・グレナームの口から漏れ出したのは、その場に起こったこと。
その生々しさに王も、魔術師たちも顔を顰める。
「……次々と落される樽の中身が油とわかった瞬間、魔族どもが何を考えているのか察しましたが、その直後火球が撃ち込まれて、できることといえば、兵たちのもがき苦しむ様を見ながら叫び声を聞くことだけ」
「堀の中の兵士を救い出せる状況ではありませんでした」
「やむを得ず、撤退の指示を出しました」
「なお、左翼部隊は前進を止めたため惨事を免れ、兵の大部分がガルベイン砦に戻ることができたため、アルバート・カーマーゼンの指揮のもと現在守備にあたっています」
「軍を停止させた?つまり、カーマーゼンは敵の策を見切ったということか?それなのに、なぜカーマーゼンはおまえたちにそれを知らさなかったのだ?」
「カーマーゼンもそれが正しいのかは判断できなかったとのこと。ただし、罠があると言い出したのは第一陣を指揮する指揮官たちで彼らが停止してしまったため、後続が前に進めず、とりあえず様子を見ることにしたのが幸いしたようです」
「つまり、その者たちに左翼軍は救われた……」
「いや。救われたのはブリターニャ軍だな。左翼も壊滅していたら目も当てられない状況になっていたのだから」
「状況は承知した」
そう言った王は、将軍たちからアリストへ視線を動かす。
「アリスト。何かあるか?」
むろんその言葉には二重の意味がある。
その場にいた者として何かつけ加えることはあるか?
そして、敗軍の将をどう扱うか?
特に後者についてはこれだけの大敗をした指揮官をそのままというわけにはいかない。
相応の処分を与えるが、それについての意見はあるか?
王は言外にそう言っていたのである。
一礼後、アリストが口を開く。
「実はこの戦いの前後二回にわたって敵将アルディーシャ・グワラニーと話をしました」
「その場にはホリーもいたのですが、驚くべきことにホリーの護衛としてアラン・フィンドレイほか我が国がグワラニーに売り払った咎人が同行しておりました」
「フィンドレイ本人は『自分はあくまでホリーの護衛だ』と言い張っていましたが、すでにグワラニーの軍にはノルディアの元将軍もいるのです。遠くない時期にあの男が魔族軍の指揮官の列に加わってもおかしくないでしょう。あの男はそれだけの才があるわけですから」
「グワラニーの軍に新しい人材が次々に加わり、我が軍は戦場で指揮官や指揮官候補者を大量に失ったうえに、生き残った僅かな指揮官まで責任を取らせ自らの手によって消し去っては奴の軍との差が広がるばかり。魔族軍の戦い方を体験したふたりの将軍はそのままガルベイン砦の守備隊の指揮を執らせる。これを今回の処分とすべきと考えます」
「そして、ついでに言えば、現在ガルベイン砦の守備についているカーマーゼン将軍とその部隊は一旦王都に下げるべきかと」
「今や、彼の軍は我が軍唯一の精鋭部隊。切り札として手元に置くべきです。なぜなら、相手がグワラニーであった場合、ガルベイン砦から攻め寄せてくると見せかけて、別の場所からやってくる可能性もありますから」
「王都に置いておけば、グワラニーがどこから来ようが、すぐに対応できますので」
「それから、おそらく魔族は今後も圧倒的な数の魔術師を揃え、火球の撃ち合いを第一段階の戦い方としてくると思われます。そして、ここで負けてしまえば、こちらに勝利の目はありません。ですから、我々もできるだけ多くの魔術師をガルベイン砦に集め、さらに予備部隊についても魔術師も含めて揃えておく必要があります」
「ですが、陸軍には質量ともそれにふさわしい魔術師はいません。そうなれば、海軍や王宮魔術師団に協力してもらわねばならないでしょう」
その夜。
王城の最深部で父子は向き合っていた。
「……アリスト。今回の敗戦で状況は一気に悪くなった気がするがおまえの目にどう映る?」
そう。
立場上、負け、劣勢という言葉は使えない。
だが、相手が身内となれば違う。
アリストは父王を直視する。
「我が軍は……」
「数の力を使用できる時に戦い方を変えるべきでした」
「魔族軍は戦力の半分を対アストラハーニェに向けていた。そのために我が軍に対しても劣勢だったわけです」
「この時点で今回魔族軍がおこなったような魔法攻撃を主にした戦い方をおこなっていたならばすでに魔族の王都も視界に入っていたでしょう」
「ですが、我が軍はそれに気づかなかった。むろんそれは私も含めてということになります。そして、それは魔族軍も同じでしょう」
「ですが、アストラハーニェとの戦いの中で魔族軍はその有効性に気づいた。もしかしたら、グワラニーがそれを示したのかもしれませんが」
「そして、魔族軍はアストラハーニェより魔術師数で上回ったところで、今回と同じような戦いをおこなった。その結果がアストラハーニェ軍崩壊というわけです」
「そして、グワラニーはフランベーニュ軍にこの策を伝授しました
「もちろん魔族とフランベーニュ軍は戦闘中。その戦術が自軍に向くことは十分にあり得る。ですが、フランベーニュがその策を使っても抑え込む自信があったグワラニーはそれを承知で策を伝授した」
「それがフランベーニュ領に侵攻したブリターニャ軍の惨敗。さらにベルナード将軍率いるフランベーニュ主力部隊を背後から襲おうとしたバインベナー将軍迎撃にもおそらくこの手が使われた」
「つまり、魔族軍が始めた火球による物量攻撃を知らないのはブリターニャだけとなる。そして、自身の攻勢時にたっぷりとそれを味わったところで、ようやくその有用性を気づいたわけです」
「ですが、それをおこなうにも勝利の条件である数的有利な状況は、魔族軍が東部から多数の魔術師を移動させてきた段階で失われ、さらに二度の戦いで多くの魔術師を失い回復の望みも無くなった」
「これからは訓練不足の魔術師を前線に出してはすり減らすことを繰り返し、ジリ貧になっていく」
「このままではブリターニャの敗北は避けられないでしょう」
「すべてを承知した」
「それを踏まえてアリストに問おう」
「我が国に勝つ見込みはないか?」
父王はそう言って息子であるアリストを見やる。
「いや。その算段がおまえの中にはあるはずだ。そうでなければ、今回の戦いで目の前でおこなわれた惨劇を放置して帰ってくるはずがないのだから」
「だから、正しく問うのならこうなる」
「おまえが考えている魔族に勝つ方法とはどのようなものだ?」
そして、その視線で促す。
それを口にすることを。
それに応じるようにアリストの口が開く。
「それは……」
「勇者が魔族の王都を目指すこと」
「勇者はガルベイン砦攻略にやってきた魔族軍の背後に転移したところから行動を開始します」
「当然勇者が動き出したら魔族軍は勇者を討とうと反転するでしょう。さらに反転した魔族軍の背をブリターニャ軍が撃つことができます」
「それはわかる。だが、ガルベイン砦に押し寄せた魔族どもを撃ち果たし、そこから進めばいいだろう」
「なぜコソコソと隠れて進まねばならないのだ?」
父王の言葉は正論である。
勇者の力ならどれだけ敵がいようが粉砕できる。
たとえ、多少撃ち漏らしても、それは砦の正規軍に任せればいいのだから。
だが、アリストは小さいが、力を込めて首を横に振る。
「我々が魔族に勝利するためには何が必要でしょうか?」
「言うまでもなく、王都イペトスートを落とし、魔族の王を葬ることです」
「そのための最大の障害は何か?」
「もちろんアルディーシャ・グワラニー。そして、彼が抱える魔術師団」
「ガルベイン砦攻略に彼らがやって来ていた場合、簡単にことは進まない。ですから、グワラニーとの決着は王都を落としてから改めてつけることにして、王都を落とすことを優先させるのです」
「そして、グワラニーが王都にいた場合、自身にとって都合の良い場所を選び勇者がやってくることを待っていることでしょう。こちらは前に進むためにはグワラニーが用意した場所で戦うしかなくなる。これは非常に不利な状況になります」
「それは避けなければなりません。そして、もうひとつ。グワラニーには時間を与えてはいけないのです。あの男に考える時間と準備する時間を与える。それはこちらの勝算が下がることになりますから」
「ですから、一番いいのは、突然王都の目の前に勇者が現れるという状況です。そのためにはできるだけ深い位置から始めるべきなのです」
「おまえの考えは理解した」
父王はそう言った。
王はそこで言葉を止め、アリストを眺め直し、それからもう一度口を開く。
「勇者として行動を起こすことについては許可する。それ以外にブリターニャが魔族に勝つ方法がなければやむを得ない」
そう言ったところで父王は先ほど以上の大きなため息をつく。
「ひとつ尋ねる」
「おまえの頭の中に魔族と休戦するという選択肢はないのはなぜだ?」
「私は会ったことはないが、おまえの話、それからあちらこちらから聞こえてくる話から想像するに、魔族の将アルディーシャ・グワラニーとおまえはうまくやっている気がする。さらにグワラニーとやらは人間を蔑視しておらず、対等に扱うように思える」
「実際にアリターナやノルディアは休戦後平穏を保っている。いつものおまえなら戦うよりも交渉によってカタをつけることを主張しそうだ。特に軍がここまで負けた現状では」
「それにもかかわらず。おまえの口からはそのような言葉はまったく聞こえてこない。これは特別な理由があるからだ」
「それはどういうものだ?」
父王の言葉から数ドゥア後、アリストは決心したかのように口を開く。
「……たしかに現在のグワラニーであれば、交渉次第では現状の前線を国境として休戦を結ぶことは可能でしょうし、その休戦は守られることでしょう。それはアリターナやノルディア、そして、微妙なものではありますが、フランベーニュやブリターニャの部分的な休戦が継続されていることからもあきらかです」
「ですが、それはあくまで現在の話。グワラニーが今後変貌することだってあります。そして、なにより魔族の為政者が現在のグワラニーの行動を許す現在の王と同類の者が続くとは限りません」
「というよりも、現在のグワラニーは魔族の中で異質の存在。そのグワラニーを理解する者が魔族の為政者になり続けることは絶対にないと言ったほうがいいでしょう」
「では、どうしたらいいのか?」
「いうまでもない。魔族は根絶やしにしなければならないのです。そして、現在、私とフィーネ・デ・フィラリオという存在によって実行が可能になっています」
「ここでそれを逃したら、今度いつそのような機会が訪れるかわかりません」
そこまで自身の思いを吐き出したアリストは、小さなため息をつく。
「実をいえば、少し前まで魔族をブリターニャの支配下において管理できるのではないか。そして、間接統治をする魔族をグワラニーに任せればうまくいくと考えていました。ですが、魔族が人間よりも何倍も長寿であることに気づいたときにその考えを捨てました」
「魔族は滅ぼさなければならない」
「それがこの力を与えられた私の責務なのです」
父王はアリストの覚悟を咀嚼する。
「だが、そうなると魔族は女子供まですべて殺すことになる」
「その覚悟はあるか?」
「むろんです。ですが、それは先のこと。まずは魔族の王都を落とし、王を討ち取り、グワラニー軍を殲滅する。これに専念します」
「わかった」
「そこまでの覚悟があるのなら、もう掣肘することはない。自由にやれ。ただし……」
「絶対に成功させろ」
勇者による魔族の国の王都イペトスート攻略と殲滅、さらに魔族との和平を拒絶することが決まったこのアリストと父王の会話は、ふたりの将来だけではなく、ブリターニャの王都サイレンセストに住む者たちの運命も左右することになるのだが、実をいえば、公的にはその内容は残されていない。
ラフギールの別邸に残されたアリストの日記、及び、フィーネ経由でその事実を知ったグワラニーの言葉だけがその事実を知らせているのみである。
「……おまえたちが行動を起こすのは、魔族軍がガルベイン砦を本格的に攻撃してからということでいいのだな」
「そういうことです」
「では、ことが始まる前に一度おまえの仲間と会っておこうか」
翌日、王は宰相アンタイル・カイルウス、典礼大臣アートボルト・フィンズベリー、軍最高司令官アレグザンダー・コルグルトン、副司令官でベネディクト・レーンヘッド、宮廷魔術師長エイベル・ウォルステンホルム、さらに王族の一員アシャー・バリントアを呼び出し、アリストとともに今後の対策を協議する。
もちろん勇者への依頼の件は一切口にせず。
「魔術師を貸し出した貴族たちへの説明をせねばならないが、前回の件もある。その前にこちらで国民に知らせるべきだろう」
「だが、このまま惨状を知らせては何が起こるか目に見えている」
「発表の仕方に気をつけなければならない」
「どうすべきか」
王は全員を見る。
そして、その中のひとりの男が手を挙げる。
「さすがにどう取り繕っても我が軍が大損害を被ったことは隠しようがないでしょう」
「では、それは魔族を撃退した代償ということにしてはいかがかでしょうか?」
それは実際の発表をおこなう典礼大臣アートボルト・フィンズベリーからのものだった。
もし、これをグワラニーやフィーネが聞いていたら、盛大に笑い、このような言葉を口にしたことだろう。
大本営発表。
そして、王城前の広場に人が集められておこなわれた役人による読み上げられたその内容はまさに大本営発表の名を冠するにふさわしいものとなる。
「我が軍は東方で侵攻を企てていた魔族軍大軍が集結する根拠地を奇襲し、攻勢の意図を挫くことに成功した」
「ただし、魔族軍の反撃も大きく、我が軍の損害も多数。多くの未帰還者を出した模様」
「なお、再侵攻を目論む魔族軍は各地から兵を集めている様子を斥候が確認しており、我が軍もその迎撃にあたるため、更なる増員が必要となっており、今後、徴兵が強化される予定である。特に魔術師はその練度に関わらず必要とされるので戦いに参加することが求められる」
その後、魔術師を貸し出した貴族、それから戦死者の家族への知らせが始まる。
「……さすがブリターニャの文官。ほぼ事実だけを語っているが、真実とは真逆の出来事になっている」
「言い方と並べ方を変えるだけでここまで印象を変えられるとは、彼らを言葉の魔術師と呼んでもよいでしょう」
王宮から戦況された日の夜、アリストは王城内にある特別な酒場でそう呟き、苦笑いする。
「ですが、王都の混乱は抑えたのには成功したかもしれませんが、問題は何も変わっていないでしょう」
「あれだけの穴は簡単に塞がれることはないでしょう」
「特に魔術師不足は深刻でしょうに。それについての秘策をアリストは持っているのですか?」
その店で一番の酒を飲み干し、追加の一杯を注文した直後、アリストにそう問うたのはもちろんフィーネ。
その瞬間、アリストが顔を顰めた。
ただし、それは自分の支払いが積み上がったからであり、フィーネの問いにはまったく関係ない。
そして、口を開く。
「ないですね。それこそ、魔法が使える傭兵を大量に雇うくらいしか思いつきませんね」
「では、白旗ですか?」
「まさか」
「そのための勇者でしょう」
「つまり?」
「王より、どんな手段でも構わないから魔族の王都を落とし、魔族の王を狩るよう依頼されました」
「勇者として」
「国から依頼が来るとは私たちも随分と偉くなったものです」
フィーネはアリストの言葉にそう皮肉で返す。
「ちなみに報酬は?」
「ブリターニャ王」
「それは王太子のアリストなら黙っていてもやってくるでしょう」
「そのとおり。それにそれはアリストに支払われるものであって俺たちには関係ない。報酬として俺たち全員にブリターニャの五分の一を分けるべきだろう」
「お貴族様になりたいらしいファーブと違い、俺は支配者になってやってくる面倒ごとは背負いたくない。ブリターニャ金貨十億枚で手を打つ」
「そういうことなら俺も兄貴と一緒でいい。これで酒がたらふく飲める」
「では、私は魔族領とブリターニャの半分ずつ貰うことにしましょうか。ちなみに魔族領は南半分で」
……これぞ捕らぬ狸の皮算用ですね。
心の中でそう呟いたフィーネの言葉にアリストは苦笑いする。
「始まっていないうちからそれですか」
「いやいや、こういうものは始まる前に決めておくことが大事なのだ。特に相手が『ケチの大神』アリスト・ブリターニャとなれば尚更だ」
「そのとおり」
「そういうことで、証文を書いてもらうぞ。アリスト」
そう。
この時点で王はブリターニャ軍を見限り、アリストたち勇者一行に魔族討伐を依頼していた。
もちろん現状を考えれば、それは正しい判断といえるのだが、それを知らない軍幹部はやってくる魔族軍への対応をおこなっていた。
まず、魔族軍がやってくる可能性が最も高いガルベイン砦の守備であるが、バイロン・グレナーム、アルビン・リムリックに加えて、フランベーニュ領侵攻作戦に参加し、最終的に撤退作戦を指揮し、守勢に回った時の戦いに定評があるアラン・カービシュリーが加わる。
周辺地域を含めて百二十万の兵とアンディ・フレミングが率いる三万の魔術師がその戦力となる。
あらたに陸軍司令官に任命されたアルバート・カーマーゼンは予備軍司令官も兼ねることになった。
猛将とし名高いクレイク・エトリックが予備軍の副司令官として配属される。
合わせて七十万の将兵と魔術師四万五千が配属されたのだが、魔術師のすべてが海軍所属でありアルチュール・グレンメイが指揮をおこなう。
さらにアドラール・スカーレットとデニス・シェトランドが指揮する宮廷魔術師団から選抜された八千人の魔術師が即応魔術師団として用意された。
もうひとつ組織化された軍集団が王都防衛団である。
軍最高司令官アレグザンダー・コルグルトンと宮廷魔術師長エイベル・ウォルステンホルムが指揮を執るわけだが、その数は正規兵二十万、貴族の私兵三万、魔術師一万となっている。
むろんこの他にも海軍の将兵や各地の守備隊がいるわけなのだが、実質的にここまでがブリターニャ軍の全戦力といえるものとなる。
これについてブリターニャの戦史研究家フィログ・ホーリーヘッドのこのような言葉がある。
「実際のところ、この時点でブリターニャ軍には継戦能力はなかったと言っていいだろう。なにしろガルベイン砦に配属された百四十万の半分は新兵、魔術師に至ってはその九割が訓練中か魔力不足の者で戦力とは呼べない者。戦歴を重ねてきた魔族軍の相手になるとは思えなかった」
「結局のところ、予備軍こそ決戦部隊であったのだが、その魔術師団に陸軍所属の魔術師がひとりもいないところがブリターニャ軍の状況を現わしていると言えるだろう」
「そして、悲しいことに必死でかき集めた予備軍でも魔族軍と比べた場合、質量とも劣っていた」
「この時点でブリターニャ軍には勝利できる目はなかった。つまり、休戦こそが最良手だったということになる」
「だが、ブリターニャはさらに突き進む。最悪の道を」