アヴィニア炎上
フランベーニュの王都アヴィニア。
例の報復合戦のため、多くの間者が狩られたため、「サイレンセスト宣言」の詳細がフランベーニュの王太子兼宰相であるダニエルのもとに届いたのは、他国より二日近く遅れた。
もちろんアリストへフランベーニュの領土を献上する約束などしていないダニエルはその驚くべき情報に驚き、怒り狂うものの、現在ブリターニャとは国交断絶状態で抗議ができない。
だが、何もしないというのは腹の虫が収まらない。
出来もしないブリターニャへの報復を考え時間を浪費する。
結果的にこれがダニエルの命取りとなる。
三日後。
「宰相殿下。各地でその……」
「宰相殿下に対する猛烈な抗議運動が起こっております」
書記兼補佐役であるバティスト・セリウラは王宮へ集まってくる情報を伝える。
「いかがいたしますか?」
ダニエルはここでようやく最良手を逃したことに気づくものの、後の祭り。
やむを得ない。
顔中でそう表現したダニエルはこう答えるしかなかった。
「とりあえず現在流れている噂はブリターニャ王国王子アリスト・ブリターニャが我が国の瓦解を狙った流言。そのような事実は一切ないので安心しろと発表しろ」
同じ頃、ミュランジ城ではクロヴィス・リブルヌも不機嫌さを顔中に滲み出していた。
「……アリスト王子は本気でフランベーニュを潰す気のようだな」
その言葉を吐き出した直後、リブルヌが視線を動かしたのは副官で若いながらも上官の相談役もこなすエルヴェ・レスパールだった。
レスパールは小さな咳払いをし、それから口を開く。
「……ですが……」
「宰相殿下の対応が遅かったのも事実。噂が国内に広がってからではどれだけ真実を語ろうが、手遅れの感は否めないです」
「そのとおりだ」
「だが、今さら何を言っても、それこそ手遅れだ。そして、そうであるならば我々は我々の責務を果たすだけだ……」
そして、もちろんフランベーニュ軍の最前線で指揮を執るアルサンス・ベルナードにもその情報は届く。
「……始まったそうだ」
「本当に王都の連中は我々の足を引っ張ることしかやらない」
「ふん」
「王都の連中?王太子の間違いだろう」
「サイレンセスト宣言」の詳細に続いて、国内に起こっている反ダニエル運動の状況を知らせる王都からの書状を魔術師長であるアラン・シャンバニュールに渡したベルナードのため息交じりの言葉をシャンバニュールは文字通り鼻で笑い、続いて魔術師らしく王権に対する敬意の欠片もないひとことをつけ加えた。
そして、自身の言葉に不機嫌さを滲ませる表情で応じるベルナードを眺めながら、シャンバニュールはさらに言葉を続ける。
「だが、その者たちがいなくなっては、前線にいる我々は根なし草と同じ。食料が届かず敵前で枯れゆくのみ。そもそも王朝が倒れてしまっては戦う意味すらなくなる」
「必要があれば王太子を助けに行かねばなるまい。しかも、それが事実ならともかく、ブリターニャの王太子の口から出まかせとなればなおさらだ」
「そのとおり」
「だが、ここまでことが大きくなってから宰相殿下を救助に行った場合、我々が王太子派だと思われ、我々も攻撃対象になる。もちろん棒きれを持った程度の群衆など敵ではないが、剣を同胞に向けることは避けたい」
「それに王都を離れろと言っても聞かないだろう。宰相殿下は」
「当然だ。それは権力を捨てるのと同義語。それくらいの権力への執着と覚悟がなければ国を動かすことはできない」
そして、ある意味、今回の件の当事者のひとりであるグワラニー。
当然のように、グワラニーの耳にはアドニア、チェルトーザ、さらにワイバーンからも「サイレンセスト宣言」の詳細とその後サイレンセストで続く歓喜の宴の様子が速報として入ってきていた。
それに続くのはフランベーニュ各地で起こるダニエルに対する抗議運動について。
むろん前者についてはフィーネより聞かせられていたとおりであったので驚くことはひとつもなかったのだが、後者についてはグワラニーにとっても想定以上の大きさであった。
バイア相手に盛大にぼやく。
「さすがにこのまま見殺しというわけにはいかないだろう。今回の件について彼は完全に無実なのだから」
「ですが、こうなってしまえばフランベーニュ軍は大々的には動けない。そうなると我々が動くしかないでしょう」
「そうだな。それについてはリブルヌ将軍とベルナード将軍に許可を取る。もちろん不可となれば諦める。だが、おそらく了承するだろう」
翌日、グワラニーは再びリブルヌを呼びつける。
むろん丁寧な言葉と十分な作法に則って。
「やってきましたね。アリスト王子は」
「ええ」
挨拶代わりにそのような言葉を交わしたところでグワラニーが問うのはむろんフィラリオ家の国外脱出についてだった。
「フィーネ嬢の家族はどうなりましたか?」
「すべての面で完璧でした。おそらくアグリニオンで現在のフランベーニュの状況を聞いて胸を撫でおろしていることでしょう」
「それはよかった。これで私も彼女に殺されずに済む。これは尽力していただいたあなたがたに何かお礼をしなければなりませんね」
実をいえば、これはいわゆる誘い水。
ある言葉を引き出すための。
そして、グワラニーの希望通り、それはやってくる。
「そういうことであれば、こちらのお願いをひとつ叶えていただきましょうか」
「さすがに降伏しろと言われてもできません。とりあえず実現可能なものでお願いします」
リブルヌはわざとらしい咳払いで仕切り直しをした後に口にしたその言葉に対し、グワラニーはそう冗談で応じたが、むろんグワラニーが待っていたのはこの言葉。
そして、予想どおりそれが示される。
「わかっているとは思いますが、現在フランベーニュ国内は王都で暴動が起きることは避けらない。そして、最終的には宰相殿下の命が失われる」
「本来であれば鎮圧に動く軍も、兵たちがあの噂を信じているので、積極的に動くのは難しい」
「だが、一国の王太子が暴徒に殺される。しかもその王太子は無実。それにもかかわらず、軍はその事実を知りながら動かないとなれば後世の者にフランベーニュ軍のみならずフランベーニュという国そのものも嘲笑されるのは間違いない」
「それだけは避けたい」
グワラニーは心の中で雄叫びの声を上げるものの、表面上はそれとは対照的な表情をつくる。
「それについては同情しますが、その話からあなたは我々に何を要求されるのですか?」
「それは……」
「軍の代わりに宰相殿下と国王夫妻の安全の確保をしてもらいたい。……ということです」
「なるほど」
グワラニーはそう言って自身の表情に厳しさを滲ませる。
むろん、演技であるのだが。
そして、数ドゥア後。
「ちなみに国王陛下も王宮にいらっしゃるのですか?」
「いや。王都から離れた『冬の離宮』と呼ばれる場所におられるが、仕事を受けてくれるのであれば、その場所は案内します」
「保護した後の行き場は?」
「できれば同じ王制を敷く国……アリターナとなりますが、現時点では何も……」
「では、それについてもこちらが責任をもって手配させていただきます」
「もうひとつ」
「この件をベルナード将軍はご存じか?」
「むろん。というより、これはベルナード将軍の指示だ」
「軍が動けない以上、一番信用できる者に頼むしかないだろうと」
自身の問いに対して返ってきたこの言葉にはさすがのグワラニーも苦笑するしかなかった。
「ありがたいお言葉ですが、さすがにそれは言い過ぎでしょう。とりあえず我々は敵同士ですよ」
「たしかにそれはそうなのですが、ベルナード将軍はあなたに関しては非常に信用している。もちろん実際に戦えば容赦しないでしょうが、それ以外のところでは誰よりもあなたを信用している」
「もちろん私も。ですから、こうやってここに来ているのですよ」
この手の話は話半分と考えるべき。
それはグワラニーも十分に承知しているが、それでも戦っている相手にここまで言われて悪い気はしない。
しかも、その気でいたのだ。
流れとしては完璧といえるものといえるだろう。
「わかりました。そこまでは言われては出来るかぎりのことをしなければなりませんね」
「そして、やると決めた以上、相手は三人とも助けたい。では、具体的な話をしましょうか。まず……」
その翌日。
「……その……」
「本当によろしかったのですか?あの男に『冬の離宮』の場所まで教えてしまっても……」
「よくはない」
リブルヌからグワラニーが依頼を承知した旨の報告を持ってきた副官のバスチアン・リューにそう尋ねられたベルナードは不機嫌そうな表情でそれに見合う声色でそう答えた。
「だが、我々が動けない以上、やむを得ない」
「それに相手だって転移直後に狙い撃ちされる危険を冒してまでこちらの要請を受けたのだ」
「こちらも相手を信じるしかない。そうやってお互いを信じてこそうまくいく」
「つまり、ベルナード様はグワラニーという魔族を全面的に信じると?」
「そうだ」
「忠臣ズラした愚か者がいるかもしれないが、ここでハッキリさせておけば……」
「もし、国王陛下救出をおこなおうとしたあの男を騙し撃ちにしようとする者がいたら、魔族がおこなう前に私がその者を八つ裂きにする」
そう言ったベルナードはその直後、微妙な表情を浮かべる。
「ところで……」
「その生意気な小僧から出された宿題だが、おまえはどう考える?」
実をいえば、ダニエルと王夫妻を保護する仕事を受けるに際し、グワラニーはリブルヌに対してこのような助言をしていた。
「他国、しかも、戦っている国の者が口を挟むことではないのは十分に承知していますが、三人を保護し、他国へ移送するのであれば彼らに代わる者を用意しておくべきです」
「そして、その者は王族でない者が望ましいでしょう」
むろん、リブルヌはその場では何も答えず話を流した。
だが、当然ベルナードにはその話をし、現状で国をまとめ上げられるのは軍人でなければならないとし、ベルナードに臨時の国王になることを要請していたのだが、ベルナードは回答を保留していたのだ。
「私はリブルヌ将軍の意見に賛成します」
「やはり、ベルナード様が国の頂点に立つべきかと」
「だが、私は前線にいる」
国王が前線で戦う。
これは多くの英雄譚に登場する理想的な王の姿であり一見すると望ましく思える。
だが、これはいわゆる会戦のような一時的な戦いの場合の話で、現在のベルナードのように前線に張りついているような状況ではそれはむしろ好ましいものとはいえなくなる。
まず、王が前線にいることは、兵士の戦意高揚にはなるが、常に戦死の不安がつきまとう。
王の戦死はどれだけの影響が出るかはいうまでもないこと。
さらに、前線に張りついていては肝心の国政がおろそかになる。
国王は王都に留まるべきもの。
これがベルナードの短い言葉に含まれている意志となる。
「……となると、ロバウ将軍?それとも、リブルヌ将軍ということでしょうか」
「なぜ陸軍に拘る?海軍にもいるだろう。よい人材が」
むろんベルナードの言葉が誰を示しているかはあきらかだった。
「ロシュフォール提督ですか?」
「陸軍は日々命を削って戦っている中で海軍は船がなくて上も下も港で遊んでいるのだ。こういうときくらい国の役に立つべきだろう」
渋々と音がしそうなくらいにその名を口にしたリューに対したベルナードの言葉はもちろんジョークである。
だが、その前に語られた言葉は本気。
つまり、ベルナードが考える臨時国王、その本命はロシュフォール提督だった。
これまでの数々の実績。
それから名声。
さらにいえば、人格的も非常に優れ、軍人にある陸海軍の縄張り意識からも乖離しているという話は何度も聞かされている。
たしかに「新・フランベーニュの英雄」であるロシュフォールが国の頂点に立てば崩壊しかかっている国の立て直しは可能かもしれない。
それでも、陸軍に所属し、ベルナードが自身の直接的な上官であるリューにとってそれは残念なことであったのだが。
「ミュランジ城。そして、王都のロバウ将軍とロシュフォール提督に私の意向を伝えてくれ」
ベルナードのその言葉によって不満顔のままリューが下がったところで代わりに姿を現したのは魔術師長であるアラン・シャンバニュールと副魔術師長ジェルメーヌ・シャルランジュだった。
「リブルヌ将軍への返答かな」
「ああ。ロシュフォール提督を代わりの国王に推薦しておいた」
「まあ、妥当なところだな」
シャンバニュールはそう言ったものの、言葉はそこでは終わらなかった。
「てっきり知り合いの魔族を推薦するのかと思った」
「冗談を……」
「冗談を言ったつもりはないし、将軍だってそれが一番だと考えているのだろう」
実は図星だったのだが、何食わぬ顔でそう言いかけたベルナードの言葉を遮るとシャンバニュールはそのまま言葉を続ける。
「……この世界の戦いはもうすぐ終わる」
そう言ったシャンバニュールの視線はなにか遠いものを見ているようであった。
そして、その言葉は続く。
「……そして、今。世界はふたつに集約されつつある」
「アリスト・ブリターニャと彼の護衛。いや、勇者という駒を手に入れたブリターニャ。それから、アルディーシャ・グワラニーという逸材が現れた魔族」
「そして、我が国とブリターニャを除くすべてが驚くべきことに人間であるはずの勇者ではなく、敵であるはずの魔族であるグワラニーのもとに集まった」
「フランベーニュもそこに加わるべき。私はそう考える。これまで何度もあったその機会を逃してきたが、今度こそ逃してはならない」
「フランベーニュという国家が生き残りたいのであれば」
「ついでに言えば、一時的にでもグワラニーにフランベーニュをそっくり支配させれば相応の形で生き残れるが、そうでなければ残るのは名前だけになるかもしれない。つまり、本当の意味で望ましいのはグワラニーへの従属」
「そして、王太子がすべてを拒否した場合……」
「フランベーニュは完全に終わる」
フランベーニュ王国の王都アヴィニア。
さて、自らの知らないところで権力の座を追われ、さらに王の血が流れていない者が王位を就く算段までされていることなど知るはずがない王太子兼宰相であるダニエル・フランベーニュは日に日に大きくなる自らへの批判の声に必死に対処していた。
むろん、王太子の地位を捨て国外に逃亡するという選択肢があることは理解している。
だが、それをおこなえばフランベーニュ王家は終わる。
それはできない。
いや。
それをやってしまえば、目の前にある王位を手に入れることなく自分は終わる可能性が高い。
何重にも重ねられた枷がダニエルを王都に縛りつけていた。
そして、ダニエルは遂に事態打開のためにある決断をする。
その日、陸軍将軍エティエンヌ・ロバウ、海軍提督アーネスト・ロシュフォール、さらにロシュフォールの知恵袋的役割も果たす魔術師長オートリーブ・エゲヴィーブが王宮へ呼び出される。
そして、ダニエルは命じる。
暴徒たちの取り締まりを。
だが……。
「そんなものは内務省の管轄。しかも、ロバウ将軍はともかくロシュフォール提督は海軍。王都暴動鎮圧に出向くのは最後の最後ではないのか」
無言を貫くロシュフォールに代わり、王太子に向かって容赦のない言葉をぶつけたのはエゲヴィーブだった。
「ロシュフォール提督に鎮圧を命じるのであれば、まず、役立たずの内務省幹部と王都の警備をおこなう王都防衛隊幹部全員を即刻斬首し、王宮の壁に並べてもらいましょうか」
むろんその言葉に部屋は凍りつく。
「さすがに斬首はまずいでしょうが、たしかにその仕事は内務省や王都防衛隊がおこなうべきもの。彼らは何をしているのですか?」
「全く動かない」
「動かない?動かないとはどういうことですか?」
自身の言葉に応じたダニエルの返答にロバウは驚き問い直すと、不機嫌の極みのような表情でダニエルはこう答える。
「文字通りだ。命令しても動かない。彼らの言葉を使えば、兵たちが動かないそうだ」
「兵が動かなければ自分たちが出ていけばいいのだが、それは怖くてできないらしい」
「魔術師長の言葉どおり奴ら全員を斬首したい気持ちでいっぱいだ。私は」
そう。
ダニエルは三人を呼び出す前に内務省や王都警備軍に鎮圧を命じていたのだが、誰も動かず。
そこで信用できるロバウとロシュフォールに声がかかったというわけである。
ふたりにとってはこの上ない迷惑な話ではあるのだが。
だが、これでダニエルの命令に従って鎮圧を開始したら、それこそロバウとロシュフォールは悪の手先と呼ばれるのは確実。
それをおこなうにはそれ相応の覚悟が必要である。
そもそも、彼らにはそれが出来ない事情がある。
「騒ぎのきっかけになった、王太子はブリターニャの王太子の軍門に下り、国土の多くをブリターニャに献上するという噂はどこまで本当のことなのかな?」
再びエゲヴィーブから遠慮の欠片もない言葉が放たれると、ダニエルの顔を歪みが大きくなる。
「あれは、あることないことどころか、ないことだらけの作り話。つまり、爪の先ほども真実がない噂話だ。そんなもののためにフランベーニュ王国の正当な後継者である私が現在の地位から下りることなど絶対にない」
たしかにアリストの口から出まかせを信じて大騒ぎしている平民たちの勢いに負けて国を捨てて逃げるなど王制の頂点にある者としてあり得ぬこと。
それは三人にも理解できる。
だが、ここまで状況が悪化してしまえばあり得ぬと思われるその道を選択することも致し方ない。
さらにいえば、食料不足をはじめとするここまでの数々の失政と失態が暴動の根幹にあることも事実。
だから、ダニエルが全くの無実とも言えない。
やはり、計画を進めなければならない。
だが、どうやってそれを切り出す?
「話は理解したが、我々に汚れ仕事をおこなわせ、すべてが終わったときに何食わぬ顔で帰って来ぬよう、自らの責務を果たさぬ者たちを王宮から追い出す。話はそれが終わってからにしてもらいましょうか」
他のふたりと違い、魔術師という立場上自由にものが言えるエゲヴィーブが絶対にできない宿題を与え、事実上ダニエルの命令を撥ね退けると三人は逃げるように退室した。
もちろんこの時点では三人もまだまだ余裕があると思っていた。
だが、それから数日が過ぎたところで事態は急速に悪化する。
混乱のどさくさに紛れて各地で一仕事してきた野盗たちが最後の狩場として王都に大挙して流れ込んできていたのだ。
むろん彼らはプロ。
この好機を逃さずすぐさま動き出し、王都内の貴族の館や商館を次々に襲い始めると、それに触発され反王太子の抗議をおこなっていた者たちも彼らに張り合うように略奪を始める。
ここでようやく王都防衛軍の兵士が動き出すものの、その中からも不届き者が多数現れる。
しかも、職務放棄した者たちの代わりになるはずだったロシュフォールとロバウはベルナードとの打ち合わせをおこなうために王都を離れているため王都近郊に待機しているふたりの直属部隊も動けない。
王都は事実上の無法地帯となり、王都各地で火災が発生し、まさに火の海となったのだが、そのどさくさに紛れて更なる略奪がおこなわれるという負の循環が起こる。
こうなれば、まだ略奪を免れている王宮に魔の手が伸びるのも時間の問題となる。
王宮内にある物井櫓に登り、火に包まれた王都アヴィニアの様子を眺めながらダニエルは呟く。
「……歴史あるフランベーニュがこうもあっけなく終わるとは思わなかった」
王宮で働く者だけではなく本来王宮を守るべき者たちもいつの間にかその多くが姿を消していた。
この状況では暴徒の侵入を許したら防ぐ術などなく、略奪と殺戮が始まり、最後に火がかけられすべてが終わる。
「……私の手で王宮に火をつけ、汚らわしい者たちに略奪されることを避けるべきだな。そうと決まれば奴らが入ってくる前におこなうべきか」
ダニエルはそう呟くと、背後に控えている者たちを見やる。
「残念だが、脱出するしかないようだ。だが、その前にやらねばならないことがある。暴徒たちに荒らされることを避けるため王宮に火をつける」
「では、直ちに準備を……」
「宰相殿下」
書記官バティスト・セリウラがダニエルの言葉を遮る。
「申し上げにくいことではありますが……」
「もはや脱出は不可能かと」
ダニエルはセリウラを睨む。
「むろん歩いて脱出できないのはわかっている。だが、転移魔法で……」
そこまで言ったところで、ダニエルはセリウラの表情から気づく。
「まさか」
「はい。宮廷魔術師全員がすでに城外へ脱出しております」
正義はこちらにある。
フランベーニュの王太子の誇りにかけて絶対に逃げない。
そう宣言しつつ、ダニエルはいざというときのために逃げる算段はしていた。
それが宮廷魔術師たちの転移魔法であった。
だが、肝心の彼らが逃亡してしまっては完全に打つ手はない。
もちろん門を開け逃げることはできるが、逆に暴徒の王宮への侵入を許し、どこの馬の骨ともわからぬ者に殺されるだけだ。
不本意ではあるが、それよりも名誉ある死を選ぶべき。
「……であれば、燃える王宮とともに消えるべき」
「セリウラ。王宮に火を放つ準備を……」
「……準備はできております」
ダニエルの言葉にそう答えたのは彼が名を呼んだ者とは別の男だった。
ダニエルに長年仕えてきた執事アーベント・ボローニャ。
「……さすがボローニャ」
ダニエルはそう言って薄く笑みを浮かべた。
まず、宝物庫へと向かう。
「王としてこれらをじっくり眺めたかったが、止むを得ないな」
「火を……」
王宮のあちらこちらに火がかけられる。
そして、最後に玉座の間にやってきたダニエルは憧れの椅子に近づく。
もちろんそれは王位に就いた者しか座ることの出来ぬもの。
王太子といえども本来は座ることは許されないのだが、この椅子も王城も灰になる。
フランベーニュ王朝の最後を見届ける者である自分にはそれくらいは許されるはず。
ダニエルは自分の都合のいいようにそう解釈するとその身を沈める。
言葉にしがたい満足感
だが、その感触を楽しめたのはほんの一瞬だった。
直後、僅かに残っていた警備兵のひとりが飛んできたのだ。
「正門を破られ、完全装備の兵が侵入してきました」
「兵?」
立ち上がったダニエルが黒い笑みを浮かべる。
「誇りあるフランベーニュ軍兵士も略奪するようになったのか。しかも、自分たちが仕える者の居城を」
「さすが国が亡びるだけのことはある」
「それで……」
「そのコソ泥に身を落とした兵どもを率いている者の名は判明したのか?」
「アルディーシャ・グワラニーと名乗っています」
むろん、その名は知っている。
だが……。
「グワラニー?それは魔族ではないか。そうであれば、魔族兵と……」
「いいえ。剣を振るっているのは間違いなく人間です」
アーネスト・タルファか。
「奴の下にいる人間はひとりだけのはず……たしかにその男は剣の達人。だが、ひとりだろう。数で押し切ることができないのか?」
「いいえ。剣士は十七人。皆剣の相当な使い手。対するこちらは数も少なく……」
「わかった。だが、なぜグワラニーがやってくるのだ?こんなときに」
ダニエルの疑問はもっともではある。
そして、その疑問を明かすかのようにそれからまもなく本人が姿を現す。
怒号とうめき声が何度も重さなり、最後のうめき声とともに扉が蹴破られ、まず剣を持った男三人が踏み入る。
「これがフランベーニュの玉座の間か。下品なつくりだ。おまえはどう思う?ブレア」
「ええ。品というものが感じられません。将軍」
今この時にはまったく不必要な感想を口にしながら周囲を見渡し、ダニエルと視線を合わせた男はニヤリと笑う。
「おまえがダニエル・フランベーニュか?」
違う。
そう言いたかったのだが、ここでそう言っても結果は同じ。
最後はフランベーニュの王太子らしく潔くいくべきと思い直したダニエルは背筋を伸ばす。
「そのとおり。私はフランベーニュ王国の王太子で宰相でもあるダニエル・フランベーニュである。それで……」
「許可もなくここに踏み入った礼儀知らずの賊。一応おまえの名前も聞いておこうか」
男の黒い笑みが濃くなる。
「私の名はアラン・フィンドレイ。もう少し言えば、元ブリターニャ軍の将軍で、さらに言えば、もう少しでこの王都で斬首されるところだった者でもある。そういえば、一度会ったな。王太子殿下」
むろんそこまで言われれば、混乱によって知識と記憶が混沌状態にあるダニエルもその男が何者か理解できる。
だが、そのフィンドレイがやってきたのだ?
そもそもなぜ生きている?
ダニエルの困惑の表情などに気を留めることなくフィンドレイは後ろを振り向く。
「おい。安全を確保し、それからダニエル・フランベーニュが見つかったぞ」
「ありがとうございます」
その声とともに、姿を現したのは……。
「グワラニー」
何度となく味わった屈辱。
再びやってきたそれに耐えるようにダニエルはその男の名を呼んだ。
「何のつもりで来たのかは知らないが、今は取り込み中だ。帰れ」
むろんダニエルの精一杯の虚勢は十六人分の嘲笑で応じられる。
「それとも私の首を取りに来たのか?」
再びやってくる嘲笑。
そして、その中でグワラニーがようやく口を開く。
「まあ、言いたいことはわかりますが、困っているあなたを助けに来た者に対してその言葉はないでしょう」
「助けにきた?」
「ええ。もちろん条件次第ではありますが」
「そうですね……フランベーニュの半分。それで請け負います。いかがですか?」
「ふざけるな。私はフランベーニュの王太子。自分の身可愛さに国を売れるはずがないだろう」
「これは異なことをおっしゃる」
「アリスト王子には三分の二を進呈すると言ったあなたにそんなことを言われるとは思いませんでしたよ」
再び盛大に起こる嘲笑、そして顔を真っ赤にするダニエルを眺めながらグワラニーは言葉を続ける。
「まあ、我々がその気になれば半分どころかフランベーニュ全土を飲み込むことも可能なのですから約束しなくても結構です。まあ、提案したのですから、とりあえず答えをいただきましょうか」
「フランベーニュの半分を対価に助かるか?それとも、命を落としたうえにフランベーニュの消滅に協力する名誉を得るか?」
「そのどちらを選びますか?ダニエル王子」
逃げる術を失い、名誉ある自刃しかないと思われた選択肢に、突然現れた生存の可能性。
ダニエルはもちろん、その場に残っていた者たちの目にも生への執着が生まれる。
そして……。
「わかった」
あっさりとダニエルはグワラニーの提案に応じる。
「ただし、魔族にフランベーニュの領土を譲り渡すという証書は安全が完全に確保したところで書く。それでいいな」
「もちろんです。それともうひとつ」
「当然ですが、これまでお互いに生死を賭けて戦っていた魔族に領地を手渡す約束をするのですから、自身の地位がそのままというわけにはいかなくなります」
「王太子の地位を下り、次期国王の地位を他者に譲る。その署名をください」
「つまり、私から王位を奪いに来たのか……」
そう言い終えたことでダニエルは自身の言葉に齟齬があることに気づく。
「違うな。魔族であるおまえがフランベーニュの王位を狙うはずがない。では、操り人形のような傀儡をその地位につけるのか?」
だが、そうであっても、それをおこなうのは今ではない。
ダニエルは素早く思考するが、正解に辿りつかない。
「目的はなんだ?」
煙が立ち込めるなか、時間がないことを悟ったダニエルがそう尋ねると、グワラニーはこう答える。
「むろんフランベーニュ王国の存続です」
その言葉の意味が理解しがたいという表情に気づいたグワラニーはそのまま言葉を続ける。
「我々としては自立したうえで安定し、さらにブリターニャとは友好関係にない国が我が国とブリターニャの間にあることが望ましい。その国が我が国と話し合えることができる手段を持っていればいうことはない」
「そう言う点では少し前のフランベーニュは理想的だったといえるでしょう。ですが、当然ながら我が国にとって理想的ということは、ブリターニャというかアリスト王子にとっては望ましくないわけです」
「そして、アリスト王子が動いた。その結果が今の状況です」
「混沌。無秩序。今度はアリスト王子の望むフランベーニュになった。当然今度は我々が動かなければならないわけなのですが、そうして立て直した新たなフランベーニュの頂にはあなたは立つことができない」
「なぜなら国民の多くはあなたがアリスト王子の同盟者だと思っているから。それに加え最近の失政。国民はあなたが国を率いることを望んでいないのです。少なくても今は」
「そこで国を立て直すまでの間、フランベーニュを率いる地位には大部分の者が納得する指導者を置くということです。もちろん宰相という地位を与えることで対処できそうに思えますが、宰相の上には国王がいる。これではだめなのです」
「つまり、その者に国王の地位を与えろというわけか」
「そういうことです」
「ですが、実質的なものはともかく、形式的には王位を奪うのではなく譲られるという形を取りたい」
真偽のほどはともかく、筋は通っている。
ダニエルは心の中でそう呟くと、グワラニーを睨み返す。
「それで……」
「その者を誰にするというのだ?」
「まあ、抜かりのないおまえのことだ。もう人選は終わっているのだろう。どいつがおまえの操り人形役になるのだ」
ダニエルの言葉は正しい。
たしかに人選は終わっている。
ただし、その人選をおこなったのはグワラニーではなかったのだが。
グワラニーは笑みを一段階深める、
「それは王太子殿下が決めることでしょう」
「私の好きに決めていいというのか?」
「もちろん。ですが……」
「その方はこの状況の国をまとめ上げられる者ということでお願いします。それは将来の復権を考えるのであれば尚更です」
「まあ、そうなれば今のフランベーニュにそれに該当する方はそう多くないでしょうが」
グワラニーはそう言ってボールをダニエルに投げ返した。
ダニエル・フランベーニュは常識人。
さらに本物の王族でフランベーニュ王家の一員であることを誇りに思っている。
その選考要素には実力以外のものが加わってくる。
当然魔族であるグワラニーを候補者にするなどダニエルの思考で思いつくことはない。
まず、荒れ狂う者たちを一瞬で黙らせることができること。
となれば、軍高官。
さらに、国外にも名が通り、他国の交渉の際に見劣りがしないこと。
そして、ダニエルにとって最も重要なのは、王家に忠誠を誓っていること。
この最後のものは、もちろん将来その地位を奪い返すことを想定したものとなる。
そうなると、考えられるのは四人。
アルサンス・ベルナード。
エティエンヌ・ロバウ。
クロヴィス・リブルヌ。
アーネスト・ロシュフォール。
むろん侵攻してきたブリターニャ軍を撃退した戦いの総司令官ウジェーヌ・グミエールも候補として考えられるのだが、彼には上官にあたるベルナードがいる。
さすがに彼が上官を差し置いて国王になるのは多くの面で難しい。
「……ベルナード将軍だろうな。やはり」
しばらくの間沈黙していたダニエルの口から出てきたのは前線指揮官で伯爵でもある男の名であった。
……まあ、この男なら当然そういう選択になる。
グワラニーは表情を変えぬままそれに対してこう答える。
「当然ですね。将軍の戦歴。それから知名度。そして、その力。臨時とはいえ、フランベーニュの王に相応しいと言えます。ですが……」
「本当にそれでよろしいのですか?」
「どういうことだ?」
怪訝そうにそう問うダニエルにグワラニーは視線を向ける。
「前線の指揮。そして、国の立て直し。その両方をおこなうのはさすがのベルナード将軍でも難しい。そうなった場合、将軍がどちらを優先させるかといえば、国の立て直し」
「王という地位を任さられたら当然そうなるでしょう」
「つまり、将軍は前線を離れるということになります」
「もちろん自身の後任にはグミエール将軍を据えるでしょう。もちろんグミエール将軍の有能ですが、前線すべての指揮を執るにはまだ経験が不足している。魔族軍にとってはありがたいことですが、フランベーニュ軍にとってもそれがいいのかは微妙と言わざるを得ないでしょうね」
「……なるほど。では……」
「ロシュフォール提督」
「新フランベーニュの英雄ですか。本人の意向はともかく、ベルナード将軍が難しいとなればそれが妥当といえるでしょうね」
「一応の結論が出たところで、そろそろ王宮を脱出しましょうか。ですが、本当に王宮を燃やしていいのですか?」
「構わん。どうせ我々がいなくなれば暴徒が入ってくる。奴らにいい思いをさせるくらいなら燃やしたほうが百倍マシだ」
「承知しました」
ダニエルの投げやりの言葉を聞いたグワラニーは振り返ると後ろに控える男たちを見やる。
「どうですか?フィンドレイ将軍。燃えるフランベーニュ王宮に入った感想は?」
「素晴らしいな。だが、まさか魔族に従ってこのような光景に見ることになるとは思わなかったが」
「フィンドレイ将軍。グワラニー様に対して言葉が過ぎます」
「失礼しました。王女殿下」
ダニエルはその声の主に視線をやりながら記憶を遡る。
フィンドレイはブリターニャ将軍。
そして、魔族であるグワラニーに従っている。
そのフィンドレイが王女殿下を呼ぶ者などひとりしかいない。
ホリー・ブリターニャ。
ダニエルは一度だけその女性に会っている。
小麦畑を焼かれた報復としてプロエルメルを攻撃しようとしたフランベーニュ軍が返り討ちに遭い、多額の賠償金を取られた際の会議。
あのときは見るからに大国の王女であったのだが、今は美人ではあるがあの時の王女らしさはなく、軍の下級指揮官然としている。
美しさに強さが加わる。
まさに、自分にとって理想の女性。
ダニエルは心の中で呟く。
フランベーニュ王国王太子ダニエル・フランベーニュ。
ブリターニャ王国王女で副王の肩書もあるホリー・ブリターニャ。
確かに大国の王太子と王女であればつり合いは取れる。
しかも、一方は国を追われる身。
もう一方にいたっては父王によって他国に売られた身。
まさに冒険譚でしか登場しない恋愛話のシチュエーションである。
ただし、ホリーはグワラニー以外の男は目に入らない。
さらに前回の出会いでのホリーのダニエルに対する印象は最悪中の最悪。
残念であるがこの恋愛は百パーセント成立しない。
「お久しぶりです。王女殿下」
「……元王女です。ダニエル王太子殿下」
「まあ、そちらもまもなく元王太子になるわけですから、似た者同士とはいえますね」
ホリーの見事な切り返しにお供も者たちは爆笑する。
その笑いが一段落したところで、グワラニーが口を開く。
「さて、旧交を温め終わったところで逃亡することにしましょう」
「その前に……」
グワラニーがデルフィンに視線をやる。
「王太子殿下の望みを叶えてやることにしましょう。副魔術師長。お願いします」
「はい」
デルフィンが視線を向けた瞬間、玉座は火に包まれた。
まもなく王宮全体が火に包まれ、これによってフランベーニュの王都アヴィニアはほぼすべてが灰になる。
フランベーニュの三大厄災の最後のひとつの正式名称である「王都炎上」の完遂である。
これより少し前、前線から急いで戻ってきたロシュフォールとロバウが率いる海軍一万と陸軍の二万四千の兵が暴徒鎮圧に乗り出す。
むろん本物の盗賊はいち早く空気が変わったことに気づき、取り掛かっていた仕事を放棄すると、懐に詰め込めるだけのものを持ってすぐさま王都を脱出する。
さすがプロというところで、実際に捕まった彼らの仲間はほぼゼロだった。
そうなれば、残っていたのは流れに乗ったお調子者と、兵士から盗賊へ数日前にジョブチェンジした者ばかり。
それがどれだけいようが、本気を出した正規軍の敵ではなくあっさりと鎮圧される。
もっとも、この鎮圧はかなり武断的で抵抗する者はもちろん怪しく見える者はすべてその対象とされたため少なからず無実の者が巻き込まれることになった。
ダニエル達が立ち去った後も王宮に賊がほとんど入らなかったのは、略奪の対象に火をかけられたこと以外に、この強引な鎮圧により逃げるのが精一杯で仕事どころではなかったというのも大きな理由であろう。
そして、ひととおり鎮圧が完了し、それなりの平穏を取り戻した王都の広場に集められた民たちの前にロシュフォールとロバウが立つ。
「残念ながら王都アヴィニアはほぼすべて燃えた」
「そして、この状況をつくった王太子ダニエル・フランベーニュは何も手を打つことなくわずかな側近とともに王宮から脱出した」
「それでも皆はダニエル・フランベーニュを今後も支持するか?」
むろんこの煽り文句に返ってくるのはダニエルに対する強烈な拒絶を示す怒号。
「フランベーニュ王家を支持するか?」
再び起こる怒号に大きく頷いたその男エティエンヌ・ロバウは一瞬後、再び口を開く。
「軍は国がこのまま朽ちていくのを食い止めるため……」
「海軍提督アーネスト・ロシュフォールを新国王に推し、彼を支えながらあらたな一歩を踏み出すことにした」
「フランベーニュ王家はその名を国名に残すだけとなり、今後国政には関りを持たない。いや……」
「持たせない」
「なお、この件については現在も前線で魔族と戦いを続けるアルサンス・ベルナード将軍も支持している」
「では、新国王アーネスト・ロシュフォールを紹介しよう」
確かにフランベーニュの王宮は炎上していた。
だが、実を言えば、この時点ではまだ王宮の中にダニエル・フランベーニュはおり、「逃げた」というロバウの言葉は誤りであった。
さらに言えば、グワラニーは簒奪を避けるために譲位する旨の文書をダニエルに出すように要求していたのだが、ロバウの言は、あきらかに軍がダニエルを引きずり下ろしたうえで新フランベーニュの象徴としてロシュフォールを担ぎ出していることを強調しており、両者の間にはあきらかな齟齬があった。
のちにそれを知ったグワラニーは「私と彼らの覚悟の違い」と評した。
つまり、簒奪の汚名を着てでもフランベーニュという国を守るという強い意志がロバウ、ロシュフォール、ベルナードにはあったということである。
それとともに、彼らにはそれをおこなわなければならない事情があった。
予想以上に早く王都で暴動が起き、早く動かなければ王都が丸焼けになる、いや、なってしまったのだ。
そのため、形式的なものでしかない譲位文書がないまま行動を起こさねばならなくなったのだ。
「こうなってしまえば、すべてをダニエル王子に責任を被ってもらうしかあるまい」
そう言ってロバウが口にした演説の台本を作成したのはオートリーブ・エゲヴィーブ。
その台本に沿って煽り文句を並べ立てたロバウもこう言った。
「たしかに権力奪取のため、暴動を放置していた責任はある。だが、それによって王都の灰にした責任を新王だけに負わせるつもりはない。いや。彼を担ぎ上げた我々こそが負うべきなのだ」
そして、ロバウとともにロシュフォールを新王として推したベルナードは新王即位が成功の裡に終わったという朗報とともに王都が火の海になった情報を聞き終えると、「悪行をおこなった報いだ」と呟き、続いてこのような言葉を口にした。
「王都を灰にした我々がおこなうべきこと。それは新王を支えての国の再建。魔族との戦いなどやっているときではないのだ」
「……いや。魔族と手を携え、新たな敵に備えるべきと言うべきか」




