冷たい火花
二日後に前線に出ることにしたアリストであったのだが、当然のようにその晩のうちにクアムートへ姿を現す。
だが、グワラニーは不在のため面会ならず。
そして、代わりにアンガス・コルペリーア、アリシア・タルファとともに現れたバイアより、ダワンイワヤで公的な面会ができるよう取り計らうと言葉を得る。
「……前線視察?つまり、グワラニーは戦いに参加したのか?」
「それは本人から回答を得てもらうことになるでしょう。なにしろ、こちらも突然やってきた面倒ごとに巻き込まれ、その残務整理が忙しいもので」
バイアは笑みもなく、アリストの追及をその言葉を半ば強制的に終了させた。
そして、こうつけ加える。
「では、明後日に狼煙を上げますので、それに応える合図をお願いします」
「もちろんその時は王女殿下も同行しますのでご安心を」
「もっとも、ここでの話は公式にはないものなのですから、お誘いはそちらからお願いします。明日中に」
翌々日、ダワンイワヤのブリターニャと魔族の連絡所「トゥールスハウス」でふたりの会談が始まる。
ただし、今回はブリターニャ側には多数の同席者がいた。
バイロン・グレナーム、アルバート・カーマーゼン、アルビン・リムリック。
さらにアンディ・フレミングも。
そう。
ブリターニャ軍の前線幹部たちが勢ぞろいしたのである。
そうなれば雰囲気は強烈な堅苦しさが加わる。
せっかくやってきたものの、ホリーは待機。
いつもはアリストの隣に座るフィーネも彼女と一緒に時間を過ごすことになる。
もっとも、クアムートから来たアリシアお手製の菓子によってそれは楽しい時間になったのだが。
……なるほど。これがブリターニャ軍の前線指揮官か。
……ここで彼らと顔合わせができたのは大きい。
相手方の出席者の名を聞きながらグワラニーは心の中で呟く。
……では、いかせてもらおう。
「さて、王太子殿下だけではなく前線指揮官の皆さまがお揃いということは、もしかしてブリターニャ軍は降伏するということでしょうか」
「調子に乗るな。魔族」
その怒号とともに激高した立ち上がりかけたグレナームをアリストは左手で抑える。
「将軍。これはこの男の常套手段。相手を怒らせ冷静さを奪ったところで交渉を始めるという」
アリストに諭され顔を真っ赤にして座り直すグレナームを冷ややかに眺めるグワラニーの口が再び開く。
「まあ、この程度のことで怒りを爆発させているから今回歴史的な大敗をしたのですよ。グレナーム将軍」
「貴様。今度戦場で会ったら必ず殺す」
「ですが、今度私が会うのは黒焦げになったあなた。その黒焦げになったあなたがどうやって私を殺そうとするのか非常に楽しみです」
そう言ってグレナームの更なる激発を引き出したところで、グワラニーは視線を知り合いへと移動させる。
「さて、場を和ませる余興はここまでにして、あらためてお伺いします。どのような要件で私をここに呼びつけた理由を聞かせてもらいましょうか。王太子殿下」
ここから他の者が口出しできないふたりの戦いが始まる。
「ここにやってきたということは戦いに参加したということでいいのだな。グワラニー」
「参加ということならその通り。ですが、私はあくまで臨時の指揮官として我が軍の左翼を指揮しました。そういうことなら参加したということになります。ですが、自らの軍を指揮したわけではありません。まあ、そのおかげで皆さまはこの会議に参加できたわけですが」
アリストからやってきた最初の問いにグワラニーはそう答えてから薄く笑い、怒りを爆発しそうな面々を眺める。
「それひとつを尋ねるだけなら会議はもうお開きということになりますが」
「せっかくだ。ついでに聞いておこう」
「ブリターニャ領への進攻はいつ始まる?」
「……それはブリターニャ軍を対峙している軍の司令官が決めることなので私は知らないということになります」
「悠長に構えていると痛い目を見るぞ。なにしろこちらは戦いの準備が整いつつある。こちらの準備が整ったらこの前のような大勝ちが出来ると思わないほうがいい」
「なるほど。ですが、準備が出来ていないから早く攻めて来いとはおかしな話です」
「つまり、それはすでに迎撃の準備が出来ているということ。つまり、前回の失敗に懲りて魔術師を国中からかき集めた。さらに言えば、そのような事情から長い期間ここに留めておくわけにはいかない。だから、ブリターニャ軍としては短期決戦を望んでいるということですね」
「それはお互い様だろう」
「そうですか?皇太子殿下はご存じないようですが、我々は東に新しい友人が出来たおかげで東に大軍を配置しなくてもよくなったのですよ。当然余剰戦力は別の戦線に転用できる。それがこの前お相手した者たちというわけです」
「それは結構な話だ。それだけの自信があるのならさっさと攻めてこい。私が直に相手にしてやる」
「準備万端の相手のところに出かけていくのは、連戦連敗を恥とも思わぬブリターニャ軍だからできる面白芸当。ブリターニャ人と違い知性も教養、そして、羞恥心もある者の集まりである我が軍がブリターニャ軍の珍芸を真似ることなどありません。こちらはゆっくり待ち、相手が戦力を支えきれなくなったところを叩くのみ。あれだけ負けても負けたと思っていないのか、先日の戦いで亡くなった友人たちのもとに行きたいのかは知りませんが、そういうことならそちらから攻めてきてはいかがですか?」
「いいだろう。受けて立つ。準備して待っていろ」
四人の前線指揮官たちが顔を真っ赤ににして退場し、王太子が妹と話をする時間という名目で代わりに外で待っていた者たち部屋に入ると、その空気は一変する。
ただし、アリストとグワラニーの舌戦はここからが本番でもあった。
むろん、その口火はアリストが切る。
「グワラニー。以前話をした私とおまえとの協定は覚えているか?」
「互いの戦い以外では最大戦力を使用しないというものでしょうか」
「その通り。おまえはそれを破ったな」
「と言いますと?」
「先の戦いで我が軍の本陣と予備部隊が魔法攻撃を受けて魔術師団が全滅し、その巻き添えを食らって総司令官と副司令官が戦死したということだ。これはそこの少女かその祖父のどちらかがおこなったものだろう」
……手に入れた僅かな情報から見抜いたか。
……だが、本人はそれを見ていない以上、いくらでも言い逃れはできる。
「たしかに戦場にはふたりも同行しましたが、ふたりがおこなっていたのは我々に対する防御魔法のみ。それに関しては完全に濡れ衣ですね」
「我が軍の魔術師団長級の魔術師の防御魔法を軽々と破るなどそのふたり以外にできまい」
「たしかにふたりであればそれは可能でしょう。ですが。あの程度の防御魔法なら我が軍の各戦線に配置された幹部級の魔術師であれば誰でも可能。ブリターニャにどれくらいの人材がいるのか私にはわかりませんが、フランベーニュにだって最低でも三人はいます」
そう言って、グワラニーがアラン・シャンバニュール、ジェルメーヌ・シャルランジュ、オートリーブ・エゲヴィーブの名を口にすると、アリストはフィーネに目をやる。
むろん確認のためである。
「まあ、確かにその三人ならできるでしょうね」
「なるほど。では、我が軍右翼の魔術師長を狙い撃ちにした件はどうだ?大軍の中でその三人だけを狙い撃ちにする芸当は並みの者ではできまい」
……やはり来ましたか。
鉄仮面のごとく表情を変えぬ裏側でグワラニーは言葉を漏らすものの、いつもどおり何事もなかったかのように嘘をひねり出す。
「我が軍左翼に配置されていた魔術師はアストラハーニェとの戦いで魔術師団を指揮していた者。当然出来ます」
架空の人物をでっち上げて再びアリストの追及を躱す。
もちろんその場にアリストがいれば、その嘘などあっという間に看破するのだが、当時アリストはフランベーニュで食客のような優雅な生活をしていた。
これ以上の追及は難しい。
「それよりもアリスト王子。他人にそれだけ要求しているのです。自らもその約束を守らねばならないことをお忘れなく」
「そんなもの、言われなくてもわかっている」
これで決着である。
「今回はこれくらいで許してやる。それで……ホリー」
敗軍の将はそれにふさわしい言葉を口にして、約二名の嘲笑を買う。
そして、三十ドゥア後、その会談は無事終了する。
目に見える戦果はないまま。