表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二十八章 滅びの道を選択する者たち
336/376

混沌に飲み込まれる王都 

 戦いが終わって三日後、ブリターニャ軍は戦場から五アケト西にある交通の要衝ガルベイン砦に集結しつつあった。

 ここで魔族軍を迎撃する。

 だが、それよりも先におこなわなければならないことがあった。

 言うまでもなく、王都への攻勢失敗、実情にあった表現をすれば、大敗し敗走した事実の報告である。

 幸いなことに三つの管区軍司令官は生存しており、東方方面軍魔術師団幹部の唯一の生き残りとなったアンディ・フレミングとともにそれについて話がおこなわれる。


「速報として惨敗の事実は伝えるのは当然だが……」


 ふたりの上官が消えたため、臨時司令官となったバイロン・グレナームがそう言うと他の三人も頷く。


「総司令官と副司令官が戦死しているのだ。それを伝えるにあたって状況も伝えねばならない」


「なんと報告する?」


「まあ、各集団の戦果と被害。それから敗因でいいだろう」


 グレナームの問いに彼が指揮官を務めている中央管区軍の魔術師長を務めている男がやや投げやりのそう答えた。


「もっともカーマーゼン将軍の北管区軍以外には誇るべき戦果などまったくないのだがら、実態は損害報告なのだが」


 自身の言葉に三人の司令官が一斉に鼻白む様子を冷ややかに眺めながら、その男アンディ・フレミングはさらに言葉を続ける。


「そして、中身のない敗戦報告より重要なのはここからだ」


「ブリターニャ軍の将来を考えるのであれば、今回の敗因こそ詳しく述べるべきだろう」


 そう言って三人の顔を見直す。


「忘れたわけではあるまい」


「魔族軍による圧倒的多数の魔術師を集めての火球攻撃。我が軍はまったく対応できずに一方的にやられたあの光景を」


「魔族軍があのような戦いをこれからも続け、一方のブリターニャ軍は従来通りの戦い方をおこなっていくならば、ブリターニャは必ず敗北する。そうならぬためにこちらも戦い方、そして、軍の編成を考え直す必要があるだろう」


「まあ、それは王都の者たちが考えることではあるのだが」


「とにかく、今ここに十万の魔術師を抱えた魔族軍がやってきたら、奴らの二割も魔術師がいない我々は今度こそ全滅する。そして、それはブリターニャが魔族に蹂躙される未来と同義語。そうならないように王都からできるだけ多くの魔術師を派遣してもらわねばならない」


「そのためには今すぐに王都に使者を派遣すべきだ」


「まあ、まもなく奴らはやってくるだろうからすでに手遅れではあろうが、とりあえずやらなければならないことだけはやっておこうではないか」


「ああ」


 そして戦闘開始時の五分の一の一万六千まで減った貴重な魔術師のひとりとともにアルバート・カーマーゼンが使者として王都へと向かったのはそれからまもなくのことだった。


 そして……。


「なぜそこまで負けたのだ?」


「もしかして、例の魔族が現れたのか?」


 予想もしていなかった大敗の報告に激怒すらできず、ブリターニャ王カーセルは矢継ぎ早にカーマーゼンに問う。

 そう。

 王の頭に浮かんだのはグワラニーの名。


 グワラニーの大魔法を今回の大敗の理由にすることを考えたカーマーゼンだったが、今がそのような状況ではないことをカーマーゼンを押しとどめた。


「陛下。誠に言いにくいことではありますが、今回の戦いに例の魔族は参加していないと思われます」


「戦いの最中に巨大魔法は一切使用されませんでしたので」


「我々が負けたのは単純に魔術師の数によるものということになります」


「そして、我が軍が集結しているガルベイン砦に魔族軍がやってきた場合、間違いなく敗北します。いや、全滅します。そして、我が軍の主力がそっくり消えた場合、考えたくない事態が想定されます。そうならないためにはガルベイン砦で奴らの侵攻を止めること。そのために王都中の魔術師をガルベイン砦に派遣していただきたく、敗軍の将のひとりがこうしてやってきた次第」


「今すぐに手配をお願いします」


 自尊心の塊である将軍のこの言葉だ。

 事態はこれより悪いことがあってもよいことはない。


 王カーセル・ブリターニャの対応は早かった。

すぐさま

 同席していた軍最高司令官アレグザンダー・コルグルトンはもちろん、王都に残るもうひとりの副司令官で海軍出身のベネディクト・レーンヘッドもすぐさま呼び出すと、集められるだけの魔術師を前線に送るように指示をする。

 特にレーンヘッドにはフランベーニュの例を挙げ、陸海軍のつまらぬ対立だけで魔術師の出し渋りをしないように厳命する。

 さらに、宮廷魔術師長エイベル・ウォルステンホルムに対しても宮廷魔術師を前線に送り込むよう指示をし、宰相であるアンタイル・カイルウスにも貴族たちが雇っている魔術師の軍への貸し出しを要請するように命じた。


 アリストを足止めしているフランベーニュに恨みの言葉を並べながらカーセルは自分ができるすべての手を打ったわけなのだが、予想はしていたものの、ここでその副作用的事案が発生する。

 流言飛語である。


 もちろん貴族たちへの魔術師貸し出しを要請する時点で情報が漏れ出すことは予想できたのが、その速度、変化の度合いは想定を上回るものだった。


「前線の軍は全滅した」

「魔族軍がまもなく王都にやってくるらしい」

「いや。ガルベイン砦での迎撃に成功できればそうはならない。そのための魔術師貸し出しの要請だろう」

「いやいや。あれは単なる時間稼ぎ。陛下は逃亡する準備に入り、海軍は軍船を港に集めている。そのおかげで商船は入港禁止になっているらしい」

「ということは、我々も逃げる準備をすべきか」

「だが、どこに逃げるのだ?」

「守銭奴国家しかないだろう」

「ということは、魔術師を貸し出しはやめておくべきか」

「そんなことをしたら、魔族の前に殺気立っている王宮警備の兵に殺される」

「とにかく、今は王都脱出だ」


 まもなく魔族来襲すると変わっていた情報が貴族から大商人、そして、末端の庶民へと広がるまでわずか半日。

 行くあてもないまま、とりあえず王都を脱出しようとする者がその準備を始め、それが噂に拍車がかかり混沌は一気に王都を飲み込む。

 むろん、様々な方法で王都サイレンセストも潜り込んでいた各国の間者はこの様子を本国に伝える。


「ブリターニャ軍は魔族軍に壊滅させられた模様。まもなく、まもなく魔族軍による王都サイレンセスト攻略が始まるとのことでブリターニャ国民は王都を脱出している」


 フランベーニュの王都アヴィニア。

 当然のようにブリターニャの大混乱はフランベーニュにも速報として伝えられる。

 そして、こうなると噂は完全に真実となる。


「……驚いたな」


 その情報を受け取ったフランベーニュ王国の王太子で宰相も兼任しているダニエル・フランベーニュは困惑で塗り固められた表情を浮かべた。


「まさか我が国より先にブリターニャが魔族軍に侵攻されるとは思わなかった」


「だが……」


「困ったことになった。このままアリスト王子をここに縛りつけていても肝心のブリターニャが消えてしまっては入ってくるはずの金が入って来ない。それどころか、アリスト王子たちに魔族と共闘しているなどと誤解を招きかねない」


「いずれ情報は漏れる。アリスト王子が自前で情報を手に入れる前に情報を伝える。しかも、その情報が噂が膨張したとんでもないものだったら目も当てられない。ここはこちらから情報を流すべきだ」


 自身の握った情報がすでに「尾ひれその他諸々」が付いていることも知らず、ダニエルはそう呟く。


「アリスト王子のもとに使者を」


 むろんアリストはダニエルの言葉に驚く。

 ただし、ある条件が加わればそれは起こり得ることも知っていた。


 ……ダニエル王子がこうして伝えるということは、サイレンセストに忍ばせた間者が伝えてきたということだろう。

 ……つまり、王都の大混乱は間違いないということ。そうなれば、ブリターニャ軍が壊滅状態になったのは十分あり得ること。

 ……では、どうやったそれが起こる?

 ……言うまでもない。グワラニーだ。

 ……私がフランベーニュ滞在中という情報を手に入れ、あの小細工職人が動いたというところか。


 ……奴が動いたということはもうすでに手遅れの感はある。だが、戻らざるを得ないだろうし、この話をしたということはダニエル王子もそのつもりということなのだろう。


「それで宰相殿下は我々をどうしようというのか?」


「むろん交渉は一時中断するしかないでしょう」

「つまり、ブリターニャに戻っても構わないと?」

「もちろん」


 アリストの問いにそう答えたところで、ダニエルはさらに言葉を口にする。


「サイレンセストの維持が厳しいようであれば、フランベーニュは国王陛下ほか王族の方々の受け入れる用意がある」


「言っておくが、これはつまらぬ下心などない。そこは信用してもらって構わない。我が国の厳しい現状では今までと同じ暮らしはできないかもしれないが、最大限の配慮することも約束する」


 アリストは無言でダニエルに視線を動かし、それからダニエルの表情を読み取り、頭に過った「ブリターニャの王族を魔族に売り、グワラニーの歓心を買うつもり」という疑いを捨てる。


「感謝します。そのようなことになった場合はあらためてお願いすることにします」


 その言葉を残し、アリストたちはフランベーニュを後にした。


「なあ、アリスト。なぜ船に乗って帰るのだ?転移すればすぐ王都だろうが。王都が危ないと思えば、ラフギールに向かえばいいだろう」

「まったくだ。悠長に船旅をしている間に王都が落ちたらどうする?」


 そう。

 ファーブとブランのふたりの言葉を待つまでもなく、アリストは船でブリターニャに向かっていたのだ。


 そして、歩くよりは早いが、一瞬で目的地に到着できる転移魔法に比べれば遥かに時間がかかる船での移動をアリストが選んだ理由。

 それは王都が混乱しているという事実は掴んでいるものの、それ以上のことはわかっていないからということになる。


 この世界には監視衛星などというハイテクなものが存在しないのは当然なのだが、千里眼のような便利な魔法もない。


 つまり、遠方で起こっていることをリアルタイムで知ることができないのだ。

 そうなれば、転移先がどうなっているかわからない。

 それこそ転移した場所に敵が待ち構えていたらそれで終わる。

 さらに、混乱のさなか転移してきた正体不明の一行を敵と誤認し味方に攻撃されることだってありえる。

 相手がグワラニーなら、アリストがフランベーニュから慌てて帰ってきたところを味方に討たせるように小細工をしていることだって十分にあり得る。


 そうであれば、海から上陸し、そこから王都に向かったほうが安全というわけである。

 むろん、陸上から見えなくなったところで転移魔法を使えば、時間は大幅に短縮でき、翌朝には上陸できるはずである。


 さらに、情報を手に入れた直後に動き出したアリストには考える時間が必要だったのである。


 相手はグワラニー。

 考えなしで行動すれば命取りになるは間違いない。


 船での移動は情報を整理し対策を考えることが可能となるのだ。


 そして、港に到着したアリストは魔族軍の動向を確認する。

 最悪の事態も覚悟して。

 だが、ブリターニャ第二の軍港でサイレンセストにも近いオークニーの警備責任者でもある海軍提督アーサー・ロンルードの言葉はアリストにとっては予想外のものとなる。


「王都どころかガルベイン砦にも魔族軍は姿を現していないようです。陸軍が斥候を出して付近を捜索している。それが現状のようです」


「つまり、陸軍はフランベーニュに続いて魔族軍にもボロ負けして腰が引けたか、あまりにも恥ずかしい敗北を隠すため敵の数を盛った。そういうことでしょう」


「陸軍の尻ぬぐいを海軍までさせられた。いい迷惑です」


 むろんアリストはロンルードの言葉を大幅に割引して受け取った。

 だが、それとともに、サンルードの言葉には重要な情報が含まれていた。


 ブリターニャ軍が魔族に大敗したのは事実だが、魔族軍がサイレンセスト攻略を始めたというのは事実ではない。


「王都の混乱というのは?」

「事実です。陸軍の要請により王都中どころか海軍の魔術師までガルベインに集められたのですが、その過程で声が掛かった貴族の誰かが妄想を語ったことがきっかけなのだろうというのが軍副司令官のレーンヘッド提督の推測です」

「それが事実ならなぜ公表しないのかな?」

「軍幹部はやってくる魔族に対する対策でそれどころではなかったということでしょう。それに、この手の話はいくら事実を話しても信じない。それどころか話が大きくなりかねない。放置して自然に鎮火するのを待つしかないというのがレーンヘッド提督の考えのようです」


「もっとも沈静化する頃には人口は半分以下になるのではないかと言う状況ではありますが」


 ブリターニャ王国の王城、別名カムデンヒル。


 その最深部の部屋でこの国の最高位に君臨する父子が顔を合わせていた。


「よく戻ったな。アリスト」

「さすがのダニエル王子もこのまま私を自国に縛りつけておくことは得策ではないと思ったのでしょう。気前よく開放しました」


「それで、陛下」


「外の様子は見てきましたが、実際のところどうなのでしょうか?」


 そう言って息子は父王に目をやると、その男は苦笑する。


「おまえが何を考えているかは凡そ想像できる」


「今回の我が軍の大敗。それにあの男が深く関与している。そして、そうであれば、国中の魔術師を動員してもどうにもならない。違うか?」

「まあ、だいたいは」

「だが、残念だが、それはハズレだ。奴の軍は今回の戦いに参加していない」


「こちらが対応できないくらいの魔術師を集め、その火球を一斉に放ち、我が軍は崩壊した」


「さすがに同じ手を食らうわけにはいかない。そこでそれに対応できるよう国中の魔術師をガルベイン砦に集結させている。だが……」


「来ないのだ。肝心の魔族が」


「不意打ちを食らわそうとしているに違いないと前線では斥候を放っているのだが、接近している様子は全くないそうだ」


「どう思う?アリスト」


 父王は息子に問いかけ、息子は数瞬の沈黙後、口を開く。


「状況から考えて魔族軍の指揮を執っているのがグワラニーということではないでしょう」


「ですが、魔術師の大量投入という戦い方を司令官に耳打ちした可能性はあります」


「そして、今回の戦いの大勝利で味をしめた魔族軍は今後もこの戦い方を採用してくることは疑いようがありませんね」

「その対策は?」

「こちらもそれに見合う数を揃えるしかありません。こればかりは数の勝負ですから」


「そういう意味では……」


「今回の戦いで魔術師団の八割を失ったのは相当厳しいですね」


 ……もしかして、それがグワラニーの狙いか。


 ……それだけの大勝利を収めているにもかかわらず、攻めてこないということは魔族軍に本格的なブリターニャへの進攻の意図はないということだろう。

 ……だが、これだけ叩いておけば、こちらも簡単には攻められない。


 ……つまり、事実上の休戦状態。


 ……あり得るな。


 ……そうなると、こちらが狙うのはその逆ということになる。


「とりあえず一度前線の視察することにしましょう」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ