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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二十八章 滅びの道を選択する者たち
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The Future is a Closed Book 

 フランベーニュの王都アヴィニア。

 形式上は軟禁されているものの、アリスト一行の実態はどう見ても国賓待遇の観光客でしかなかった。

 これは「その地位を鑑みて」という理由でダニエルが王都内であれば自由に出歩くことを許可していたためであるのだが、もちろん許されていたのはアリストたち五人だけで残りはすべて別に用意された屋敷で本物の軟禁状態におかれていた。

 だが、これでは本命のアリストに国外逃亡される危険がある。

 それにもかかわらず、ダニエルはこれを許したのか?


「よろしいのですか?宰相殿下」

「よろしくはない。よろしくはないが、相手が悪い。その気になれば警備兵を全員倒しブリターニャに戻るだけの能力がある者をどうやって押さえつけておくのだ。それこそ閉じ込めておきながら逃げられたとなったら我々が恥を掻くだけではないか」


「もちろんアリスト王子とフィーネ嬢であれば同行してきた文官たち全員を連れて逃げることも可能だろうが、できればそれだけは避けたい」


「そういうことで文官たちのためにわざわざ別邸を用意したのだ」


 秘書官バティスト・セリウラの問いに苦々しくダニエルが答えた言葉がその理由となる。


 そうして迎えたその日。

 この日のランチをどこで食べるかで揉めている五人のもとに王宮からの使者がやってくる。

 だが、五人はこれから昼食をするつもりであり、当然空腹。


「ひとつ聞く。王宮で何が食えるだ?」

「それよりもこちらが言ったものを出すべきだろう」

「いいな。それ。当然酒も出してもらえるのだろうな。でなければ、俺たち行かない」


 その他大勢でしかない三人の言葉に、要件は告げずにただ連れてくるように言われた使者は困惑し、その困り顔に見かねたアリストは昼食を出すことを条件にそれに応じ、それから四十ドゥア後、五人の姿は王宮にあった。


「……要件は?」

「もちろん今回の戦いの結果をお伝えしようと思いまして来ていただいた次第。アリスト王子も知りたいでしょう。結果を」


 ダニエルの言葉とそれを口にする表情から、アリストはこの時点である程度の結果は予測できた。

 だが、そう言ってしまえば気分を害し詳細を伝えられずに終わってしまう。

 ここは形だけも相手の言葉を合わせねばならない。


「……伺いましょう」


 アリストのその言葉に大きく頷いたダニエルは数瞬ほどタメをつくり、それから口を開く。


「では、まず結果を」


「フランベーニュの勝利」


「いや。大勝利と言ったほうがいいでしょう」

「それは結構なことで。それで具体的には?」


「我が軍の背後を突こうとしたブリターニャ軍二十万をフランベーニュ軍総司令官アルサンス・ベルナード将軍が自ら指揮して部隊が迎撃し、これを粉砕」


「ベルナード将軍がそのまま逆進し、ブリターニャ軍本隊を粉砕。敗走させたとのこと」

「……ほう」


「それはたしかに大勝利と呼ぶにふさわしい戦果ですね」


 実をいえば、そう言いながらもアリストは心の中ではこう呟いていた。


 ……迎撃には成功したのだろう。


 ……むろんグワラニーがフランベーニュに手を貸したのなら王子の言葉もあり得るだろうが、指揮官がベルナード将軍であるかぎり魔族と手を組むとは思えない。

 ……そうなれば、魔族軍と対峙しているフランベーニュ軍は多くの兵を迎撃に割くわけにはいかず、数にモノを言わせたいつもの戦い方で圧勝するのは厳しい。双方に相応の損害が出たものの、フランベーニュがどうにか勝利した。この辺が妥当なところだろう。

 ……まして、魔族軍と対峙しているフランベーニュ軍とほぼ同数のブリターニャ軍の東方方面軍が少数の襲撃を受けた程度で撤退するなどありえない。


 ……そう考えれば、さすがにダニエル王子が語った後半部分は誇大発表だろう。


 ……まあ、それはそれとして、私が気になるのはグワラニーがどのような策を弄してブリターニャ軍の将を唆したのかということ。だが、二十万という数はそのお調子者が単独で動かせる範囲を超えている。

 ……つまり、騙されたのは総司令官のドレイトンということか。


「それで、これからどうするつもりですか?」


「それはブリターニャ次第ということになるが、とりあえず、我が軍が捕らえたブリターニャ軍将兵がまもなく王都に送られてくるようなので、彼らに話を聞くことにしようか」


 ……それはこちらも望むところ。


 そして、ふたりがともに望んだその感動のシーン。

 それは翌日にやってくる。


「王太子殿下……」


 縛り上げられた状態という将軍格とは思えぬ扱いを受けて引き出されたアルジャノン・タッカーはその場にいる男を発見すると、驚き、声を漏らす。

 一方のアリストは微妙な表情を浮かべただけだった。


 ……すでに脅されダニエル王子の望むような言葉を吐くように強要されていることは考えられる。

 ……とりあえず、試してみるか。


「宰相殿下。少しだけこの者とふたりだけで話はできますか?」

「別室というわけにはいかないので、この場でということであれば構わない」


 意外にもダニエルはあっさりとアリストの要求に応じ、タッカーを連れてきたふたりの兵士にその場を離れるよう右手で合図を送る。


「聞こえるように話しても構わないぞ。アリスト王子」


 つまり、小声で話せということである。


「ご配慮感謝します」


 そう言ったところで、アリストはタッカーに近づき、耳元でこう囁く。


「まず、聞こう。ダニエル王子に何か脅されていますか?」

「いいえ」

「では、端的に答えてください」


「将軍はこのようことになった理由は何か?」


 四ドゥア後。


 アリストは知る。

 自分が知らないところで何が起こっていたかを。


「……つまり、持ち場を与えられなかったバインベナー将軍がフランベーニュの背後を襲うことを計画し、ドレイトン総司令官がそれを許可した。そして、二十数万の軍を動かし、境界を超えて移動中にフランベーニュ軍の攻撃にあって敗走したということでいいのですか?」

「そうなります。申しわけございません。王太子殿下」

「いや。将軍はバインベナー将軍の配下。命令に従わざるを得ない立場だから仕方がない」


「それで、バインベナー将軍はどうした?」

「わかりません。私は早々に脱落してしまったので」


「ですが、捕虜になった兵士の言葉によれば敗走中火球の直撃を受けて戦死したとのことです」


「それと、これはフランベーニュ軍の兵士の雑談ですので信憑性はありませんが、我が部隊を迎撃したのはアルサンス・ベルナードで、ベルナードはそのまま川を渡りブリターニャ軍本隊の背後を襲い、前線の三隊すべてを敗走させたそうです」

「総司令官が自らですか?」

「ええ。それにウジェーヌ・グミエールも……」


 ……ということは、先ほどのダニエル王子の話は嘘ではないということか。早い段階でブリターニャの進軍はフランベーニュに察知されていたということになりますが、総司令官と副司令官がともに持ち場を離れたということになります。


「ベルナード将軍はどの程度の兵を率いていたかわかるか?」

「残念ながら……」


「わかった。将軍にはまだ聞きたいことがある。つまらぬことを考えぬように」


 アリストはそう言ってタッカーに自刃を禁じて離れる。


 ……これは私が思っていたよりもかなり深刻だ。


 タッカーの話を聞いてしまえば、そう思わざるを得ない。

 そして、まだぼやく。


 ……それにしても、次から次へと予想外のことが起こるものだ。


 未来を予知する。

 もちろんそのような能力があればいうことなしなのだが、自身がそのような能力を持ち合わせていないことをアリストは知っており、その代替として起こり得る可能性を事前に想定し、その対策を用意しておくことによってこれまで多くの困難を乗り越え、さらにそれを利用して多くの利を得てきた。

 だが、今回のことも含めて、最近起こった多くのことがアリストの想定を超えたものとなる。

 まさに想定外の出来事。

 しかも、それのどれもが、自身にはマイナスの、ライバルのグワラニーにはプラスの結果をもたらすものばかり。

 アリストがグワラニーの暗躍を疑うのも頷けるというものである。


 だが、さすがに今回の件についてグワラニーは無関係と言わざるを得ない。


 ……もっとも、迎撃に動いたフランベーニュに対する魔族軍の対応はあまりにも鈍い。

 ……今までの魔族軍なら間違いなく争うブリターニャ、フランベーニュ両軍をまとめて叩ける好機と見て攻撃を仕掛けてきている。グワラニーが関わったからそうはならなかったと考えられる。


 ……まあ、それを考えるのは後。まずはこの不始末をどうケリをつけるかだが……。


 ……さすが、ダニエル・フランベーニュ。

 ……下手なことをせず、捕虜に真実を語らせた方が効果的と瞬時に判断したか。


 ……ということは、ブリターニャ軍の前線が崩壊したというのもまるっきりの嘘というわけではないのかもしれない。


「話は終わったか?アリスト王子」

「ええ。ありがとうございます。宰相殿下」


「ところで……」


「ベルナード将軍はどの程度の兵を率いて我が軍を崩壊させたのですか?」

「目の前に魔族軍がいるから、予備部隊を中心に五十万程らしい」

「五十万で三百万の軍を敗走させる。これはなかなかの痛快な話ですね」


「それで、いったいどのような策を用いたのですか?ベルナード将軍は」

「それはわからない。それについては後日当事者に聞けばよかろう。全員が戦死したわけではないのだろうから」


「それよりも……」


「協定違反をして、予め決めてあった境界を越え、我が軍を襲おうとした行為についてはどう考える?」


「当然こちらとしては相応の償いをしてもらわねば承知する気はないのだが」


「それと、タッカー将軍を含む多数の捕虜をどうするか?」

「ちなみにどれくらい……」

「報告では五万六千八十一人とある。ただし、これはすべてミュアジ川を渡りフランベーニュ軍の持ち場に入ってきた者たちとのこと」

「ということは、さらにいるということですか?」

「いや。進撃に差し支えるので捕虜はひとりもいないそうだ」


 ……つまり、殺したか、放置したということか。


 やはりハッタリではないかという思いを、ダニエルの堂々としている様子からすぐに捨て去ったアリストは、その情報からベルナードが本当にブリターニャの前線を崩壊させたと確信する。


 ……ブリターニャ軍前線の合計は三百万以上。五十万で崩壊させることなど不可能に思えるが、その三百万は三隊に分かれ、概ね一隊あたり百万。さらに目の間にはその百万と互角に戦っていた魔族軍がいる。

 ……そう考えると必ずしも勝てない数字ではない。それを三度繰り返せば、五十万で三百万の敵を敗走させることも可能ではある。

 ……もっとも、それは指揮官も兵も有能でなければできないことだが。


 ……そして、この策にはあるカラクリが存在する。


 ……相手に実は自分たちの方が有利であることに気づかせないこと。

 ……敗走してくる第一隊を見て第二隊が逃げ出し、さらに大きくなった敗走する味方を見て第三隊が逃げるという図式。

 ……これがベルナード将軍の策。


 ……相手に考える時間を与えぬため、追い続けねばならなかった。

 ……そうなると、悠長に捕虜の見分などやっていられなかったというわけだ。

 ……とりあえず、本来の目的は脇に置き、こちらからケリをつけなければいけないだろうな。


 多くの想定と対策を目まぐるしく動かしたところで、アリストが口を開く。


「今回の件はブリターニャに非があるのは十分に理解しました。ですが、それは宰相殿下の話を聞いたかぎりという条件がつきます。最終的な判断はブリターニャ軍の指揮官からの話を聞いてからとなります」


「そういうことでとりあえず文官たちをブリターニャに戻してもらいたい」


「そして、その後、自分たちはその力で悠々と王都に生還する。わかりやすい筋書きだ」


 アリストの提案にダニエルは即座にそう応じる。

 むろん嫌味というより本心である。


 ……まあ、そう言いたい気持ちは十分に察しますが、それではブリターニャとフランベーニュは手切れとなってしまい、こちらとしても都合が悪いのです。

 ……ですが、そうかと言って、私が戻るというのはフランベーニュにとって尚更あり得ぬこと。

 ……そうなれば……。


「では、気の利いた数人だけを戻すということで手を打ちましょう。わたしとしては内輪の情報も手に入れなければなりませんし、責任の取り方について王の意向も確認しなければなりませんから」


 結局、ダニエルはこの提案を受け入れる。

 ここですべてを拒絶してしまえば、ブリターニャとの関係が終わる。

 ダニエルもそれを望んでいなかった。

 さらにいえば、ダニエルはガタガタになった財政の足しにブリターニャからできるだけ多くの賠償金を速やかに引き出したい。

 そのためにはブリターニャ王の意向を聞くことは絶対に必要なのである。


 翌日、ふたりの文官が来た時の乗ってきた船に乗りブリターニャへ戻っていく。

 アリストの言伝と書を持って。


「何を書いたのですか?アリスト」

「ここで聞いたことのすべて。そして、その対応に対する提案」


「大変ですね。アリスト」

「まったくです。ですが、ここまでブリターニャ軍の指揮官の出来が悪いのかと思っていませんでした」


「相手があのベルナード将軍であったとしても負けすぎでしょう」


 アリストはフィーネとの会話を締めくくるようにそう言ったのだが、実を言えば、これはブリターニャ軍の特徴が由来していると言っていいだろう。


 指揮官個人の能力に重きを置かず、あくまで組織として戦う。


 上意下達ではなく組織で意思決定をする。


 これによって、指揮官の能力の差によって軍の強さが変わることはなくなり、指揮官の暴走を防ぐことができるという利点も生まれる。

 だが、それは軍のなかに「出る杭は打たれる」という雰囲気が充満し異才が育たない環境になるのは避けられず、才だけではなく、その思考も同じ、組織の和や協調性に重きを置く、代わり映えのしない指揮官たちが揃うことになる。

 そして、そのような環境だ。

 たまに生まれる異才はアンドリアム・バインベナーのように相当無理をしなければ生き残れない。


 さらに、そのような平均化された「金太郎飴」が特徴の彼らブリターニャ軍の指揮官の多くは突発的に起こる想定外の戦い方に対応することは苦手だ。

 しかも、出世レースに生き残り指揮官の地位に就いた者は組織に順応したいわゆる小役人的人物。

 肝心の想定の範囲が非常に狭い。


 今回の敗退はまさにブリターニャ軍の指揮官たちの弱点があからさまになった結果といえるだろう。


 いうまでもなく、これと真逆なのがフランベーニュ軍であり、個人の能力を大いに生かすことが軍の強化に繋がるとしてそれを奨励し、多くの場合、配下の将軍たちも固定化される。

 そうなれば、おのずと軍全体が指揮官の色に染まる。

 「ベルナードの生き写し」ウジェーヌ・グミエールのような人物が生まれるのはこのためである。


 むろんこちらも正負両面の要素を併せ持つ。

 意思統一ができて戦術や運用能力が高まるという利点はある一方で指揮官の私兵化が進み、指揮官の独善化が起きやすいという欠点も内包されているのだから。


 だが、今回の戦いを参考にすれば、どちらか一方の選択する場合、フランベーニュ軍の制度がよりよいということになる。

 もちろんフランベーニュ軍の指揮官があのベルナードだったからであり、吟遊詩人が語る物語に登場する血筋と肩書だけが取り柄の無能な指揮官になれば、戦いの結果は逆になったことは十分にあったということを勘案する必要はあるのだろうが。


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