クアムート攻防戦 Ⅶ
グワラニーたちが目の当たりにしたそれはその会話の半日ほど前。
つまり、前日の夜のことである。
襲撃が開始される直前、魔族軍陣地に張られた結界の外、それとは別の防御魔法が張られたノルディア軍のすべての陣地が眺められるその場所には四人分の影があった。
「襲撃部隊の指揮官たちは十分に納得したようですね」
「まあな。正々堂々と戦うことを旨とする者たちにとっては本来納得できるものではないのだろうが、我々よりも遥かに多い数の人狼を含む約二万五千人の敵を二千人弱の兵で完勝しようというのだ。たとえ納得しなくても従ってもらうしかない。ということで……」
側近の男の言葉にそう応じたグワラニーが視線を送ったのは老人と少女という変わった取り合わせのふたり組だった。
「あれだけ立派なことを言いながら無慈悲かつ悲惨極まる殺戮がおこなわれる戦場に連れて来たばかりか、その手伝いまでさせるのは非常に心苦しいのですが……」
その言葉とともに固定されたグワラニーの視線の先に立つ少女が薄い笑みとともに口を開く。
「気にしないでください。グワラニー様」
グワラニーの心からの謝罪に応える少女の短い言葉に続いたのは少女の祖父にあたる老魔術師だった
「彼我の兵力差を考えればデルフィンが来なければグワラニー殿は部下たちとともにここで消えることになった。それはグワラニー殿にデルフィンを引き合わせた私としても看過できぬ事態。やむを得ぬことだと思っている。それで、我らはこれからどの程度襲撃の手伝いをすればいいのかな?」
あの日以降何度も魔法に関するレクチャーを受けたグワラニーは講師役である老人が舌を巻くほど驚くほど魔法の知識を手に入れていた。
もちろんこの世界の理に反して突如魔法が使えるようになったというわけではない。
それでも、それを使う魔術師たちを使いこなすことによってまるで自分がそうであるかのように振舞うことができるようになっていたのは、グワラニーのずば抜けた理解力と構成力の賜物と言ってもいいだろう。
そして、それによって得た知識を使い、剣士たちの襲撃の前に魔法攻撃で一撃を加えようというのがグワラニーの策となる。
だが……。
「そもそもデルフィンの力の使うのならそれだけで済ますことも可能。彼らがわざわざ夜襲する必要などないと思うのだが」
少女の代わりにその言葉を口にした老人の問いにグワラニーは笑みを増やす。
「では、少し言い方を変えましょう。私が望む先制攻撃とは我々の襲撃部隊が損害なしに軽く圧勝できるほどには敵を生かしてもらうというものです」
「……つまり、敵兵を虫の息にして、とどめを強襲部隊に刺させるわけか。まあ、完全なものではないが、これなら安全を確保したうえで剣を振るう兵士の満足感を与えられる」
「様々な者がいる組織の頂上に立つと余計な気遣いが必要になるのだな」
老魔術師はに皮肉交じりに呟く。
「できますか?」
グワラニーの問いに老人は無言で頷き、続いて、孫娘に目を向ける。
「デルフィン。あの防御魔法内全体が軽く丸焼けになる程度に力を抑えよ」
老人の言葉に孫娘が頷くのを確認してから、グワラニーは言葉を続ける。
「それから……かなり離れていますがここから魔術師の位置は把握できますか?」
グワラニーの問いに少女は再び無言で頷く。
その直後、グワラニーは冷酷な言葉を口にする。
「彼らについては最初の一撃でひとり残らず仕留めてください。それは絶対条件であり、すべてに優先させるものです」
「剣士にとって魔法という飛び道具を扱う魔術師の反撃が一番やっかいだ。それをまず排除する。魔術師を連れずに掃討戦をおこなう者にとってそれは必須。抜かりないな」
グワラニーの意図を完全な形で読み取った老人が応じる。
「承知した。それで、残りはどのようにするのかな?」
「北にあるふたつの陣地も同じように」
「最後は最大戦力である包囲軍ですが……」
「あちらは城に損害が出ないようデルフィン嬢には魔術師のみの処理をお願いしたい。残りは同行していただいた魔術師の方々の憂さ晴らしを兼ねた練習台としてお使いください」
「承知した。そちらについては私が差配しよう」
黒い笑みを浮かべた老人、それからそれとは表情が薄い少女がそれぞれ頷くと、グワラニーは締めくくりの言葉を紡ぐ。
「それから最後になりますが、この攻撃をおこなうのがデルフィン嬢であることを知っているのは魔術師の方を除けばここにいる四人のみ。ですので、誰かがここでおこなうことを覗き見していても、師が魔法を行使していると思うように振舞ってください」
「では、お願いします」
グワラニーの言葉に頷いた老人は大げさに杖を振り上げ、その脇で少女が最初のターゲットである人狼軍の陣地を指さす。
直後、遠くに見えた砦のような野営地が大きな炎の塊に包まれた。