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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二十八章 滅びの道を選択する者たち
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王太子対決 

 結果論といえば結果論なのだが、これからブリターニャ軍が予想外の損害を被ることになる要因となるものは、遠征軍が「勝者の門」を通る行進の時点ですでに発芽していたのだが、むろんアリストは気づかない。


 そして、ダニエル・フランベーニュとの交渉に臨むために別邸に籠り、策を練りながらフランベーニュから届く返答を待つこと十日後、ようやく返答が来る。


 承諾。


 そして、王都アヴィニアへの招待状も同封される。

 ただし、「転移魔法によりやってくることは遠慮願う」とクギを指す一文があった。

 むろんこれは陸路で来いということを暗に指示したものだったのだが、ここでアリストは海路を選択。

 

 むろんこれは例の上陸戦のお返し的意味合いが含まれている。

 そして、ふたりの戦いはすでに始まっているのだ。

 アリストが王都アヴィニアに入り顔を合わせるとその熱量はさらに上昇する。


 交渉初日。

 形式的な挨拶で始まった交渉はアリストとダニエル・フランベーニュに通訳と書記役だけでというもの。

 アリストが今回の訪問目的を説明したところで、まず動いたのはダニエル。

 アリストを冷ややかに眺めながら、この言葉を繰り出す


「素晴らしい提案だ。だが、その前に対魔族協定を破り我が国を侵略し、我が国の民を数多く殺した蛮行について謝罪すべきだろう。ブリターニャ王国の王太子」


「そして、国として賠償すべき」


「それがおこなわれないうちはその先のことについて話し合いをする気はフランベーニュにはない」


 ……やはり、そう来ましたか。


 アリストは心の中で呟く。


 ここに来るまでの間に、アリストはいわゆる想定問答集を心の中に準備してきた。

 そして、ダニエルが要求したことも当然そこに含まれていたのだが、アリストが想定したものの中でそれはフランベーニュにとって最良のもの。

 つまり、ブリターニャにとって望ましくないものとなる。

 そこに要求に応じなければそれ以上の交渉はおこなわないという最後通牒までつけ加えてきた。


 最良中の最良の一手といえるだろう。


 ……側近の助言?

 ……それとも、グワラニーか。


 アリストはその言葉を聞き、思考を巡らす。

 だが……。


 ……いや。

 ……これがダニエル・フランベーニュの実力だろう。


 これまでおこなわれてきた対アリストだけではなく、対グワラニーにおいても、交渉は天秤が相手方に傾いた状態から始まって選択肢などなかった。

 つまり、ダニエルが選べるのは最良の選択肢ではなく、最悪ではない選択肢。

 それどころか、最悪だけしかない選択肢などということさえあった。

 当然、ダニエルは常に敗者の側に立っていた。

 だが、そうでなければ、このように交渉ができる。


 ……相手を軽く見ているとやられると思ったほうがいい。


 アリストは気を引き締め直す。


「ダニエル王太子殿下の主張は理解しました。ですが、同じ王太子ですが私は殿下と違い、宰相ではなく、決定権は持っていません」


「ですので、それはサイレンセストに戻り国王カーセルに殿下の言葉を伝え、その判断を待っていただきたいとしか言いようがないです」


 そう言ってダニエルの出方を待つ。

 いや。

 それしかないと言ったほうが正しい。

 そして……。


「いいでしょう」


 それがダニエルの返答であった。


「ただし、前提が進まない以上、その先の案件についても話し合うことはできない」


 もちろんこれは門前払い。


 もちろんアリストはここから開かずの扉をこじ開けなければならないのだが、そのためにはまず扉に手をかけなければならない。

 といっても、ゴリ押ししてどうにかなる状況ではないのはあきらか。

 それどころか、そんなことをしてはフランベーニュをグワラニーのもとに追いやりかねない。


 ……裏手から。そして、ゆっくりと。


「承知しました」


 心の声の直後そう言って、あっさりと自身の提案を引っ込める。

 むろんそれで終わりではない。


「そういうことであれば、同行している文官たちも交えて話をしておくことにしてはいかがでしょうか?」


「フランベーニュの要求について王に説明するのは彼らとなるわけですから」


「同意しよう」


 そして、翌日。

 同じ王宮でも王太子の応接間から広間に場所を移して始まった二日目の交渉。

 もちろん交渉と言っても、昨日ダニエルが口にした要求をどのような形で実現させるかというまさに文官たち向きの仕事となる。

 アリストはもちろん、ダニエルも自身が昨日口にした言葉をもう一度語ったあとはやることはなく、お茶を飲んで時間を潰すだけとなる。

 ふたりの王太子による暇つぶし的な会話が始まるのはごく自然な流れと言えるだろう。

 ダニエルの王太子獲りに協力したときの話から始まり、グワラニーが勇者たちとともにアヴィニアに乗り込んできたときの話からアストラハーニェ軍の予想外の大敗と王朝交代の話まで進む。


 むろんここまでは思い出話と情報交換の類。


 ここからがアリストにとっての本番となる。


「ところで宰相殿下」


「次回の小麦の収穫量はいかほどのものとなりますか?」


 唐突ともいえるアリストからやってきたその言葉にダニエルは顔を歪める。


 それは国にとっての極秘事項。

 簡単には教えられない。

 それとともに、例の焼き打ち騒動をきっかけにした現在の苦境をえぐるものでもある


 機密事項として回答を拒否するのは簡単だ。


 だが、ダニエルは敢えて踏み込む。


「あくまで予想ではあるが、例年の半分ほど。輸出に回せるほどは回復しないだろうというのが文官たちの見立てだ」

「自国の消費分はなんとかなると?」

「なるはず。たとえならなくてもブリターニャの世話にはならない」


「もっとも、ブリターニャも小麦輸入国。我が国が小麦不足に陥っても手助けなどできない」


「違うかな」


 表面上は嫌がらせのような問いに対する倍返しの皮肉。

 だが、アリストにはダニエルが言外に口にした意図が十分に伝わせてくる。


 口だけのおまえとは違い、グワラニーはその気になれば小麦を供給する。

 手を結ぶならブリターニャではなく魔族。

 それを避けたければ、それに見合うものを提示せよ。


「いやいや。手厳しい」


 あきらかな作り笑いとともにアリストはそう言ったところでこの日の会議は終わる。


 そして、その直前のおこなったアリストの提案により、交渉は二日間の中休みを取ることになった。

 むろん、ブリターニャの文官たちはここまでの結果を知らせ、指示を仰ぐために転移魔法でアヴィニアとサイレンセストを何度も往復する。

 一方、ダニエルも文官たちと次の一手について協議を重ねる。


 そのような中で、アリストと彼の護衛ということになっている四人はアヴィニアの散策に乗り出していた。

 もちろん彼らの少し離れたところには正式な護衛がおり、彼らの視線の先にはフランベーニュの監視役の者たちがその動向を伺っていた。

 そして、彼ら以外のフランベーニュ人たちもアリストたちに視線を向けていたのだが、その視線はほぼすべてアリストではなくフィーネに対してのものだった。


 男性の視線を引きつけるためにあるようなフォルムと見た目の美しさ。

 さらにアリシアも愛用するこの世界の女性たちの憧れの的であるアリターナ王室御用達の大きなつばのある白い帽子に、現在は存在しないが、未来のこの世界におけるオシャレアイテムとなる別世界に存在する某メーカーのロゴが入るサングラス。


 男性だけではなく女性からも注目される。

 それだけのものを彼女、フィーネ・デ・フィラリオは身に纏っていたのである。


 束の間の休息が終わり、再び始まった交渉も四日間が過ぎるものの、進展はない。

 出発前に父王に話した通り、アリストはフランベーニュが望むものを用意する気はなく、ダニエルも自身の要求に応えないうちは話を先に進める気がないのだから当然といえば当然の結果といえるだろう。


 そして、交渉を再開して五日目。

 この日もアリストとダニエルは雑談こそ交わされるものの、それ以上のものはなく、ほぼ自分たちの仕事が終わった文官たちも手持無沙汰となる。

 さすがにこちらは相手と話すことはなく、身内同士でぼそぼそと話をして時間を費やしていたのだか。


 事態が急変したのは今日もそろそろ終わり、ダニエルが今日で交渉を終了することを提案しようかとしていたときだった。


 ドアを叩くノックと同時に部屋に飛び込んできた、ハッキリと慌てた様子の文官のひとりがまずダニエルに耳打ちし、それから羊皮紙を差し出す。


 そして、それを見たダニエルの表情はといえば、急速に黒味を増し、アリストを見やったダニエルが口を開く。


「本当にやってくれますね。アリスト・ブリターニャ」


 それはあきらかに敵愾心をむき出しにした物言いだった。


 アリスト・ブリターニャは多くの面でアルディーシャ・グワラニーと同類といえる策士。

 そして、他者を騙すこと生業にしていると言われるくらいに多くの実績を残しているのも事実である。

 だが、今回に関してはなにひとつとまでは言わぬものの、ダニエルに睨みつけられるようなことをした覚えはない。


 一瞬だけ、自身の言動をふり返り、それから口を開く。


「と言われても何のことだが、私にはさっぱり……」

「つまり、何も知らないと?」

「もちろんですとも。それで何が起こったのですか?」


 むろんアリストは本気だ。

 だが、相手がそう受け取るかは別の話。

 そして、皮肉なことなのだが、アリストがこれまで挙げてきた赫々たる実績がダニエルの心情に悪影響をもたらす。


「いいでしょう」


 アリストの言葉を爪の先ほどにも信じていないダニエルは表情をどす黒いものに変えてそう応じる。


「では、ブリターニャの王太子にとっての朗報をお聞かせする」


「ブリターニャ軍から攻撃を受けているとアルサンス・ベルナード将軍からの急報が届いた」


「朗報。それとも、お待ちかねと言ったほうがいいのかな。それにしても……」


「こうやって交渉を長引かせ、私を自分の目の前に縛り付けておき、いざことが始まったら、混乱に乗じて私を害し、フランベーニュを我が物にしようという魂胆か。さすが野蛮人の国の王太子。考えることが違うな」


「だが、言っておいてやる」


「相手はあのアリスト・ブリターニャ。どんな悪辣な手を使ってくるかわからない。それに対応するための準備はしてある。この交渉に臨むにあたり、私は自身の身に何かあったときのために後継者を指名してある」


「そして、私が囚われの身になったときにも同様。そして、その時は私のことは気にせず国の存続を優先するように伝えてある。それと……」


「平気で騙し討ちをおこなうブリターニャなどに下ってはいけないと全国民にブリターニャの悪行を公表することにしてある。野蛮人の奴隷になるくらいなら戦って死ねと。私を殺しフランベーニュを手に入れたつもりでもそうはいかない。フランベーニュが消えるときはおまえたちブリターニャも道連れだ」


「私を甘く見るなよ。アリスト・ブリターニャ」


 ……いやいやいや。それは違う。

 ……私はそんなことを考えてもいないし、フランベーニュ軍を攻撃する話も聞いていない。


 アリストは心の中で叫ぶものの、ここでいくら弁明してもどうにもならない。


 ……それよりも……。

 ……なぜそんなことが起こったのだ?


 予想外のことに焦りながら巡らした思考はすぐにある一点に辿り着く。


 ……奴だ。


「宰相殿下。あなたが信じるかどうかはわからないが、私はブリターニャ軍がフランベーニュ軍を攻撃するなど聞いていない」


「むろん、ここで宰相殿下を捕えたり、まして害したり気など毛頭ない」


「私が思うに、これは……」


「グワラニーの策。グワラニーの策に乗せられたブリターニャ軍がフランベーニュ軍を攻撃したと思われます」


「ですから、私は速やかにここからブリターニャに戻り、ブリターニャ軍に対して戦闘行為をただちにやめさせ、その後に協定違反をした愚かな者たちを……」

「不要だ」


 やや早口で釈明するアリストの言葉を遮ると、ダニエルは笑う。


「ベルナード将軍の連絡には続きがある」


「ブリターニャ軍はすぐさま撃退し、完了次第、蛮族に対し愚かな行為をおこなった報いをくれてやるそうだ。つまり、アリスト王子が出向かなくてケリはつく。それよりも……」


「先ほど口にした言葉を信じろというのであれば、すべてが終わるまでおとなしくアヴィニアに逗留してもらいましょうか」


「どうかな。ブリターニャ王太子アリスト・ブリターニャ」


 むろんアリストとしては一国も早くブリターニャに戻り、その足で前線に赴き事実を確認のうえ、まずは戦闘停止させ、続いて、グワラニーの小細工の証拠を見つけ出したいところであるのだが、ここで動いてはフランベーニュとの関係は完全に終わる。

 それは絶対に避けねばならないことである以上、動くわけにはいかない。


「わかりました」


「許可が出るまで王都に留まることを約束します」


 ……やってくれたな。グワラニー。


 ……私が公式にフランベーニュを訪問する時期を見計らって、ブリターニャとフランベーニュを咬み合わせるとは。


 ……だが、どうやってブリターニャに偽情報を掴ませたのだ?


 事実上の軟禁状態となることを承諾したアリストは自問した。

 そして、その答えは……。


 ……ホリーかフィンドレイを利用したということならありえるが、さすがにそれは考えすぎ。となると、想像もつかないな。こればかりは。





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