第二の人生
アラン・フィンドレイ。
兵を救うために自身の命と誇りを代償にした彼の行動は二転三転したものの最終的に報われることになったと言ってもいいだろう。
なにしろ、死刑になるはずが、魔族の国において彼ら自身も満足できる仕事を与えられ、とりあえず家族とともに過ごしているのだから。
ただし、フィンドレイ本人はかつての祖国に剣を向ける意志はまったくなく、その忠誠心も同じくブリターニャからやってきたホリー・ブリターニャのみに向けられている。
当然ながら、グワラニーも彼らに行動に対しては注意を払い、タルファ邸の一角に設けられた彼らの仮住まいから出歩くことは禁止している。
彼らが外出を許されているのは、ホリーの護衛という彼らの仕事の時と、タルファが同行しているときのみとなる。
それでも、ホリーの護衛中にはクアムートの街中を歩き、タルファとともに近所の酒場で酒を飲むことできるので十分に自由は与えられていると言っていいだろう。
そして、十日に一回ほどの割合で出向くクペル城であった家族たちは彼等以上に自由を満喫していた。
三度目に会ったときは多くの店の主と知り合いになり、元気なフランベーニュ人に教えられたという値引き交渉までおこなうようほどこの地になじんでいた。
まさに、あのときグワラニーたちが漏らした言葉そのままの状況である。
やがて、フィンドレイの妻アンナ・フィンドレイを含む何人かの女性は共同で仕事を始める。
もちろん資金もコネもない状況では店は持てない。
彼女たちの仕事。
それはブリターニャ語を教えることだった。
小銭稼ぎ程度になればまずまずの成功。
それが彼女たちの胸のうちだったのだが、これが意外にも好評であった。
ブリターニャ語は自国民以外との交渉に使用されることもあり、この世界では「共通語」と呼ばれている。
だが、ライバル関係にあるフランベーニュ人は必要に迫られた者以外は覚えようとしない。
魔族にいたっては、軍人以外は人間とは接触しないのでその必要さえない。
だが、それは昔の話。
知っておいて損はない。
それがクペル城周辺に住む者たちの思いだったわけである。
そういうことで、驚くほどのスピードでその場に溶け込んでいった女性陣に巻き込まれる形で頑な姿勢を見せていたフィンドレイたちも魔族の国、といっても、グワラニーが管轄する地域だけではあるのだが、とりあえず魔族の国の生活になじんできたある日、彼ら十六人はグワラニーのオフィスに呼ばれる。
「将軍たちに確認したいことがある」
やってきたフィンドレイたちを前にして、いつもとはまったく違う厳しい表情でそう前置きすると、グワラニーはそのまま続く言葉を口にする。
「まもなく我々は戦闘地域に向かうことになる」
「そして、その時にはホリー王女も軍に同行することになるのだが……」
「将軍たちはどうするのか?」
フィンドレイたちに与えられた仕事はホリーの護衛。
だが、これまではグワラニーの部隊が待機状態であったため、王女の市内散策に付き合い、荷物持ちをおこなう程度であったのだが、グワラニーが軍を率いて前線に赴くとなれば、当然勇者に対する盾であるホリーも前線に行く。
そうなれば護衛役のフィンドレイたちも前線に行くことになる。
「わざわざ聞くことではないだろう。護衛するべき王女殿下の行くところ我々も行くのは当然だろう」
「素晴らしい心がけだ。だが、相手がブリターニャであってもそう言えるかな」
「言っておくが、我々とブリターニャは敵同士。命令があり戦場に出れば、誰であろうと容赦などしない。もちろん相手も同じ。そもそも相手は将軍たちが魔族軍の本陣にいることなど知らないわけだから全力で攻撃してくる」
「もし、そうなったときはどうするのか?私が聞いているのはそういうことだ」
「王女殿下を連れてブリターニャ軍に逃げ込まれたり、本陣内で暴れられたりしたら厄介だ。むろんそうなれば斬り捨てるだけなのだが、お互いのためにそうなることは避けたい。そのための確認だ」
「それで、どうかな?」
「ひとつ尋ねる」
「次に戦う相手はブリターニャということなのか?」
フィンドレイはグワラニーに睨み返してそう問う。
もちろん命を賭してホリーを守る覚悟が出来ている。
そして、相手がフランベーニュであれば躊躇うことなく剣を振るえる。
だが、それがブリターニャとなった場合、その気持ちを貫けるかは自信がない。
フィンドレイの問いはそのような微妙な感情が含まれている。
その感情が透けて見えるフィンドレイの表情を確認したところでグワラニーが口を開く。
「……ベルナード将軍率いるフランベーニュの本隊は戦闘継続中だが、その後方がどうなっているかといえば、敵であるはずの魔族軍に知恵を授かるような状況で事実上我が軍の敵とは言えない」
「となれば、残っている敵はブリターニャ。そして、我々が戦うのはアリスト王子。いや……」
「勇者一行だ」
「ちょっと待て。勇者とはあの勇者のことか?」
むろんフィンドレイも勇者の噂は知っている。
圧倒的力で目の前にいる魔族をすべて狩る男女五人組の冒険者。
だが、なぜそこでその勇者の名が出てくる?
「その言い草だと、アリスト王子殿下は勇者一行のひとりに聞こえるぞ」
当然すぎるフィンドレイの言葉にグワラニーは苦笑いする。
「私はそのつもりで話しているので、そう聞こえなかったら、それこそ言い方が悪かったということになる」
つまり、勇者のひとりはアリスト・ブリターニャ。
グワラニーはそう断言した。
「つまり、王太子殿下の護衛のひとりが勇者ということか。そして、有名な『銀髪の魔女』というのは……」
「フィーネ・デ・フィラリオという名の口の悪いあの女性ですね」
「なんと……」
むろんその驚きはフィンドレイだけではない。
「事実なのか?」
「ここで嘘を言っても仕方がないでしょう」
「まあ、その通りだが、そうなると……」
「おまえは魔族を狩ることを生業にしているとされる勇者一行と繋がっているというのか?」
……そのとおりです。
グワラニーは心の中でそう呟くものの、そのままでは不都合な事実が露呈する。
そこで、それを少しだけ修正する。
「それについて説明しておけば、それは我々だけではなく軍の者は皆知っていること。それに、我々とアリスト王子は敵同士であることは事実。あの場で何も起こらなかったのは、決着は戦場で正々堂々とつけるということになっているから。だから、交易所であのような話をしたからと言って裏取引をしているわけではない」
「ついでに言えば……」
「少し前、我々は勇者一行と一戦交えている」
「そして、最終的には撃ち漏らしたものの、我々はあの勇者をあと一歩まで追い詰め、さらに勇者側もこちらにホリー王女がいることを知りながら確実に仕留められる一撃を撃ってきた。この一撃に関していえば、ほんの少しでも転移が遅れていたら私もホリー王女も灰になっていた」
「つまり、双方とも相手を殺す気満々ということだ」
「そのような場に将軍たちは立ち合う覚悟はあるのか?私は問うているのはそういうことだ」
「勇者は魔族軍に対して圧勝を続けている。前回の戦いで改めてわかった。勇者はこちらが完璧な戦いをしても勝てるかどうかわからぬ相手。当然少しでも判断を誤ればそこで消えることになる」
「もちろん我々もこれまで負け知らず。一方的な勝利を重ねている」
「そのような両者が激突するのだ。今度正面からぶつかればどちらかが消えるのは間違いない」
「つまり、自分たちが消えるか、恩のあるアリスト王子が消える場面に立ち会うかの二択」
「もちろん将軍たちがアリスト王子に恩義を感じていることは知っている。だから、その覚悟がないのなら戦場には同行せず、安全な場所での護衛のみに従事することも認めてもよい」
「さて、返答を聞こうか?」
「……そうだな」
そう前置きしたフィンドレイは大きく息を吐きだす。
「命じられた仕事は王女殿下の護衛。そうであれば、王女殿下が行かれるところに同行するのは当然のこと。まして、危険だからそれを避けるなどと思われたら武人の名折れ。できるわけがないだろう」
「まあ、王太子殿下の側でおまえが滅ぶところを見たかったのだが、国に捨てられ、先日自ら進んでブリターニャ帰還を拒んだのだ。今さらつまらぬ考えなど起こさぬ」
「だから、せいぜい頑張ってくれ」
だが、その直後フィンドレイはグワラニーではなく自らを嘲るような笑みを浮かべる。
「……と、色々理由をつけているが、結局は戦場に身を置きたいというのが本音。しかも、この世界の最高の力を持つ者ふたりがぶつかる戦い。その一方として参加できるのは喜びでしかない」
「我ながら全くもって度し難いとは思う。だが、これが私の偽らざる気持ちだ」
最後の最後に本音を吐き出したフィンドレイは消極的ではあるもののグワラニー軍の一員として行動することを誓う。
だが、部下たちはフィンドレイよりもより積極的だった。
むろんそれは常に近くにいるタルファの存在が大きい。
ノルディア軍の将軍として実際にグワラニー軍と戦ったにもかかわらず、現在の地位にある。
それだけではなく、あの「フランベーニュの英雄」との決闘に際し、魔族軍を代表して戦うという名誉まで与えられる。
魔族軍は実力主義。
それが誰であろうと、実力さえあれば地位と権力が与えられる。
理不尽が制度化されたような階級社会の中で生きてきた彼らの目には、アーネスト・タルファはグワラニーのその言葉を示す見本に見えたのだ。
ここなら出世が見込める。
もともと武功によって成り上がり、自らの才に自信がある彼らならでは発想といえる。
たしかに彼らの行動は節操がないように見える。
しかも、その相手は自分たちが滅ぼす相手としていた魔族。
恥知らずとも言えなくもない。
だが、簡単に批判していいのか?
最終的には自身でけじめをつけたとはいえ、形式的には母国に捨てられた彼らは売られた先で生きていく権利がないとはいえないだろう。
さらにいえば、彼らは一族からも縁切りされている事実が存在する。
彼らの中の多くは累が家族に及ばぬよう離縁し、妻や子を実家に帰そうとした。
だが、不名誉と災いが一族全体に及ぶことを恐れてすべて拒否されたのだ。
つまり、ブリターニャに戻っても彼らには居場所がない。
国だけではなく一族からも見捨てられ殺される気でやってきた魔族の地で救われた命。
そして、そこが意外にも居心地の良い場所。
しかも、成果さえ挙げれば十分に報われる環境。
グワラニーに臣従の意を示してもそうおかしなことではないだろう。
そして、これはこれから先の話に関わることなのだが、それ以外の選択肢がなく止むを得ずそのような判断をしたフィンドレイたち。
だが、予想に反し比較的豊かでまずまず平和な人生を送ったのに対し、彼らを見捨てた者たちは泣き叫ぶ暇もなく一瞬で炎に焼かれることになる。
本当に何が幸いし、何が災いをもたらすかはわからない。
別の世界の言葉を使用すれば、まさに「塞翁が馬」である。
さらに、それによってアリストは「アルフレッド・ブリターニャの正式な後継者」、「アルフレッド・ブリターニャ以上の大罪人」という称号を多くの国民から賜り、その死を語られるときには常に「罰」、「そのおこないに相応しきもの」という言葉が加わるブリターニャの歴史で最も忌まわしき人物となる。
フランベーニュの歴史家ウスターシェ・ポワトヴァンはこのことについて自嘲気味にこう語っている。
「結局、大部分のフランベーニュ人、それからブリターニャ人もその多くが辛い境遇を強いられることになるわけなのだが、その中で同胞の境遇とは無縁な生活を送ることができたのはアルディーシャ・グワラニーの奴隷という立場で魔族の保護下にあった者たちだったというのは全くもって皮肉な話である」
「そして、もうひとつ。早々に『対魔族協定』から離脱したノルディアやアリターナが我が世の春を謳歌している現在の様子を見るにつけ、戦争に見切りをつけることがいかに重要だったかが認識できるというものだ」
多くの思惑の中での決定ではあるものの、フィンドレイたち十六人全員が手を挙げたことにより「ホリー王女護衛隊」が正式に発足する。
総隊長兼第一分隊の隊長はもちろんアラン・フィンドレイ。
第二分隊長は、もともとフィンドレイの副官であったクリエフ・ブレアが選ばれる。
これはフィンドレイの推薦であり、グワラニーもそれを受け入れる。
そして、クアムート市内では通常一分隊がホリーに同行し、もう一隊は訓練にあたる。
ホリーが戦場を含むクアムート市外に出向くときは全員で護衛にあたる。
この基本方針の策定もフィンドレイの手によるもの。
それから、武器の携帯も正式に認められる。
「ひとつ尋ねる」
「おまえは武器を持っていないが、私がその気になった場合はどうするのだ?」
正式に軍に組み込まれたことにより戻ってきた愛剣の感触を確かめ得ながらフィンドレイはそう尋ねる。
さすがに本気でそれをおこない気はないので、あくまで確認のつもりだった。
だが……。
「試してみますか?」
グワラニーのその言葉を挑発と受け取ったフィンドレイは薄い笑みを浮かべる。
「いいのか?」
「もちろん」
「では……」
その直後、物凄い速さで剣がグワラニーに迫る。
だが、その遥か手前で見えない壁にあたる。
さらに体全体に強烈な電流が走り、フィンドレイは口から泡を吹いて倒れる。
そのぶざまな姿を見下ろしながらグワラニーは薄く笑う。
「まあ、そういうことです」
「今回はこの程度で済みましたが、実際には体が半分になるか、一瞬で灰になると思ってください」