勝利したのは誰だったのか
ブリターニャの文官たちの抵抗虚しく、「アリストに間違いはない。言われたとおりに早急に用意せよ」という王のひとことにより、捕虜の身代金という名の賠償金は用意されることになったものの、それは別に世界の五千億円と同等とされるブリターニャ金貨五千万枚。
大国ブリターニャにとってもとてつもない大金であり、王の命といえども容易に叶えられるものではない。
十五日後。
それでも十分に早いといえる時間を要してかき集められた金貨は国境に運び込まれる。
そして、やってきたグミエールが僅かな捕虜との交換でその大金を受け取り、暫定停戦はようやく成立することになる。
本来であればここから正式な停戦と関係回復のための交渉がおこなわれることになるはずなのだが、結局それはなく、なし崩し的に暫定停戦協定がそのまま正式なものと認識されることになる。
むろん、アリストはそうなることを見越して多くのことを決めていたのだが。
結局、ブリターニャは百五十六万七千四百三十九人の将兵と七万四千七百五十三人の魔術師、さらに輸送任務や通訳をおこなう者として徴用された三十万を超える非戦闘員が国境を超えたのだが、そのうちの百三十七万人の軍人と五万四千の魔術師が戦死認定。
非戦闘員は十一万三千人が二度と家族のもとに帰ることができなかった。
将兵に比べて非戦闘員の生存者の割合が大きいのは彼らの大部分がフランベーニュの大攻勢開始後に国境を超えた輸送業務従事者でフランベーニュ軍に阻まれたところで、荷物を捨て逃走したためである。
また、軍人と魔術師については出撃時に名簿が作成されているため、正確な数が確認できるのだが、戦死と確認できたのはほんの僅かでほとんどが行方不明なうえ、後方に配置された者を中心に逃亡者も多数いると思われるため、帰還が確認された者から概算で戦死者を算定した。
また、徴用された非戦闘員はそもそも名簿がつくられていないため、すべてが推測となる。
一方のフランベーニュ軍。
こちらは私兵、いわゆるゲリラ活動をおこなった義勇兵、傭兵、冒険者、徴用、さらに今回の戦いの肝となった上陸作戦の輸送業務に従事した外国船の船員などが正規兵に混在しているため、戦闘に参加した実数もはっきりとはわかっていない。
一応、正規兵と軍所属の魔術師だけでいえば、戦闘参加者は陸軍二百四十三万六千十八人、海軍二十二万九千三百八十八人。
戦死者及び行方不明者は陸軍二十三万八千五百六十四人、海軍はゼロ。
なお、陸軍の戦死者のうち九万八千七百六十八人は追撃戦の最終盤に起きた同郷の女性の攻撃とその直後のブリターニャ軍の反転攻勢によるものである。
彼我の戦死者だけを比べればフランベーニュの圧勝といえる結果であるのだが、フランベーニュは七十万人もの非戦闘員が死亡し、その倍する数の負傷者を出している。
もちろん、その中には戦闘行為をおこなって死亡した者もいるだろう。
だが、その多くはブリターニャ兵による略奪行為の犠牲者。
これが戦争の現実であると言えなくもなく、またブリターニャ軍としてもどのような手段を使ってでも食料を手に入れる必要があったのも事実なのだが、短期間に多数の女性や子供を含むこれだけの非戦闘員が死亡したのだ。
その行為がフランベーニュ人が日常的に使うブリターニャ人に対する蔑称である「蛮族」「野蛮人」にふさわしいものだったことは容易に想像できる。
とにかく戦闘行為は終了し、暫定ではあるものの停戦を実現した。
だが、それですべてが終わったわけではない。
そう。
戦いの後始末が残っていたのである。
派手な戦いばかりが強調される英雄譚で詳しく語られることはないが、為政者とぞの属僚にとってはこれこそが最も重要なことなのだ。
そして、フランベーニュにおいてそれの担い手である宰相ダニエルがまず取り組まなければならなかったのは上陸戦に使用した船を提供したアグリニオンとアリターナの商人たちからの請求に対する対応だった。
追撃戦が始まった時点ですでに送りつけられていたアグリニオンとアリターナの商人たちからの請求書。
その総額はフランベーニュ金貨一億一千百九十万枚。
「戦闘地域への人員運搬であることを考慮し乗船者ひとりあたりフランベーニュ金貨五百枚。それを乗船した者二十二万三千八百四十一人に乗じたものが積算根拠になります。ちなみに、請求額はもはや端数とは言えない額を切り落とした大幅な割引価格であります」
それが両国の商人たちの代表で、アグリニオン国評議員会議長兼カラブリタ商会の実質的トップであるアドニア・カラブリタの言葉となる。
そして、さらなる値引きをさせるべき自ら交渉の席に加わったダニエルに対して、アドニアはこのような言葉をつけ加えた。
「……いくらでも払うと言って仕事を完遂させた後に支払いを拒否する。これは商売の世界での禁忌。もし、そういうことであれば、今後両国の商人はフランベーニュとの取引はすべてご遠慮させていただきます」
実を言えば、ブリターニャが侵攻が決定的になった直後に示されたグワラニーの奇策を見たフランベーニュ軍首脳は頭を抱えていた。
その肝となる兵士を乗せる船が用意できなかったのである。
だが、この策を実行しなければブリターニャ軍の背後に軍は展開できない。
すなわち、ブリターニャに屈するのだから。
そこになぜかタイミングよく、アリターナとアグリニオンの大商船団がやってくる。
彼らは偶然と言ったものの、用もない港に突然大挙してやってくることなどあり得ない。
フランベーニュが大量の船を必要としているという情報を聞きつけて現れたのは疑いようはない。
「他人の不幸につけ込む強欲商人が」
ダニエルは彼らの浅ましさを盛大に侮蔑したものの、これが天からの贈り物であることも事実。
利用しない手はない。
早速、文官たちを派遣しその船をすべて貸し切る交渉をさせるものの、運搬賃に折り合いがつかず埒が明かない。
このままではせっかく現れた船が使えない。
そこでダニエルが「いくらでも払う」という禁断のひとことを繰り出し、ようやく話をまとめ上げた。
つまり、フランベーニュを勝利に導いたあの奇策はダニエルの魔法の言葉がなければ実現しなかったということになる。
だが、その言葉が危機が去った途端にあらたな危機としてフランベーニュを苦しめるというのはなんとも皮肉なものだといえるだろう。
ちなみにアグリニオンとアリターナ両国の商人たちはこの請求金額を決定するために何度も打ち合わせをしている。
これは別の世界でカルテルと呼ばれるもので法に触れる可能性のある行為である。
だが、この世界には独占禁止法などという法律は存在しない。
それどころか、組合やギルドといったものが価格を維持する慣行はこの世界のどこにも存在している。
もちろん過度に価格を引き上げれば、国の圧力、または国民の暴動という形で法律の外に存在する物理的制裁を受ける。
今回もフランベーニュは自らが決めた金額を支払い、あとは門前払いという手を使えなくはない。
だが、その手を使用した場合、短期的なものはともかく、長期的に壊滅的打撃を受けるのはフランベーニュとなる。
なぜなら、魔族による「野焼き」が再びおこなわれるのは確実でフランベーニュの小麦不足はこれからも続くことは避けられない。
そうなれば輸入に頼るしかない。
その小麦を握っているのは彼らアリターナとアグリニオンの商人たち。
彼らを敵に回せば、どれだけ小麦が不足しても絶対に手に入らなくなる。
アドニアの捨てゼリフの様な強気な言葉はこのことが背景にあるのは言うまでもないことである。
そして、アドニアに続き、アヴィニアに姿を現したアリターナ商人たちの代理人として交渉集団「赤い悪魔」のトップ、アントニオ・チェルトーザは、ダニエルに対して、「現金で支払いができない場合は、フランベーニュ中の港の独占使用権を担保に相応の利子をつけた借金をするか、それに見合う国土の割譲」という理不尽な二択を示す。
すでに金蔵は空と言っていい。
そうかと言って、ブリターニャの領土的野心を撥ね退けるために戦った結果、アリターナとアグリニオンに国土を奪われるなど愚の骨頂。
そうなれば、残った選択肢しかない。
震える手で悔し涙に濡れた羊皮紙に署名しようとしていたダニエルのもとにやってきたのが前線からやってきたアリストの言葉を伝える伝令だった。
「こ、これは使える」
再び舞い降りた天恵とばかりにダニエルはアリストの申し出に飛びつき、賠償金の支払いに応じるならその申し出を受けると返答する。
「……まあ、捕まえた将軍を公開処刑できないのは残念だが、それは馬鹿貴族の首で代用しよう」
「とにかくこれで金策に走らなくてもよい」
ダニエルはそう安堵の言葉を口にする。
だが、ひと息ついた直後、ダニエルにあらたな難題がやってくる。
同じように上陸用の船を提供したフランベーニュの商人たちの要求である。
彼らが手にしたのは一人当たりフランベーニュ金貨一枚。
つまり、アドニアたちが手にした報酬の五百分の一。
さらに輸送前に所謂単価契約を締結したため、定員以上に乗船させる商人が続出し、航海中に転覆した船が十一隻、座礁し動けなくなった船三十八隻。
あわせて二千人あまりの陸軍兵が溺死した。
もちろん商人たちもフランベーニュ人。
存亡の危機に瀕する母国に協力する気は十分にあるが、さすがに他国の商人に比べて五百分の一しか支払われなかったとなれば黙ってはいられない。
大揉めに揉めた末、結局、追加でひとり当たりフランベーニュ金貨二百枚を追加することで決着。
十三万四千六百八十七人分、約二千七百万枚の金貨を支払う。
さらに……。
アグリニオンとアリターナの商人たちの請求額はフランベーニュ金貨一億一千百九十万枚。
それに対し、停戦協定に定められ、ブリターニャからやってきたのはブリターニャ金貨。
当然フランベーニュがアドニアたちに支払おうとしたのは一千百十九万枚のブリターニャ金貨。
確かに両者は等価。
だが……。
「こちらはフランベーニュ金貨で支払いを要求しているのですから、フランベーニュ金貨で支払いをお願いします」
アドニアの言葉は正論ではあるが、ダニエルにとってこれはまったくの想定外。
自国通貨を持たないアグリニオンはどの国の通貨も使えるという利点があり、等価であればどの国の通貨で支払っても問題ないとされていた。
だが、このときにかぎってアドニアは頑と主張を曲げない。
結局、フランベーニュ金貨に両替をしてから支払うことになるのだが、両替手数料は一割。
手にしたはずの五億枚のフランベーニュ金貨はこの時点で三億一千万枚強にまで減っていた。
そして、ここからがいよいよ報酬となる。
報酬。
すなわち戦勝の褒美であるのだが、これ正規兵にのみ支払われる。
二百四十三万六千十八人、海軍二十二万九千三百八十八人。
まず戦いに参加した者全員に一律に支払われるもの。
これがひとりあたりフランベーニュ金貨百二十枚。
ここでブリターニャから得た賠償金は消える。
しかも……。
総額を考えれば確かに大金ではある。
だが、もらう側からいえば、ベルナードが難攻不落のポワトリヌウを抜いたときに参加兵士全員に至急した褒美が金貨百枚だったことを考えれば渋すぎると言わざるを得ない。
当然不満の声が出る。
続いて、特別に功があった者に対する報奨金。
今回は第一功から第五功が用意されているが、これは主に指揮官クラスに支払うものである。
上陸戦から始まり、フランベーニュの勝利を決めたフォレノワールの戦いまでのすべての戦いのキーパーソンであり、最終的にはアリストとの交渉にも参加し妥結に導いた功績を考えれば当然ではあるが、第一功は海軍所属魔術師オートリーブ・エゲヴィーブ。
彼は男爵位の地位と金貨十万枚が与えられる。
金貨五万枚の第二功は迎撃部隊の総司令官グミエール。
このような場合、彼が第一功になるのが通例であることを考えれば、エゲヴィーブがいかにこの戦いでの功績があったかを示すものであろう。
続いて、金貨三万枚の第三功は上陸作戦を指揮したロシュフォールとなる。
これについても陸軍からも異論がほとんどなかった。
それだけあの上陸作戦のインパクトは大きかったといえるいえるだろう。
そして、第四功はその他の指揮官たちで各金貨一万枚、第五功は中級指揮官たちで金貨千枚が与えられる。
合計フランベーニュ金貨二十万枚強というところである。
最後に戦死者に対する見舞金ではあるが、これは支払う額は決まっているので、今回の戦いもそれに準ずることになる。
ひとり当たりフランベーニュ金貨千枚。
これを戦死者数に乗ずるとフランベーニュ金貨約二億二千八百五十万枚。
もちろんこれは一括ではなく二年分割で払うわけなのだが、それでも財政がひっ迫しているフランベーニュにとっては大きな負担といえる。
ちなみに戦死した者に対する補償の種類については各国で異なるが、対象となるのはあくまで正規兵のみで私兵や傭兵は雇い主の支払いとなる。
だが、どちらにしても総じて安い。
つまり、死に損。
死んで得することはないのは当然なのだが、それでも残った家族が安心して暮らしていける何かがあるのならよいのだが、遺族に渡されるのは雀の涙ほどの見舞金のみなのだから、本当の意味で死に損といえる。
戦況が悪くなると持ち場から逃亡者が続出するのは彼らにとって当然の選択だといえる。
ついでにいえば、フランベーニュでは、行方不明者が戦死扱いとなり遺族が見舞金を受け取った後に行方不明者が家族のもとに帰ってきた場合、見舞金は没収の上、家族全員が斬首という厳しい罰が待っている。
もちろんそのほかにも兵士たちに供する食料をはじめとした多くの物資も必要となる。
当然ダニエルの属僚たちはいつも通り供出という手段で必要物資の多くを強制的に提供させたのだが、それでも対価が必要なものも出る。
さらにブリターニャから多額の賠償金を得たという噂が流れると、供出に応じた者の中から代金を要求する声が上がり出しそれは日に日に大きくなる。
もちろん無視することは可能だ。
だが、それをやったら次はない。
ダニエルは見せかけの気前の良さを見せるしかなかった。
「くそっ。こんなことならアリスト王子にもう少し吹っ掛ければよかった」
あっという間にブリターニャからの賠償金は底を尽き、大幅に持ち出しになっていく状況にダニエルは王族とは思えぬ言葉を吐き出し、そして、嘆きと後悔が混ざり合った声を上げた。
結局、ブリターニャの侵攻は食い止めたものの、その代償は大きく、国の崩壊にまた一歩近づいたフランベーニュ。
戦場の後方を重要視する者から見ればフランベーニュはこの時点より随分前にすでにいわゆる詰みの状態だったのだが、実質的にここでフランベーニュは完全に終了となる。
もちろん、ダニエル・フランベーニュも自身が統べる国が苦しい状況にあることは十分に承知していた。
だが、ここで舞台から降りることができないのが王政における王族の辛いところといえる。
ダニエルより数代後の時代に生きた有名な論客ベルトラン・ヴェキシンの言葉。
「大フランベーニュの崇拝者にとってフランベーニュを三流国に貶めたダニエル・フランベーニュの判断は許しがたいものであろう。では、その者たちがダニエル・フランベーニュの立場であったのなら、彼らが望む未来のためにその正しい判断を選択できたのかといえば、無理であろう」
「彼らが大フランベーニュと呼ぶ最大領土を維持するための賢明な判断。それは魔族またはブリターニャに対して白旗を上げることだからだ」
「ノルディア、さらに近隣のアリターナの現状を見れば、魔族、いや、アルディーシャ・グワラニーと国として停戦協定を結べば、相応の領地を残したまま国の再建に入ることができたのは間違いないだろう」
「だが、それは前線で優勢にことを進めているアルサンス・ベルナードをはじめとした軍部の反発を招く。しかも、悪いことに戦意高揚のためにフランベーニュは常に自軍の優勢を宣伝してまわっていた。優勢であるにもかかわらず、占領地の大部分を放棄しての停戦は国民の目には事実上降伏と思われる」
「実際には降伏すべき状況だったのだが、それを知らない者たちにとってダニエルは裏切り者。当然暗殺の対象となる。むろんダニエルは弾圧に動く。そうなれば軍の一部も巻き込んでの内乱、それこそアストラハーニェの再現となっていたことだろう」
「では、降伏先をブリターニャにすればよかったのか?」
「たしかに滅亡を目指して戦いを始めた相手である魔族に降伏に近い形で停戦するより、同じ人間国家のブリターニャに降伏する方がマシに思えるが、実をいえば、多くの意味で逆といえる」
「同じ敵と戦うということで協調関係にあっても、両者に間には根深い対立がある。そこに領土問題も加わる。ブリターニャに降伏するということは当然係争地といわれる土地はすべてブリターニャ領となり、フランベーニュ国民は土地を追い出されることになる」
「大部分のフランベーニュ人が大嫌いなブリターニャに土地を渡し降伏する。フランベーニュ国民の拒絶反応は魔族に降伏するものなど比べものにならない」
「降伏という屈辱を味わったうえ、裏切り者呼ばわりされて命を狙われ、さらに内乱の危機もある」
「遠い未来のためにそんな選択ができる者などいるはずがない」
男爵位を持つヴェキシンはその地位、それから保守的な立場から比較的ダニエルに好意的といえる言葉を残しているが、そのようなしがらみもなく、またこの件に関して中立的かつ俯瞰的に見ていたフランベーニュの歴史家アヴァンクール・フォルジュは全く別の意見を持つ。
「坂を転がり落ちているフランベーニュは日を追うごとに状況は悪くなっていく。もちろん市井の者、それから前線で戦う者たちはそのようなことは知らされてない。だから、彼らがどのような的外れは意見を口にしようが許されるだけの理由はある」
「だが、ダニエル・フランベーニュは違う。すべての正しい情報が彼のもとに集まっている」
「つまり。ダニエル・フランベーニュはこのまま放置すれば、フランベーニュは崩壊することを知っていた。それにもかかわらず、救う手立てを講じずにその時を迎えたのだ。批判を受けるのは当然であろう」
「望んでその地位に就いたのだから、その地位にふさわしいおこないをすべきだった」
「たとえ汚名に塗れて死ぬことになっても」
「もちろん、言っても栓無きことであるのは承知しているが、あのとき、ダニエル・フランベーニュがフランベーニュをできるだけの余力を残した状態で次の世代に渡す英断を下せばと悔やまれる」
もちろんフランベーニュの末裔たちがヴェキシン、フォルジュの意見のどちらに賛意を示すかは言うまでもないだろう。
そして、ここに余談的な話をひとつつけ加えておけば、たしかに現在のフランベーニュは坂道を転げて落ちている状態で、最終的は谷底に落ちてしまった。
だが、その国の貴族のトップ、フィラリオ家の娘がフランベーニュの政治に少しだけでも関わりを持つ、それだけで状況は大きく変わったのも事実。
だから、現状では詰んではいたが、百パーセントノーチャンスだったのかといえば違うと言わざるを得ない。
そうなれば、逃げることができない為政者としては最善の努力をしながらそが起きることに賭けるしかないだろう。
残念ながら、奇跡は起きなかったのだが。
「ダニエル・フランベーニュも含めてフランベーニュの舵取りをしていた者は皆最善と思われる策を選択したのは確かだろう。だが……」
「最善を尽くしてもまだ足りないということは往々にしてある」
「では、どこかで諦めればよかったのかといえばそのようなことはない。なんと言われようが結論が出るまで最善の決定と最大限の努力をする。それが為政者として成すべきことだと思う。それが王制となれば尚更である」
これはこれからしばらく後、命以外のすべてを失ったダニエル・フランベーニュを見送ったグワラニーが口にしたとされる言葉である。
戦いの勝者であったにもかかわらず、貧乏くじを引いたのがフランベーニュだとしたら、実質的な敗者あるブリターニャはどうなるのか?
むろん彼らも十分過ぎる貧乏くじだったといえるだろう。
もっとも、ブリターニャの場合は、自ら進んで動いたという点も考慮し、二番クジと言ったところだろうが。
ただし、その損害はフランベーニュの比ではないのは前にも述べたとおり。
人的損害。
さらに賠償金。
どれも大きなものだったのだが、温存していたセドリック・エンズバーグ率いるエリート決戦部隊二百万のうち百五十万が消えたのはその中でも一番の被害だった。
特に指揮官たちの損害はブリターニャにとって痛かった。
残念ながら、フィーネによって別の世界から持ち込まれた「一頭の羊に率いられた百頭の狼の群れは、一頭の狼に率いられた百頭の羊の群れに敗れる」という格言はまだまだ広がりを見せていないのだが、出来は数段劣るものの、この世界にも軍の指揮官の重要性を示す言葉は存在する。
戦場で助けるべきは金持ちの公爵より有能な将軍。
それくらい軍の指揮官とは重要なのだ。
特に数千、数万の兵を動かす将軍クラスの指揮官は。
むろん、才や戦歴ではなくコネや出自を利用して将軍の地位を手に入れた者もいるのだが、多くは知識や経験を積み重ねながら将軍まで上り詰めている。
つまり、将軍クラスの者は一朝一夕では出来上がらない。
そこに秀でた才があるとなればなおさらである。
この世界では、別の世界の参謀や軍師と言った策を講じる専門家はおらず、基本的にそれは将軍の仕事の一部となる。
つまり、将軍は自ら剣を振るって戦いながら兵を動かすだけではなく、策を講じなければならないのだ。
だが、実際のところ、三拍子揃った者はそうはおらず、必ず得意、不得意という分野が出てくる。
魔族軍の中で例を上げれば、グワラニーは剣を使うことはできないが、残りのふたつは飛びぬけている。
逆にアーネスト・タルファは剣の腕は超一流、指揮能力も一流であるのだが、策を講じる才は並みという具合である。
ついでに言っておけば、その三分野のうち、策を講じる軍師的な分野に特別に秀でている者は非常に少ない。
軍幹部たちは将軍たちの特性を見極め、バランスよく配置したうえで軍の集団をつくり上げていくことになるのである。
そのような中で、セドリック・エンズバーグはすべてを一流なうえに、その中でも策を講じる能力が非常に高いという極めて稀な存在であり、同じくすべてに優れていた「フランベーニュの英雄」アポロン・ボナールと比較されるのも、そういう意味から当然のことであった。
ブリターニャは今回の戦いでそのエンズバーグを含む百六十八人の将軍と准将軍を失った。
この穴は容易に埋まるものではない。
そして、賠償金。
その額、実にブリターニャ金貨五千万枚。
国に対する賠償と身代金という違いはあるものの、ダワンイワヤ会戦終了後ブリターニャが魔族に支払ったのはブリターニャ金貨三千二百九十三万四千枚であることを考えれば、これがどれだけ大きなものか理解できるであろう。
ちなみに、今回フランベーニュが受け取ったブリターニャ金貨五千万枚というのは、人間世界における賠償金の受け取り額として最高であるのはもちろんなのだが、それまでの一位から十位の合計より大きいのだが、これはグワラニーが各国でおこなった多額の賠償請求が大きく影響しているのは言うまでもないことである。
むろん、それだけの額だ。
支払った側となるアリストは、自分たちが支払った賠償金の中から自国兵士の蛮行で死んだフランベーニュ国民への少なくない額の弔慰金が支払われると思っていたのだが、結局それは支払われないままで終わる。
そして、それによってダニエルの評判はさらに下がり、最終的にこれがフランベーニュ崩壊の要因のひとつとなる。
さて、後世の者たちには、「愚か者たちの没落戦」と揶揄され、グワラニーにも「ブリターニャとフランベーニュの大消耗戦」と皮肉られる、「第一次西フランベーニュの戦役」の本当の勝者は誰だったのか?
一応、戦いの勝者と呼べるのはブリターニャの侵攻を食い止めたフランベーニュとなる。
だが、そのフランベーニュは、形の上では勝利し賠償金を手に入れたものの、戦後、そうは思えぬくらいに経済的に困窮し、払うべき者たちに払うこともできず、不満を蓄積させることになる。
さらに、経済を支える七十万人もの農業従事者たちを失い、農業生産に支障を来たすことは避けられない状況となる。
そして、実を言えば、兵士の供給源である農民たちを失うことは失った兵を補充することにも影響を与える。
これは無尽蔵ともいえる兵士の補充が可能であることを前提にした戦いをしているフランベーニュ軍にとっては大きなダメージとなる。
一方のブリターニャは虎の子のエリート部隊を有能な指揮官たちとともに失い、さらに金貨五千万枚という途方もない賠償金の支払いをフランベーニュに対しておこなう破目に陥る。
これによって経済的に戦争を継続するのが困難になるボーダーラインをフランベーニュに続き、ブリターニャも超えることになるのは避けられぬ状況となる。
「どこかの世界の英雄譚は戦いの勝ち負けだけを問題にする。少しだけ気の利いた者でも戦い方を語る程度です。ですが、それは表面上のものであって、本当に重要な部分はそこにはないです」
フランベーニュとブリターニャの停戦が決まった日の夜。
クアムート近郊でのデルフィンを伴ってのフィーネとの密会の席。
持ち込まれた米からつくられた酒を口にしたグワラニーはまずその言葉を前置きにした。
もちろん、すぐに続きの言葉がやってくる。
「戦うためには非常に多くのお金が必要となります」
「たとえば、今回のブリターニャとフランベーニュの大消耗戦での勝敗の転機となったのはフランベーニュ軍の背後への上陸戦」
「たしかにあれによって押されまくっていたフランベーニュが一気に優勢となり、ブリターニャを蹴散らすことができた。近いうちにあれは歴史的偉業として冒険譚の一頁として語られることでしょう。ですが、あのような大掛かりな策は当然とんでもない額の資金が必要となる」
「そして、例の上陸戦の経費は今のフランベーニュではとても支払うことができないくらいのもの」
「つまり、たとえそれが示され、それによって勝利できるとしても、フランベーニュはあれに手を出すべきではなかったのです。もちろん冒険譚ではそのようなことは一切触れませんが」
「……言いますね」
グワラニーが口にした言葉に、自身のかりそめの母国が救われた女性は目を細める。
「それはつまりフランベーニュは滅びるべきだったと言いたいわけですか?」
「勝てる策があるにもかかわらず、金をケチって」
「それは為政者や軍幹部は絶対に選ばない選択肢ですね」
「まあ、そうでしょうね」
見た目上は少しだけ年長である銀髪の女性の言葉にグワラニーは薄い笑みを浮かべる。
「個人的にはフランベーニュは戦争を継続すべきではない状態に入っているのですぐに戦いをやめるべきだと思っています。ですが、どうしても戦いを続けたいというのなら……いや」
「どうしても戦いを続けるつもりならなおさらあれを選ぶべきではないのです」
「では、どうしろと?」
「もちろん見た目は派手でその結果双方に精神的影響を与えるという点ではあれは非常によい策です。ですが、戦い方などいくらでもあるのです」
「もう少し言えば、勝つ方法などあれ以外にもいくらでもあるのです。それこそお金がかからない方法を含めて」
「……では、聞きましょうか。その方法を」
「まあ、威張って言うほどのものでもないのですが……」
やってきたフィーネから皮肉だけで出来たようなその問いかけにそう応じ、それから、薄く笑みを浮かべる。
「オートリーブ・エゲヴィーブ」
「あなたやアリスト王子。それから私の部隊の魔術師たちに比べれば劣りますが、侵攻してきたブリターニャ軍に同行している魔術師たちに比べれば力が上です」
「それがわかっているのなら、まず彼がブリターニャの魔術師団を排除し、それから、他の魔術師たちによって兵士たちを駆逐していくという戦い方もできたのです」
「実際に上陸してからの戦い方はそのようなものでしたから、経費を抑える。その一点だけを考えるのなら最初からその方法で戦えばよかったのです」
「では、なぜそちらを提案しなかったのですか?」
フィーネからやってきた更なる皮肉にグワラニーは黒い笑みで応対する。
「魔族とフランベーニュは敵同士。ブリターニャとの間の緩衝地帯として存在してもらうために戦いに勝利してもらわねばなりませんが、それと同時に将来のために傷ついてもらう必要があります」
「そもそも敵からタダで策を伝授され、完璧な勝利を得ようと考えるのはあまりにも虫が良すぎます」
「それに……」
「その策も完璧というわけではなく、少なくてふたつの問題があります」
「そのひとつは、剣と魔術という使用武器の差はありますが、その戦い方はいわゆる力攻めの一種。となれば、同じ相手に何度も同じ策で戦うことになります。そうなれば、当然相手は必ず対抗策を講じてきます。今回の戦いでそのような状況になったときに起こりそうなのは、フランベーニュの住民を盾にすること。もちろん勝つためなら同胞を敵ごと焼くというやり方もありますが、やはり、それは避けるべきものです。つまり、すぐにショウミキゲンが来ること」
「それからもうひとつ」
「それは陸海軍の対抗意識。すべての戦いで海軍が主役というのは陸上を戦場とする陸軍にとって望ましいことではない。海軍所属のオートリーブ・エゲヴィーブがすべての戦いでケリをつけ、陸軍はその後始末という策は到底受け入れられない。まったく馬鹿々々しいことですが、策をつくる上ではそのようなことも考慮しなければならないのです」
「まあ、そういうことで、先ほどの言葉とは不合しますが彼らにとって上陸戦から反撃を始めたほうがいいということなります」
「わかりました。まあ、どちらにしてもブリターニャは歴史的大損害。フランベーニュは勝ちを拾ったものの、出費が嵩み沈没寸前。あなたにとっては理想的な状況といえるのではないですか?」
いつもはアリストに向けられるフィーネの言葉の刃。
だが、このふたりはこの場にいる誰もが知らない繋がりがある。
冷たさだけしかないその刃をグワラニーは快い風のようにそれを軽く受け流す。
「まあ、我が国にとって両国の弱体化は望ましい形ではありますが、私個人としての完璧な理想は両国が魔族の国と現状維持で停戦ですので、今のところはなんとも」
「半歩ほど理想に近づいたというところでしょうか」
「それに本当の勝者は私ではないです」
てっきり勝者は自分と言うものだと思っていたフィーネは少しだけ訝し気な表情を浮かべる。
「というと?」
「本当の勝者はアグリニオンとアリターナの商人たち。アドニア・カラブリタの誘いに乗り商船をフランベーニュへ回航した商人たちは皆大儲けしたと思いますよ」
「それにアリターナの『赤い悪魔』の長アントニオ・チェルトーザ。彼はアリターナだけではなくアグリニオンの商人たちからか交渉料をたっぷり手に入れたようですから勝者側ですね」
グワラニーの言う勝者であるアドニアとチェルトーザであるが、彼らはさらにもう一歩踏み込み、更なる利を得ていた。
兵士ひとりあたり金貨一枚で輸送業務従事させられていたフランベーニュ商人に自分たちの情報を流していたのだ。
それだけではなく、アドニアの仲介でチェルトーザが彼らフランベーニュの商人たちの代理人としてフランベーニュの文官たちと交渉をおこなった。
そして、「ひとり当たり金貨一枚で輸送を請け負う」という契約が成立していることを盾に頑強に抵抗する文官たちをその剛腕でねじ伏せ、「ひとり当たりフランベーニュ金貨二百枚」という追加契約をもぎ取った。
その成功報酬は商人たちが追加で受け取った額の一割。
フランベーニュ金貨二百七十万枚。
別の世界の某国の通貨に直せば二十七億円となる。
そして、そのチェルトーザをフランベーニュ商人に紹介したアドニア・カラブリタはこのことがきっかけとなりフランベーニュ商人に対する影響力を拡大していくことになる。
むろん、グワラニーはすべてを知っていた。
なにしろ、アドニアとチェルトーザのもとに今回の儲け話を持ち込んだのがグワラニーなのだから。
「……ちなみに、ブリターニャがフランベーニュに対して賠償金を払うことも想定していたのですか?」
そう。
フランベーニュはブリターニャからの賠償金がなければ、アグリニオンとアリターナの商人たちから請求された輸送代を支払うのが困難だった。
さらにフランベーニュとブリターニャが停戦し、アリストがアラン・フィンドレイの身柄引き渡しを要請したことが、ブリターニャの賠償金支払いのきっかけであり、指示を無視してフランベーニュ軍がブリターニャ領に侵攻しなければ勇者の一撃を受けることなく、そうなればフランベーニュが簡単に停戦交渉に応じなかったことだろう。
つまり、すべての条件が揃わなければ、現在の状況にならなかったといえる。
あまりにも偶然に頼り過ぎた策ではないのか?
フィーネの問いは言外にそう言っていたのである。
だが……。
「多少の違いは出ても凡そ同じような結果になるとは思っていました」
それがグワラニー言葉だった。
そして、改めてフィーネに視線を動かしたグワラニーの言葉が始まる。
「まず、あなたにお願いして北街道を進んでいたブリターニャ軍を撤退させます。そして、それを追撃するようにフランベーニュ軍に対する指示をします」
「ここまでは戦い方についても細かく指示をしていましたが、これ以降戦い方については指示していません」
「ただし、注意事項は加えています」
「国境を超えてはいけない」
「国境付近でアリスト王子が待ち構え、国境を超えた瞬間、強烈な攻撃があるからと」
「これについては。私とアリスト王子の、お互いにフランベーニュに足を踏み入れないという約束。それから、王太子としての責務から国境を超えたところで始めて攻撃することを予測したものです」
「ですが、実際にはその指示を無視してフランベーニュ軍は越境し、ひどい目に遭ったわけですが、これは圧倒的優勢な状況での追撃戦。その途中でやめることなどできるわけがない。さらに、それを指示したのは魔族の将。それから彼らは勇者一行の力をその目で確かめたことがない。これだけの要素が揃えば、総司令官の命があってもフランベーニュ軍は止まらない。そう読んだのです」
「もちろん勇者一行の力を見てまだ戦おうとフランベーニュ軍が考えるはずがなく、暫定停戦となります」
「そうなればその交渉が始まるわけですが、その条件としてフランベーニュは賠償金の支払いを要求してくる。なにしろ彼らは実質的に侵略された側ですから。さらにダニエル・フランベーニュはどうしても船を借りださなければいけないために止むを得ず言った自身の言葉を忘れるほど愚かではない。必ずアグリニオンとアリターナの商人たちに支払う代金を賠償金に乗せてくる……」
「フランベーニュの王太子が請求する理由は理解しました。ですが、その交渉をしている相手はあのアリストですよ」
直接的表現はない。
だが、フィーネの言葉からはアリストのケチぶりがそこかしこから漂ってくる。
アリストが高額になる支払いに応じる前提がおかしい。
つまり、フィーネの言葉の意味はこうなるわけである。
まず、苦笑いで応じたグワラニーは、一瞬後、その微妙な笑みを残したまま口を開く。
「……アリスト王子がケチなのはもちろん知っていますし、そのおかげで何度も迷惑していますから。ですが、アリスト・ブリターニャは腐っても大国の王子。自身の財布から支払うのでなければ意外に常識的に動く。そして、今回の戦いでは非はブリターニャにあることが明らかである以上、相応のものを払うべきとアリスト王子も考えている。私はそう予想しました」
「つまり、アリストが賠償金を払うと本当に思っていた?」
「賠償金が停戦の条件ということであればそうなるでしょうね」
「では、賠償金のきっかけとなった北街道を侵攻していたブリターニャ軍を指揮していたアラン・フィンドレイがフランベーニュ軍に投降し、そのフィンドレイを引き渡しするよう要求したのは?」
「さすがにそれまで予測に組み込んでいたら、私は天空の神か未来から来た者になってしまいます。そうでなければ、そのブリターニャ軍の将軍に投降するように指示をしたことになります」
「つまり、それはあなたの予定になかったということですか?」
「当然です」
「私はアリスト王子が適当な理由をつけて停戦を持ち掛け、その過程で賠償金の話が出たところで相手の要求を呑むことで一気に話をつけると思っていました。ブリターニャとフランベーニュが主戦場に無縁な場所に大軍を張りつけるなど魔族を喜ばすだけの無駄以外のなにものでもないですから。私ならそう考え、おそらくアリスト王子もそう考えると。ですが……」
「口実にしても大金を払ってまで取り戻す価値があるのですか?その将軍は。もしかして王族ですか?」
「いいえ。アリストがフランベーニュに対しておこなった説明では、職務放棄した最悪の指揮官。敗戦の責任をすべて押しつけて斬首にするということでした」
「たしかにあれだけの大敗です。当然責任を取る者は必要ですね。ですが、投降してもフランベーニュで公開処刑され晒し首になるのがオチ。なぜ投降したのでしょうね。その将軍は」
「追いつかれて戦いが始まる前に投降すれば助かると思ったのでしょう。たしか子爵でしたから物語に登場する馬鹿貴族らしい安易な発想をしたのでしょう。ですが、失敗でしたね。結局彼の部下たちの大部分が助かったのですから」
……ん?
グワラニーは微妙な違和感を覚える。
……大軍の指揮官を任せられる者なら逃げ切れるかどうかの見極めくらいはできるだろう。
……つまり、投降したということは、このままでは絶対に逃げ切れないと思ったからだ。
……だが、実際は大部分が逃げ切れた。
……これはおかしい。
……もしかして、その男が投降したおかげでフランベーニュ軍の捕捉が遅れたのではないのか?
……つまり、それが目的……。
……そういうことであれば、ケチなアリスト王子が大金を支払っても取り戻したいという気になるのも納得できる。
「ちなみに、腰抜け将軍はどうなりましたか?」
「アリストがサイレンセストに連れて行きました。そこで斬首でしょうね」
「なるほど」
「それはご苦労なことで」
フィーネの言葉にそう返したところでグワラニーは思う。
……軍才はわからないが、興味深い人物ではある。
……自らの命と名誉を差し出して兵を救ったのだから。
……アリスト王子もそれに気づいたから、彼を取り戻すことを賠償金支払いの条件にしたのだ。
……問題はアリスト王子の考えが父王に通じるかということだ。
……軍幹部は司令官でありながら指揮すべき軍を放りだして投降したことを許さないだろう。
……さらに歴史的大敗をした責任を誰かが負わねばならない。
……そうなった場合、そのフィンドレイほどの適任者はいない。
……軍部からの上申は間違いない。
……ブリターニャ王はそれを拒めるのか?
……ないな。
……そうなると残るはアリスト王子の口だけか。