表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二十八章 滅びの道を選択する者たち
321/374

最悪の決断

 グミエールがつくった強固な陣地は単純な攻撃では抜けないことを改めて理解したエンズバーグは力攻めでの攻略を諦め、再び睨み合いを始める。

 むろんこのままでは何も変わらぬ、それどころか状況は悪くなること十分に承知している。

 その間に新たな策を講じる気で。

 だが、それからまもなくエンズバーグのもとに再び悪夢のような知らせが届く。


 背後の敵を掃討しに出かけたクレイグ・ホーガン将軍が指揮する十二万のブリターニャ軍がニオールから西二十アケトほどの地点でフランベーニュ軍の奇襲を受けたというのだ。


 攻撃魔法による最初の一撃で魔術師団が全滅。

 続く攻撃でホーガン将軍が戦死。

 次席指揮官アンディ・オブライエン将軍、ベン・パストン将軍、オーガスト・ウエイト将軍も戦死し指揮系統が崩壊したところを敵の突撃を受け、友軍も奮戦するもの劣勢。


 伝令兵を下がらせたところで、エンズバーグは副司令官ふたりに加えて、自軍の魔術師団長を呼び出す。

 そして、かなりの時間が経ったところでようやく姿を現した魔術師長エイブラム・ウィザーズ、副魔術師長バイロン・ワイアットとデミアン・ウェルズを見やる。


「ホーガンの部隊が敵の魔法攻撃で粉砕されたという報告があった」


 それから、詳細を説明したところで、もう一度三人を見る。

 エンズバーグの短い言葉はホーガンに同行した魔術師たちの責を問うものはあきらか。

 むろん軍の魔術師団長ウィザーズにとってこれは不愉快の極み。

 その感情を隠さないままウィザーズは反論の言葉を口にする。


「言っておくが、同行した魔術師団を率いるアンドレ・ウィズリーは非常に有能。ウィズリー本人が展開した防御魔法は抜かれることはない。考えられるのはウィズリーが休憩中の時に攻撃を受けたということになる」


「だが、そうであってもウィズリーの代わりをおこなうのだから皆それなりの者たち。その者たちが展開した防御魔法を破ることができるのは相当上位の魔術師ということになる。ただし、そうであっても、私が直々に展開する防御魔法はそう簡単には破られることはない。それよりも……」


「伝令の言葉が正しければ相手は十万。大軍である以上一日五アケト以上を走り切る伝令のようにはいかないことはわかっているが、それでもあと十日もすればやってくる」


「つまり、四十万が籠る陣地を正面に見ながら十万の敵を背後に抱える。言ってしまえば、挟撃された形になる。それについてはどうする気か?」


 部外者であるウィザーズに言われるまでもなくエンズバーグもそれくらいのことは十分にわかっている。

 本来であれば、少数の敵を排除し、背後の不安を取り除いてから主敵と戦いたいところ。

 だが、そうなると四十万の敵に背を晒すことになる。

 当然それはできない。

 だが、睨み合ったままでは十万の敵に背後を襲われる。


 エンズバーグは頭の中で多くの策を展開させ模擬戦をおこなったところである結論に達する。

 そして……。


「いや。ここは挟撃する敵を時間差をつけて両方相手にしよう。そして、両方潰す」


「まず、ここから撤退し全軍で背後の敵を迎撃に向かう」


 そう言ったエンズバーグはニヤリと笑う。


「おそらくここまではフランベーニュの計算通りなのだろう。つまり、我が軍主力をこの地に留めたところで、背後に大軍を送り込む」


「そして、退路を断たれると焦った我が軍が背後の敵の迎撃に出たところをグミエール率いる主力が背後から襲う。おそらく前後から挟撃するように。これが敵の策」


「こちらはその策を利用する」

「つまり、この後退はグミエールを殻から引きずり出すための罠」


「明日後退を開始し、敵に背を向ける。そして、敵が殻から出てきたところを反転して討つ。背後の敵がやってくるのはまだ先。十分時間がある」

「グミエールが動かなかったら?」

「そうなれば心置きなく背後の敵を殲滅し、改めて対峙すればいいだけの話」


 ウィザーズの問いにそう答えたエンズバーグはもう一度笑う。


「フランベーニュにしてはなかなか見事な策だったが、最終的に勝つのはやはり我々だ」


 そして、翌日。

 ブリターニャ軍が動き出す。

 後退。

 だが、背後を突けない。

 そう思わせるくらいに見事なくらいのものだった。


「まあ、当然ここでは動かない」


「だが、確実に来る」


 エンズバーグはフランベーニュ軍の陣地を眺めながらそう呟く。

 そして、その直後、全軍に命じる。


「フランベーニュ軍の視界から離れたところですぐさま陣形を動かす。グミエール軍への突撃体制へ変更。奴が動いたところで反転し迎撃する」


 むろんエンズバーグは自陣内に見張り役を残し、フランベーニュ軍を監視している。


「その程度のことはグミエールだってわかっている。というより、それをやらないとかえって怪しまれる。それよりも……」


「ホーガンの部隊を撃破した敵の位置はまだわからないのか」


 戦いの重要な要素は情報、その中でも敵の位置はその最上位にある。

 それを十分に承知しているエンズバーグにとってこの時点においても敵の全容を掴んでいないというのは由々しき事態である。


「十万人という数を考えれば、進軍速度一日二アケト程度。となれば、少なくてもあと五日は余裕があるが、それでも発見は早いほどよい」


 この間にもエンズバーグは思考する。

 相手の小賢しい策を逆手を取るよりさらによい策はないかと。

 そして、辿り着く。


「奴は味方と我が軍がどの辺で接触するかをすでに推測している。そして、最高の瞬間に背後を襲う気だ」


「そういうことであれば、相手の予測以上の速度で前進し、奴の想定より早く接敵し、まずホーガンの仇を撃破し、素早く反転してグミエールを迎え撃つ」


 遂に探していた解を見つけたかのように、エンズバーグは会心の笑みを浮かべる。


「予定を変更」


「陣形を再編する。後方からの敵の突撃体形から進行方向からやってくる敵に対しての突撃体形へ変更する」


 突撃体形。

 この世界でのそれは、別の世界に存在する某国の言葉を使用すれば、魚鱗の陣と呼ばれるものの一種で、この世界では三角陣とも呼ばれる。

 だが、この陣形変更は想像するよりも遥かに困難。

 なにしろ突撃体形とは、最強部隊を最前線に出すもの。

 単純に形を変えるだけではなく、最後尾を進んでいた部隊を最前線に出すという作業もおこなわなければならないのだから。

 さらにいえば、それをおこなうのは整地された場所ではなく、さらに五十万以上という数。

 大軍の陣形変更とは驚くほど時間が必要なのだ。


「苦労は前もって済ませておくべき。ここで陣形変更をおこなっておけば、敵前でそれをおこなうという醜態を晒す必要がなくなる」


 エンズバーグはそう呟いた。


 そして、進軍スピードを上げて二日目となる翌々日。

 エンズバーグのもとに重要情報が届く。


 フランベーニュ軍がニオールの陣地を離れ追撃を始めた。


 これは朗報であるとともに悲報でもある。

 そして、成分としては後者のもののほうが濃いと言っていいだろう。

 なぜなら、ブリターニャ軍は当初グミエール率いる部隊に対処するために陣形を整えていた。

 だが、それを時間をかけ背後からやってくる敵への対応を採る陣形に変更している。

 このままでは不利な陣形でグミエール率いる大軍と戦わなければならないのだから。


 むろんエンズバーグもそれはわかっている。

 だが、指揮官である以上、その感情を表に出すわけにはいかない。

 ことさら嬉しそうに「よし」と呟く。

 しかし、そう言ったものの、それだけでで済ますわけにはいかない。

 直後、同行している幕僚たちも目をやる。


「進行方向の敵発見の報は入ったか?」

「まだです」


 約六アケト。

 大軍による三日分の移動距離分を先行させている斥候隊から接敵の報告はない。

 一方、グミエール軍が進んでいるのは二日分の移動距離。

 つまり、ここから、こちらが後方に転進すれば一日。


 半日でグミエール軍と接敵して叩き、さらに反転し待ち構えたうえで背後の敵を戦うことができる。

 それとも、予定通りに発見できない敵を求めて前進を続けるか。


 エンズバーグは思考しながら、草原が広がる周囲を見渡す。


 さらに進んでも敵が現れず反転しなければならない事態もあり得る。

 だが、これから進むフォレノワールはこれまで以上に深い森林地帯。

 陣形を変えるのは非常に困難。

 陣形変更をおこなうのであればここでおこなうべき。


 エンズバーグは自身の考えを纏め終わったところで、ふたりの副司令官と魔術師長を呼び寄せる。


 そして、全員の前で口を開く。


「さて、グミエールが巣穴から出て我々を追いかけてきている。距離はおよそ六アケト。つまり三日分の距離」


「一方でダルディシュに上陸した海軍兵と思われる十万の敵軍は先行させている偵察隊に発見されていない。つまり、現状では敵とはグミエールの軍以上の距離があると思っていい」


「そして、これから進むフォレノワールは森林地帯」


「この状況で我々はどうすべきか各々の意見を聞きたい」


 エンズバーグがまず視線を動かした先にいたのはアーサー・オルビストン。


「前進を続けるべきかと」


 続いて、その隣のアービー・ラドフォードが右手を上げる。


「私も同意見です」


 そして、最後に魔術師が口を開く。


「私もその意見に賛成する」


 そう。

 集めた三人全員がこのまま進撃をするべきだと主張したのである。


 エンズバーグは少しだけ表情を変えて全員を見やる。


「理由を聞こうか?」

「グミエール軍を迎撃するということは陣形を再び変更するということだろう。本来であればすでに接敵していてもおかしくないのだから、斥候からの連絡がないといっても発見できないだけの可能性もある。敵がいつ現れてもよいこの状況で混乱をもたらす陣形の変更をおこなうのは危険だ」

「私も魔術師長の意見と同じです。陣形変更が完了しないうちに敵が現れたときには目を当てられない状況になります」


「これだけ広い地域ですので発見されていないことが必ずしもまだ接近していないということにならないと思います」


「なるほど。つまり、全員がこのまま前進し、進行方向の敵を倒し、それからグミエール軍を迎え撃つということか」


 エンズバーグはそう呟く。

 そして、もう一段階表情を厳しいものに変えると言葉を続ける。


「では、私の意見。すなわち、決定を伝える」


「この地で再び陣形の変更をおこなったうえで、万全の体制でグミエール迎撃のため、転進する」


 エンズバーグはそう言うと、賛意が薄い表情の男たちを見やる。


 ブリターニャ軍が置かれた状況を考えた場合、エンズバーグの決定と三人の幹部の意見のどちらが正しいのか?


 むろん、敵が発見できないだから、迫ってくる大軍と対峙するために陣形を再び変更し、反転迎撃をおこなうというエンズバーグの意見は間違っているようには思えない。

 それどころか、森林地帯で前方からやってくる十万の敵と戦闘中に背後から四十万の敵に襲われるという危険は十分に考えられる。

 さらに、エンズバーグの言葉どおり、そもそもニオールからの撤収はグミエール軍を草原地帯に誘きだすものであったのだから、希望通りになった状況で迎撃しないほうがおかしいとも言える。


 それにも関わらず、ふたりの副司令官だけではなく、魔術師長もそれに反対したのはなぜか?


 言うまでもなく、その理由は反転するためにおこなう陣形変更にある。

 幸いこの場は広く陣形変更をおこなうには都合の良い場所ではある。

 だが、それであっても五十万の軍でそれをおこなうのは相当な時間がかかる。

 そして、その間はどこから敵がこようが戦える体制になっていないということである。

 さらにいえば、エイブラム・ウィザーズが主張するように、たしかに敵を発見できていないが、それが遠方にいることを意味しているとは限らない。


 だが、決定権を持っているのはエンズバーグ。

 そして、三人はそれに従う義務がある。


「各将に通達。再度陣形変更をおこない、完了次第グミエール軍を迎撃に向かう」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ