表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二十七章 ある大国の死 そして再生復活
311/376

為政者の言葉 

 むろんグワラニーはゴルダとスペンセが考えついたその策を実施にできるように準備をおこなわせる。

 それとともに、これを成功裏に終わらせるには勇者の蠢動がないことが成功の絶対条件であることも認識していた。


 準備は念入りにおこなう。

 そして、それを担う文官たちも有能だ。

 だが、やはりそれを指揮するのは自分でなければならない。

 さらに、ある部分についての交渉は自分がやらざるを得ない。

 そうなれば、ハッキリ言って軌道に乗るまでは軸足はそこに置かざるを得ない。

 そんな時に勇者が猛烈な勢いで進撃されては迷惑千万。


 事前に釘を刺しておく必要がある。

 もちろんそうなれば、こちらの手の内を見せることになり、場合によってはそれを利用されるということにもなりかねない。

 だが……。


「やはり、やっておくべきだろうな」


 そして、セーフティバルブとしてグワラニーが考えついたのはホリーを同行させることだった。


 グワラニーはバイア、アリシアとの会議にホリーを呼び出す。

 そして、アストラハーニェの状況を説明したところでこう尋ねる。


「現状を考えて、どちらが優勢になったとしても早期の決着はつかないと考えられる。もちろん我々にとってアストラハーニェの内戦は他人事。どうなろうと構わないし、その結果再び剣を向けてくれば相手をしてやればいい話だ」


「だが、内戦が決着する前に我々のもとには戦火を逃れた者たちがやってくる。彼らの扱いをどうすべきか?まず、王女殿下の見解を伺いたい」


 この時点でグワラニーの方針は決まっており、バイアとアリシアにもそれを伝えてある。

 つまり、これはあくまでホリーの才を確かめるためのもの。

 むろんグワラニーはそのようなことをどこにも表すことはしない。

 当然ホリーはその問いを諮問と考える。


 やってきたアストラハーニェの国民をどう扱うか?

 つまり、救いの手を差し伸べるか否か。


「ちなみにやって来る者たちをどれくらいだと想定しているのですか?」

「百万。場合によってはさらに増えると見込んでいます」


 多すぎる。


 ホリーは心の中でそう呟く。


 そもそも数が多いうえに、それをおこなう期間のめどが立たない。

 魔族の国は小麦を大量に備蓄しているようだが、それはあくまで自国民のためであって、他国民のためのものではない。

 そして、問題なのは一度門を開けてしまっては水の流れのようにとめどなくアストラハーニェの民はやってくる。

 そうなれば収拾つかなくなり、それこそ戦争どころではなくなる。

 魔族の国がそうなることはブリターニャにとっては好都合。

 つまり……。


「冷たいようですが、受け入れは拒否すべきだと思います」

「だが、現在我々とアストラハーニェは休戦中。その国の者たちが我々に助けを求めて僻地まで逃げてきた。それなのに追い返すというのはどうかと思うのですが。もしかして、それがブリターニャ流なのですか?」

「ブリターニャというよりそれは為政者としての常識というものです。もちろん私も困っている者を助けたいという気持ちはあります。それが為政者、または強者の務めだと考えます」


「ですが、あくまでそれは余力の範囲であって自国の者を蔑ろにしてまでおこなうものではない。それが私の考えです」


「そもそもそれをおこなわなければならないのはアストラハーニェの為政者たち。彼らが自らの義務を放棄したそのツケをこの国が支払う必要はないと考えます」


「我々がそれをおこなえば、ブリターニャの侵攻には有利になりますが?」

「そういうことなら、なおさらアストラハーニェの民を見捨てるべきです」


 ホリーの熱の籠った言葉を聞き終えたグワラニーは薄い笑みを浮かべる。


「ブリターニャが有利になるのがわかっていながら、それをおこなうなと主張するのは我々に対する忖度ということですか?」

「いいえ」


「私はこの国の為政者側の意見を述べただけです」


 ホリーはそう断言し、それからグワラニーにいつも以上の熱い視線を送る。

 むろん相手には通じないのだが。


 そして、一瞬後、グワラニーが口を開く。


「王女の見識は十分に理解しました。そして、それは同じ問いに対してバイアとアリシアさんもほぼ同じ返答をした。つまり、その答えこそ正解といえるのでしょう。ですが……」


「今回は、敢えて正解ではない道に進むことにします」


「つまり、逃げてきたアストラハーニェの民を受け入れる。むろん無条件というわけにはいきませんが、数に関しては上限なしに」


「ただし、先ほど言いましたように、我々がアストラハーニェの民に関わっている間にブリターニャに動かれるのは非常に不都合です」


「言ってしまえば、それは人助けの最中に泥棒に入られるようなもの。そして、我々がその動きに注意しなければならないのは勇者一行。そこで彼らに釘を刺しておかねばなりません」


「それに協力してもらいます。王女殿下」


 そう言って、グワラニーは質の良い羊皮紙とペンを差し出す。


「ダワンイワヤの連絡所に手紙を届け、アリスト王子を呼び出します」


「まず、その文を書いていただきたい」


「私が至急話をしたいので来てくれと書いても、アリスト王子は来ないでしょう。ですが、王女殿下がそう言えば、アリスト王子は必ず来ますので。協力していただけますか?」

「もちろんです」


「日時は?」

「三日後の昼でいいでしょう」

「わかりました」


 グワラニーの言葉を承知すると、ホリーは羊皮紙にペンを走らせる。


「確認しますか?」

「いや。さすがに女性が他人宛てに書いた文を覗き見する趣味はありませんので」


 そう言って確認を求めるホリーの言葉を謝絶したグワラニーはふたりの伝令を呼ぶ。

 そのひとりは王都へ、それからもうひとりはダワンイワヤに向かう。

 そして、ダワンイワヤへ向かった伝令が預かったホリーの手紙は白旗を持った兵士によってブリターニャ陣地の指揮官に手渡される。

 そして、そこから王都のアリストに届くまでわずか一セパ。

 驚くべき速さである。


 そして、その日の夜。


「……一応ホリーからの呼び出しになっているものの……」


「間違いなくグワラニーが背後にいる」


「問題は目的が何かということになります」


「クアムートではなく、ダワンイワヤであることも含めて」


「どう思いますか?フィーネ」


 ラフギールの酒場。

 ブリターニャの王太子アリスト・ブリターニャがその手紙を渡しながらそう尋ねたのはこの店のオーナーである黒髪の若い女性だった。


「まあ、至急話したいことがあるのは確実でしょうが……まさか、グワラニーと正式に結婚することになったとか……」

「絶対に認められん。そんなことを言ったらその場であの男を灰にする」


 普段なら言いそうもないことを堂々と宣うアリストをフィーネは眺めこう呟く。


 ……その言葉は一年前に言うべきでした。


 もう一度薄く笑うフィーネが口を開く。


「それは楽しみです。ですが……」


「それ以外にあの男が急いでアリストに面会する理由になりそうなものについては何か心当たりはありますか?」

「ないですね」


「では、仕方がありません。やはり、相手の申し出通り出向くしかないでしょう」


 三日後。


 ダワンイワヤに急遽建てられた小屋。

 その中央に置かれたテーブルの右側にアリストとフィーネ。

 その反対側にグワラニー、デルフィン、アリシア、そしてホリー。

 扉の内側にコリチーバと五人の魔族軍兵士。

 扉の外側にファーブたちアリストの護衛、さらにその外側には数百人のブリターニャの正規軍兵士。


 小屋の中と外でまったく別の雰囲気を漂わせるなかでそれは始まる。

 いつもどおりの挨拶代わりの嫌味の応酬が終わると、アリストは表情を変える。


「……それで……」


「要件はなんだ?グワラニー」

「アストラハーニェの内戦について」


 アリストの問いにグワラニーはそう答える。


「ご存じですか?」

「ああ。どこかの馬鹿が軍を半壊させたおかげで起こったと聞いた」


「もっとも、アストラハーニェにはブリターニャの間者はいないので情報源はアグリニオンの商人のものなのだが」


「それはおまえたちも同じだろう。グワラニー」

「そのとおりです。よくご存じで」


「そんなことを聞くためにわざわざホリーに手紙を書かせたのではないのだろう。だから、なんだ?私はおまえの違って忙しい。端的に話せ」

 

「では、端的に。かの地の内戦に対してのブリターニャ、というより勇者の方針をお聞きしたい」


「……それを聞いてどうする?グワラニー」


「もしかして、混乱に乗じてアストラハーニェに侵攻する気か。そういうことなら、当然我々も動く」


 アリストは語気を強めた。


「おまえたちは侵攻する気があるのかをまず言うべきだ」


 そう言ってアリストはグワラニーを睨みつける。

 グワラニーは薄い笑みを浮かべ、口を開く。


「それについては否と断言しておきます」

「その言葉に反するような事態になれば、死ぬほど後悔することになるがその覚悟あるな」

「もちろん」

「いいだろう。では、とりあえずその言葉を信じ、今度はこちらも義務を果たす。ただし……」


「国の方針を決めることができるのは国王のみ。つまり、私の言葉は個人的な意見であり、今後どうなるかについてはわからない」


「ブリターニャはアストラハーニェに干渉する気はない。あまり付き合いはないが、ともに国王を頂点に国をつくっている者。国王を抱いている側に好意を寄せるのは当然ではあるのだが」

「それだけですか?」


 自身がそう言った直後グワラニーはすぐにそう言葉を返すと、アリストは少しだけ不満気な表情を浮かべる。


「それ以上に何をする?我が国はいまだ魔族と戦闘中だ。他国の内戦に関与するだけの余裕は我が国にはない。そもそも我が国とアストラハーニェは離れている。そこまで肩入れしても利はない」


 グワラニーが薄く笑う。


 ……やはり。

 ……この世界の為政者には他国の民を救済するという概念はない。

 ……まあ、それは元の世界でも他国を救済する。その先には自国の利益が存在しているので純粋に救済という気持ちではやってはいないし、どこかの国の政治家が他国の救済に積極的だったのは、救済事業を請け負った業者からのキックバックで得る個人の利益が目的だったのだが。


「では、今回の要件について話をします」


「それは……」


「戦争を避けて逃げてきたアストラハーニェ国民の支援」


 そう言ってからグワラニーはテーブルの反対側の様子を眺める。

 アリストにとってそれは当然予想もしていなかったもの。

 驚きを隠せない。

 一方、フィーネの表情の変化はそれほど大きくない。


 ……それ自体驚くごどのことではなく、せいぜい手間暇かけて本当にやるのかという表情ですね。

 ……さすが元日本人。


 心の中でそう呟くと説明を続ける。


「我々が手に入れた情報では双方の戦力は拮抗している。そうなると、簡単には決着はつかない。むろんブリターニャがどちらかに肩入れすればその均衡は揺らぐかもしれませんが、王太子の言葉によってどうやらその可能性はなくなりました」


「そうなった場合、現在は王都周辺に留まっている戦火はアストラハーニェ全土に広がる。たとえそこまでいかなくても主要な場所では双方が兵力増強のために徴兵を始めることはありえるでしょうし、略奪の対象にもなる。住民は町を捨て逃げるしかない。そして、町を捨てた者たちは安全な場所を目指す」


「そうなったときに温暖なうえに比較的状況が安定しているアストラハーニェ西部が彼らにとって望ましい場所」


「むろん我々も国境を超えてまでは助けるつもりはないのですが、正当な手続きをして国境を超えた者に関しては寛容さを示すつもりです」


「本来であれば、同じ人間。ブリターニャやフランベーニュのような大国がそれをおこなうべきだと思うのですが、先ほどの言葉を聞けばその気はない。人間の国がやらないのであれば隣のよしみで我々がやるしかないでしょう」


「ですが、魔族が住む場所と食べ物を提供していると聞けば周辺の者だけではなくさらに遠くからもやってくるでしょう。その数は十万?いや。百万を超えることだって考えられる。当然我々はその対応に専従しなければならない」


「王太子殿下に望むのは、我々がアストラハーニェの者たちの支援をおこなっている間は侵攻を遠慮してもらいたいということ」


「むろんブリターニャ正規軍の侵攻は止まらない。それは承知しています。つまり、私が遠慮してもらいたいと言っているのはあくまで勇者一行。そして、これであればアリスト王子がこの場で決められる」


「いかがでしょうか?」


 数瞬、いや数百瞬後。

 アリストが口を開く。


「それを答える前にいくつか質問がある」


 そう言った後にアリストは視線をグワラニーから別の人物へ動かす。


「アリシア・タルファ。あなたはグワラニーが口にした話を聞かされていたか?」

「はい」

「それについてあなたの感想を聞こうか」

「とても素晴らしいものだと思います」


 グワラニーの計画を聞き終えたアリストはグワラニーではなくアリシアに問うたのには当然理由がある。


 グワラニーがこの場の思いつきで話したのではないか。


 それだけアリストにとってグワラニーの言葉は信じられないものだったのだ。


 戦火を逃れた他国の民を受け入れる。

 それだけではなく、食料なども与える。

 援助ということはそういう意味だろう。

 たしかに悪い話ではない。


 だが、それがどのような意味かを本当に考えているのか?


 小麦だけでもひとりあたり最低年間十セネジュ袋で一袋。

 それが十万人だった場合、十万袋。

 現在の価格である一袋ブリターニャ金貨一枚で換算すれば金貨十万枚が吹っ飛ぶ。


 そもそもそれだけの小麦が調達できるのかも問題だ。

 少なくてもブリターニャではできない。


 いや。

 たとえそれができたとしても相応の見返りがなければできたものではない。

 だが、相手は戦火を避けて着の身着のままで逃げてきた避難民。

 そして、彼らの祖国も内戦で忙しい。

 そんなものがあるはずがない。


 そうなれば、とてもそんなことはできない。


 だが、それは魔族だって同じはず。

 極めて明敏なアリシアならそれに気づくはず。


 それがアリストの読み。 


 ところが、アリシアの言葉はあきらかにアリストの予想を裏切るもの。


「……知っていた?しかも、知ったうえでそれを素晴らしいものと評価するのですか?グワラニーの言葉は響きとしてはいい。それは私も認める。だが、それを実行してよいかは別の話。とても、進めるべきではないと思うが、なぜ止めないのですか?」


 解せぬ。


 その言葉が表情に滲み出たアリストの視線はホリーへと移動する。


「ホリーはこの話を聞いたときどう思いましたか?」

「最初に話を聞いたときそれは難しいと思いました。そして、それは止めるべきだし、一度手を出したら抜け出せない底なし沼に這い込んだようになり取り返しのつかない事態になりかねないとも思いました」


「ですが、今はそれをやるべきだと思っています」

「問題はないと?」

「ないですね。まったく。いいえ……」


「邪魔さえ入らなければ」


 ホリーの冷たい視線の中、アリストが口を開く。


「つまり、勇者が蠢動しなければアストラハーニェの民が救われると?」

「そういうことです」


 むろんグワラニーの言葉が実行されれば、逃げてきた民は救われる。

 そこはわかる。

 問題はおこなう側の方だ。


 アリストの思考はプロエルメルに住む者たちに辿り着く。

 身分的にとてもそうは呼べないが、とりあえず自身の奴隷を増やす。

 だが、プロエルメルに住む者たちと今回の避難民ではその数は圧倒的に違う。

 つまり、最初の段階で必要なもの、別の世界での初期投資がとんでもないものになる。

 さらに仮に逃げてきた者を奴隷にしても、彼らを活用する場所がない。

 問題はまだある。

 内戦が終結した場合、多くは故郷に戻るというだろう。

 そうなれば、その間に供出した食料はすべて無駄になる。


 本当の意味で彼らを救っただけになる。


 この守銭奴にかぎってそんな殊勝なことを考えているわけがない。

 どこかにそれだけのことをやる利があるはず。


 だが、問うても答えるはずがない。


 ……とりあえず……。


「グワラニー。ひとつ聞こう」


「逃げてきたアストラハーニェの民が故郷に戻りたいと言ったらどうする?」


 そう。

 アリストの懸念は自身の管轄内では捌き切れない避難民を他の魔族に譲ること。

 むろんグワラニーは自身と同じ待遇というだろうが、相手がそれに従うとは思えない。

 そうなれば、彼らは本物の奴隷になる。


「まさか帰さないということはないだろうな」

「もちろんです」


 だが、念を押すように問うアリストの言葉にグワラニーは笑みとともに答える。

 それどころかホリーを含む魔族側の出席者から嘲りの成分の濃い笑みが零れだす。

 そして……。


「我々としては、むしろできるだけ早く帰っていただきたい。そうすれば供出する小麦が減りますから」


 グワラニーからやってきた言葉はすべての筋が通っている。

 だが、どこかおかしい。


 アリストは心の中で思う。


 そして、それはグワラニーのペテンにかかった者たちと同じ感覚。

 だが、怪しいと思うだけで見た目上どこにも穴がない。


 ……このままごねていてもホリーからの評価が下がるだけ。


 アリストは大きく息を吐く。


「いいだろう。おまえたちがアストラハーニェに関わっている間、勇者は動かないことを約束……」


「いや。その前に確認する。フィーネ。これについてどう思いますか?」

「悪人が改心して人助けをする。それを正義の味方が邪魔をするわけにはいかないでしょう」


 アリストの縋りつくような言葉にフィーネは冗談と皮肉でつくり込まれた言葉で応じる。

 むろん彼女もグワラニーがどのようにしてそれを運用するのかについて興味はある。

 だが、それとともに、映像によるものではあるものの、戦争を逃れた者たちがどのような暮らしをするのかは知っているし、大きな災害時の被災者がどれだけ不自由な暮らしをすることになるのかは実際に現場で見ている。

 そして、それをおこなう困難さも知っている。


 アリストは大きなため息をつき、それから口を開く。

 

「まあ、失敗するのは目に見えているが、一応言っておこう。たとえ途中で放りだそうが受け入れ人数を制限しようが、その中で救われた者は必ずいる。だから、私はどのような形になっても非難はしない。最初から救いの手を伸ばさなかった者にはそんなことを言う資格はないのだから。とにかく……」


「せいぜい頑張ることだな」


 最後の言葉はわかりやすい捨て台詞に見せかけた激励。


 アリストはその言葉を口にした直後、右手でグワラニーたちに退席するように促す。

 ホリーを含めて。

 一瞬だけ戸惑うものの、結局全員がそれに従い、やがてその痕跡は消える。

 見送ることなくその場に残ったのはアリストをフィーネが見やる。


「……よかったのですか?大好きな妹と話をしなくて」

「ええ」


「元気でやっているのを確認できるだけで十分です」

「そうですか。では、せっかくですから聞かせてもらいましょうか?」


「グワラニーの話についての感想を」


 もちろんフィーネは気づいていた。

 アリストがそう問われることを望んでいることを。


 その直後、アリストの口から言葉が流れ出す。


「……その行為自体を否定する気はないです。ですが、やりたいのとやれるのでは全く違います」


「そして、為政者たる者、自身の願望を実現するために自国民を疲弊させ国を傾けるようなことなどあってはならないのです」


「それを踏まえて、ここで重要なこと」


「グワラニーがおこなおうとしていることが魔族の王の許可を受けているということです」

「ですが、グワラニーはそのようなことは……」


 アリストの言葉に反論するように言いかけたところでフィーネは言葉を止める。

 そう。

 フィーネも気づいたのだ。

 一種の大事業ともいえるそれはグワラニーの一存だけでは完遂できないことを。


 フィーネの表情を見て小さく頷いたアリストは言葉を続ける。


「グワラニーがどの程度の小麦を抱えているかは知りませんが、さすがに押し寄せるアストラハーニェの民に提供しても問題ないくらいの量を抱えているということはないでしょう」


「そして、アストラハーニェの民に供出できるだけの大量の小麦が眠る倉庫の鍵を持っているのは魔族の王。つまり、今回の計画は魔族の王の許可を得ているということです」


「これまで得られた情報から想像するに魔族の王は理想と現実がわからぬ愚か者でもないようですが、それとともに人間に対して親愛の情など持っているとも思えない。その王が許可をしたということ間違いなくなくそれをおこなうことは魔族の利になるということです」


「ちなみにその利とは?」

「逃げてきた者を彼の奴隷にするくらいしか思い浮かばないですね。残念ながら」


「ですが、戦いが終わった後に、避難してきた者たちが帰りたいと言えば、グワラニーはそれを許すという」


「そうなってしまえば、どうやったら魔族の利が生み出されるのか想像などできませんね」


 フィーネからやってきた問いに、お手上げ状態を盛大にジェスチャーで披露したアリスト。


「将来のためにその奇術をこの目で見たかったのですが、こればかりは仕方ありません。すべてが終わった後に勝ち誇った奴に聞きだすしかないですね」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ