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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二十七章 ある大国の死 そして再生復活
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兄と妹の再会 

 ブリターニャ。


 実をいえば、フィーネの魔力は完全回復していなかった。

 あくまで自称ではあるのだが。

 そして、アリストもホリーが死んだのではないかという不安をまぎらわすために増やした王太子の仕事が次々に流れ込み動けない状況に陥っていた。


 そこにやってきたアストラハーニェ産の小麦の輸出が停止されるニュース。

 アリターナからの輸入が出来なくなり、アグリニオンの介して見つけた新たな輸入先が前触れもなくなくなるのはブリターニャとしては到底容認できない。

 アストラハーニェへ乗り込み直談判をしようと準備をしているところにカラブリタ商会より自社が扱う分については予定通り納入できる旨の連絡が届く。


 フランベーニュの生産状況を把握しているアリストにとってそれは奇跡のような話であり、もちろん喜ばしいことであったのだが、それと同時に疑い持つにふさわしい事案であった。


 アストラハーニェの輸出停止はデマか。

 それともどこかで調達したのか。


 その二択となる。

 そして、他の商会の状況から前者はあっさりと消える。


 つまり、カラブリタ商会は、いや、カラブリタ商会だけがアストラハーニェから手に入れるはずだったものと同等の量の小麦を他で調達したということだ。

 だが……。

 

 いったいその調達先はどこだ?


 アリストはすぐさまアグリオンの都セリフォスカストリツァに出向く。

 ほんの少し前とは大きく様変わりし、数段階は活気が失われたその場所を歩き、それから「世界の商いを支配する者が住まう場所」とも呼ばれる評議委員会、通称ウーノラスに到着する。

 目的はその組織とこの国の女主人に会うこと。

 もちろんその目的はすぐに達成される。

 ただし、そこまでだった。


 問いの対象の多くのこと。

 いや。

 そのほぼすべてが最高級の金庫に保管されたもののように閉ざされた先にあった。


 アリストはアドニアの様子から何があったかを理解した。


 間違いなくアドニアの小麦の調達先は魔族。

 それはあきらか。

 そして、その条件はそれに関わることは何も話すなと釘を刺されたということ。


 一見するとおかしなところはない。

 なにしろ人間と魔族は戦争中。

 奪うのならともかく、通常の商取引がおこなわれるなどあってはならないこと。

 だが、それは表向きであって仲介業者は入っているものの、魔族の国から金や銀は流れ、その金銀のあてにして人間社会は経済を動かしている、

 さらにノルディアに至っては魔族の小麦で生きている。

 いまさら魔族が人間との取引することを隠す必要などない。


 それにもかかわらず、これだけのガードの硬さ。

 これは尋常なことではない。


 小麦を譲る条件に最高級の口止めが付与されたのは間違いない。


 そこまで読み切ったアリストはアドニアを見やる。


「……そちらの事情は十分に理解しました」


「それで、グワラニー氏はお元気でしたか?」


 理解したと言いながらの軽いジャブ。

 アリストとしてはグワラニーが生存しているというそれ自体が知りたいわけなのだが、アドニアの答えは無。


 チェルトーザより、アリストは相当な交渉の達人であり、小さな穴からでも深みに入ることができる者であることから入口になりそうなものを絶対に与えてはいけないと忠告されている。

 もちろん、自身もアリストの交渉力を間近で見ているアドニアはその忠告に従う。

 それがこの答えとなる。


 だが、これが大きな誤解を招くことになる。


「アリストも案外脆いな」

「ああ。無慈悲で冷酷なケチだと思っていたが、そうでもないようだ」

「まあ、ケチであるのは間違いないが」


 足りないピースでパズルを組み上げているかのように思考を右往左往させ、最後はお決まりのように落ち込むアリストを眺めながらブランとファーブが言葉を漏らす。

 そこに強引に言葉を割り込ませたのはフィーネだった。


「マロが生き返ったときに糞尿を盛大に漏らしながら大泣きした方々とは思えぬ立派なお言葉ですね」


「それに、アリストのあれこそが普通。なにしろ自分の手で妹を殺してしまったかもしれないのですから。もし、あなたたちが兄弟を殺したとなればあの程度では済まなとは思いますがいかがですか?」

「まあ、その点は否定しない」

「だいだいファーブはともかく俺は糞尿を漏らしてはいない」

「ふざけるな。俺なんか泣いてもいない」


「まあ、俺が復活した嬉しさのあまりブランとファーブが盛大にお漏らししたことは脇に置いて……」


「アリストがあの状態のままというわけにはいかないだろう」


「どうすればいいと思う?フィーネ」


 糞尿三剣士の最後のひとりからの問いに、フィーネは笑みのない表情で応じる。


「やはり、王女の生死をはっきりさせるのが一番でしょう」


「もちろん生きていることが一番ですが、死んでいたとしてもそれを心に刻み、前に進めます。ですが、今は生きているか死んでいるのかがわからない」


「状況として一番悪いです」


 フィーネは知っている。

 この世界に来る前に出向いた災害現場で見た巻き込まれた安否不明者の家族の様子。

 その経験から、たとえ辛い結果になったとしてもけじめをつけて歩き始めることが生き残った者には大事なことなのだということを。


「そして、たとえ王女に会えなくても、グワラニーの生存さえ確認できれば王女の生存も自動的に確認できます」


「戦いが終わっているのですから、生きていれば呼び出しに応じるでしょう」


「とりあえずクアムートにもう一度行ってみましょう」


 その夜。

 勇者一行はアリストを除く四人でクアムートに出かける。

 いつもどおりグワラニーとの面会を要求する。

 すると……。


「将軍に連絡します」


 それが相手の言葉だった。

 この時点でグワラニーの生存が確定となる。


「……どういうことだ?」

「知らん」

「だが、来るということは生きているということなるのではないのか?」


 脳筋トリオのひとりで最近復活した男が口にしたとおり、これでグワラニーの生存はほぼ確定となり、自動的にホリーが生きていることも確実となる。

 ただし、あの戦いの最後に相手が渾身の一撃を放ったことから、グワラニーの警戒レベルは最高位までに引き上げられてはいる。

 さらにそれに追い打ちをかける情報がやってくる。


「アリスト王子が来ていない?」


 呼び出しを受けたグワラニーはアリスト不在という事実によからぬ企みがあるのではと疑う。


 近くに潜み、転移魔法でやってきたところを狙い撃ちにする。

 または交渉が終わり、勇者一行が離れた後に仕留める。


「……ありえるな」


「どうしたらよいものか?」


 もちろん第一はホリーを同行させる。

 だが、これはホリーが隣にいる状況で攻撃魔法を撃ち込んでいるので、効果はほとんどないとも考えられる。

 では、逆にホリーを連れて行かず、何かあった場合には彼女に対して報復をおこなう。

 いや。

 いっそのこと、その場に顔を出さずに勇者とは縁を切るべき。


 もちろん最後のものは安全を確保するための最善手であり、ついでにいえば彼我の立ち位置を考えれば正しい姿であるのだが、グワラニーには関係修復するという希望があるのだから、この場の逃すわけにもいかない。


「やはり、行く前提で準備するしかあるまい」


「魔術師長とデルフィン嬢、それからタルファ夫妻とホリー王女に使いを」


 そして、一セパ後。


「馬車で向かえばいいでしょう」


「そうすれば、転移直後の襲撃は避けられますから」


 グワラニー宅に全員が集合したところで、罠の可能性を示唆したグワラニーに対しアリシアはそう提案した。

 即座に二台の馬車が用意される。

 さらにコリチーバ率いる護衛隊はすべて騎馬。


「たしかに見栄えはいいうえに、安全も確保できる」


 ……だが、ここで馬車と騎馬が登場するとは思わなかった。


 グワラニーは苦笑いする。


 一方、この決定に喜んだのはコリチーバたち護衛の面々である。

 護衛隊は儀仗隊という側面があるため乗馬は日々訓練していたのだが、何事も効率性を重んじるグワラニーのもとでは移動はすべて転移魔法。

 馬車で行進という場面もなくこれまで儀仗隊としての出番はなかった。

 それが夜間ではあったのは少々残念なことではあったものの、それでも日頃の努力が報われた瞬間だったのだから、彼らの喜びはひとしおだったのは、彼らが礼服で現れたことでもわかるというものであろう。


 そして……。


「お久しぶりですね。皆さん」

「そちらこそ。生きていてなにより」


 それがグワラニーとフィーネの挨拶代わりの言葉となる。


「ところでアリスト王子はいかがしましたか?」

「アリストは……」


 グワラニーから疑い深そうな視線とともにやってきたその問いにフィーネは薄ら笑いで応じ、それからグワラニーの隣に座るホリーに目をやる。


「自分の手で妹を灰にしたのではないかという不安が原因で寝込んでいます」


 その瞬間、三人分の笑い声が上がる。

 いや。

 大爆笑といえるものだった。


「そうであれば、あれだけの一撃を撃ち込むことはなかったでしょうに。ほんの一瞬転移が遅れたら本当に灰になっていましたよ」

「それは残念」


「それに、そうなったのはあなたがあのような小賢しい手を使うから悪いのです」


「反省しなければならないのはそちらだと思いなさい」

「そうは言いますが、こちらはこちらで色々と事情があるのです」


「なにしろ私は一介の将軍。王に命じられれば戦場に赴かねばなりませんし、今回は王都から監督役までおり隣で私の行動を見張っていたのです。手抜きするわけにはいかないでしょう。それに、私だってそれ相応のものをあなたにお伝えしていたはずですよ」


 グワラニーの言葉はまさに言い訳。

 そして、フィーネの要求も含めてすべてがとても敵に対するものとは思えぬ珍妙なもの。

 その珍妙な会話はさらに続く。


「まあ……」


「お互いに死者が出なかったのですから手打ちということにしてはいただけないでしょうか?」


 そう言って兄弟剣士に目をやる。


「心配したのですよ。ですが、その様子では大丈夫のようですね」


「治癒魔法は本当に偉大ですね」

「だが、おまえのせいでひどい目に遭ったのは間違いない。相応の迷惑料を貰わねばならない」

「そのとおり。言っておくが、ひどい目に遭ったのは三人だから三人分出せ」

「賛成だ。ここは被害者全員に等しく迷惑料を出すべきだ」


 事実に冗談が混ぜこまれた話が一段落したところで、グワラニーは表情を変える。


「それで……」


「今回の要件はどのようなものでしょうか?」

「もちろんあなたと王女が元気でいるかを確認しに来た。それだけです」


「なにしろアリストがあのような状態では勇者としての仕事がまったくできません。もちろん王太子の務めが捗っているので国王や属僚たちは喜んでいるでしょうが」

「なるほど。では……」


 そう言ってグワラニーは白い紙を取り出すと、自分とホリーの前に置く。


「アリスト王子に手紙を書くことにしましょう。もちろん元気が出るような内容で」


「まあ、私としてはアリスト王子が永久に落ち込んでいただいたほうが嬉しいのですが、そちらの方に迷惑をかけた詫びとして」


 むろんホリーの生存確認の報はアリストを大いに喜ばせる。

 当然のように翌日に今度は全員が揃った状態で勇者一行がクアムートの交易所に姿を現す。

 だが……。


「私を心配して体調がすぐれなかったということですが、では、なぜ私その場にいることを知っていながら攻撃したのですか?」


「実際、転移が少しでも遅れていたら私は死んでいました」


「つまり、兄上は私を殺すつもりだったということではありませんか」


「すべてが終わってから泣き言を言っても信用などできません。批判を受けないために悩んでいるフリをしているとしか私には思えません」


 アリストに弁解の言葉を挟み込む隙を与えぬままホリーは一方的に捲し立てる。


「とにかくどういうつもりかはわかりませんが、私の生存が確認されたのですからこれからは心置きなく攻め入ることができるでしょう」


「よかったですね」


「それからもう一度言います。私はこれからもグワラニー様の隣で兄上とは戦場の反対側に立つことを宣言しておきます」


 ホリーの過剰ともいえるくらいに強い言葉に対して、アリストはモエリス平原において放った自分の攻撃にあると理解した。

 もちろんそれもなくはない。

 だが、それよりも大きな理由は乙女の戦いという、鈍感なアリストはもちろん、ホリーはいまだブラコンだと思っているグワラニーにも理解できない分野に属するものだった。


 すでにホリーはブラコンの看板を下ろし完全にグワラニーに心を移している。

 つまり、圧倒的に差をつけられているライバルのデルフィンに追いつこうと必死。


 と言いたいところなのだが、実は微妙に違う。

 ホリーも王族。

 側妃が正妃の地位を奪うのはご法度という部分は十分にわきまえている。


 つまり、現在の彼女のライバルは別にいたのである。


 アネッテ・タルファ。

 つまり、タルファ夫妻の長女。

 十五歳の彼女は見た目の年齢がほんの少し上であるグワラニーに夢中で常々将来自分はグワラニーの嫁になると言っていた。

 両親はこの年代特有の病気などと軽くあしらい、同居しているのだから当然であるのだが、その言葉が念仏のように毎日耳に入ってくるホリーもほんの少し前までは夫妻と同じように聞き流していたものの、自分がグワラニーを気になりだしてからはそうはいかなくなってくる。

 そして、その結果があの言葉ということになる。

 間接的にアネッテに勝負から下りろという母親を介しての間接的なサインとして。


 残念ながら、彼女のわかりにくいキャンペーンは、グワラニーには盛大、かつ逆方向に勘違いされ続けることになるのだが。



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