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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二十六章 東部戦線
301/375

グワラニー動く 

 旗下の全軍に戦いの準備を入るように指示をしたものの、それから五日間はグワラニーからのあらたな命はなく、各将は焦りと苛立ちを覚えていた。


 そして、六日目。

 グワラニーから再びの参集の声がかかる。

 今度は前線に近いミュネンウ城の城主アルトゥール・ウベラバも参加しての会議となる。

 前回欠席となったタルファ夫妻やデルフィン、ホリ―も出席したそこで話された驚愕の内容を語るのは実際に起こった時に回すことにして、そこで発表された布陣を記しておこう。


 第一陣。

 司令官アルディーシャ・グワラニー。

 魔術師長アンガス・コルペリーア。

 副魔術師長アパリシード・ノウト、フロレンシオ・センティネラ、魔術師二千、治癒担当魔術師二百。

 護衛隊アイマール・コリチーバ。

 同行する将軍アンブロージョ・ペパス、クレベール・ナチヴィダデ、デニウソン・バルサス、兵一万二千。

 戦闘工兵団ディオゴ・ビニェイロス、ベル・ジュルエナ、アペル・フロレスタ、六千人。

 幕僚ホリー・ブリターニャ。 

 アドリアーノ・カベセイラと交渉担当第一文官団二十三人。


 第二陣。

 司令官アントゥール・バイア。

 副司令官アリシア・タルファ。

 魔術師長デルフィン・コルペリーア。

 副魔術師長アウグスト・ベメンテウ、魔術師千五百、治癒担当魔術師百。

 同行する将軍アゴスティーノ・プライーヤ、アルトゥール・ウベラバ、アーネスト・タルファ、ジルベルト・アライランジア、アビリオ・ウビラタン、エルメジリオ・バロチナ、エンゾ・フェヘイラ、兵八千。

 ブニファシオ・イタビランカと交渉担当第二文官団十六人。


 そう。

 これはグワラニー軍の幹部クラスが軒並み前線に出るということであり、この戦いがいかに重要かを示すというものである。

 そして、グワラニーが会議の最後に語った言葉がこれである。


「第一陣は今夜動く。そして、第一陣が出陣して三日後に第二陣が出陣する」


「完璧な勝利を」


 そして、その日の深夜。

 グワラニー本人が率いる第一陣が姿を現したのはアストラハーニェとの国境からさほど遠くない魔族領の小さな町アルディアコスタだった。

 

 ただし、それよりも前にアンガス・コルペリーアと弟子ひとりカスタカ・ジルアー、そして将軍クレベール・ナチヴィダデが先行してここにやってきており、町を遠巻きにしていたアストラハーニェ軍を、魔術師、剣士の順に排除していた。

 魔法で。


「知恵者面する者の考えはどこの国のものでも同じようだな」


 グワラニーに安全の確保が出来たことを知らせるためジルアーを送り返した老人は嘲笑した。


 そう。

 これは一網打尽にするつもりでやり過ごしていた少数の先陣に仕込まれた牙に猟師が狩られるのはアマラと同じ構図。


「グワラニー殿は警戒するが、本物の知恵者などそうはいない。たとえその者が本物の知恵者でもグワラニー殿の上に行くものなどいない」


「その愚か者はそれをすぐに思い知るだろう」


 そして、約二万のグワラニー部隊の転移は一斉に転移し、移動はあっという間に完了する。

 むろんその間に現れたアストラハーニェ軍はすべて排除される。


「さすが魔術師長というところですね」

「この程度の敵を殲滅して褒められてもうれしくないな。それよりも……」


「グワラニー殿の言う知恵者というのは本当にいるのか。アストラハーニェに」

「いますね。確実に」


「一見すると罠に嵌めるつもりで失敗したように見えますが、もしかしたら、これも彼の中では計算のうちかもしれません。そして……」


「もし、これが相手の計画通りであったのなら、その計画とはこのようなものとなります」


 グワラニーはそう言って周囲を見渡す。


「まず、背後をつくには最適にも思える場所がなぜか攻勢から取り残される。しかも、そこが落とされていないことをこちらに認識させるようにして転移までできる。それなりの目がある者であれば必ずここにやってくる。それを待っていたかのように小出しに兵を出してくる。排除自体は簡単だが、敵が目の前にいる以上、転移はできない。そのような状態で孤立した場所に誘きだした強敵を釘付けにする。そのうちに主力は数の力で奥地まで侵攻し大勢を決する。策の概要としてはそういうことでしょう」


「まあ、これは私の勝手な思い込みですが」


 グワラニーはそう言って自嘲気味に笑ったのだが、実をいえばそれは凡そ当たっていた。


 アストラハーニェ王国の王都ニコラエフカ。


 敵が予定どおり現れたものの、撃滅に失敗したと報告する伝令に対し、アストラハーニェ軍の最高位にあるその男は笑みを浮かべて応じ、それからもう一度伝令に目をやる。


「旗は確認したか?」

「暗闇ですが、妙に派手な色の旗が並んでいると……」

「結構だ」


 恐縮する部下とは対照的に上機嫌なその男はアルコール入りの器を掲げる。


「まずは順調。包囲部隊の指揮を執る第二軍団司令官メレイズ将軍に伝えろ」


「予定通りとめどなく兵を送りこめ。魔術師も忘れずに加えてと」

「はあ」


 不明瞭な指示に戸惑いながら部下が出ていくと、別の世界で「アラフォー」と呼ばれる年代に見えるその男はニンマリと笑う。


「さすがだな」


「転移直後に討てればよかったが、さすがにそうはいかないか」


「本隊の転移前に斥候を送り込むまでは想像していたが、それが主力級魔術師だとは思わなかったな」


「つまり、こちらの待ち伏せを予知していたということだ。やはり、グワラニーという男は相当できるな」


「まあ、いい。どちらにしても奴らが姿を現すのを織り込んでの作戦だ。問題はない。そして、いつ来ようが、やってくれば結果は同じ。戦いが終わるまでそこに足止めだ」


「魔族はその最大戦力を運用できないままに滅びる。これぞ、タカラノモチグサレ」


 その男はこの世界にない言葉を口にして笑った。

 だが、その直後、表情が変わる。


「……それにしても、やってくるのが予想外に早かったな。開戦直後に姿を現さなかったということは勇者とぶつかったのは間違いないだろう。それにもかかわらずここまで早かったのはさすがに想定外。案外勇者とやらも見掛け倒しだったのかもしれないな」


「それとも、勇者も簡単に排除できるほどグワラニーの部隊は強いということか。どちらにしても、こうなると例の策はますます有効ということになる」


 そして、その日の夕刻のグワラニー軍陣地。


「……本当に懲りない奴らだ」


 何度目かの攻撃を撥ね返した魔術師団を率いるセンティネラが呟いた。


「だが、叩いても叩いても現れる敵の魔術師のおかげで転移できないのも事実」

「ですが、これでは魔術師を的として我々に差し出しているだけではありませんか」


「そうですね。ですが……聞いた話では……」


 老魔術師ともうひとりの魔術師団の幹部ノウトの会話に割り込むように若い男の声で言葉が挟み込まれる。


「人間の世界には畑から兵が採れる国もあるそうです。もしかしたらそれはアストラハーニェのことで、かの国では魔術師が畑で収穫できるのかもしれません」


「……ということは、本当に敵将はこの状況が作戦通り順調に推移していると思っているということなのか?」


 グワラニーとともに現れ、苦々しそうに戦況を見つめるペパスがそう呟くとグワラニーは小さく頷く。


「この様子ではおそらくそういうことでしょう」


「……つまり、敵将は我々に関する情報を手に入れ分析した。そして、ある結論に達した」


「魔族軍の最強部隊は自分たちでは絶対に勝てない相手。そうであれば戦って勝つ以外の別の対処方法を考えねばならない。そして、考えたついたのが適当にエサを与えながら我々を飼い殺しにする策」


「ただし、飼い殺しにするつもりでも討ち取る機会が巡ってくれば確実に狙っていると思います」


「それは我々が焦って転移魔法を使おうとしたとき。そして、我々はそれを利用する。そのためにはもうしばらく彼らに付き合わなければなりません」


 そして、三日目。

 グワラニーが動く。


 アストラハーニェ軍第二軍司令官アンドレイ・メレイズのもとに斥候より連絡が入る。


「……敵が南方に移動する動きがあると」

「全軍か?」

「はい」

「いよいよ動き出したか」


 伝令の言葉にメレイズは大きく頷く。


「各将軍に伝えろ」


「敵を半包囲を維持しながらこちらも移動。存在を確認させて転移させないように」


 グワラニーの部隊はまず南へ行軍を開始したものの、西へ転進する。


 そちらは魔族領。

 つまり、背後を襲うのではなく帰国か。


 アストラハーニェ軍将兵の誰もがそう思った。

 だが、これは完全な罠だった。


 アルディアコスタを北から南に東半分を包囲して待機していたアストラハーニェ軍はその包囲を維持するため、同じ動きをしたわけなのだが、当然そうなればアストラハーニェ軍の北半分は魔族軍が退去し無人となったアルディアコスタに近づくことになる。

 無人。

 だが、それはアストラハーニェの思い込みだった。


「メレイズ様。魔術師団が……」


 防御魔法を突き破った攻撃魔法が十五集団に分かれたアストラハーニェの魔術師団を覆うと、猛烈な炎が彼らを襲う。


 全滅である。


「伏兵か」


 だが、どこにもそんな兆候はなかった。


「どこに……」


 メレイズが発したその答えはすぐにやって来る。


「将軍。町の上空に多数の火球が……」

「くそっ。魔術師だけ残し、我が軍全体が視野に入るのを待っていたのか」


「このままですべて狩られる。全軍全力で後退しろ」


 魔術師団を失った時点で魔法攻撃に対して無力。

 メレイズの指示は適切だといえるだろう。

 だが、遅かった。

 そう。

 同じ頃、残りの半分となるアストラハーニェ左翼部隊も急速反転し東進してきたグワラニー軍の攻撃を受けていた。

 同行する完璧な魔術師狩りにより魔法の加護を失った敵を徹底的に攻撃魔法で叩き、最後に剣士たちによる無慈悲な掃討といういつも通りの戦い。

 アストラハーニェ軍第二軍団は何も出来ぬまま僅か八十ドゥアの間に将軍八人と三万二千を失って敗走する。

 そして、半日後メレイズのもとに再集結したアストラハーニェ軍は四万一千。

 

 元の数字から集結した者を差し引いた七万二千を一挙に失ったということになる。

 ただし、恐怖で逃亡した者も多数いるため、戦死者の数はそれよりもだいぶ少ない。

 だが、それでもすべて魔術師を失ったことは間違いないこと。

 このままでは転移を封殺できなくなり、グワラニー軍を釘付けにしておくという計画は完全に崩壊する。

 それを防ぐためにはただちに魔術師を補充してもらわねばならない。


 だが、所属の魔術師が全員死亡しているため、肝心の連絡ができない。


「伝令兵」


「近隣の部隊に行って状況を説明し魔術師をこちらへ送るように伝えろ。それと王都へ敗戦の連絡を伝えるように依頼しろ」


 メレイズは三組の伝令兵を走らせたところで呻くように指示を出す。


「包囲戦は一時中止。攻撃を避けるために、さらに後退する」


 魔術師を失ったまま包囲していてはただ的になるだけだというメレイズの判断は正しく、これは止むを得ないものであった。

 だが、伝令兵にはこのことが伝えられていなかったため、さらなる悲劇を生むことになる。


 現在アルディアコスタに釘付けにしている魔族軍を自由にしてはいけないことは攻勢開始前に何度も聞かされていた重要事項であり、メレイズの要請があればすべてに優先して協力することも各将は指示されていた。

 息も絶え絶えで到着した伝令の言葉を聞いたメレイズ軍の南の軍を指揮していた第三軍司令官将軍ヴァレリアン・ベジェックはただちに自軍から千五百人の魔術師を向けることになったのだが、彼らの転移ポイントは大幅に後退した現在の陣地ではなく、もともとメレイズ軍が町を包囲していた場所。

 そして、一セパほど遅れてもうひとりの将軍アンチェルミー・コスラが送り出した二千二百人も同じ場所へ転移する。


 だが、彼らを笑顔で待っていたのは受け入れ側であるアンドレイ・メレイズではなく、魔族軍将軍クレベール・ナチヴィダデと魔術師団幹部フロレンシオ・センティネラ、そして、ふたりに率いられた剣士二千五百と魔術師三百だった。


 なぜ魔族軍がそこにいたのか?

 むろん神でも預言者でもない彼らはアストラハーニェ軍の魔術師たちがそこに転移してくることなど知るはずはなく、偵察を兼ねた戦利品探索を目的にたまたまここまでやって来ていたという、アストラハーニェ軍にとっては不幸な偶然だった。

 しかも、グワラニーが喜びそうな文字資料もなく、敵も見つからない。

 さらに前進するかアルディアコスタに引き上げるかを思案していた最中だったというオマケまでつく。

 そこにやってきたのがアストラハーニェの増援部隊だった。

 

 むろんセンティネラの一撃で何が起こったかはわからぬまま最初の増援部隊であるゲラーシー・ナゴルスク率いる魔術師千五百人全員がこの世を去る。

 そして、まもなくあらたな客が現れる。


 アストラハーニェ軍の増援部隊第二陣となるブラジスラフ・ロブハリと二千二百人の魔術師。


 彼らもメレイズ軍の本陣近くに設定されていた転移ポイントにやってきたのだが、実体化半ばで攻撃を受ける。

 そして、転移が完了したときはその場には黒焦げになった死体が山ほど出来上がった。


 アストラハーニェ側がその深刻な事態に気づいたのは翌日の昼過ぎだった。

 メレイズからの再度の援軍要請にベジェックは激怒したものの、伝令役の少年の「自分が出発する夜まで援軍は誰一人来ていない」という涙ながらの言葉にベジェックは胸騒ぎを感じ、前日よりも後方の転移ポイントに偵察部隊を送る。

 そして、そこから前日魔術師団が転移した場所まで進んだ偵察部隊は多数の焼死体を発見する。

 むろん損傷が激しいが、これが魔族軍の兵でない以上、アストラハーニェの者であることは疑いの余地がなかった。


 その情報はすぐさまベジェックに伝えられ、さらに王都にもその情報がもたらされる。


 司令官の解任。


 王都の軍幹部は内部崩壊の火種を残すような措置でとりあえずケリをつける。


 結局のところ、アルディアコスタを敢えて残しグワラニーを誘い出すエサにするというアストラハーニェ軍の策は完全に裏目となったわけなのだが、その策の発案者の男はまだまだ余裕であった。

 いや。

 余裕があるように見せていた。


 自身の前に並ぶ側近たちの前で男が笑みを見せる。


「さすがにグワラニーに相手に完勝というわけにはいかないようだ」


「だが、グワラニーの部隊を檻に閉じ込められるかどうかが、この戦いの成否のカギを握る。どれだけ損害が出ようが続行だ」


 その言葉とともに戦局は第二段階へと入る。


 翌日、メレイズの代わりに赴任したブラドレン・ハルタの指揮のもと増援された十八万の兵と一万四千の魔術師が再びアルディアコスタの半包囲戦を始める。


 だが……。


「味方の報告をそのまま信じれば、アストラハーニェは攻撃開始の段階ですでに二千五百万人を投入している。これは我々が予想していた数よりも遥かに多い」


「相手の予想超えるものを初手で示す。策としては非常によいものです」


「おそらく開戦と同時の攻勢でそのまま押し切るつもりだったのかもしれませんが、予想外にこちらの抵抗が激しく予定通り進んでいるとは言い難い」


「ここからさらに前進をするためには新たな策が必要となりますが、アストラハーニェにはその様子がまったくありません」


 グワラニーは苦笑した。


「それだけ最初の策に自信があったのでしょうが、これが攻勢の全容なら興ざめを甚だしい」


「まあ、どちらにしても、名も知らぬアストラハーニェ軍の司令官が机の上で策をこねくり回している間に、こちらはことを進めるだけです。そして、より有利に戦いを進めるためには多くの情報を集めることが重要です。ということで、その最も簡単な手段をおこなうことにしましょう」


 その夜。

 アストラハーニェの魔術師団の宿舎や見張り場など多くの施設に一斉攻撃が始まる。


「なぜ敵魔術師の接近に気づかなかったのだ?」


 ベッドから飛び起きた新司令官ハルタはそう呻くものの、すでにその問いに答えることができる者はこの陣地にはいない。


 一方、それをおこなった者たちを指揮していた老魔術師は苦笑していた。


「これではどちらが攻めているのかとはわからないではないか」


「まあ、相応の魔法反応を感知できる者はいただろうが、それを抑え込むことができる者だけを揃えている相手を見つけるのはやはり目視による監視が必要なのだ」


 そして、老人は隣に立つ剣を抜いて出番を待つ男を見やる。


「ペパス殿。魔術師狩りに続いて、大雑把な掃除も終わった。相手は四、五百といったところだから三千もいる将軍の配下にとっては背中から斬りつけるなど簡単な仕事だろう」

「ああ」


 クレベール・ナチヴィダデとデニウソン・バルサスが率いる左右からの掃討部隊は無慈悲な仕事ぶりを披露していたのだが、ふたりと違いペパスに重要な任務が与えられている。


「腕を落としても首は落とすな」


 それがペパスの命令であり、その目的は捕虜を取ることであり、意外にあっさりとその目的は達成させる。


 兵約二百、指揮官と思われる者十二、そして……。


「……包囲部隊の指揮官まで捕らえましたか」


 ペパスからの報告にグワラニーはニヤリと笑う。

 呟きのようなその言葉を口にしたグワラニーはその直後、目の前にいる男に目をやる。


「そういうことで頼む。カベセイラ」


 カベセイラ。

 正しくはアドリアーノ・カベセイラ。

 グワラニーの配下である交渉担当に軍官であり、周辺の国すべての国の言葉に堪能な男である。

 むろんそれについてグワラニーも同様であるのだが、使用頻度が少ないため、アストラハーニェ語の細かな部分についてはやや不安がある。

 そこで自身の代わりにそれを任せるために、アストラハーニェ語がより堪能なカベセイラを今回の陣に同行させたのである。


 しかも、同行したのはカベセイラだけではなかった。

 アストラハーニェ語を解する選りすぐりの文官二十三人。

 しかも、彼らは交渉担当官。

 相手から情報を聞き出すのは造作もないこと。


「戦いは剣や魔法でおこなうものと思っている者が大部分だが、情報とそれに基づいた準備こそが勝敗を分けるのだ」


「今回はそれを実証するいい機会だ。よろしく頼む」


 グワラニーの言葉に上気した表情で大きく頷き部屋を出ていくカベセイラを見送ったグワラニーは心の中で呟く。


 ……ゲームでは必要な情報は勝手にやってくるのだろうが、実際は地道な作業と綺麗とは言えぬ方法を使ってようやく手に入れるものなのだ。


 捕らえられたアストラハーニェの将兵はそれなりの負傷はしていたが、治癒魔法によって尋問に耐えられるくらいに回復していた。


 そして、いつものように、「別の者と齟齬があったり隠し事が会ったりした場合は殺すが、有益な情報を提供したものには相応の報酬を渡し、自由にする」という魔法の言葉を最初に口にしたところで尋問は始まる。


 むろん魔族を完全に信じた者はいない。

 だが、少なくても尋問に応じなければ殺されることは間違いない。

 そして、話をすれば助かる可能性があるのも事実。


 命がかかった二択。


 それでも男気を見せて誇りを守れる者などそうはいない。


 徴兵された兵士階級の者たちがまず落ちる。

 続いて始まる中級指揮官クラスの者はさすがに多少の抵抗をするものの、兵士たちから多くの情報を手に入れた軍官たちが笑顔で特別な尋問方法を披露するとあえなく陥落。

 聞いていないことまで喋り命乞いを始める醜態を見せる。


 そして、その頃、グワラニーとカベセイラは別室で捕らえら者の中で最上位のものと対面していた。


「では、そろそろ始めましょうか。ブラドレン・ハルタ」


 むろん自身の名前を告げられたハルタは驚くものの、そこは将軍の地位にある者。

 一瞬だけその感情が漏れ出したものの、すぐさまそれを覆い隠す。


「魔族とは思えぬアストラハーニェ語。褒めてやる。だが……」


「私はアストラハーニェ軍の将軍だ。殺されるのがわかっていながら貴様たちが利することをおこなうはずがないだろう。さっさと殺せ」


 ハルタからやってきたのはわかりやすいくらいの拒絶。

 だが……。


「まあ、立場上、あなたが喋りたくないのはわかりますが、こちらもそれをおこなうために呼ばれている。どんなことがあっても喋ってもらう」


 いかなる脅しにも屈しないというハルタの強硬な姿勢が揺らいだのはカベセイラが口にした次の言葉だった。


「あなたは自分が口を割らなければ何も出てこないと思っているだろうが、そういうわけではない」


「なにしろこちらがあなた以外にも大勢の者を捕えている。その方々からの言葉がある。それをあなたからの言葉だとアストラハーニェ軍に聞こえるように喋る」


「そうなれば、故国の残った家族はどういう扱いを受けるでしょうね」


「もちろんそれだけではありません。あなたが軍幹部だけではなく国王をこき下ろし、軍の作戦や配置をすべて喋ったのでこれから大反撃をおこなうと言う」


「さらにこの世界最低の男である国王とその一族を皆殺しにアストラハーニェを開放すると宣言したブラドレン・ハルタは魔族軍の先兵としてすでに動き出しているとも」


「まあ、これだけやれば、家族はもちろん関わりのある者はすべて処刑台送りでしょうね。もちろんそこには生まれたばかりポリーナちゃんも含まれる。そして、ポリーナちゃんを含む一族は首を刎ねられたうえに王都の入口に晒され、毎日小便をかけられるでしょう。どうですか?この未来図」


「……貴様ら……」


 むろんそうならないための手段はある。

 だが、カベセイラはそれを断つ。


「言っておきますが、それは何も喋らず自害しても同じ。いや。それよりもひどいことになるかもしれません」


「少しは喋る気になりましたか?ハルタ将軍」


 自分が尋問に答えないかぎりこの場にいない者たちの命を奪う。


 別の世界の日の当たる場所でこれをおこなえば脅迫行為で確実にお縄を頂戴する。

 だが、残念ながらここは異世界。

 さらに魔族とアストラハーニェは生存をかけた戦闘中。

 自分たちの利のためならこの程度のことなどに躊躇いなくおこなわれる。


 一瞬の数百倍の沈黙後、苦々しそうにカベセイラを睨みつけたハルタが口を開く。


「……ひとつ聞く」


「喋ったら私の家族に害が及ぶことはないのだろうな」

「私はあなたがたの王がどのような人物か知りませんが、まともな人格をお持ちであればそのようなことにならないでしょう」


 ハルタの問いにカベセイラはそう答えるが、実はこれも尋問の一環。

 王の為人を知るための。

 そして、その答えがこれである。


「おまえたちがそれを公表しなければ王はそうなったとは思わないだろう」


「だから、早く聞け」


「何が聞きたい?」


「そうですね……」


 ハルタの投げやりな言葉にカベセイラは目を動かし、その視線の先で小さく頷いたグワラニーは少しだけ思案顔を見せる。

 そして……。


「まず、あなたの上官、つまり軍最高司令官の名を聞いておきましょうか。あなたがこちらの意に沿わないことをおこなったときにお手紙を差し上げる相手として」


 むろん、これこそがグワラニーにとっては肝ともいる問いの入口。

 だが、武辺の者であるハルタにはがグワラニーの意図など理解できるはずがない。

 あっさりと答える。


「アレクセイ・カラシニコフ」


 グワラニーが相手となる者の正しい名を知ったのはこのときだった。

 そして、この男がフランベーニュを旅した際に聞いた「カラシコフ」と同一人物と認識したのもこのときだった。


「ちなみに年齢は?」

「年齢は三十八。いや。三十九かな」


「若いですね。それなのにあなたの上官ですか。随分な出世ですが、もしかして大貴族の一門?それとも親が軍上層部にいるのですか?」

「いや。奴の父親も軍人だったがそれほど高い地位になかったはずだ」


「奴の地位は陛下の意志が働いている」


「昔、あの男は各国への密使を果たして陛下の信頼を勝ち得たのだ」


「なるほど。ですが、それでは軍幹部というより宰相の地位を目指すべきでしょう。なぜ軍の中核に?」

「それはよくわからない。もしかしたら父親の影響かもしれない」


「まあ、とにかく奴は陛下の軍事相談役という地位になったのだが、その後すぐに勇者とやらが登場し、続いて、アリターナより『対魔族共闘協定』の誘いがやってきた。軍は不参加でまとまっていたのだが陛下は参加を決定する。奴の言葉に乗って。だが、開戦してもなぜか攻勢には出ない。これも奴の献策。その結果がこれまでのアストラハーニェということだ。まあ、悪くない結果だ。フランベーニュの状況が噂どおりであれば」


 そう言ってハルタは笑った。

 だが、その直後、表情を一転させる。


「だが、突然対魔族戦をおこなう決定が出た。むろん奴が陛下に進言した結果だ。それだけはない。奴はこの戦いに際し、軍の最高位を要求し、陛下はそれを与えた」


「はっきり言えば、私はカラシニコフが嫌いだ」


「実際に部隊の指揮をおこなったことがない者がいきなり軍の全体の指揮を執るなどありえないことだからだ。むろん軍事の素人がその地位に就くことはある。それはその方が王族であった場合に限られ、その地位も形式上のものだ。だが、奴は平民なうえに、手に入れた権限を使って我々に命令しているのだ」


 ハルタのアレクセイ・カラシニコフに対する非難の言葉はそこからさらに続いたのだが、それを聞いていたグワラニーの耳にある単語が押し込まれる。


「指揮官気取りの奴は『バグラチオン』などという聞いたこともない名を今回の攻勢計画に与えた。これは勝利が約束された非常に縁起のいい名などと言って……」


 ハルタによれば、アストラハーニェの作戦名は春や雪解けに関わるものにするのが通例であり、造語などというものはありえないそうだ。

 だが、グワラニーにとってそんなことはどうでもよいことだった。


 バグラチオン。


 アストラハーニェの人間も知らないその言葉をアレクセイ・カラシニコフが口にし、それを作戦の名につけたという事実こそが重要なのだ。


 ……確定だ。

 

 グワラニーがそう断定した根拠となるバグラチオンという言葉。


 これは元の世界に実在した将軍の名と同じ。

 そして、その名を冠した作戦は、世界大戦の後半におこなわれたある国の大規模な攻勢計画であり、それによってその国の勝利が決まったと言えるものである。

 そのすべてを知っていれば、その名を同じような大規模な全面攻勢をつけたことを単なる偶然だったと考える者はそうはいないだろう。


 ……たしかに縁起のいい名である。


 グワラニーは笑う。


 ……だが、縁起の良い名をつけたからからと言って必ず勝てるわけではない。まして、相手が負けてやる必要など欠片ほどもない。


 ……せっかくだ。

 ……もう少し情報を仕入れてやろう。

 ……この男もアレクセイ・カラシニコフのことならいくらでも喋るだろうから。


「……ところでハルタ将軍……」


「……あなたの言葉が正しければ、そのアレクセイ・カラシニコフ氏は将軍だけではなく、前線で血と汗を流している指揮官たちから好かれていないように思えますが……」


「そうであれば実力で排除してしまえばいいではありませんか?たとえば、魔法で……」


 グワラニーが口にしているのはアレクセイ・カラシニコフの暗殺。


 もちろんこのようなことを口にすれば相手は警戒する。

 だが、これは話の流れに乗ったものであり、なによりもハルタ自身がアレクセイを嫌っている。

 そう心配することではないと判断したうえのことである。


「……少々言い過ぎましたね。すいませんでした」

「いや。実際実行した者はいる。山ほど。だが……」


「すべて失敗した。奴は剣の達人であるうえ魔法を使えるのだ」


「しかも、頭は切れるうえに用心深い」


「暗殺での排除は難しい。そうなれば、戦闘中に死んでもらうしかない。だが、奴は王都から動かない」


 グワラニーはハルタの言葉に話を合わせながら、心の中でそう呟いた。


 ……知識はある。

 ……洞察力もある。

 ……さらに剣の腕と魔力もある。

 ……ただし、前線での指揮経験はない。


 ……さらに、部下となる将軍クラスの者からの人望もない。


 ……後方の安全な場所から命令することが好きな者ということか。


 ……つけ込む隙は十分にありそうだが、前線での指揮能力があるかどうかは実際にその様子を見ないとなんともいえない。

 ……安易な判断はすべきではない。


 ……それよりも……。

 ……暗殺に複数回失敗しているということは、魔術師だけではなく剣士としても一流ということだろう。ここは要注意だな。


 ……まあ、あまりアレクセイ・カラシニコフのことばかり聞いているとこちらの意図に気づかれる。

 ……そろそろ別の話にいくか。


「アストラハーニェでは私の部隊をどうする予定だったのですか?」


 これは具体的な作戦についての質問となるだが、部隊は全滅し指揮官が捕虜となっている以上、事実上その作戦は破綻している。

 つまり、話をして問題になることはない。


 少なくてもハルタはそう判断した。


「安易に手を出しても殲滅させられる。距離を取り、存在感を示しながら取り囲んで転移を防ぎ、さらに動きを止める。その間に他の部隊は王都まで侵攻する。これが作戦の大枠だ。まあ、おまえならその程度のことは見破っていただろうが」


「ついでに言っておく。おまえたちの軍の足止め。これは非常に評判が悪い。魔術師の浪費として。むろん陛下の耳にも入っているだろう。これだけ失敗が続けば作戦は中止になるのは間違いない。いくら奴が陛下のお気に入りでも」


 ハルタはそう断言した。

 だが、ハルタのこの言葉は外れる。


 派遣した一万四千の魔術師は一晩は全滅。

 増強されたはずの兵もその多くを失い、指揮官ブラドレン・ハルタも行方不明。


 カラシニコフはその報を聞いて驚くものの、これは侵攻作戦の成功の根幹といえるもの。

 グワラニー軍の包囲はやめられない。

 いや。

 やめてはならない。

 もし、ここで止めれば、今までも被害など芥子粒くらいに思える大被害がやってくる。


 それを知っているカラシニコフは周囲の反対を押し切ってさらに魔術師を送り出す。

 だが、再び失敗し壊滅。


 翌日。


「今日は少し話しにくいことを聞かせてもらいます」


 そう切り出したグワラニーはハルタに尋ねたのはもちろんアストラハーニェ軍の全容についてだった。

 それに対し、拒む気は完全になくなったらしいハルタは短い前置きをした後、話を始めた。


「……カラシニコフが軍の長になる前の計画では国境に配置されていたのは千五百万。魔族軍の前線を抜くにはあれで十分ということだった」


「そして、その後方にさらに一千万。これが本来の予備部隊であり、さらに決定的な場面における決戦予備が五百万。私はそこの一部隊の指揮官だった」


「これだけの数を投入しても全く抜けない。となれば、当初の予定どおりやっていたらさらに酷いことになっていた。そう考えれば、全軍を一挙に投入するという奴の言葉が正しかったということになる」




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