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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二十六章 東部戦線

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忌まわしき東部戦線 

 魔族とアストラハーニェとの長い国境の主要部分すべてとされる千アケト、別の世界での約一万キロとなるとてつもない長さの戦線で一斉に始まった大攻勢。


 むろん一方向にだけ兵を集中できるアストラハーニェと多数の戦場を持つ魔族では動員できる数はまったく違うことは魔族軍も予想をしていた。

 それでも対応する兵数を確保することによって敵に攻勢の意志を持たせないというのがこの方面に対する魔族軍の方針だった。

 さらに予備兵力として自軍最強部隊を配置することによっていざというときにも対処できる。


 そのはずだった。


 だが、全面攻勢に出たアストラハーニェ軍は前線からの報告を信じれば自軍の二十倍。

 このような報告は大概大袈裟になるため、相応の割引が必要となるが、それでも十倍は堅い。

 ただし、このような防衛戦では相手の数は完全に把握できるまでは最大と見るべきで二十対一として策を講じるというのが常道。

 そして、この二十倍という数字を使用した場合、魔族軍が豪語する敵味方の損出割合である五対一というキルレシオを使用しても、まったく足りない。

 さらに、悪いことに、このようなときのために温存していたグワラニーの部隊は接近する勇者一行との戦いで動けない。


 圧倒的な数の敵。

 あてにしていた援軍は来ない。

 

 ……まさにあの大戦末期のソ連の大攻勢を受けるドイツ軍だな。名は……。


 ……そう。バグラチオン作戦だ。


 クアムートに戻りバイアから報告を受けるグワラニーは心の中で眠っていた記憶からその言葉を引っ張り出しそう呟く。


 個々の優位性や小細工など一切通用しない圧倒的な数の差での戦い。

 戦いは数でやるものと考えるグワラニーの理想的な状況といえる。

 だが、それは俯瞰して史実を眺めるときや、自身が攻勢に出ているときの話であって、守勢側に回った場合にはこれほど遠慮したい相手はいない。


「最初の段階で我々に出動命令が出ていればすぐに例の策を実行できたのですが、連絡がもなく、挙句の果てにコンシリアが来て余計なことをしたため敵味方が入り乱れて戦っている状況です。さすがにこうなっては手の打ちようがありません」

「わかっている。だが、勇者に対峙できるのは我が部隊のみであるのも事実であり、勇者の状況がわかるまで我が部隊に出動命令は出せなかった王の気持ちも十分に理解できる。それに、それだけの数の差がありながら全面崩壊にならず短期間に立て直しに成功したのはコンシリアの指揮官としての力量のおかげということだろう。いずれにしても、事態はこうなっているのだ。早急に別を策を講じるしかないだろう」


 バイアの恨み節のようなぼやきにそう返して地図を睨みつけていたグワラニーだったが、ある場所に目がいったところでニヤリと笑う。


「各将軍は?」

「前線に近いウベラバ将軍以外は全員クアムート城に集めています」

「明日会議をここでやる。集めてくれ。それと……」


「タルファ夫妻にすぐに来るように伝えてくれ」


 翌日のクアムート新市街地にあるグワラニーの自宅。

 その一室はこのような会議ができるよう設えられていたものの、いつものはクアムート城のホールを使っているので、実質的にこの部屋での会議は初めてということになる。

 そして、菓子や軽食が置かれ、それを摘まみながら討議するということも珍しくはないグワラニー軍の会議だったが、今日ばかりは茶が出ただけというのは事態の重さを感じさせるものだった。

 もっとも、それはいつも菓子や軽食を用意するアリシアが夫とともに会議を出席していなかったということが大きな理由だったのだが。

 さらに副魔術師長のデルフィンも欠席。

 その恋のライバルも。


 全員の視線が集まる中、グワラニーが口を開く。


「さて、事態の概要は聞いていると思いますが、今回の敵は手ごわいです」


「そして、その中でも最も考慮すべきはアストラハーニェの総司令官。我々と勇者が衝突した頃合いを見計らった攻勢をかける。これひとつとってもは相当曲者と思われます。そのような者ですから、救援に来た我々が背後を狙ってくるのは予想していることでしょう。そして、我々が転移してきたところを一撃で仕留める罠を用意しているはず」


「ですが、これは……」


「我々はすでに経験し、さらに対抗策を用意している」


「相手が用意した罠に乗ったふりをしてそれを利用し、周辺の敵を排除したうえで拠点を確保する」


「勇者が再び姿を現すまでに結果を出さなければならない我々にとってこれは絶対に必要な一手ということになりますが、相手はそれに対する対抗策を用意している可能性もあります。そのために今回はもうひとつ背後を突く策を用意します」


 グワラニー自身の言葉を嘲るように笑う。


 ……まあ、それはあちらの返事待ち。

 ……そして、うまくいかなかった場合にはあれを使うしかない。


 グワラニーはあの場で王とガスリンに要求したもののひとつ。

 それはあることに関する命令書である。

 そして、その命令書にはこのようなことが記されていた。


 それをおこなわなければ敵の侵攻を防げないと判断した場合は、グワラニーは味方の将兵がどれだけ巻き込まれようと躊躇いなく攻撃を実行せよ。

 なお、その場合に生じて損害の責任はグワラニーではなくすべて王と総司令官が負うものとする。

 敵の侵攻の阻止。

 それが我が国にとって最も重要なことであること肝に銘じて行動せよ。




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