クアムート攻防戦 Ⅳ
指揮官たるベーシュによって決定された夜明け直後におこなう総攻撃に備えて側近たちも眠りについてまもなく。
魔法攻撃に備えて何重にも張り巡らされていた魔術による防御を突き破り飛び込んできたものによってノルディア軍本営の陣地全体が猛火に晒される。
この最初の一撃ですでに本営にいたすべての魔術師と総司令官ベーシュをはじめとした八千人の兵の半数以上の者が命を失っていたのだが、続いてやってきた先ほどよりもやや小型の火球によって生き残っていた者の半数も炎に包まれて絶命し、残りもどうにか生きているもののひどい火傷を負った。
所用でその場を離れていたため偶然難を免れた本営の残った最後の将軍アンネシュ・ラッハが損害の確認と負傷者の手当を命じようとしたときだった。
ラッハは見た。
迫りくる完全武装をした魔族の戦士の姿を。
これは先ほど語りあったときに絶対にありえないと誰もが触れることがなかった魔族兵の襲撃。
そして、ラッハは呻く。
「……くそっ。夜襲。これが奴らの策か」
「……ということは、あの情報は我々を陣に留め置く工作……」
もちろんそれはノルディア軍の本営だけではなかった。
西の街道の布陣していたノルディア軍三千人は苛烈極まる一撃でほぼ壊滅し、直後に姿を現した二百人の魔族軍がおこなったのはもはや戦闘などとは呼べない簡単な掃討戦だけだった。
「……なんだ。もう終わりか。つまらん戦いだ。いや、これでは戦いでもないな」
本営を襲撃するペパスからその一隊の指揮を任された騎士団長の地位にあるフェルナンド・セーハがそう呟くほどに。
そして、ノルディア軍の悲劇は彼らの最強の手札である人狼軍の陣地でも起こっていた。
この夜最初の一撃となった巨大な火球によって多数の死傷者を出して大混乱中の人狼部隊にそれぞれ四百人の兵を率いたウビラタンとバロチナが左右から襲い掛かる。
普段なら対等な戦いをおこなう魔族と人狼。
だが、このときにはそのための条件が完全に崩れていた。
ほんの少し前までやってきた魔族の十倍以上の数がいた人狼はその戦闘が始まったとき、すでに敵とほぼ同数となり、そのすべてが戦闘に耐えられるとは思えぬくらいの火傷を負っていた。
さらに、指揮系統の混乱が加わる。
人狼軍は昼間の戦闘で部隊の指揮官フェストが捕虜となり、その副将たる十人のうち六人の将軍も行方不明のまま。
しかも、残った四人の副将のうちベーシュによって筆頭指揮官に指名されていたエーリク・クロクスタと、同じく次席指揮官とされたダニエル・コダルがともに先ほどの攻撃で死亡してしまい、再び指揮系統の頂点が消える。
そうなると、もうその混乱は止まらない。
応戦するか逃走するかで揉め、敵を目の前にして残ったふたりの将軍ガイル・メースとエスペン・リューカンが口論を始めるという失態を演じる。
当然、魔族軍はその隙を見逃すはずがない。
一方的な殺戮。
それがそこでおこなわれたことを表現するのにもっともふさわしい言葉であろう。
夜が明けて魔族軍が悠々と引き上げたとき、三つの陣地に残っていたのはおびただしい数の死体。
しかも、一方の側だけのもの。
ノルディア軍は全滅した。