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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第一章 黄金の夜明け
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黄金の夜明け Ⅲ

 グワラニーの言う覇道への道。

 それは当人たち以外にとっては意外といえる場所から始まる。


 その場所。

 それは一年前まで魔族が支配していた旧魔族領。

 そこにある町のひとつに入植を始めた人間たちの間である噂が流れ始めたのは彼らが行動を起こすと宣言してからしばらく経ってからのことだった。

 曰く、この地で殺された魔族の幽霊が集団で現れる。

 その町から始まったその噂は瞬く間に入植地全域で広がったものの、為政者たちは当初その噂に関わることを避けた。


 相手は邪悪な存在である魔族。

 それくらいのことがあってもおかしくない。


 それがその理由だった。

 もっとも、それは表向きのことであり、本当の理由は別にあった。


 自分たちが行動を起こせば話が大きくなり、せっかく軌道に乗り始めた入植事業に支障を来たす。

 それは、進軍の足枷となっている物資輸送、その際たるものである食料を本国からの送り届けなくても済み進軍速度の大幅な改善が可能となる画期的な現地調達計画に影響する。


 もちろん入植計画の遅延が悪影響を及ぼすのはそれだけではない。

 それはもう少し未来の、国家にとって非常に大事な話についてだ。


 入植者がいるということはそこがその国のものであることを証することになり、魔族との戦いが終了後おこなわれる領地分配交渉時に有利に働く。

 逆に言えば入植者がいなければ必ずしも自国のものになるとは限らないということだ。


 つまり、入植事業の失敗は魔族領に侵攻しているライバルたちに多くの意味で後れを取ることと同義語であり、絶対に許されないことなのだ。


 そのような口には出せない事情により、とりあえず聞こえなかったふりをして放置しても問題なかろうというのが為政者たちの結論であった。


 そんな彼らが幽霊の行動に不審を抱き始めたのは、幽霊たちがかなりの距離を歩いて移動しているという報告を受けてからである。

 しかも、次々と入る報告を注意して眺めれば、その幽霊たちは間違いなく元から人間が支配していた地域を都に向けて進んでいる。


「これは魔族の反撃かもしれない」


 そう主張する者も出始め、念のためという言葉をつけて渋々討伐を兼ねた調査に乗り出した。


 だが、なにしろ相手は幽霊。

 目が合うと戦うことなく消えてしまうので刀や槍では有効な対処はできない。

 結局存在を確認したことを唯一戦果として、これまでと同じように幽霊の動きを注視するということで決着することになった。


 それからしばらく経ったある日。

 魔族の国の王都郊外の屋敷。

 その執務室でその屋敷の主が目の前の男に言葉をかける。


「どうやら奴らは幽霊を放置することにしたらしい」


 皮肉をたっぷりと利かせて主が聞かせた妙な噂として人間たちが支配する各国の都で流れているというその情報に大きく頷きながら、その男は少しだけ思考する。


 ……その内容とその速さ。そのどちらから考えてもこの情報は捕虜から手に入れたものではない。

 ……つまり、出どころは大海賊ワイバーンか。


 敵国の王都に流れる噂話。

 それをグワラニーがこうも早く手に入れている。

 それが得られるルートである魔族の唯一の交易相手で、魔族の国の金や銀で人間社会の貨幣がつくられ経済が回っているというこの世界の歪な現象を成立させている組織の名を心の中で口にした男だったがそれを主に確認することはない。

 なぜなら、ふたりにとってそれは当たり前のことであったのだから。


 もう一度頷いてから男の口が開く。


「まあ、捕まえることができず、そうかと言って失敗を認めるわけにはいかない以上当然そうなるでしょうね。ですが、これでますます計画が進みます」


 男の言葉に今度は主が頷く。


「そうなるな。私の計画の根本となるこの作業の最中に邪魔が入ったらと少し心配していたのだが、どうやら気づかれずに完了できそうだ。だが、これだけ盛大に祭りを開催しているのにこちらの目的に辿り着く者がいないとは人間側も案外できる人材がいないようだな」

「つまり、我々とレベルは変わらない。勇者がいるかいないか。それが今の彼我の状況というわけですか」

「ありがたいことにそういうことのようだ」

「ありがたいことに……いい表現です」


 楽しそうに会話する人間の姿をしたふたりの魔族。


 そう。

 実を言えば、このふたりこそ今回の幽霊騒動の張本人。


 そして、ふたりがこの幽霊騒動を起こした目的。

 それはそのひとりであるグワラニーがこれからおこなう壮大な計画の核となるある上級魔法を有効にするための準備だった。


 転移魔法。


 その魔法は現在の場所から一瞬で他の場所へ移動できる便利なものなのだが、この世界においてそれを発動させるためにはある条件をクリアしなければならなかった。


 術者が転移先の地に足をつけたことがあること。


 それがその条件であり、それはすなわち未知の場所への移動にはこの魔法は使えないことも意味し、勇者が時間をかけて魔族領を徒歩で移動しているのもこのためである。


 旧魔族領だけではなく元からの人間領、それどころから魔族領に侵攻している六か国の都周辺にまで多数の印がつけられた大きな地図をテーブルの上に広げた側近の男がもう一度口を開く。


「各地を放浪した経験を持つ老師たちの協力もあり、まもなく我々が抱える魔術師は旧魔族領にある町の大部分に転移できるようになります。人間領のすべての地点も同じようになるにはもう少し時間がかかりますが、まあ予定通りといえるでしょう」

「結構だ。それで、もうひとつの準備の方は?」

「……もちろん順調です。実戦経験は当然少ないですが、訓練量と軍律を遵守する精神ならば最高レベルとなっていることでしょう。いつでも出撃可能です。ですが、ことを始めるのはあくまで核の部分である転移魔法の準備が完璧にできてからのことです。焦って動き出しては、すべてが水泡に帰します」


 着飾った言葉による報告とささやかな注意喚起。


 バイアの言葉にグワラニーは満足するように頷き、それから少しだけ言葉を添える。


「そのとおりだ。我々の部隊は規模も小さく実績もないため将軍たちに見向きもされていないが、戦力と見なされていないため訓練と準備に十分な時間が取れる。皮肉なものだが、その利点は大いに活用させてもらおうではないか」


 そして、さらに時間が過ぎ、彼らが必要としていた準備がすべて終わった日の二日後。

 遂に始まる。

 それが。

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