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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二十六章 東部戦線
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動き出す大熊  

 戦場離脱を決定したグワラニーは軍を二隊に分ける。

 一隊はその大部分で、目的地はクアムート。

 そちらに属するアリシアにはクアムートで留守を預かっているバイアへ報告を頼む。

 そして、グワラニー自身はアンガス・コルペリーアとデルフィン・コルペリーア、コリチーバの護衛部隊とともに王都に向かう。

 今回の戦いの報告をおこなうために。


 だが、王都にやってきたグワラニーはすぐに異変に気づく。


「何かあったな」


 同じくそれに気づいた老魔術師が呟く。


「……さすがに勇者襲来ということではないだろう。となれば、考えられるのはもうひとつということになるな」


 グワラニーはその言葉に頷きながらも内心驚く。

 

 いずれ動くことは想定はしていた。

 だが、ここまで絶妙なタイミングでことを始めるとは思わなかった。


 それがグワラニーの心の声となる。


 王都イペトスートに到着したグワラニーは王宮の一室で王を待つ。

 だが、その部屋はいつもの部屋は違うどちらかといえば王の私室に近い部屋だった。

 それだけ事態の対応で王都は混乱しているのだろう。


 やがて、王とガスリンがやってくる。

 ただし、いつもはそこに加わるコンシリアはいなかった。


「遅くなって済まない」


 王の来室に立ち上がるグワラニーを制して王はそう言い、自らもすぐに座り、すぐさま報告が始まる。


「見当はついているだろうが東の田舎熊が侵攻を始めた」

「規模は?」

「すべての国境だ。コンシリアが出向き、防衛戦の指揮を執っている」


 そう言って王はグワラニーを見る。


「つまり、戦況は副司令官のコンシリアが出向かなければならないくらいの状況だ」


「本来であればおまえの軍をすぐさま投入したかったところなのだが、西は忌々しい勇者がいる。勇者を倒せるのはおまえの軍だけである以上、東にはおまえの軍は向けられなかった」


「ここまでがおまえがいなかったことに起こったことの概要だ。それについてはもう一度話すことにするとして……」


「今度はおまえからの報告だ」


 王はその言葉と視線でグワラニーに発言を促すとグワラニーはそれに応じるように一礼し、話し始める。


「すでに速報は届いていると思いますが、それに続くものとして重要情報があります。偵察のために再び戦場に戻りましたところ、勇者一行の姿はありませんでした」


「そして、周辺に前進した痕跡がないことから勇者は一旦後退したものと思われます。速報どおり勇者一行のひとりが重傷を負ったことは確認していますので、それがその後退の原因だと思われます」


「勇者一行の中に高度の治癒魔法を使える者がいるにもかかわらずの撤退。それを踏まえてもう少し踏み込んで話をすれば、その者は死亡した可能性もあると思われます」

「ちなみに誰だ?」

「勇者とともに剣を振り回す兄弟剣士のどちらか」


「そして、この件について進言したいことがひとつ」


「先日のガスリン総司令官がおこなった転移避けをさらに進歩させた策があります。それを使用すれば転移による前進が避けられるうえ、貴重な魔術師を前線に張りつけておく必要がなくなります」


 そう前置きしグワラニーはその策を述べた直後、ガスリンが立ち上がり部屋を出ていった。

 すぐさまそれをおこなうよう指示するために。


 怪しげな退室の許可とともに出ていくガスリンを苦笑いしながら見送った王だったが、その直後表情を急変させる。


「ここからはガスリンが戻ってくるまでの雑談だ。だから、率直に話せ」


 王はそう前置きしてから口にしたのは、とても雑談とは思えぬ内容だった。


 ……勇者に勝てるか?


 王の問いをグワラニーは心の中で復唱した。


 根拠のない勇ましさを口にする。

 事実を述べる。


 ふたつを天秤にかけたグワラニーは思考を巡らす。

 そして……。


「おそらく今回が勇者を討てる最後の機会でした」


 それがグワラニーが下した判断。


「相手はあのアリスト・ブリターニャ。必ず対策してくるので次回は今回の手は使えない。ですが、あれ以上の手は私には思いつきません」


「つまり、勝つ望みはないと?」

「戦って勝つことは間違いなく無理でしょう。ですが……」


「ひとつだけ案は思い浮かんでいます。もちろん絶対というものではありませんが……」


「それは人質を取り、交渉すること」


「つまり、おまえのもとにいる王女を交渉の材料にするとか?」

「いいえ。それはないですね。今回私が王女を盾にしているのを知っていながら王太子は渾身の一撃を撃ってきましたから。ですから、そのときに人質にするのは……」


「ブリターニャの王都サイレンセスト」


「つまり、王ということか」

「王。それから王都に住む民です。さすがに降伏しろとは言えませんが、和議ということなら通用するかもしれません。ですが、この手は勇者がサイレンセストに戻れないという状況でなければ使えません。つまり、勇者もイペトスート攻略に手をつけたところではじめて動けるものです。そうでなければサイレンセストへの移動中に待ち伏せされ一撃。それで終わりですから」


 その言葉を直後、物凄い音とともに満面の笑みのガスリンが戻り、王とグワラニーの話はそこで終わる。

 そして、話は先ほどの続きとなる。


 グワラニーが口を開く。


「東から熊の大軍。そして、西からは勇者。さすがにこの両者を同時に相手にするのは難しいです」


「ですが、時間差をつければ、同一戦力で両者と対峙できます」


「そして、先ほど示したものは勇者が魔法での移動を防ぐもの。これによって我々はしばらくの間、勇者のことを気にせず、熊狩りに専念できます」


 グワラニーはそう言ったところで言葉を止める。

 そして、王を見る。


「戦線が広いため、勇者が再び姿を現すまでに熊を狩り尽くすのは無理ですが、数を減らすことはできますが……」


「それにあたって……」


「陛下とガスリン総司令官にいくつかお願いしたいことあります」


「それは……」


 会議は終わり、退室するグワラニーは心の中で呟く。


 ……異世界の英雄譚であれば、敵は一集団。そして、その敵を倒したところで次の敵が現れる。

 ……だが、現実はこれだ。

 ……地理的条件があるとはいえ、戦線がいくつもあるだけではなく、正面と背後、ふたつの集団と同時に戦うなどということまで起こる。

 ……あれだけ敵を減らしたにもかかわらず。


 そこまで考えたところで、グワラニーは薄く笑う。


 ……いや。

 ……ここはここまで敵の数を減らしたから、ふたつで済んでいると考えるべきか。

 ……そうでなければ、勇者の足止めなどではどうにもならなかったのだから。


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