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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二十五章 大いなる茶番
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楽しきかな、この悪巧み  

 クアムート。

 正確にはグワラニーが新しく造営したクアムート新市街地にある自身の屋敷の一室。

 グワラニーとともにテーブルを囲むのはバイア、アリシア、それからアンガス・コルペリーアとデルフィン・コルペリーア。

 むろん集まった理由は勇者と戦いに関するもの。

 といっても、グワラニーが用意していた対勇者の策、その概要を初めて聞くのはアリシアだけだったのだが。


 つまり、どう戦うかはすでに決定していたのである。

 だが、問題がなかったわけではない。


 問題となるもののひとつが迎撃する場所だった。

 グワラニーが用意していた策を用いるには勇者たちが隠れることができるような場所がない草原地帯が望ましい。

 たとえば、「ダワンイワヤ会戦」の主戦場であるグルナッシェ平原のような。


 実をいえば、グワラニーはこのグルナッシェ平原を迎撃場所と考えていた。

 そこに勇者を誘引する策も用意されていた。

 だが、ブリターニャ内部の事情によりそこが戦場になってしまったために、やむなく選定をやり直した。

 そのような隠された真実が存在する。


 そして、それ以上に問題なのはどこまでやるかということであった。

 その言い回しでは敵である勇者に対して手加減をすると聞こえるのだが、まさにそのとおり。

 それがこの策をおこなううえでの肝といえるものであった。


 そのすべてを聞き終えたところで、アリシアはグワラニーを見やる。

 続いて、その場にいる残りの三人に視線を動かす。

 それから、ため息をつく。


「……もしかしたらそのような考えを持っているかもしれないとは思っていましたが……」


 アリシアの口から漏れ出した言葉。


 ……つまり、すべてを理解したということですか。


 大きく頷いたグワラニーが応える。


「一応言っておけば、この話を知っているのは私たち四人。そして、アリシアさんが五人目であり、ペパス将軍やプライーヤ将軍もこれについては知りません」


「ついでにいえば、当然これが発覚すれば確実に処刑対象。ですから、これについては計画に参加するかしないかの選択権をアリシアさんに与えなければならない義務が私には……」

「不要です」


 グワラニーの言葉を遮ってそう言ったアリシアはそう断言した。


「私も私の家族もグワラニー様に拾ってもらった身。最後までお供します。ただし、孫の顔を見るまでは死ぬ気などないので完全に成功するよう努力させていただきます」


「それに……」


「このような大きな悪事を働くことは心が躍るではありませんか」


 グワラニーはアリシアの、彼女に不似合いなその言葉を頷くものの、やはり気にはなる。

 同意とは逆の言葉をもう一度加える。


「今聞いた話を口外しないことを条件にしてもらう以上のことは求めませんが」


 これはグワラニーなりの誠意というところだろう。

 だが……。


「いいえ。是非参加させてください」


「グワラニー様が開くあたらしい世界に」

「グワラニー殿。喋ったうえで知らないふりをしろというのは無理な話だ。それに本人がこれだけ言っているのだ。いいではないか」

「私も魔術師長の意見に賛成します」


 アリシアの言葉に老人と最側近が口を揃え賛意を示し、デルフィンも小さく頷く。

 やむを得ないという表情をグワラニーは顔全体で表現する。


「わかりました。では、アリシアさんには共犯者になっていただきましょうか」


 そして、それに対しアリシアは少女のような笑顔でこう応じる。


「いいえ。主犯で」


 グワラニーが持ち込みこの世界の言葉に直された言葉を使って同意すると、アリシアはその対になる言葉で応じ、その言葉を復唱するグワラニーの言葉で五人目の首謀者になった。


 勇者に王都を落とされ王をはじめ幹部たちがすべて消えた魔族の国をグワラニーが統べ、現在の国境を維持してすべての国と休戦する。

 そのうえで、金や銀と中心とした鉱物資源と小麦をはじめとした農産物の供給と、一国単位で考えれば圧倒的な人口による購買量。

 つまり、経済によってこの世界を支配する。


 独立は認め自由裁量権も与える。

 だが、供給と需要、双方を抑えられた国がどうなるかはノルディアを見ればあきらか。

 人間の国は見えない鎖で縛られた属国となる。


 それがグワラニーは口にした勇者との戦いの先にあるもの。


 ……単なる軍人ではないと思っていましたが……。

 ……見ているものがまったく違いますね。

 ……そして……。


「……ここまで聞いてしまってはもう引き返せませんね」


 アリシアは苦笑する。


「生き残るためにはすべてを成功させなければならなくなりました」


 そう言いつつ、実を言えばアリシアはあまり心配していなかった。

 ひとつを除いて。


「私の目には戦い方も完璧に見えました。ただし、こちらの望む場所で勇者一行を迎え撃つことができるのかはわかりませんが」


 アリシアが口にしたそれをグワラニーが苦笑で応じる。


「そういうことです。私たちが迎撃できるのはガスリンとコンシリアの子分たちが失敗した後になります。子分たちが早々と負けてくれれば戦場の設定はこちらの手のうちにあるわけですが、グズグズと下がりこちらの希望した場所が使えないというのが一番困るわけです」


「つまり、私たちの最初の仕事は、総司令官と副司令官の配下の方々が早々に退場していただくようにするということですか?」

「そういうことです。それから、もうひとつ」


「我々を含めて軍が西側に集中したところで、背後から東の田舎熊に襲われること。これも注意すべきことでしょう」


 予兆のないなかでグワラニーはそう言ったその理由。

 それは……。


「フランベーニュで注意すべき情報を掴みました」

「それは?」


「その地位自体はわかりませんが、アストラハーニェには非常に有能な軍師がいるようです」


「アストラハーニェの軍がこれまで多くの機会がありながら動かなかったのもその軍師の意向でしょう」


「そのような者なら我々と勇者が噛み合うその機会を逃さない」


 むろんグワラニーの言う軍師とは、フランベーニュを旅しているときに盗賊たちが自分たちの本拠地に「狼の巣」という名を与えたというカラシコフ、またはカラジコブと名乗った男のことである。

 そして、別の世界の中でも特別な知識を持った者でなければ知らぬ「狼の巣」という単語を口にしたことから、その者はほぼ間違いなく自分と同胞、そして、相応の軍事的知識を持った者。

 それがグワラニーの見立てである。


 ……戦術に詳しい。

 ……自分が飛ばされたと思われるあのバーにいたミリオタ連中なら十分にあり得る。


 ……あれから六十年、さすがに六十歳で放浪の旅に出ているとは思えないので代替わりということなのだろうが……。

 ……簡単に「狼の巣」という言葉が出るということは父親から相当の知識を授けられた者ということになる。

 ……さらにその知識に加え、外に出て見聞を広めている。

 ……気をつけなければならない。それにしても……。


 ……巷に広がる冒険譚では、敵は正面のひとりだが、現実はこのようなものだ。


 自身ですべてを完結したグワラニーは大きく息を吐き、それから口を開く。


「とりあえずまだ兆候もないことより目の間の面倒ごとを片付けることにしましょう。それで……」


「ガスリンとコンシリアが早急に軍を動かすように仕向けるよい策はないでしょうか?」

「それこそこちらが戦いたい場所を設定してしまうのはどうだ?」


「……グワラニー殿が戦う場所をを指定してしまえばガスリンたちはその前に決着をつけざるをえなくなるだろう」


 そして、魔術師長の献策を採用したグワラニーはすぐに動き出す。


「我が部隊の活躍により、国境の多くが休戦地域になったため、以前は神出鬼没だった勇者の行動は推測しやすくなりました。しかも、以前なら遠回りしてでも多数の敵が駐屯する場所に現れていた勇者があきらかに直線的な進路を取っている。一刻でも早く王都につくことが目的であるかのように。そうなれば、なおさら現れる場所どころかおおよその予定日も推測できます」


「これだけの好条件が揃っていながら、この時点でも迎撃部隊を出撃させないというのは、勇者の強さに臆したとしか思えない腰抜けだけができるすばらしき所業。まあ、司令官、副司令官には必勝の策を策定中なのでしょうが、傍目にはそう見えてしまうのも事実です」


「ですが、心配は不要。なぜなら、こういう事態になるのではないかと、すでに我が部隊をモエリス平原に展開させ迎撃の準備を入っていますので。ですから、おふたりはゆっくりとあるかどうかもわからぬ必勝の策を考案することに専念しながら、我々が吉報を持ち帰るのをお待ちいただきたい」

 

 これが王の前でグワラニーがガスリンとコンシリアに対して口にした言葉となる。


 もちろん激怒したコンシリアはすぐに自身の部隊を迎撃に向かわせると公言したが、それはガスリンも同じ。

 ふたりとも自身の配下のなかでも虎の子ともいえる歴戦の将兵をかき集めすぐさま部隊を編制し勇者の鼻先へ向かわせるものの、戦いはあっさりと決着し、ガスリンとコンシリアは再び面目を失う。


 だが、勇者の位置を確認するために派遣された偵察部隊が驚くべき情報を持って帰る。


 勇者が姿を消した。


 そして、その情報を聞いた瞬間に動いたのはガスリン。

 魔術師たちを派遣し、勇者たちが歩いてきた街道を転移避けで覆い尽くしたのだ。

 これによって次の戦いのための準備をするためランバイエにまで後退していたアリストたちの予定は大幅に狂う。

 転移魔法が使えず、再び自身の足で進まねばならなくなったのだから。


 そのやり場のない怒りの矛先は、この件については完全に無実のグワラニーへと向けられる。


「このようないかにもアリストがおこないそうなつまらない小細工を弄するのはあの男しかいない」

「まったくだ。さすがアリストの同類だな」

「俺たちに迷惑をかけるのはアリストひとりで十分だ。次会ったら必ず殺す」


 自分の名前が連呼されることに顔を顰めていたアリストは三人の若者の言葉がネタ切れになったところで口を開く。


「結局私たちは自分たちが下がっても相手は前進してこないという前提で後退していたわけですが、これは明らかな油断でした。そこで今後はそれを改め、フィーネか私のどちらかがその場に残る。そうすれば、今回のような事態にはならないはずです。ですが……」


「ある意味幸運だったとも言えます。我々の油断を利用し、転移魔法でやって来る我々を待ち伏せし、転移直後に討ち取る絶好の好機を逃したわけなのですから」


 アリストの言葉に頷きながらフィーネは思う。


 自分たちは常勝。

 アリストだけではなく自分にもどこかで驕りがあったのだと。


「それで、早速再出発しますか?」


 短い沈黙後フィーネからやってきた問いにアリストはこう答える。


「いいえ。全員で後退できるのは魔族の王都を落とすまでできないわけですから、この機会に十分に休養を取り、ついでに一度グワラニーのもとに行ってみましょう。今回の嫌がらせの礼も言わなればいけませんから」


 


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