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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二十五章 大いなる茶番
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動き出すとき

 アリストの身に魔術師としての素養が現れたことはブリターニャ各地での役人によるアリストの宣言書読み上げによって国中に知らされる。

 これは識字率が高いとはいえないこの世界では一般的である公示方法となる。

 もちろん、そうなればその場に立ち会いさえすればブリターニャ国民でなくてもその情報は手に入れることができる。

 必然のようにそれを手に入れた各国の間者はその情報をすぐさま自国へ伝えるわけなのだが、その中には大海賊ワイバーンの間者もいた。

 そうして手に入れた情報が高値をつけて魔族へ売られたのは宣言から四日後。

 そして、その二日後には魔族軍の前に鳴りを潜めていた勇者一行が姿を現すと、魔族の国の幹部はこのふたつの情報を結び付けこのような結論に達する。


 勇者一行のひとりはブリターニャの王太子アリスト・ブリターニャであり、当然その護衛を含めた五人が勇者一行である。


 それとともにある疑いを持つ。


 プロエルメルに現れたという勇者一行のひとり。

 ダワンイワヤ会戦後の捕虜返還交渉の相手であるブリターニャの王太子。


 両者と顔を合わせたグワラニーがそのふたりは同一人物だと判別できないはずがない。

 それにもかかわらず、報告しなかった。

 これはアリスト・ブリターニャ、いや、勇者一行と裏取引があるに違いない。


 グワラニーはすぐさま王都への呼び出しを受ける。


 そして……。


「グワラニー。申し開きがあれば聞こうか」


 魔族の国の王都イペトスート。

 その王宮の一室に集まったのは王、ガスリン、コンシリア。

 そこにグワラニーが加わった四人である。

 そして、グワラニーは到着早々ガスリンからやってきた怒号のようなその詰問の言葉を受け取る。


 グワラニーはガスリン、コンシリア、そして王の順に顔を見る。

 ついで白々しい笑みを浮かべる。


「申し開きというのは何についてでしょうか?」

「貴様。この期に及んでまだそんなことを言っているのか」

「まあ、申し開きをしなければいけないものを山ほど持っているという意味ならわからないでもない。では、答えてやる」


「勇者のひとりとブリターニャの王太子が同一人物だとなぜ伝えなかった。いや。なぜ隠していたのか?」


 喚き散らすコンシリアを制したガスリンは皮肉の言葉を前置きにして問うたのは取り違えができないほどわかりやすいもの。

 だが、こうなることはグワラニーも百も承知。

 当然準備はしてくる。


「とりあえず隠していたというガスリン総司令官の発言については明確に否定したうえでお答えします。伝えなかったのは、当然私自身ふたりが同一人物だとわからなかったからです。ですから、正確には似ていることを報告しなかったということです。そして、その理由は、同一人物と確証ないにもかかわらず、そのあやふやな情報を持ち込み軍を混乱させるわけにいかなかったということになります」


 もちろんこの人を食ったような返答はふたり分の怒号で応じられる。


「言いかげんしろ」

「アリスト・ブリターニャの護衛は女魔術師と三人の剣士。勇者一行もまったく同じ。しかも……」


「全員の顔が同じ。わからぬはずがないないだろう」


 コンシリアの怒号に続いてその言葉を口にしたガスリンはグワラニーを睨みつける。


 だが、これだけ窮地にあるにもかかわらずグワラニーには慌てる様子はない。

 そして、ここから反撃を始める。


「では、ガスリン総司令官、それからコンシリア副司令官にお伺いする」


「大海賊ワイバーンから得た情報の中に王太子と勇者が同一人物であるという情報はありましたか?」

「知らんな」

「私も知らない」

「知らないというのは、そういう情報はなかったということでよろしいわけですね」


「ですが、これは非常におかしい」


「勇者はフランベーニュやアリターナの占領地付近で活動していたことが多かった。このことからフランベーニュやアリターナを歩き回っていたことは確実。そして、同じくブリターニャの王太子も放浪の旅と称して両国を歩いている」


「女性魔術師ひとりと剣士三人を連れて」


「それにもかかわらずフランベーニュもアリターナも同一人物を疑っていた様子がまったくないというのはどういうことでしょうか?」


 微妙に論点をずらした問い。

 だが、頭に血が上ったガスリンとコンシリアはあっという間にその問いの渦に巻き込まれる。


「それは王太子はともかく、勇者の姿を実際に顔を見ていないからだろう」

「なるほど」


「では、同じく顔を見ていないはずなのに、おふたりは勇者と王太子が同一人物だとどうやって判断したのですか?」

「それは状況を見ればわかるだろう」

「では、同じ状況にあったにもかかわらずフランベーニュやアリターナの為政者たちはそう思わなかったのでしょう。実際に話をした私の感想は、アリターナのチェルトーザもフランベーニュのダニエル・フランベーニュも相当の切れ者。その者たちなら集めた情報から同一人物と判断できたはず」


「ですが、実際はそうはならなかった。なぜでしょうか?」

「知るか」

「コンシリア副司令官は本当に答えられないのか、それとも答えたくないだけなのかはわかりませんが、とりあえず、私が推測するに……」


「切れ者ふたりがそのような判断をしなかったのは、両者が同一人物ではないという明確な証拠を持っていたからでしょう」


「そして、彼らが判断材料にした明確な証拠というのは、一方が銀、もう一方が黒という女性魔術師の髪の色です。ハッキリ言って髪の色ひとつで印象はまったく違う。その場に並べてみないかぎり同じとは思えません」

「だが、おまえは間近で王太子と勇者一行を率いる者と会っている。女はともかく王子と魔術師が同一人物とわかったはずだ」

「そのとおり」

「まあ、おふたりの言うとおり。ですが、顔はそっくりに見えた。だが、ふたりは同じではない。私はそう判断をしました」


「そして、その理由。それは……」


 わざとらしくそこで言葉を切ったグワラニーはコンシリアに目をやる。

 そして……。


「最初に会ったのは「ユバンバの丘の戦い」を完勝した直後の勇者たちのひとり。もちろんその時感じたのは冷静という冷たいと表現できるものでした。もっともこちらは目の前にミュランジ城という早急に片付けなければならない戦線をひとつ抱えていた状態での交渉。勇者になんとかお引き取り願うことばかり考えていたので多くのものを観察する余裕もなかった」


「そして、次に会ったのはダワンイワヤ会戦終了後。もちろんブリターニャの王太子として」


「当然ながら、私も外見は似ていると感じました。ですが、最終的には別だと判断したわけです。実は王太子を見たとき私は驚きました。勇者一行のひとりではないかと。ですが、相手はこちらを初めて見たかのような表情でした。さらに交渉中の態度もまったく違う……」


「その時に我々が掴んでいたブリターニャ王太子の情報がどのようなものかといえば、軽薄、女好き、第一王子という肩書以外はなにひとつ取柄がない無能。そのようなものだった」


「そして、女好きは確認できませんでしたが、軽薄というはその言葉どおりで、そこにケチという言葉つけ加えれば目の前にいる者を完璧に表現できる。まさに勇者との交渉で感じた冷たさの欠片もない別人格。交渉もこちらが一方的に押しまくるもので彼が唯一抵抗したのは支払う金額でした」


「顔が似ている。それだけで同一人物と判断するわけにはいかない。実際のところ、今でも私は疑っています」


「ですが、王太子はなんらかの事情により魔術師であることを発表に至った。勇者とは別人である王太子が本当に魔術師の才に目覚めた。それとも、勇者として行動したいが『アルフレッド・ブリターニャの呪い』の件があるため隠していた自身の魔術師の才を公表せざるを得ない事態が発生した。または、より積極的に行動したいために敢えて公表したなど様々な理由が考えられます。こちらとして望ましいのは最初のもの。そして、最悪なのは最後のものとなります」


「尋ねる」


 そこまで聞き役に回っていた王がそこで口を開く。


「おまえがフランベーニュを旅したのは?」


「ブリターニャの王太子の護衛四人です」

「その者たちのうち剣士三人は勇者と同じではあろう。女も含めて四人とも顔見知りということになる」

「残念ながら先ほど申したとおりの恥ずかしい理由により記憶に残っているのは交渉をおこなっていた男の魔術師だけで剣士の方の記憶はさっぱりなので比較できませんでした」

「おまえの手元にいる王女なら知っているのではないか?」


 ……さすが王は脳筋とは違う。

 ……気を抜くと嘘が暴かれる。


「……そのとおりです。そして、白状しますと……」


「今回の情報を手に入れたところでホリー王女に尋ねました。そうすると、驚くべきことがわかりました。女魔術師はブリターニャ王都に滞在中銀髪であった。時々黒髪になるのは、そのような薬草であるためであろうと」

「つまり、いよいよ本物ということか」

「残念ながらそうなります」


 苦しい言い訳をしたところでグワラニーは心の中であることを呟く。

 だが、王はそれ以上は言及せずグワラニーからガスリンに視線を移すと、ガスリンが口を開く。


「剣士の腕は?」

「素人の見立てながら四人とも剣士としては相当な腕前。王太子がその小人数で旅をするだけのことはあります」

「女の魔法は?」

「同行した副魔術師長の話では平均よりは上とのことです。ただし、相手が野盗の類だったので上級といえる魔法を見ることはできませんでした」


 ガスリンは不機嫌な顔でその返答を受け取ると王へ視線を返すと王を口が再び動く。


「では、もうひとつ」


「実際のところ、勇者の正体がブリターニャの王太子であっても、我々にとってはどうでもいいこと。唯一の懸念材料は王太子が軍を率いる可能性だが、それこそ『アルフレッド・ブリターニャの呪い』があるのでそう簡単にはいかないだろう。ということは、当面の間は勇者として行動すると思われる。こちらとしては勇者が単独行動しているうちに叩くべきだと思われるが、その策はあるか?」


「残念ながらすぐには……」


 王から問いにグワラニーはそう答える。

 これ自体特別おかしな部分はない。

 王も納得したように頷く。

 だが、王の言葉はそこで終わらなかった。


「ブリターニャの王太子の護衛たちは、グワラニーが多数の王子を含む自軍の兵士十万の兵士を殺した者であるだけではなく、『フランベーニュの英雄』を始末したことも知っているのだろう」


「つまり、仇というだけではなく、これから戦う場合にもっとも注意すべき者。本格的な戦闘になる前に排除すべき者と考えているはずだ」


「それにもかかわらず、小娘ひとりしか護衛がついていないおまえを誅しなかったのはなぜだろうな」


「というより、そもそも用心深いおまえがそのような者たちとともに旅に出ること自体おかしい。もちろん相手からは保証があっただろう。だが、そんなものはアテにならないことはおまえが一番知っている。この前の話ではおまえから話を持ち掛けたということだったが、そうなると、それはつまり絶対に殺されないという確証がおまえの中にあったということだろう。それはいったい何だ?」


 ……さすが。


 グワラニーは思う。


 ……この前の呼び出しの際にはたいして追及もなかったが、まさかここで来るとは思わなかった。


 心の中でそう呟き、王を見やる。


 ……相手は王。

 ……ここはおかしな小細工こそ危険。


 ……想定には入れ、準備はしていたが、まさかそれまで引っ張り出さなければならないとは思わなかった。


 グワラニーの口元が緩む。


「現在の私の妻となっているホリー・ブリターニャは王太子の実妹。父王の命で私に差し出したものの、何度も大事に扱うように念を押してきました。つまり、アリスト王子、ここでは勇者と言ったほうがいいかもしれませんが、とにかく彼の弱点は妹であるホリー・ブリターニャ。私はそれを利用しました」


「まあ、私の正妻は魔術師長の孫であるデルフィン・コルペリーア。ですが、彼女は成人になるのはまだまだ先。さすがに正妻である孫より先に別の女性と同衾という話になると魔術師長の気分を害する可能性があり彼女はタルファ将軍の家においていますが」

「……なるほど。それは色々大変だな」


 ほぼ事実であるその言葉に王は最後の部分について笑い、ガスリンとコンシリアは嘲りの成分が濃い笑いを披露する。


 ……よし。


 場が少しだけ緩み、グワラニーは心の中でそう声を上げたところで王は言葉を続ける。


「とりあえず、おまえの言葉を信じよう。せっかく手に入れた盾だ。勇者と戦う場合には妹は必ず連れて行くといい」


 グワラニーは表情を隠したまま、ガスリンとコンシリアに目をやる。


 ……やはり私に出撃命令が出るのはふたりの部隊が消えてからということだな。

 ……だが、勇者が現れた位置から考えれば、それはそう遠いことではない。


 ……いよいよか。


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