地位という名の枷
ここからが第三部、グワラニーとアリストの直接対決編となります。
魔族軍とフランベーニュ軍、というよりグワラニーとフランベーニュ軍の対決は結果的にまたもやグワラニーの圧勝。
この結果、前線ではベルナードが率いるフランベーニュ軍が優勢を維持しているものの、彼らを支える後方が崩れ落ちた事実上生きた死体。
現在はともかく、時が進めば崩壊は免れない。
そうなれば、魔族軍との本格的な戦闘をおこなっているのはブリターニャ一国だけとなる。
「本当に尽きぬ悪知恵。たまには大敗して私を喜ばせればいいものを」
その状況をぼやきとも本音とも取れる言葉を口にしながら眺めていたのは、もちろんグワラニーのライバル、ブリターニャ王国の王太子アリスト・ブリターニャ。
王太子という肩書とそれに伴う責務。
それがなければグワラニーの好き放題を阻止する手が打てたものを。
忸怩たる思いでこう呟き、フランベーニュに放った間者たちから次々と入ってくる情報をアリストが聞いていたのは容易に想像がつく。
……日に日に巨大化していくあの男がブリターニャにやってくる前になんとかしたい。
……なんとかしなければならない。
……いや。
そこまで思考を進めたところでアリストは自身の思考を止め、苦笑いする。
……魔族領を進み、誰よりも早く魔族の王都イペトスートに到着し陥落させる。それは目的だったのに随分と受け身になったものです。
そして、もう一度自分を笑う。
……まあ、どちらにしても、あの男と直接対決するためには王太子という名の枷から自らを開放しなければならない。
それがアリストが下した結論だった。
だが、どれだけ固い決意してもすぐに実行できるというわけではない。
王太子という枷はそれだけの重さと強さがあるものなのだ。
そして、その根幹にあるもの。
それは……。
アルフレッド・ブリターニャの呪い。
アルフレッド・ブリターニャ。
手にした権力を虐殺だけに使い、身分の上下を問わずブリターニャ国民に等しく災いをもたらしたとされる忌まわしきブリターニャ王。
そして、その彼は魔術師として有名だった。
「アルフレッド・ブリターニャは忌まわしき魔術師であったことが狂気の沙汰を起こしたすべての原因である」
ブリターニャ王家の血は完璧であるという立場を貫くために歴代の王が揃ってそのような言葉を口にした。
そして、その教訓を生かし、二度とこのような惨事がおきぬよう、魔術師の素養を持った者はどれほど血が濃くても王位に就けないと定めた。
そのブリターニャ史上最悪の王アルフレッド・ブリターニャがおこなった数多くの悪行のなかでも悪行中の悪行とされるものはふたつ。
まず、ブリターニャに住む者、そのすべてを対象にして虐殺をおこなったこと。
当事の四大宗教のひとつヌウト教団を信徒とともに壊滅させた有名な「イアリスの大虐殺」はその時の出来事である。
もうひとつが、実の妹の夫を殺し、妹を妻にしたこと。
もし、これが事実であり、さらにアルフレッド・ブリターニャがこれをおこなった原因が魔術師であることであれば、たしかに魔術師の素養がある者が王にするわけにはいかないという正当な理由となる。
だが、実際にそうであるのかといえば、ほぼ違う。
前者は虐殺といえる行為をおこなったのはたしかな事実である。
だが、その対象は影響下にある王族や大貴族を通じて国の政治に深く関与するだけではなく、それほど時間を置くことなく自分たちが為政者となることを画策していた宗教組織だった。
虐殺の対象が王族にまで広まっていたのは、それだけその宗教が王宮にまで入り込んでいたということを示すものである。
さらに後者に関しては、アルフレッド・ブリターニャは実の妹を妻にしたのではなく夫を亡くし幼子を抱え未亡人になっていた妹を保護しただけである。
その妹を強引に妾にしようとし、アルフレッド・ブリターニャの親衛隊に抹殺されたのは、権力を中心にあと一歩まで近づいていた太陽信仰教団ハムモーンの指導者で、アルフレッドの親衛隊に属し実際に剣を振るったのが、その妹の子、すなわち彼の甥にあたる男で次代の王シリル・ブリターニャとなるシリル・センドバーグである。
「今さらではあるが、シリル・ブリターニャがこの事実を公表しておけばこのような面倒なことにならなかった」
それが、王位を継ぐ者だけに伝えられるその真実を知ったアリストの言葉である。
一応、アリストのぼやきの答えとなるものを述べておけば、シリル・ブリターニャが真実を隠し前王アルフレッド・ブリターニャを天下の大悪党に仕立てたのは我が身可愛さによるものではない。
「やむを得ないこととはいえ、私は国民を殺し過ぎた」
「その罪を償う必要がある」
すべてが終わったところで、甥を呼んだアルフレッド・ブリターニャはそう言った。
退位。
そして、次王を甥に定めた。
だが、この王位継承には少々無理があり、それが認められてもこれだけ国民を殺した王が指名した者に国民が喜んで従うとは思えないという問題もあった。
そうなれば、せっかく抑え込んだ宗教組織が勢力を盛り返しかねない。
そこで、アルフレッド・ブリターニャは一計を案じた。
「おまえは圧制を強いる前王を誅し、国を立て直すために王位に就くと宣言する。そして、王族の血が汚れていないことにするため、すべて私が魔術師であったがすべての原因であったことにせよ」
「もともとこの国は魔術師を疎んじているところがある。他の魔術師には申しわけないがすべて魔術師に罪を着せる」
「魔術師は王になれない。そのような制度を発布すれば国民も納得するだろう。もちろんその後によい政治をおこなうことが前提だが……」
そう。
アルフレッドは次の王になる甥に余計な圧力がかからぬよう、退位する自分と魔術師にすべての罪を背負わせてしまおうと考えたのである。
そして、シリル・センドバーグは涙ながらに頷き、それに従った。
「退位と同時に私は家族とともにこの国を離れる」
「姿を見なければ皆おまえの言葉を信じるだろう」
それがアルフレッド・ブリターニャの、新王への手向けの言葉だった。
さて、そろそろ昔話を切り上げ現代へと話を戻そう。
そういうわけで、真実は違うものの、すでにそれが事実として認定されている以上、それを覆すのは難しい。
だが、ぼやいてばかりでは何も解決しない。
自身が王位に就けない魔術師であること。
相手が硬軟すべてに特別な才を持つアルディーシャ・グワラニーである以上、自分が国を率いて戦わなければならないが、グワラニーに対抗するためには自らの力を完全開放しなければならない。
その大いなる矛盾を解消する策こそ、アリストが探しているものとなる。
魔族の国は倒せても魔族そのものをこの世から完全に排除するのは困難。
そして、生き残った魔族は憎しみを増大させて人間に対する報復を開始すし、それによる混乱がこの世界を覆う。
そのなることを避けるため、魔族の国そのものは滅ぼすものの、戦いが終了した時点で生き残った魔族には自治権を与えたうえで適正に管理する。
アリストが想定していた未来とその対策。
だが、それは「忌まわしき魔族をこの世から排除することこそ人間たる自分たちの使命」と考えるブリターニャを含む各国の為政者たちには絶対に受け入れられない。
そうであれば、魔族の国を自分が滅ぼし、その功によって手に入れた土地の一部を魔族の住む場所として提供し、自分の管理下で魔族の民の安全を保障しよう。
それがアリストの行動の始まり。
そもそもブリターニャの王位には興味がなかったが、自身の目標が明確になってからはそれはより顕著になる。
だが、事情はそれ許されなくなった。
まず、王位を継承する権利を有す弟たちの器がアリストに比べて劣っていた。
ただし、これはアリストの才が特別だったのであって、歴代王に比べれば弟たちの才もそう悪いものではなかった。
だが、今は魔族との戦いがあらたなフェイズに入った段階。
平常時には凡庸でもいい、いや、凡庸な王こそがふさわしいのだが、今は異才が必要な時代。
アリストの見立てでは、現王の子のなかで自分を除けば唯一その才を持つのはホリー・ブリターニャ。
だが、女性が王位に就くことをこの国は明確に否定している。
自身が王位に就き、その後ホリーに王位を譲る算段を考え始めたところで起こったのが、ダワイイワヤ会戦だった。
そこで、明確に王位を目指したいたふたりの弟を始め多くの王子が戦死し、残ったのは捕虜になったアイゼイヤと目の前に起こった惨劇の影響でとても王位に就ける精神状態ではなくなったジェレマイアのみ。
無傷で残っているのは自分のみ。
王太子の地位を受けざるを得ない。
いや。
受けなければならない状態になったのである。
そして、そうなると、王位に就かない前提だった自身の隠密行動が大きな枷となってくる。
もともとアリストとその護衛が勇者チームと編成が同じということは知られていた。
だが、三人の剣士は同じだが、女性は魔術師であるものの、髪の色が違う。
そして、なによりもアリストは魔法を使えない者。
そのため両者は別のチームと認識されていたのだが、アリストは魔術師となれば、その可能性は一気に高まる。
もちろん女性の髪の色の問題は残るが、上級貴族のオシャレアイテムのひとつであるかつらのようなものを利用すれば髪色を変えで登場することは可能という推論も成り立つのだから。
いや、王太子の護衛と勇者チームが同一となれば、これまで勇者が挙げた華々しい戦果もすべて公的に王太子の戦果として記録されるから万々歳ではないか。
そう考えたくなるのだが、勇者としての行動のいくつかは「対魔族協定」、正式には「対魔族共闘協定」に違反している。
各国は決められた範囲のみで行動し、相手国の了承なしに他国の領域で戦ってはならない。
各国は協定国の兵と交戦してはならない。
前者は言うに及ばず。
後者については、同じく違反行為である魔族の民を殺さず逃がす際に、フランベーニュ軍と何度か交戦していることが違反行為となるわけなのだが、特にこの二点は協定のなかでも重要事項に指定されたもの。
さらに悪いことにこの協定の策定の中心にいたのがブリターニャ。
当然咎められた場合は言い逃れのできないものである。
これこそ内憂外患。
こういうときはすべて打ち明けられる誰かに相談すべき。
そう思ったものの……。
……ファーブたちはこういうときには役に立たない。
……では、フィーネか?
……いや。彼女の場合はこういうときにおもしろさを優先する。
……ろくなことにならない。
……ホリーがいれば……。
アリストはそう呟くものの、その一方でホリーでも簡単に正解には導けないこともわかっていた。
……勇者としての活動をホリーに話さなければならないことは脇に置いても……。
……これをおこなうには悪辣な手腕でおこなう強引さと人目を他所へ移して苦境をすり抜けるずる賢さとしたたかさが必要。
……これは正当さを信条とするホリーではなく私やグワラニーの領域……。
そこまで思考を進めたとき、こういう話を相談するには打ってつけの男に辿り着く。
そして、もう一度呟く。
……頼みたくはないが、やむを得ないか。
……この枷をはずせるのはあの男しかいないのなら。
……倒すべき相手に自身の開放を求める。
……求める方も、求められる方も、これは……。
そこでアリストはフィーネがこのような場面で度々口にする言葉を思い出して苦笑する。
……ムジュンと言いましたか。どこで見つけきたのかは知りませんが、あれは本当にいい格言だです。
その夜。
クアムート郊外の交易所にやってきた勇者一行のもとに呼びつけられた形のグワラニーたちが姿を現す。
そして、いつもどおり、皮肉を盛大に盛った言葉で兄妹の楽しいひと時を勧めるグワラニーをアリストが見やり、ニヤリと笑う。
「今日話したいのはホリーではなくおまえだ。グワラニー」
この言葉にはさすがのグワラニーも少々驚く。
そして、少しだけ考え、同行してきたアリシアに目をやる。
「どうしたらよいと思いますか?アリシアさん」
「そうですね」
「王太子殿下は信用できる方ですが、それでも殿下とグワラニー様だけにするというのはこちらとしては承服しかねるということになります」
「まあ、それが順当でしょうね」
アリシアとの話を完結させると、グワラニーはアリストも見る。
「ということですが、いかがしますか?」
「では、こちらは私ひとり。そちらは好きなだけ。これなら文句はあるまい」
ここまで譲歩されてはさすがに断れない。
グワラニーはデルフィンとアーネスト・タルファ、上級魔術師アウグスト・ベメンテウ、それからコリチーバ率いる五人の護衛兵とともに別室へと向かう。
魔族側で残されたのはアリシア、ホリー、それから、この場にいるもうひとりの上級魔術師フロレンシオ・センティネラ。
勇者側は当然アリストを除いた四人となる。
全員に用意した軽食を勧めたところでアリシアは勇者たちに目を向ける。
「今日はどのような要件で来られたのですか?」
「知らん。まあ、俺たちは夫人の軽食が食うためにここに来ているだけだからアリストが何を話そうがどうでもいいことだ。だが……」
「用事があるのは魔族の方だったとは驚きだ」
「まったくです」
アリシアからやってきた問いにぶっきらぼうに答えたファーブの言葉をフィーネもあっさりと肯定する。
そう。
アリストは仲間にも要件を告げずにここまで来ていたのだ。
「まあ、かわいい妹が来ているにも関わらず、妹ではなくグワラニーと一対一で話をしたいということは……」
「何か心あたりがあるのですか?」
「いいえ。具体的には何も知りません」
アリシアの問いにそう言ったフィーネは最高級の黒い笑みを披露する。
「……ですが、悪巧みの相談であることはまちがいないでしょう」
フィーネがそう断言すると、ファーブとブランがすぐさまそれに同調し、続いてアリシアもその笑みで同意する。
半分は冗談。
だが、自分以外の全員が知っている何かは確実にある。
疎外感。
そのようなものをホリーは感じた。
「兄上とグワラニー司令官との間には何か密約のようなものがあるのですか?」
もちろんそれはブリターニャの王太子にはあってはならないこと。
だから、この場で否定してもらえればそれはそれで悪いことではない。
「……どうなのでしょうか?」
「密約はないでしょう。少なくても私はそんなものがあると聞いていないのですがアリシアさんはどうですか?」
「私も聞かされていませんね」
真剣な眼差しで尋ねるホリーにフィーネに続いてそう返答したアリシアは一呼吸後、もう一度口を開く。
「ですが、あのふたりは敵同士でありながら利となる部分が重なるところが多いです。だから、そう見えるのではないでしょうか」
「しかも、性格の悪さは兄弟と思えるくらいにそっくりだ」
「そして、あのふたりがふたりだけで話をすると決まって俺たちがひどい目に遭う。できることなら今回は先例に倣うことはないようにしてもらいたいものだ」
「まったくだ」
三人の剣士の実感の籠った言葉に皆が笑う。
もちろんホリーも。
だが、ホリーは心の中でこう呟く。
……やはり、おかしいです。
さて、仲間から散々な言われようなそのアリストとグワラニーというこの世界における悪の巨人ふたりの会談であるが……。
「……本気で言っているのですか?それを」
日頃のお礼と言わんばかりに、アリストから要件の概要を説明されると、グワラニーは思わず言葉を漏らす。
「魔族軍と堂々と戦いたいので自分は魔術師だと宣言したいが諸々問題が起きる。そのうまい解決方法を考えろ……」
「もちろん殿下の希望は理解しました。ですが、それを尋ねる相手が私というのはどう考えても間違っていると思います」
「フィーネ嬢。そうでなければホリー王女に尋ねればいいでしょうに。なぜ、それを私に尋ねるのですか?」
「あなたに魔法が使えぬ王太子として振舞ってもらうことを私は誰よりも願っているのですよ」
まったくもって正論である。
だが、それは表面上のことであり、薄皮一枚捲れば、それとは真逆にの事実が現れることをアリストは知っている。
「何を言う。このような他人を騙すような悪事をホリーが考えられるはずがないだろう。その点、おまえは毎回他人を騙して利益を得ている身。得意だろう。だから、特別に考えさせてやろうと思ってここまで来たのだ。さっさと知恵を貸せ。特別に課題提供費はタダにしてやるから」
「なぜ考えてやるほうが金を払わなければならないのですか。お断りします」
そう言い切ったところで、少しだけ沈黙したグワラニーはもう一度アリストを見る。
「……それで……」
「本当の理由はなんですか?」
グワラニーのその言葉とともにアリストの表情は変わり、空気も冷たいものへと変化する。
笑みのないアリストが口開く。
「現在の私は王太子の地位と責務のおかげで動きが取れない。当然勇者としての仕事もできない」
「だが、魔術師は王位に就けないという規定がある以上、私が魔法を使えることを公表できない」
「もちろん私は王位に興味などないが、そうなると出来の悪いふたりの弟のどちらかが王位に就くことになる。そうなれば、ブリターニャはどこかの悪党率いる魔族軍だけではなくダニエル・フランベーニュ、アントニオ・チェルトーザ、アドニア・カラブリタにも食い物にされこの世から消える。そこで話が終われば王位に就いた者の責任だが、まちがいなくその責任を魔術師だったために王位に就けなかった私に押し付けてくる」
「そうであれば、自分がすべてをおこなったほうがいい」
「つまり、本当に魔術師であることを発表したいということですか?」
「そうだ」
「そこまで決まっているのならそうすればいいでしょう」
「だが、それに伴う混乱が内と外で同時に起きる。そして、それが起これば当然そちらの対応を優先させなければならない。それでは面倒ごとを起こすためだけに公表したいようになるという馬鹿々々しい事態になる。公表してもそうならないようにしなければならない」
「そのためにどうしたらよいか?」
グワラニーは薄く笑う。
おそらくこの部分だけを見れば滑稽以外のなにものでもないだろう。
なにしろ頻繁に顔を合わせているが、ふたりは敵同士。
しかも、相手の力量を理解し、自分たちが進む道の最大の障害であることをわかっている。
それにもかかわらずの言葉なのだから。
だが、ふたりの心にあるものを少しだけ深く掘り下げると状況は大きく変わる。
実をいえば、グワラニーは勇者に活躍してもらいたいと思っている。
最終的には王都を落とし目障りな王や軍幹部を根こそぎ滅してもらう。
そして、自分は残った者を率いて新しい魔族の国をつくり自身がその王になる。
つまり、勇者に汚れ役を押し付けた簒奪。
だが、自身の活躍により、必ずしもこの案を採用しなくても王権は手に入れられる状況になっていた。
そう。
勇者を倒すことによる得られる功により正当な王位継承も可能になったのだ。
もちろん禅譲という形で権力を受け継いだ場合、多くの悪習も引き継がねばならない。
そして、それはグワラニーの思想とは相容れないもの。
簒奪と禅譲。
より望ましいのは前者なのだが、どちらにしても勇者に動き出してもらわねばならないことはたしか。
もちろん言葉としてアリストにそれを伝えたことはない。
だが、その卓越した洞察力からアリストは自身の利益のために勇者を利用しようというグワラニーの考えを見抜いていた。
……つまり、グワラニーにとってもこの状況はよいものではないはず。
……当然知恵を貸す。
これがアリストの読みとなる、
そして、アリストのその読みは正しかった。
「私が自由に動けることはおまえにとっても利があるのだ。力を貸すのは当然だろう。違うか?」
「そのようなことはまったくない。と言えないのは残念です」
観念したように吐き出されたグワラニーの言葉はアリストの言葉の肯定である。
だが、そこで話は終わらない。
「ですが、利という点では殿下の方があるわけですから、相応の見返りは支払ってもらわねばなりませんね」
たしかにこちらにも利があるので知恵は貸すのはやぶさかではないが代金はもらう。
グワラニーの言葉をわかりやすく説明すればそういうことになる。
「守銭奴が」
「ただで他人の助力を得ようと考えている究極のケチに言われたくないですね」
「ブリターニャ金貨五枚」
「それによって得られる殿下の利益の半分というところが相場ですから、最低でもその数字に億をつけてもらわなければお引き受けできませんね」
「高い。値引きしろ。一億分の一だな」
「これでも安く見積もっていますので、銅貨一枚も安くできません」
「では、十億分の一だ……」
ふたりの会話を聞くタルファは苦笑いしながら思う。
これがこの世界の両側に立つ最高峰の謀略家の会話なのかと。
知恵拝借料。
その代金の恥ずかしい値引き交渉はさらに続く。
そして、このまま永遠にそれが続くのではないかと思われた十ドゥア後。
ついに根負けしたアリストは大きく息を吐きだす。
「……では、こうしょう」
「前払いとして。提案受諾後、ブリターニャ金貨一万枚を支払う」
「そして、その策によって私の行動を縛る枷が外れ、勇者として行動できたとき、報酬としてさらに金貨十万枚を支払う」
「悪い提案ではないだろう」
むろんアリストが示した金貨十一万枚という成功報酬はグワラニーが当初要求した金貨五億枚と比べればはるかに安い。
背信行為、または利敵行為に値するとなればなおさらだ。
だが、知恵ひとつの値段としてはとんでもない額であることはたしか。
「いいでしょう」
「ですが、実際のところ条件がかなり厳しいことはたしか。すぐに返答はできないので、三日の猶予を頂きたい。それと……」
そこからいくつかの条件が付帯され、それにともなう話し合いがおこなわれた結果、報酬額は合計十五万枚となる。
それからまもなく、とても敵とともにいるとは思えぬ雰囲気が充満する部屋にふたりは戻ってきた。
その表情でどちらにとってより満足のいく交渉だったかは待っていた者たちはすぐにわかった。
ただし、それが一方的なものではなかったことは勝者である側の苦笑いから推測できる。
もちろん待っていた者にとってはどちらが勝者であるなどどうでもよいことであり、問題はその交渉の内容だ。
「おい、アリスト。そこの魔族とどんな悪事の相談をしてきたのだ?」
ブランの遠慮の欠片もないひとことは交渉を終えたばかりの彼らの雇い主の表情を歪める。
「グワラニーはともかく、私は一国の王太子。悪事の相談などするはずが……」
「あるだろう」
「常に」
「それ以外のことをしている方が少ない」
自身の弁明を遮った剣士たちからの三連打によりアリストの取り繕いは瞬殺され、表情はさらに微妙なものになっていく。
「王太子殿下はお疲れです。詳細はブリターニャに戻ってからゆっくりお聞きください。こちらもこちらで話をしますので」
その場を取りなすように言ったグワラニーのそのひとことで今日はそれでお開きということになり、この晩におこなわれた色々な意味で不思議な会談は終了する。