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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二十四章 勇者と魔族の冒険譚

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騒動の終結 

 双方の文官たちによる協議が完了したところでようやくすべての交渉が終了する。


 ミュランジ城攻防戦終結時に結ばれた協定に違反し、プロエルメルに侵攻したことに対する謝罪の証としてフランベーニュはグワラニーに対しフランベーニュ金貨一億枚を支払う。

 グワラニーとその配下は今回の件に対する報復はおこなわない。

 双方とも今後も協定を遵守する。

 グワラニーは捕らえたフランベーニュ軍兵士二百十三名をミュランジ城城主クロヴィス・リブルヌに引き渡す。


 賠償金の支払い方法など細かい決め事は多数あるのだが、とりあえず概要はこのようなものとなる。


 フランベーニュ側は報復をおこなわない部分に全魔族軍という文言を埋め込み、今後農地への襲撃を阻止しようとしたものの、グワラニー側の法務担当グスタヴォ・アウメイダと交渉担当アドリアーノ・カベセイラとブニファシオ・イタビランカに蹴り飛ばされ失敗に終わる。


 さらに、支払いに金貨もエソゥアルド・ジャウジンドによって厳格な基準が設けられ、偽物や含有量を変更したものでの支払いが阻止される。


 上官の戦いに続き、文官たちの戦いもどうやら魔族側の勝利ということになったようである。


 返還された捕虜はクルレ・ヴェルナントをはじめとした二百十三名。

 戦闘当日に捕らえた二百二十一名から八名減っている。

 むろんそれは逃亡ではなく不慮の事故により死亡したということになっているのだが、実際には魔術師長アンガス・コルペリーア所有の魔道具「マアト」によって魔術師になる有資格者と判定され処分された者たちである。

 特にそのうちのひとりイレネー・ラブリは、コルペリーア曰く、「育て方を間違えなければ、例の小娘を除けばフランベーニュ最高の魔術師になるだけの魔力の持ち主」とされた逸材だった。

 その逸材が軍はもちろん本人もその才を知らぬままこの世を去ることになったのは、人間界では魔術師の発見は魔術師としての能力が顕現されるまで発見できないという大きなハンデによるものである。


 つけ加えておけば、この世界の上級魔術師は自身の魔力を抑え込むことができ、中には完全に魔力を隠すということができる者もいる。

 さらに、彼ら上級魔術師は漏れ出した魔力があれば相手が魔術師であることはもちろん、その位置も把握できるという特技も会得する。

 だが、後者については発見できるのは一度でも魔力を開放した者が対象という条件がつく。

 それが魔族側にはある魔術師適正があるかを判別する魔道具を所有していない人間たちは早い段階で魔術師になり得る者を発見できない理由となっている。


 さて、話を戻そう。


 そうして完成したフランベーニュ語による二枚の協定書。


 さすがにそこに王太子の名は記すわけにはいかないため、フランベーニュ側の代表として署名をしたのはなぜか交渉に参加していなかったミュランジ城の城主クロヴィス・リブルヌ。

 これまでの経緯から妥当とはいえるのだが、そうであれば、交渉に参加させるべきだったのではないかというのは本人のぼやきとなる。


 署名も終わり、騒動にケリがつくとダニエルは大急ぎで王都アヴィニアに戻る。

 むろん官僚たちも同行するわけだが、ロバウとロシュフォール、それからエゲヴィーブはミュランジ城に留まる。

 これから五日後に王都から持ち込まれる大量の金貨の受け渡しの立ち合いと、捕虜の受け取りを仕切るためだが、旧知のリブルヌと歓談するという楽しみも含まれている。


 一方のグワラニーは交渉終了後も、ダニエルより半日ほど長くグボコリューバに滞在し、町を離れる際に迷惑料と称して町の代表にフランベーニュ金貨十万枚を手渡す。

 もちろんこれはグボコリューバの住人の、自分と魔族に対する好感度アップのために配ったものであったのだが、その効果は絶大だった。


 自国の代表は仮設交渉場建設の労務費すら払わなかったなかでの別の世界での通貨で一億円に値する大金の支払い。


「こういうところの気遣いは見習わなければならないな」


 モレイアン川を渡って自国へ戻っていくグワラニーを多くの住民が見送る様子を眺めながらロバウがぼやき気味に呟いた言葉はそれを物語っているといっていいだろう。

 

「それにしても……」


「今から大金が入るから気前がいいのはわかるが、あれだけのフランベーニュ金貨をどうやってこの短期間に調達したのだろう?」


 とりあえずロバウの疑問に答えておけば、グワラニーはアリターナの知人を通じて商人国家アグリニオンから手に入れていたものであり、そのことからもグワラニーはこの人気取り策を早い段階から考えていたことがわかる。

 この人心掌握術と周到さはグワラニーの前職と前々職の経験と知識から得ているものなのであろうが。


 さて、これでグワラニーの心の底に眠っていた「せっかく異世界に来たのだから一度くらいは冒険譚に出てくるようなことがしたい」という願望を実現することになった勇者一行との旅、それから、それに続く一連の騒動は終わる。


 ダニエルの「アルディーシャ・グワラニー。奴は息をするだけでフランベーニュに仇なすフランベーニュの天敵」という言葉どおり、結局フランベーニュは今回もグワラニーによって大損害を被る。

 その始まりはアマラの戦いであったことを考えれば、もちろん人的被害も大きかった。

 だが、今回は国内の農地と金貨が失われたことがフランベーニュにとってはそれ以上に痛かった。

 農地を焼かれたことにより、今年フランベーニュは農産物輸出国から輸入国に転じなければならないのだが、最終盤に大量の金貨を賠償金として奪われたことにより、フランベーニュは必要な食料を軽々に輸入できない事態に陥る。

 もちろん優先的に物資が供給される王族、大貴族、そして軍はいい。

 だが、平民や下級貴族にはそのような恩恵はない。

 そうなれば、備蓄された食料とわずかに採れた作物の奪い合いが始まる。

 食料を奪う略奪や襲撃が頻発し、その暴動に合わせて姿を現した野盗や山賊が焼け残った土地を持つ自由農民や貴族の荘園で盛大に仕事に勤しむ。

 結果、耕作地は荒れる。

 むろんそれは翌年以降の農産物の生産に影響を及ぼす。

 さらなる食料不足。

 まさに負のスパイラルである。


 このまま無策で過ごせば国力は大きく下がり、数年も経たず戦いどころではなくなるのは明らかだった。


 その状況をグワラニーは「一押しするだけでフランベーニュは簡単に崩壊する。いつでも潰せる状態。つまり詰み」と表現した。


 そうならぬためにフランベーニュはこの協定を機に戦いの舞台から降りるべきだった。

 そうすれば、フランベーニュは農地と治安の回復に努められ、ある程度のレベルまで国力は回復できたであろう。


 多くの歴史家はそう言う。

 そして、それは正しい選択であったであろう。

 だが、実際はそうはならず。


 ダニエルの決定は魔族軍との戦いの継続。


 グワラニーはそんなダニエルとフランベーニュを後日心の中でこう表現した。


「……あれは引き際を知らず、負け分を取り返そうと賭けを続行し、さらに穴を大きくする輩と同じ思考。望みを持つのはいいが、それによって被害を受けるのは自分以外の者であることをダニエル・フランベーニュたちフランベーニュの為政者たちは理解すべき。そして、それはいずれ自分のもとに熨斗をつけてやってくることも覚悟すべき」


「もっとも彼が率いているのは誇り高き大国フランベーニュ。まだ戦えると思える状態で魔族に白旗を上げなどしたら、ダニエル・フランベーニュはフランベーニュを貶めた最低の為政者としてすぐにでも暗殺される」


「……だが、自ら望んでなった地位」


「そうであっても甘んじて受けるべきだった。そうであれば……」

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