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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二十四章 勇者と魔族の冒険譚

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アンムバラン迎撃戦 

 グボコリューバ。

 ミュランジ城攻防戦直後に魔族とフランベーニュで結ばれた休戦協定によりモレイアン川沿いにあるその町は船の往来がなくなり町は寂れる一方であった。


 そのグボコリューバに突然五艘の船が持ち込まれる。

 町の住人はざわつくものの、それを持ち込んだのは軍人であったために騒ぎは一瞬で収まる。

 それに続いて、軍人たちが次々に転移魔法でやってくる。


 その数に三千二百。

 同行する魔術師二百人を超す。


 そして、やってきたその夜。


 フランベーニュ軍が動き始める。

 まずはリブルヌが設置した障害物の抜け方を知る地元の者を使って十人の魔術師を対岸に渡らせる。

 続いて、転移魔法で対岸に戻る。

 もちろんこの時点で転移できなければ計画は中止し船で戻ることになっていた。

 だが、問題なく転移できる。

 そこで今度は魔術師を連れて対岸に転移する。

 全魔術師が対岸の転移が可能になったところで、今度は兵士たちを転移させる。

 最後に指揮官であるシュバイズ、テュファラン、ヴェルナント、さらにこの策に乗り報復の栄誉を得ようと参加した八人の将軍が転移する。


 もちろんここは敵地。

 しかも、敵がどこに陣を敷いているかはわからないのだから松明などは使用できない。

 月明りの頼りに行動するしかない。

 陣形を整えるの時間はかかったものの、まずは予定通り。

 アルシュ・ドエル将軍率いる千六百人の兵と五十人の魔術師をアンムバランに残し、直ちに進軍を開始する。

 そのフランベーニュ軍の陣容は次のとおり。


 フランベーニュ軍の先頭はアブビル・ディエップ将軍率いる九百人。

 続いて、ビシュビー・メルツと百人の魔術師団。

 その後方にシュバイズたち本隊の五百人の兵と六十人の魔術師。

 最後に二百人の兵と二十人魔術師が後衛部隊としてエロイエ・タンドン将軍率いられる。


 そして、進撃を開始して一セパ後。

 それは突然始まる。

 

 三隊に分けられた部隊の魔術師が炎に包まれ一瞬で消え去った。

 

「敵襲」

「待ち伏せか」

「だが、どこにいるかわからない」

「伝令を……」


「いや。ここは撤退だ」


 敵地で奇襲を受ける。

 しかも、この状況でこちらはまだ敵をまったく把握していないのだからシュバイズのこの判断は正しいといえるだろう。


 だが、すでに遅かった。

 フランベーニュ軍の後退は三方から囲むように出来上がった炎の壁が阻む。

 

 そして、その炎に照らされて目の前に現れた魔族の一部が確認できたところで先頭部隊を指揮するディエップは思わず呻いた。


「数が……多すぎる」


 この時点で魔術師と剣士が混在していた本隊と後衛部隊は魔術師狩りの巻き添えを食って半数が焼け死に、残りも火傷を負っている。

 つまり、無傷なのはディエップが率いる九百人のみ。

 それに対して前面に展開しているのは……。


「……少なくても二千はいる」


 もちろん見える範囲で。


 半包囲。

 そして、少なくても倍以上の敵。

 さらに先制攻撃によって魔術師をすべて失う。


 圧倒的に不利な状況は間違いない。

 だが、ディエップは希望を捨てていなかった。


 これだけ盛大に火の手が上がればアンムバランに待機している予備部隊も気づく。

 当然救援にやってくる。

 そうすれば、この危機から脱することは可能。


「まもなくドエル将軍が大軍を率いてやってくる」


「まず、むやみに交戦を避け時間稼ぎ。そして、戦闘が始まったらできるだけ持ちこたえろ。必ず逃げられる」


 ディエップの声に兵たち雄叫びで応じる。


 ドエルは今回襲撃に参加した将軍の中では一番の武闘派。

 もう少しわかりやすい言葉いえば、突撃馬鹿。

 それを知る総指揮官シュバイズが自慢の策をぶち壊しにされぬようドエルに予備部隊の指揮を任せた経緯がある。

 むろんディエップの言葉の通り、そのような状況になれば猛将タイプのドエルは逃げるということはない。

 必ず、救援に駆け付けたことだろう。

 だが、ドエルも、彼の薫陶が行き届いた直属の部下たちもその状況を見ることはなかった。

 実は襲撃部隊への攻撃への攻撃が始まった時、彼らは全員すでにこの世の者ではなくなっていたのだ。


 カマイタチ。


 それが彼らを葬った少女の呪文の言葉となる。


 むろんディエップはドエルたちの身に何が起こったかなど知る由もないのだが、目の前に敵が迫る状況になれば戦うしかない。

 そして、それは脱出はほぼ不可能と同義語。


「……仕方がない」


「こうなれば、魔族をひとりでも多く道ずれにしてやるしかない」


 ディエップは黒い笑みを浮かべる。


「……それにしても、これはどちらが攻めていたのかわからないではないか」


「だが、我々が誇り高きフランベーニュ軍の軍人。ただ火球の到着を待って焼き殺されると思うなよ」


「全軍突撃せよ」


 その声を上げた直後、ディエップは雄叫びとともに走り出す。

 もちろん兵たちも続く。


 そして、その三十ドゥア後。


 雄叫びがすでに止み静寂を取り戻していた。


 抵抗しない者は捕らえよというグワラニーの命により命を長らえることができた者は二百二十一名。

 約三千人のうちの二百二十一人が多いといえるのかは微妙ではあるものの、奴隷にする者以外はすべて殺すという魔族基準、そして、老若男女を問わず魔族はすべて殺すというフランベーニュ軍のことを考えれば、十分に多いとも言える。

 そして、その中には今回の襲撃を持ち込んだ三人のうちのひとりクルレ・ヴェルナントも含まれていた。


「……将軍らしき者がいる?」


 やってきた報告にグワラニーは薄く笑う。


「確認は?」

「捕虜の兵士にさせてあります」

「名は?」

「クルレ・ヴェルナントとのこと」


「……ボワレ・シュバイズでないのは残念ですが、まあ、将軍の地位にある者ならとりあえずよしというところでしょうか」


 グワラニーはすでに準備していた策が使用できることを喜ぶようにそう呟いた。


 実はヴェルナントが負ったものは相当酷い火傷であり、本来なら彼は苦しみながら死ぬはずだった。

 だが、少女の治癒魔法によって彼は一瞬で命には影響しないところまで回復する。

 もちろん少女の能力であれば完全回復させることも可能だったのだが、「多少痛みが残っている方がありがたみを感じるでしょう」というグワラニーの言葉により、「死にはしないが相当痛い」レベルに留められていた。


 力任せに縛り上げられているため、二重の痛みに顔を歪めるそのヴェルナントの前に若い男が立つ。


「遠路はるばる囚われるためにやってくるとはご苦労なことですね」


「クルレ・ヴェルナント将軍」


 それがその男の第一声だった。

 ヴェルナントを眺める男の言葉は続く。


「私の名はアルディーシャ・グワラニー。あなたがたを歓迎した部隊の指揮官になります。そして……」


「当然ながら、あなたを捕えた部隊の指揮官でもあります。ですから、私の前にいるあなたの生き死には私の判断に委ねられているわけです」


「とりあえず私はあなたをフランベーニュへ返すつもりでいるわけですが、それはこれからおこなう尋問にあなたがどれくらい協力するかで変わってきます」


「そのつもりで答えてください」


「ちなみにあなたが将軍であることを承知していますが、実はあなたの代わりはいます」


「彼らとあなたの答えが違ったときには相応の方法でどちらが正しいのかを確かめなければなりません。ですから、間違いのないよう答えていただきたい。さて……」


「前置きが長くなりましたが、そろそろ尋問を始めましょうか」


 濁りのないフランベーニュ語による恫喝だった。


 一方は、貴族社会の香りを纏う軍中心部での力関係だけで生きてきた者。

 もう一方は、この世界にやってきたときには、すでに相応の交渉技術と経験を持ち合わせており、そこにアリスト・ブリターニャとアントニオ・チェルトーザというこの世界屈指のつわも交渉人と渡り合う過程で別の世界では違法となるような新たな交渉術まで身に着けた者。

 その時点で両者には大きな差があるところに、一方の手には相手の生殺与奪の権が握られている。

 こうなってしまっては、クルレ・ヴェルナントには抗うことなどできるはずがない。


 ヴェルナントが小さく頷くとグワラニーは最初の問いを投げかける。


「ご存じでだろうが、我が国とフランベーニュが結んだ協定によりフランベーニュ軍はこの地にやってきてはいけないことになっている。もちろんこれは非公式なものだ。だが、それはフランベーニュの王太子も了解している。つまり、あなたがたの協定違反は王太子の意向を無視したものとなる。当然そうなれば、それを破るということはフランベーニュに大きな損出になるだけではなく未来の国王の意向を無視したということになる」


「そのうえで問う」


「ふたつの意味で断罪されるべき今回の行為を指揮した者は誰かな?」

「……ボワレ・シュバイズ将軍だ。ただし……」


「シュバイズ将軍の名誉のために言っておけば、たしかに我々は協定を破り魔族領を侵攻した。だが、我々が独断でそれをおこなったわけではない。王太子殿下よりの命によってだ。つまり、おまえの言う罪のうちのひとつは我々には無縁なものだ」


 むろんこれは形式上のものとはいえ、事実である。

 だが、これは言ってはいけないひとことだった。

 

 その言葉を待っていたグワラニーは薄い笑いを浮かべる。


「それは興味深い話だ。では、その件についての詳しい話は王太子殿下に命を受けたシュバイズ将軍に直接聞くことにしよう。その将軍はどこに行ったのかな?」

「最初の攻撃で亡くなった」


「……それは残念。では、代わりにあなたに今回の件について尋ねることにしよう」


「兵力を教えてもらいましょうか?」

「兵員三千五百。魔術師二百五十」


「あなたとシュバイズ司令官以外にこの襲撃に参加した将軍がいるようなら名を教えてください」

「それは……」


 実をいえば、答えながらヴェルナントは心の中でグワラニーを笑っていた。


 そんなことを聞いてどうすると。

 そして、この程度のことを答えずに死ぬなどまっぴらごめんとも思っていた。


 だが、ヴェルナントが喋ったことはこれからしばらくして大きな意味を持つことになる。

 そして、それによってグワラニーには殺されずに済んだものの、結局ヴェルナントは同胞によって命を絶たれることになる。

 むろんこの時点で彼がそのような未来を知るはずがないのだが。


 それ以降もグワラニーは多くのことを問う。

 そして、ヴェルナントはそれに答えていく。

 一見するとただの尋問風景なのだが、実はこの時点でグワラニーの細工は盛大に発動していた。


 ふたりの会話の冒頭で、グワラニーは代わりはいると言った。

 その言葉は短いものであったのだが、それはヴェルナントに自分以外にも将軍級の者でいると錯覚させるように仕向けるものでもあった。

 

 実際は全員が冥界の門をくぐっていていた将軍たちの誰かが生きているかのように装って。


 ヴェルナントは全員の死亡を確認しているわけではない。

 もちろん自身が所属していた本隊と報告があった後衛の状況はわかる。

 だが、白兵戦が始まるまで健在だった先陣についてはわからない。


 あれだけ不利な戦いの中で一番首である先陣を率いていた三人の将軍が生きているということは普通なら考えられないことだ。

 だが、死の一歩手前だった自分が脅威の治癒魔法でこうして生きていることを考えればそれは十分にあり得ること。

 そして、彼らがすでにすべてを喋っているのなら、自分ひとりが高級軍人の誇りを胸に黙秘したり偽りの情報を流しても効果がないばかりか、用済みとして首を刎ねられることになりかねない。


 彼のすべてを支配する生き残りたいという気持ち。

 それがヴェルナントはグワラニーの言葉を拡大解釈してしまった理由となる。


 ……軽いな。


 ヴェルナントを険しい表情で眺める裏側でグワラニーはそう呟いた。


 さて、その後も続いた尋問。

 それがようやく終わりを迎えた時、ヴェルナントが呻くように声を上げる。


「ひとつ尋ねたいことがある」


「この状況を見ると、あきらかに待ち伏せしていた」


「どうやって我々がやってくることを知った?」


 完璧な準備で奇襲をおこなうはずだった自分たちが奇襲を受けたのだ。

 そこに辿り着くのはそう難しいことではない。

  

 ……浅はかだな。


 グワラニーが呟く。


 ……聞きたい気持ちはわかる。

 ……だが、それを聞かせたうえに帰国させたらこちらの情報が洩れるということになるではないか。

 ……つまり、教えたと同時に口封じが決定されるということなのだから。

 ……まあ、生きて帰る気がない。冥土の土産というのならわかるが、どう考えてもこの男がそういうことを考えているには見えない。

 ……土産の相手はダニエル王子というところだろうな。それによって帰国後の地位保全でも考えているのだろう。


「ちなみに将軍はどう考えているのかな?」


「これだけ入念な準備ができるということは事前に情報を得ている以外にないだろう」

「ほう」


 グワラニーは薄い笑いを浮かべる。


「そのとおり。さすが将軍。と言いたいところだがハズレです」


「あなたがたがグボコリューバに転移魔法でやってきたため。そして、注意深く監視していると、対岸と転移魔法で往復している」


「つまり、あなたがたが隊列を整えているとき、我々は準備していた軍を配備したということです」


「申しわけないが、奇襲をおこなう者が敵前で転移魔法を使ってはいけないということなど前線にいる者なら誰でも知る常識。さらに指揮官が気づかなくても同行している魔術師が忠告するはず。それもないということは魔術師も相当程度が低い」


「その点、私の部隊は違う。その程度の者相手なら配置につくのに転移魔法を使っても問題ないでしょう。ですが、移動はすべて徒歩」


「一方は前線での常識も知らない素人。もう一方はまったく緩みがない。この結果は当然のものです」


 そう言ってから、実はある意味では正解を口にしていたヴェルナントに目をやる。


「味方を疑う前に自分たちが用意した策に穴が無かったかを疑うべきでしたね」


 その後、ヴェルナントを含めたアンムバランにつくられた仮設の収容所に移される。

 もちろん食事は十分に食べられるものではあるし寝床は屋根のあるのだが、彼らの待遇はこれまでグワラニーの部隊の捕虜となったノルディア人やブリターニャ人に比べると格段に悪い。


「もう少しいいものを提供してもいいのですが、疑い深い貴族のことです。そこから余計な詮索をされては面倒になりますから」


 これがグワラニーの口にしたその理由となる。


 さて、魔族軍の農地焼き打ちに対する報復として計画されたプロエルメル襲撃は完全に失敗に終わったわけなのだが、その結果を述べておこう。


 グワラニー軍の被害は死者はいなかったものの、負傷者が四百三十二名とやや多い。

 これはもちろん久々の剣を使った戦いがおこなわれたことによる。

 ただし、負傷者の半数以上が敵に斬られたものではないことが後に判明する。

 夜戦の中の乱戦であったことから仕方がないとはいえ、これは大いなる反省点とされることになる。


 一方のフランベーニュ軍の損害。

 アンムバランに上陸した剣士は三千二百四十七名、魔術師二百三十五名。

 そのうち、捕虜になったのは二百二十一名。

 それ以外はすべて死亡。

 ちなみに捕虜になったのはすべて剣士。

 つまり、魔術師は全員死亡。


 グワラニーが関わった戦いとしては小さなものであったが、フランベーニュ軍にとっては再びの大敗といえるものであろう。


 だが、この戦いにおけるフランベーニュ軍の本当の痛みは実を言えばここから始まるものだった。

 戦いが終わり、捕虜の中に将軍級の者が含まれていたことを知ったグワラニーが口にしたという言葉を使えば、「ここからが本番」というそれは二日後に始まる。


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