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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二十四章 勇者と魔族の冒険譚

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不思議なお話を

 歩くこと二十ドゥア。

 目的地の場所に到着する。


 そこは間違いなくフランベーニュ軍と魔族軍との戦いがおこなわれている最前線。

 そして、さらに歩き、現在戦いがおこなわれているその場所を見渡される丘にグワラニーたちは案内される。

 当然そこは戦闘を指揮するフランベーニュ軍の指揮官たちが集まっていたわけなのだが、ベルナードとともに赤い目をしたふたりの魔族が現れると彼らは一斉に剣を抜く。


「剣を引け」


 ベルナードの声と共に渋々剣を鞘に納めるものの、憎しみが籠った目は変わることなくグワラニーを睨みつける。


「……随分と恨まれているようですね。グワラニー」


 フィーネによる冷やかし半分の耳元での囁きにグワラニーは苦笑いで応じ、続いてお返しの言葉を口にする。


「まあ、それは仕方がないことです。ですが、今のあなたたちも私の仲間という認識であることをお忘れなく」


「さて、グワ……」


 ふたりの密談が終わるのを待って口を開いたベルナードであったが、話かけ始めたところで気づく。

 ここにいる者たちに状況の説明をしなければならなかったことに。


「一応、この招かざる客について諸君に説明しておこう」


「名前はアルディーシャ・グワラニー。かのアポロン・ボナールの軍を殲滅した魔族軍の将であり、先日我々がアマラで世話になった部隊の指揮官でもある」


「だが、何を思ったのかは知らないが我が軍の補給路を齧り周る鼠退治に協力したいと申し入れがあり、実際に目ぼしいところは狩り尽くしてきた」


「そして、その褒美として我が軍の陣地から自軍を眺めることを所望したのでこうして連れてきた次第である」

「ですが……」


 その場にいた者の意見を代表するように口を開いたのは副司令官のウジェーヌ・グミエールだった。


「そのような者をここに連れて来なくてもよろしかったのではないかと……」


 そのとおり。


 全員が心の中でそう叫び、実際のところ、これまでのベルナードであればそうしたであろう。


 たとえば、このような戦場が俯瞰でき、しかも幹部が並ぶここではなく本物の最前線に連れ出すという選択肢もあったはず。


 だから、何かある。

 もしかして、魔族がベルナードに何かしたのではないかと考える者さえいた。


 だが……。


「グミエールの言いたいことはわかる。それに、おまえの意見が正しいことも承知している」


「だが、あえてここに連れてきた。その理由はおまえたちにこの男を会わせるためだ」


 それがベルナードの答えであった。


「たしかに強力な力を持った敵を軍の中心に連れてくるなどあり得ぬこと。まして、この男は我が国の賞金首筆頭。ここで狩るのはならともかく見物させるために連れてくるなど考えられない。だが、この男は前線を眺めるだけでそこで暴れることはないと言った」

「そんなこと……」

「信じたくはないが、信じてもいいようだ」


「そして、ここで武力を使わないということであれば、我々にとって最大の障害になる者を間近で見ておくことは悪いことではない」


「そう思ったのだ」


「そのとおり」


 ベルナードの言葉があってもまだ承服しかねるという雰囲気の一同を圧するようにそう言ったのはシャンバニュールだった。


「言っておくが、男の隣にいる小娘。それが二度にわたり我が軍の大兵力を一撃で葬った大魔法を使い手。この瞬間も完璧な防御魔法を展開している。この場に全員で斬りかかってもそこの魔族の男には傷ひとつつけられず、指ひとつ動かしただけで我々は灰になる。そのような状況で何もしないと言っている相手に斬りかかる愚か者がいるようなら娘が動く前に私が始末する」


 味方に対してのものとは思えぬほど強い口調。

 もちろんそう言ったシャンバニュールにはシャンバニュールなりの意図がある。


 その言葉どおり、そもそも勝てない相手。


 それがシャンバニュールの中での前提である。


 さらに、その相手が攻撃はしないと言っているが、それはこちらが手出ししなければという条件がつくのはあきらか。

 つまり、こちらの暴発は相手に攻撃する口実を与えるようなもの。

 それだけは避けなければならないが、それを武辺の者に理解させるのは簡単ではない。


 それがあの言葉の真意。


 そして、その言葉によってどうにかその場を収める。

 安堵した老人はベルナードを見やる。

 そして、ベルナードもそれに応えるように小さく頷き、魔術師長に謝意を示すと、硬い表情の部下たちを眺める。

 そして、その中のひとりに視線を止め、口を開く。


「グミエール。せっかくの機会だ。魔族の将に何か質問をせよ」

「はあ?」


 はっきり言えば、これは無茶ぶりである。


 そもそもグミエールは魔族の男がここにやってきたこと自体納得していない。

 それにもかかわらず、何か聞けとはこれ如何というところだろう。

 だが、命令は命令。

 やるしかない。


 三ドゥア後。


「……私はウジェーヌ・グミエール。ベルナード司令官の下で副司令官を務めている者である」


「問う」


「先日のアマラ侵攻時、迎撃部隊を殲滅したにも関わらず撤退したのはなぜか?」


「……確かに」


 その瞬間、多くの心の声が飛びかう。

 そして、その場にいたフランベーニュ軍の幹部たちはあのとき自分たちの行動を思い出す。


 自軍が迎撃に失敗したと察した後、全員が背後に強敵が現れることを予測した。

 だが、いつまで経ってもやってこないために、殲滅覚悟で部隊を派遣し、敵がすでに引き上げたことを知る。

 さらに調査をするとどうやら敵は迎撃部隊を殲滅してまもなく撤収したことがわかる。

 あのときは助かったという気持ちが強かったものの、よく考えればフランベーニュ軍主力の背後を取れる絶好の機会をあっさりと放棄したことになる。

 当然理由は知りたい。


 グミエールの言葉とともに全員の視線がグワラニーに集まる。


 そして……。


「これについて答えられるか?」


 ベルナードにそう問われたグワラニーは笑みを浮かべこう答える。


「もちろん」


 思いもよらない壮大な計画の一部。

 または重要な軍事機密。


 そう思われたその謎を解き明かすことをグワラニーはあっさりと承知する。

 様々な思惑が飛び交う中で、再び苦笑するベルナードはグワラニーを見やる。


「つくり話を聞かされるのなら、断られる方がマシだ」


 むろんそれは嘘を喋るなと釘を刺したもののだが、尋問ではない以上、グワラニーには答えることを拒否する権利はある。

 一応の逃げ場も用意したわけなのだが、グワラニーはベルナードの厚意を謝絶するように右手でそれに応じ、それから口を開く。


「まあ、実際は皆さんが考えるような芳しい香りのするものも特別複雑な事情もない。それが真相といえるものです」


 その言葉を前置きにしたグワラニーの話は、ほぼ真実に沿ったものだった。

 もちろん、東方の居座るアストラハーニェを掣肘するために長く前線に出られない部分は巧妙に隠されていたのだが。


「……まあ、そういうことで我々は命令通り行動し、目的の相手は仕留められなかったものの、相応の戦果を挙げて引き上げた。そういうことになります」

「ということは、その命令は実は大した意味がなかったということか?」


 自身の言葉が終わった直後、グミエールがそう問うとグワラニーは頷く。


「わかりやすく言ってしまえばそういうことになりますが、ティールングルのお返しをしたいと考えていた軍の幹部としては意味があったのではないかと思います。残念ながら彼らが本当に倒したかった相手であるベルナード将軍は健在なわけですから失敗だったといえば、失敗なのですが」


「まあ、ここまで話せばわかるでしょうが、私がここまで来た目的のひとつ。それは……」


「ベルナード将軍が本当に生きているのかを確認すること」


 もちろんこの部分については完全な嘘。

 だが、十分な理由になるため多くの者が納得の表情を浮かべるなか、その説明を鼻で笑ったベルナードがその直後、口を開く。


「ティールングル報復と我が軍の戦力を削り取る。確かにやってきた理由としては理解できる。だが、それが撤収しなければならない理由にはならないだろう。もう少し待っていればさらに戦果は得られただから。さらに二十万に包囲され一瞬で殲滅できる力があるのならすぐに戻らず進軍するのは当然の選択。それをしなかった理由はまったく説明されていないと言っていいだろう。それが今の話を聞いた私の感想だ」


 ……さすが。


 グワラニーはベルナードに目をやる。


 ……では、これではいかかでしょうか。


 グワラニーが少しだけ表情を変える。


「まあ、そういうことですし、現に我が部隊の中にもフランベーニュ軍の主力の背後を突き、ここで一挙にケリをつけるべきという意見も多数ありました」


「というか、私自身もそうしたかった」


「ですが、できなかったのです」


「命令によって」


 グワラニーのその言葉にベルナードが目を細める。


「命令によって?」


 自身の言葉を復唱するようなベルナードの言葉にグワラニーは頷く。


「おかしな命令だな」

「まあ、そうですね。ですが、我が軍はもちろんフランベーニュの軍内でもあると思いますよ。簡単に言ってしまえば、武功をひとりの将が独占するのをよしとしない者がいるということです。そして、その者が軍の差配をおこなう権利をもっているときにそういう命令が出る。これはその一例ということです」


 たしかに魔族軍内部にはその問題はあるし、それも理由の根底にあるかもしれない。

 ただし、戦略や戦術の有効性よりも派閥の利益や政治的ものが優先されるのはフランベーニュ軍にも山ほどある話。

 そして、自身もそれに悩まされた経験があるため、今度はベルナードも納得せざるを得ない。


「……つまらん理由だな」

「まったくです」


 ベルナードが吐き出した言葉にグワラニーは同意の言葉を加える。


「というと、我々の前面に展開している魔族軍はおまえとは無関係の部隊ということか?」

「そうなりますね。あれは私の功を妬む軍幹部に近い者たちが指揮する部隊。そして、彼らが功を得られるために私は面倒な仕事を押し付けられた。そういうことになります」


「……そういうことなら心置きなく聞ける」


 一瞬後、薄い笑みを浮かべたベルナードが再び問いかけの言葉を口にする。


「問う。おまえがフランベーニュの将であればこの状況を打開できるか?」


 そう言って指さしたのはもちろんフランベーニュ軍と魔族軍が戦っている戦場である。

 高さのある場所から俯瞰的に見られるため壮観といえなくもないのだが、戦い方そのものはなんともいえないものであった。


 グワラニーは思考を始める。


 もちろん敵味方の線引きはある。

 だが、同じ魔族軍とはいえ、自軍に安全に関わるものではないため、その境界は著しく緩くなる。

 しかも、ベルナードからの問いは自身の嗜好を刺激するもの。

 自然と力が入る。


「……ちなみに、それはフランベーニュ軍の現有戦力をもってということですか?」

「あ、ああ」


 グワラニーは予想外の問いにベルナードは慌てながらそれを肯定する。

 肯定しながら、思う。


 この男は真面目に答える気なのか。


 そう呟きながら珍獣を見るようなベルナード。

 そして、その視線の中、グワラニーの思考は深みに入る。


 ……前進するためにはふたつの丘に挟まれた道を通らねばならないがその丘を魔族軍が要塞化している。

 ……当然その丘を落とさねばならない。

 ……いかにもベルナード将軍らしい。


 ……私ならある程度の兵を張りつけたうえで、迂回させ、この陣地自体を無力化させるだろうが。


 ……だが、ここで求められているのは、迂回策ではなくこの丘をどうやって落とせるかということ。


 ……ここからは険しい山が続く。

 ……そして、周辺で唯一大軍を進めることができる間道の入口にあたる場所がここ。

 ……守備側としては申し分のない場所といえる。


 そう呟いたところでもう一度その場所を眺める。


 ……ここの道幅が狭いので数の力が使えない。

 ……マンジュークまでの渓谷地帯を思い出すな。


 そして、それと同時にグワラニーはマンジュークへと向かう渓谷に挑んだフランベーニュやアリターナの将の苦労を思い知る。


 ……双方の魔法がほぼ同量のため無効化される。

 ……そして、それは有効な武器になるはずの弓矢など飛び道具も無効化してしまう。

 ……そうなれば頼るは剣のみ。


 ブツブツと独り言を言いながらさらに考えたものの、肉弾戦以外の妙案がない。


 もちろん魔族軍の将グワラニーであれば策など掃いて捨てるほどある。

 だが、それはデルフィンやその祖父が率いる魔術師団の力があってこそのもの。


 ここにいるフランベーニュ軍の魔術師ではそれは無理。


 ……そうなると、純粋に私の小細工だけで勝たねばならないということか。


 グワラニーは再び、敵である魔族軍が立て籠もる丘を眺める。


 ……敵があそこにいるかぎり、損害が増えるだけ。

 ……となると、敵を巣穴は引っ張り出すしかない。


 ……策はそのようなものということになるわけだ。


 方向性が決まれば、後は方法だけである。

 グワラニーは笑みを浮かべる。


 ……あそこにいる魔族兵も馬鹿ではない。

 ……あの陣地にいてこそ自分たちの有利さが保たれるくらいは承知しているだろう。

 ……その彼らがその場から出たくなるのはふたつの場合。


 ……ひとつはあの場にいられなくなった場合。

 ……例えばあの丘全体が火の海になるとか。


 ……そして、もうひとつはその場に出る危険を差し引いても収支が黒字になる場合。


 ……当然罠として用意するのは後者。


 ……まあ、そうなれば、大軍を用意してそこに誘引した敵を叩くといういつもの手が使える。具体的には……。


 ……撤退と見せかけての反撃。そして、その乱戦状態のままで丘の内部に殺到して制圧。

 ……これだな。


 心の中でそう呟いたグワラニーはベルナードを見やる。


「一応策らしきものは考えましたので聞いていただきましょう」


 そして、その概要を話した直後、「やはり」と呟く。

 その心の声はさらに続く。


 ……いや。

 ……そう思う上官への配慮か。


 グワラニーは知っている。

 フランベーニュ軍の司令官は正攻法の信者。

 そして、奇策の類を極端に嫌う者であることも。


 ……まあ、言ってしまえば、今話したのは奇策の極み。

 ……部下たちから湧き上がるこの雰囲気から考えられることは、当然ベルナード将軍は私の提案を拒否する。

 ……幸いなことに私は彼の部下ではない。

 ……何か策を出せと言われ出しただけ。断られてもそれまでの話。


 ……それどころか、その策を拒んでどのような策であの場所を攻略するのか楽しみになる。


 そう呟いたところで、グワラニーが口を開く。


「いかがでしょうか?ベルナード将軍」


「いかにも小賢しい者が考えそうな策だ」


 もちろん返ってきたのはグワラニーの予想通りの言葉。

 だが、ベルナードの返答はそこで終わらなかった。


「まあ、提案者共々すぐさまその提案を斬り捨てたいところが、一応聞いておく」


「おまえが示したものは簡単にできる策だと思うか?」


 そう。

 ベルナードからはその可能性について問うてきたのだ。

 つまり、脈はある。

 その問いはそれを示している。

 当然グワラニーの答えにも真剣みが加わり力が入る。


「いいえ。相当技術がいるでしょう」


「特に前線に立つ指揮官とその部下たちは」


「ですが、わざわざそれを私に尋ねて来たということは、現在あの難所の攻略がうまくいっていないということでしょう。そういうことであればやるべきではないかと」


 グワラニーはベルナードに目をやり、その本気度を再度確かめる。

 そして、悟る。

 ベルナードは本気であると。


「……やむを得ない。おまえが提示した小賢しい策を試してみるか」


 その直後、ベルナードは今日何度も見せたなかでも最高峰ともいえる苦笑を披露する。


「……それにしても……」


「本当にそれにしても、この私がこのようなアポロン・ボナールが考えそうな小賢しい策に頼ることになるとは思わなかった。しかも、それを提案したのは戦っている相手である魔族」


「いよいよ焼きが回ったようだな。私も」


 もちろんそう言ったベルナードは知らない。

 グワラニーが提示したその策が、自身の言葉どおりライバルであったアポロン・ボナールがマンジュークまで続く渓谷地帯を一気に抜くために考えていた策の類似だったことを。


「アポロン・ボナール。アリスト・ブリターニャ。そして、アルディーシャ・グワラニー」


「……まさに知者が辿り着く場所は同じようですね」


 こっそりとそう呟き、フィーネは笑みを浮かべた。


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