アルサンス・ベルナード
それから一セパ、別の世界で一時間半より少しだけ欠ける時間が過ぎたところで、街道を覆う大軍がグワラニーたちの目に入る。
「……さすがにあれは野盗ではないな」
「ああ。一万近くはいるな」
「たった六人を出迎えるには多すぎる数だ、もしかして、やる気か?」
「そう願いたいところだ」
もちろんファーブたち糞尿三剣士の期待が籠った言葉は遠すぎて相手には届かない。
だが……。
「希望はしませんが、私もあり得ると思います……」
フィーネは愛用の剣を右手で弄びながら、グワラニーを見やる。
「あなたはどう思いますか?」
「そうですね」
「陣形は見るかぎり中途半端。限りなく前者に近い形での和戦両様の構えというところでしょうか」
「ベルナード将軍は当然ながら魔族である私を信じていない。ここまでおとなしくしていたが背後に迫ったところで牙をむく可能性があると思っているのは間違いない」
「その一方で、王都の命とここまでの功績もある。礼は言わねばならないとも思っている。戦いをおこなうにしてもまず礼を言うつもりなのでしょう」
そう言ったところでグワラニーは出迎えの者たちを見やる。
中途半端な数。
ベルナードが自分たちを本気で潰す気ならこんな数ではない。
それは魔術師も同じ。
魔術師長は連れて来ているようだが、それでも数としてはたいしたことはない。
「案外、相手も私がどのような者かを確かめたいと思っているのかもしれません」
そして、グワラニーたちが向かう先となる、そこから北に十アクト、グワラニーがいた世界での一キロメートルほど離れた場所。
そこに展開していた部隊の中心。
そこでその男は今からやってくる者たちを睨みつけていた。
アルサンス・ベルナード。
魔族軍と対峙しているフランベーニュ軍主力を率いる将軍で伯爵の爵位を持つれっきとした貴族の家長でもある。
「どう思う?」
ベルナードが尋ねたのはアラン・シャンバニュール。
フランベーニュ軍の魔術師長でもある男である。
その男が口を開く。
「この時点で攻撃してこないということは相手には攻撃の意志はないと思っていいだろう」
「相手の魔力から考えて間違いなくこちらの魔術師団の陣容は把握している。もちろん私の力も」
「あそこにいるのがグワラニーで、攻撃をおこなう意志があるのならすでに魔術師狩りを始めているだろう」
「ただし、こちらが攻撃を仕掛ければ話は別だ」
「なるほど」
シャンバニュールの言葉に短く返答したベルナードは隣に立つ老人に視線をやる。
「ちなみにこちらが先制攻撃をおこなったら勝てるか?」
「まさか」
その言葉に苦笑しながらそう答えた老人はさらに言葉を続ける。
「……信じたくはないがあの六人のなかにこの世の理を逸脱した魔術師がふたりいる」
「構成する者が違うが、あれが魔族たちを蹴散らすという噂の勇者であっても私は驚かない」
「つまり、こちらの全力の攻撃もまったく届かず、反撃されれば我々は一瞬で灰になる。ただそれだけのことだ」
「では、どうしろと?」
「できるかぎり穏便に済ませ、お帰り頂くしかあるまい」
そう言ったところで老人はようやく隣の男の顔に視線をやる。
「これまでのお返しをしたいという気持ちはあるだろうが、とても敵う相手ではない」
「その相手が戦う気がないのならありがたいと思うべき。ここは相手の要求をできるかぎり飲み、気持ちよくお帰り頂くのが我々の採れる最良の策といえるだろう」
こうして、フランベーニュ軍の方針が決まる。
お互いに攻撃はしない。
だが、近づきもしない。
いわゆる様子見の時間が続く。
グワラニーが息を吐く。
「やむを得ません。前へ……」
グワラニーの言葉によって馬車が動き出し、両者の距離は徐々に縮まり、それに比例するようにフランベーニュ側の緊張が高まる。
「魔族の男は見えませんね」
「幌に隠れているのだろうが、それにしても……」
「あの女騎士はどういうつもりなのだ」
そう。
ベルナードのもとには王都から相応の情報が流れてきている。
当然のフィーネの身元も。
「フランベーニュ最高位の貴族の娘でありながら、ブリターニャの王太子の護衛を務めるだけではなく、魔族とともに旅をするとは」
不届き千万。
むろんそのような言葉はこの世界にはないのだが、もし、その言葉が存在したら、まちがいなくベルナードは口にしていただろう。
フランベーニュ貴族の常識と倫理観に凝り固まったベルナードにとってはフィーネのすべてが許されざるものなのだから。
「だが、この国にいたらあれだけの才を持ちながらどこにも生かされないまま終わる。あの娘が外に出たのはそういうことだろう」
ベルナードを宥めるようにそう言ったのは隣に立つ老人だった。
「それよりも……いよいよお出ましだ」
「ああ」
老人の声に応じながら少女とともに馬車から姿を現したグワラニーを眺めていたベルナードの口から言葉が漏れる。
老人が呻くように言葉を口にする。
「グワラニーからは魔力はまったく感じない。それに対し奴の隣にいる子供からはとんでもない魔力を感じる。例の噂を知らなければ、クペル平原で四十万の兵を葬ったのはあの小娘ということになる。しかも、あれだけの力が漏れ出しているということはその防御魔法はとてつもなく強いものだ」
「ここにいる魔術師全員が全力で攻撃しても傷ひとつつかない。そして。その後やってくる報復で全員死亡」
「つまり、無駄死だ。さらにあれだけの魔力があれば、完全な形の防御魔法だって展開できる。当然剣も寄せつけない」
「もうあきらめるがよろしいかろう。ベルナード殿」
諭すように軽挙を諫める老人がその言葉を口にしていた頃。
グワラニーも敵中からベルナードを認識していた。
「……あれがアルサンス・ベルナード」
爵位持ちの貴族と聞いていたが、そう言われなければわからない。
百戦錬磨の武将。
それが男の名を口にしたグワラニーの、ベルナードに対する第一印象だった。
「魔術師長と思われるのは……」
そう尋ねた先はフィーネ。
むろんすぐに答えが戻ってくる。
「隣の老人です。それから三隊に分かれた魔術師団のうち、左側の離れた一隊の中にもうひとり強い魔力を持った者がいます」
前はフィーネとファーブ。
後はマロとブラン。
そして、隣にはデルフィンという完璧な防御体制の中でグワラニーは全体を見渡す。
……では、始めましょうか。
グワラニーの口がゆっくりを開いた。
「はじめまして。アルサンス・ベルナード。私は魔族軍の将軍アルディーシャ・グワラニーです。そして、彼女は私の部隊の副魔術師長デルフィン・コルペリーア。それから……」
「私はフィーネ・デ・フィラリオ。後ろに並ぶのはファーブ、マロ、ブラン。こちらの四人はブリターニャ王国王子アリスト・ブリターニャの護衛をしています」
グワラニーの言葉を引き継いだフィーネは手早く自己紹介を終える。
ここまで完璧な自己紹介をされては答えないわけにはいかない。
ベルナードは列より一歩だけ前に出る。
「私はアルサンス・ベルナード。この方面の指揮を任されている将軍である。そして、私の隣にいるのは魔術師長アラン・シャンバニュール。その隣は副魔術師長ジェルメーヌ・シャルランジュ。ここに来ている幹部はこれだけだ。副司令官を始め多くは所用があり動けない」
むろん所用とは前線での戦い。
すなわち、魔族軍との戦闘のことである。
「王都からの連絡では、私の務めは、野盗どもの討伐について報告を受けることとなっている。私も魔術師長もすぐに前線に戻る必要がある。報告については手短に願おうか」
グワラニーが薄く笑い、反論の言葉を口にしかけたときだった。
「そうはいきません。将軍」
それはフランベーニュ人の女性からのものだった。
「……それはどういう意味かな。フィラリオ家の令嬢」
予想外の場所から飛んできた言葉に表情を険しくしたベルナードはその不機嫌さを表すようにわざわざ彼女の姓を加えて問う。
むろんその感情は相手だけではなく、グワラニーにも伝わる。
すべてを理解したグワラニーは小さく頷くとフィーネは言葉を続ける
「王都からの連絡には、私たちからの報告を聞くだけがベルナード将軍の務めではなかったと思いますが」
「……そうだったな」
「もちろん忘れているわけではない。もちろん褒美は用意してある。リュー」
ベルナードに呼ばれた副官バスチアン・リューの足元に置かれているのは革袋の山。
もちろんあの中には金貨が詰め込まれているのだろう。
「だから、安心して……」
「おかしいですね」
フィーネはベルナードの言葉を遮ると、そのまま言葉を続ける。
「私たちがこの仕事を受ける際に王太子殿下から頂いた褒美はそれ以外にあったはずなのですが」
「ん?」
フィーネからやって来た言葉にベルナードの表情はさらに厳しいものとなる。
「リュー」
ベルナードに再び名を呼ばれた副官は大急ぎで上官のもとに飛んでくる。
「この者たちへの褒美だが、相応の金貨以外に褒美を渡すよう書かれていたか?」
「いいえ。それ以外は何も」
リューはその有能さを示すようにそのように即答する。
「だそうだが?」
「まあ、そうでしょうね。ですが。私たちはたしかに王太子殿下から褒美を頂ける約束を頂いております」
「口頭で」
「ちなみに追加の褒美とは?」
「将軍の命」
「ですから、差し出していただけないとなれば、こちらが動き殿下のお命を頂くことになります」
「図に乗るな。小娘。言っていいことと悪いことがある」
もちろんその言葉とともに兵士が剣を抜く。
それに合わせてファーブたちも剣を抜くものの、肝心のフィーネは冷たい視線でベルナードを眺めるだけであった。
「……フィーネ嬢。その辺でいいでしょう」
双方が剣を抜き構えるなかで口論中のふたりの間に割り込むようにグワラニーはその言葉を口にした。
グワラニーは視線を動かし、ベルナードへ向ける。
「一応、説明しておけば、その要求は王太子殿下にも蹴り飛ばされています。ただし、その代わりとして、前線まで行き、フランベーニュ側から戦闘を見学する許可を得ました」
「そういうことで、これは私たちにとっても次善のもの。それすら認めないとなると、さすがにこちらも少し考えなければなりません。たとえば……」
「邪魔する者たちをすべて排除しながら前線に向かうとか」
これは脅し。
しかも、極めてわかりやすいくらいの。
だが、ここまで言われては拒んだ場合は即戦闘ということになる。
もちろん名誉のために自身の命が失われるだけであるのならいい。
しかし、この男の言い分は前線まで抵抗するものすべてを殲滅するというもの。
それはここから前線までのすべてのフランベーニュ軍将兵を狩り尽くすと同義語である。
要求を飲むのは屈辱以外のなにものでもない。
だが、ここはこの男の要求を飲まざるを得ない。
ベルナードの表情はその感情が滲み出している。
もちろんグワラニーはそれをすべて掬い取った。
……個人の交渉術だけでどうにかなるのは遊びの世界だけ。
……国家間の紛争では武力。そして、経済での交渉の際には市場。
……そう。その言葉を裏付けする力がなければならないのだ。
……逆に圧倒的な力さえあれば並みの交渉力だけで十分な場合が多い。
……それが本物の交渉。
そう呟いたグワラニーが待つこと、ニドゥア。
「……わかった」
観念したかのようにベルナードは大きなため息とともにその言葉を吐きだした。
グワラニーは小さく頷く。
そして、そのまま言葉を続ける。
「先ほど言ったように私はあくまでこちらから前線を眺めたいだけです」
その言葉に屈辱感が倍増したベルナードがグワラニーを睨む。
「流暢なフランベーニュ語だが、誰に習った?」
むろんそれはフィーネとの関係を疑ったものであった。
それを察したグワラニーは冷ややかな笑みとともに言葉を返す。
「魔族軍の将軍の大部分はブリターニャ語、それから戦闘相手の言葉を理解しています」
「ご苦労なことだな」
「もうひとつ。先日、我が軍の副司令官のひとりが世話になったアマラに転移してきたのはおまえの軍か?」
「そうですね」
「そのおまえが我が軍の補給線の強化に協力するというのはどのような了見だ?」
「それは王太子殿下と約束したからですね」
そう言った後に、グワラニーはこれまで何度も話したその経緯を口にする。
そして、最後にこうつけ加えた。
「信じるかどうかはお任せしますが、魔族は約束を守る生き物です」
「少なくても人間よりは」
「なるほど」
「では、その言葉を信じて尋ねよう」
「クペル平原でボナールと戦ったのもおまえの軍と聞いているが間違っていないか?」
「はい」
ベルナードからの問いにグワラニーがそう答えると、ベルナードは沈黙する。
先ほどより長い時間が経ったところで、ベルナードが口を開く。
「ボナールの最期はどのようなものであったか?」
……なるほど。
グワラニーはその短い言葉ですべてを理解した。
ベルナードとボナールは不仲であったと聞いた。
それは事実であろう。
だが、それでもベルナードにとってボナールはこの世に存在しなければいけない者であった。
……真のライバルということか。
……そういうことであれば、こちらとしてもそれなりの配慮は必要だな。
「立派でしたよ」
「そんな抽象的なものを聞いているのではない」
グワラニーとしてはそれなりの配慮をした短い言葉で答えたのだが、受け取り拒否と言わんばかりにベルナードは即座にそう言い放った。
「奴のことはおまえごときより知っている。人一倍自尊心の高いあの男が命乞いなどするはずがない。それで……」
「決闘をしたという話だが……」
「事実です」
「ですが、その場にはエティエンヌ・ロバウ将軍がいたはずですが……」
「知っている。だが、自軍の者の言葉は多くの場合虚飾が混ざることが多い」
「その点、敵の言葉であればそのような過度な飾りは消える」
「貶める言葉が加わることはあるかもしれませんよ」
「そうであればロバウの言葉と折半すればいい。とにかく……」
「話せ。奴の最期を」
「では……」
その言葉を前置きにしてグワラニーは語った。
前段となる四十万の将兵を一撃で殲滅した話。
そこから始まる交渉。
それから決闘までの道のり。
そして、その決闘の様子を。
「……つまり、ボナールを倒したのはノルディア人ということか?」
「正確には元ノルディア軍の将軍ですが」
「同じだ」
ベルナードはそう言葉を吐き捨てた。
「その男は今どうしている?」
「我が軍の一軍を指揮する将軍です」
「ということは、魔族が人間の指揮を受けているということか?」
「そうです」
「……信じられない」
もちろんベルナードの耳にも情報は届いている。
だが、こうして敵側から聞かされたところでまちがいのない事実となった今でも信じられないことではある。
あのボナールは人間に軽く倒されたこと。
そして、人間が魔族の兵たちを指揮していることも。
「まあ、ボナール将軍の決闘相手が同じ人間になったことについては同感です」
ベルナードの口から漏れ出した言葉にグワラニーは苦笑いしながらそう返す。
「実際に、あの時純魔族の将軍が五人ほどおり、私はそのうちの誰が選ばれるものと思っていたので、アーネスト・タルファ将軍がボナール将軍の相手と決まった時は……」
「ちょっと待て。決めたのは指揮官であるおまえではないのか?」
「いいえ」
ベルナードの当然過ぎる疑問にグワラニーは苦笑する。
「私は剣の覚えがなく、また、同格の者が全員手を挙げてしまったために、誰を選ぶべきかわからず、仕方なく自分を除いて一番強いと思う者を示せと言ったところ、タルファ将軍以外の全員が彼を指名したのです」
「ですが、それが本当のことなのか疑った。実際の決闘が始まるまで。いや、決闘が始まってからも。なにしろ、見た目上はボナール将軍が一方的に押していましたから。ですが、将軍たちは余裕で見ており、慌てる私に対して『勝ちは動かない』と言いました」
「そして、結果はご存じのとおり」
「余計なことをしてくれたな。ノルディアは」
「まったくですというのはおかしなものですが、見識もあり、剣の腕も確か。そのようなタルファ将軍をなぜノルディアは簡単に手放したのか私にも理解できません」
「まあ、私たちはそのおかげで逸材を手に入れられたのですが」
グワラニーの言葉が終わると、懐かしい思い出に浸るようにしばらくの間、目を閉じていたベルナードであったが、目を開けたときには厳めしく堅苦しさだけで構成されたいつものベルナードに戻っていた。
「ところで、おまえたちの様子を見ていると非常に仲がよいように見えるが、おまえたちとブリターニャ、またはブリターニャ王子は繋がっているのか?」
……またですか。
薄い笑みの裏側でグワラニーは心の中で呟く。
……まあ、魔族である私がフランベーニュ国内をブリターニャ王太子の護衛達と旅をしているのだ。
……フランベーニュ人としてはそう問わねばならないだろう。
……まして、ベルナード将軍は前線で魔族と戦っている身。魔族とブリターニャが裏で手を結んだ場合、真っ先に影響が出る。警戒するのは当然だ。
……だが、こうも会うたびに同じ質問をされてはいい加減うんざりする。
素早く頭を稼働させ名案をひねり出そうとするものの、結局見つからず。
グワラニーはこの旅を始めてから何度目かもわからぬ同じ話を始めた。
そして、五ドゥア後。
ブツブツ言いながらも手抜きができない性格のグワラニーによる親切丁寧な説明、というより言い訳のようなその言葉を聞き終えたところでベルナードは再び沈黙する。
もちろんそれは聞き終えたその説明を自分なりに理解するためなのだが、グワラニーにとってはもどかしい時間となる。
ただし、それを批判するのかといえば、そうではない。
のちにグワラニーはベルナードをこう評している。
「自分が納得するまで考える男」
この評だけを見ると、判断の遅さを皮肉っているように思えるのだが、そうではない。
「素早く判断する。もちろんそれに越したことはないのだが、もっとも重要なのは間違った判断をしないこと。そういう点ではベルナード将軍はやはり有能といえるだろう」
やがて、小さく頷いたベルナードが口を開く。
「今の話が正しければ……」
「ブリターニャの王太子も被害者のひとりとなるな」
やって来た言葉の的確さにグワラニーは笑みをこぼす。
「そうなりますね」
「つまり、おまえはやはり最上級の悪党ということだ」
「まあ、フランベーニュの立場でものを申せばそうなるでしょう。ただし、その悪党の私も自分の国に帰れば『救国の英雄』と言われております」
「なにが『救国の英雄』だ」
その言葉の面白さにベルナードは思わず笑う。
「まあ、たしかにおまえさえいなければマンジュークの銀は我が国のものになっただろうし、ボナールも生きていたわけなのだから魔族からみればそうかもしれないな」
「それで自称『救国の英雄』に聞こう」
「この旅が終われば、おまえとあの四人は敵対関係に戻るわけなのだな?」
もちろんベルナードとしてはあくまで確認のもの。
答えは聞くまでもないことであった。
だが……。
「おそらく」
それがグワラニーは答えだった。
微妙。
曖昧。
いや。
そんな甘いものではない。
はっきりいえば、疑いを抱かせるもの。
当然顔を顰めたベルナードは再度問う。
「随分と不明瞭な答えだな。それでは手を結ぶ可能性がありそうではないか」
今度の答えは間違いなくその可能性があることを示唆しているもの。
さすがにこうなってはベルナードに言葉を選んでいる余裕はない。
「ハッキリと言ってもらおうか」
ベルナードの言葉には力が入る。
「ブリターニャは我々に対して大声で魔族が消えるまで手を組もうと言ったものたちだ。それにもかかわらず、実は魔族と手を組んでいたとなればそれは裏切り以外のなにものでもない。当然相応の報いをくれてやる必要がある。それで、どうなのだ?」
ベルナードの言葉を聞き終えたグワラニーは薄く笑みを浮かべる。
「では、お答えします」
「今現在は可能性はありません。ですが、お互いの利益が合致すれば将来的にはあり得ること。もちろんそれはフランベーニュも同じ。それは私がこうしてブリターニャ王子の護衛達と旅をしてフランベーニュの補給線の掃除をし、そして、将軍とこうして会話していることからも絶対にないとは言い切れないでしょう」
「たしかにそうだ」
そう言ってベルナードは会話が始まってから何度目かの苦笑をする。
……それにしても……。
……今日は随分と笑うな。ベルナード殿は。
ふたりの左後方を歩くアラン・シャンバニュールはそう呟いた。
彼の知る司令官は滅多に笑わない。
だが、相手が魔族であるにもかかわらず、今日は何度も笑う。
しかも、あれは愛想笑いと呼ばれるものではない。
というより、そのような種類の笑いを上官は持ち合わせていない。
……もしかして気が合うのか?
そう思ったところでシャンバニュールは少し残念に思う。
……グワラニーはともかく、ベルナード殿は絶対に魔族と手を組まない。
……つまり、このふたりが並んで戦線を眺めることは今回が最後。
……だが、このグワラニーが隣の娘と共にこちらに身を投じ、ベルナード殿の隣で硬軟多種多様の策を講じれば……。
……この軍に不足している柔軟性が生まれ、最強の軍になるだろう。
……この戦争を終わりにできるだけではなく、フランベーニュによるこの世界の統一だって可能。そう思える。
……まったくもって残念なことだ。