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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二十四章 勇者と魔族の冒険譚
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終着点 

 振り出しに戻ったゲームのようにペリゴールに戻り、宿屋で休養を取った一行は再び渓谷地帯に入る。

 といっても、今回は実にのんびりしたもの。

 とりあえず襲撃に備え防御魔法は展開するものの、それが役に立つことはなく時間が過ぎていく。


 その間にフィーネはグワラニーが乗る馬車にやってきて多くのことを尋ねてきた。


「あなたは最初から『狼の巣』に住む者たちを逃がすつもりだったのですか?」


 フィーネからやってきたいくつめかの質問となるそれにグワラニーは嫌がる様子もなくこう答える。


「当然でしょう」


「女、子供、老人、疾病者。そんな者たちを害しても得になることはありませんから。それに、将来勇者の功績のひとつとしてこの出来事も語るうえでも、そのほうがプラスになるわけですからあなたがたにとっても悪いことではないでしょう」


 露骨に恩を売るようなグワラニーの言葉にフィーネも実にわかりやすく表情を浮かべる。


「ですが、将来的にその者はあらたな『セヴィンヌの悪魔』になるかもしれません。それについてはどう考えますか?」


 再びやってきたフィーネの皮肉に満ちた言葉。

 それにグワラニーは笑いながらこう返す。


「それはフランベーニュにとってはマイナス要因でしょうが、魔族にとって損にはなりません」


「もしかしたら、その頃にはここが魔族領に戻っているかもしれないとは考えなかったのですか?」

「そのときは……」


「そのとき考えればよいことでしょう」


 そして四日後、渓谷の出口にあるシャリニャックに何事もなく無事到着。

 もちろんやってきた彼らはフランベーニュ人たちにとっては招かざる客。

 当然それにふさわしい対応を取る。

 宿屋に缶詰状態で外に出られないため、三人の剣士は大いなる不満をぶちまけるものの、残りの三人は気にすることなく寝て過ごす。


 寝られるときに寝て、食べられるときに食べる。


 冒険者の鉄則であるその教えを実践するかのように。


 そして、その食事の時間。


「……『セヴィンヌの悪魔』についての感想を聞いておきましょうか?」

「そうですね……」


 そう言ったところで、グワラニーの表情が変わる。

 実をいえば、グワラニー自身、この話はしたかったのだ。

 ようやくやってきたその機会に、言葉にも力が入る。


「私たちは比較的簡単に倒してしまいましたのでそう感じなかったかもしれませんが、あの者たちを討伐するのは相当難しい。もう少しいえば……」


「彼らの討伐は私たちのような数が少ないがとんでもない技量の持ち主であたるのが一番」


「もちろんこれまでおこなった以上の大軍で討伐をおこなうことも可能は可能でしょうが、その場合には彼らはただ逃げればいい」

「本拠地は?」

「もちろん捨てます。根城は便利ですが、そこに縛られるという欠点があります。その辺は彼らもわかっているでしょうから、あっさりと捨てると思います。そして……」


「大軍は絶対的強者ですが、その反面金がかかる。十日か十五日。大軍がこの場に留めてられるのはその程度でしょう」


「彼らとしてはその間逃げ回ればいいわけです。もちろん逃げたフリをして戻ってきた彼らを叩くという手もあります。ですが、カンキューラはペリゴールに本拠地を持ち、情報網を張り巡らせている」


「ほぼその手には引っ掛からないでしょう。ですが、大軍を派遣して戦果なしでは帰れない。当然長期戦になる。それが何を意味するかはいうまでもないことでしょう」


「ですから、自軍が消耗することなく問題を解決する、今回の補給路の掃除を勇者にやらせるという案は非常に良かったと思います」


「まあ、面倒な仕事を他人に押し付けた罰は最終的に見たくない相手の顔を見なければならないという形でやってくるわけですし、根本的な解決にはなっていない。私なら道を広げ、さらに陣地を設け兵を大量に駐屯させるでしょうが」


「……酒が入ったためか調子に乗って脈略のない話を延々と喋ってしまいました」


 グワラニーはそう言って話を切り上げた。

 だが、フィーネにとってはグワラニーの思想の核になる部分を知るよい機会。

 困るどころか十分に満足できるものであった。

 当然ここで終わりにする気はない。


「こうやって歩いてようやく理解できたともいえますが、ミュランジ城を落としておけばよかったと後悔していませんか?」


 誘い水のような言葉を口にする。

 それに対し、この時点ではすでに冷静さを取り戻していたグワラニーは少しだけ考えこう答える。


「いいえ」


「あそこを残すことによってフランベーニュはミュランジ城を終着点とした水路による輸送を続けています」


「この世界では大量輸送をおこなうには船を使わねばならない以上、水路は必要。ミュランジ城を失えばフランベーニュも内陸に水路をつくらざるを得なくなるはずだった。ですが、ミュランジ城が残ったことによりその考えは彼らの頭には浮かばない」


「逆にいえば魔族軍としてはいつでも手が届くところに敵の弱点が存在する。そのような状況はそう悪くはないということです」


 そして、三日後。

 外部と遮断され十分な休養が取れたグワラニーやデルフィンにとっては満足できるものになったものの、缶詰状態に巻き込まれた三剣士たちにはストレスが溜まるだけだったシャリニャック滞在がようやく終わり、いよいよ前線へと出発する。


「重要な仕事は終わっているのでここで離脱しても問題ないですよ」

「いやいや。ここで帰ったら野盗退治の功績はすべて残った方のものになるではありませんか」


「それに、堅物で有名なベルナード将軍が私にどのような労いの言葉をかけてくれるのか興味があります。そして、彼に会い話をすることで、フランベーニュの双璧と話をした最初の魔族という称号が入るのです。ここは最後までご一緒することこそが正解」


 フィーネの言葉に対し、そう応じたところで、グワラニーはもうひとことつけ加える。


「せっかくここまで来たのです。フランベーニュ軍の陣容を間近で見たいですし、軍幹部と直接話ができる機会はそうはない。是非実現したいです」


「たとえそれが嫌味や罵詈雑言であっても、ある程度為人は確認できますから」


「ですが、相手にそれなりの魔術師があれば彼女が『フランベーニュの英雄』の仇であることが知られますよ」

「それはすでに王都でばれていることですので問題ないですし、こちらこそ誰がどの程度の魔力を持っているか確認できます。収支からいえば、黒字ですね」


 いつもながらのグワラニーの雄弁さに舌を巻いたフィーネは短い言葉で負けを認め、苦笑いしながらこう締めくくった。


「では、最後までお付き合い願いましょうか」


 そうして始まったシャリニャックからの最後の十日間。

 それは今までからは信じられないくらいに何も起こらない時間となる。

 いるとされた野盗は全く姿を見せないため、出会うのは前線から帰っていく荷馬車ばかり。

 商人たちが破壊された建物を修理し営業を始めた軍人や輸送に携わる者を客とする各種保養施設群がその中心となる街道の検問所兼守備兵の駐屯所でも特別揉めることもなく通り過ぎる。

 そして、草原地帯を縫って進むその街道がもうすぐ終着地に着くというところでデルフィンが気づく。

 魔力の塊に。


「街道の要衝に配置されていた魔術師たちとは比べものにならないくらいの魔力を持った者がいます。それだけではなく多数の魔術師も」


 デルフィンのその言葉に隣で何かを記録していたグワラニーは身を前に乗り出し手綱を握るマロに声をかける。


「前方に多数の魔術師を伴った出迎えがいるようです」


「皆さんに声掛けを」

「わかった」


 グワラニーの声にそう応じたマロは、息を吸いこみ、それから声とともに吐き出す。


「おい、ファーブ。お客さんが前にいるそうだ」


「ブランも聞こえたな」


 一瞬後、ふたりの声がやってきたところでマロが振り向く。


「止まるか?」

「そうですね。そうしましょう」


 それから、まもなく前方に展開する集団の正体が判明する。


「あれは間違いなくフランベーニュ軍ですね」


「さすがに魔術師の数が三桁もいる野盗団はないでしょうから」


「ということは、やはり出迎えということでしょうか?」


 再びやってきたグワラニーからの問いかけにどの女性が薄い笑いで応じる。


「というより、ここで話を終わらせ、あなたにお引き取り願うということではないでしょうか。ベルナード将軍としては」


 グワラニーはその言葉に頷き、それから黒味を帯びた笑みを浮かべ直す。


「彼の意図がそういうことなら、意地でも前線まで行って、敵側から自国の戦いを見た最初の魔族軍司令官になりましょう」


「ご協力願います」


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