勇者対盗賊
そして、やってきたその日、ヒュメルたちペリゴールの城の守る幹部たちの形ばかりの見送りを受けたグワラニーたちは渓谷に入っていく。
「……カンキューラ、ではなくクロード・ジェノス氏はいましたね」
「迎撃準備が忙しいなか、わざわざ時間を潰して挨拶にくるとは随分と律儀な方のようですね」
見送りに応えるため先頭の馬車に乗り込んだフィーネとグワラニーは挨拶にやってきた男に対して好意的な要素を一切含まない言葉を口にした。
一呼吸後、フィーネはもう一度口を開く。
「やはり、カンキューラからは魔力は感じませんね。ただし、ふたりの子分のうちのひとりから魔力が漏れています。おそらく大急ぎで転移するのでしょう」
グワラニーが薄い笑みを浮かべる。
「では、ご苦労様でも言っておきましょうか」
「そして、ここからが本番となります」
グワラニーの言葉に一度頷いたフィーネが口を開く。
「それにしても……」
「出発前から最高位の防御魔法ですか。さすがにこれは過剰警戒ではないのですか?」
「いいえ」
あきれ顔をしたフィーネの問いにグワラニーはそう応じた。
「もし、私が野盗の頭で魔術師が手元にいれば、出発のどさくさを狙って攻撃し、無礼な輩を始末します。相手は魔族。容疑者はその場にいるもの全員。さらに、同じ理由で捜査もいい加減」
大勢の者がいる中での魔法を使った攻撃。
当然誰がそれをおこなったかはわからない。
暗殺手段としては完璧である。
「たしかにあなたの言うことは正しい。ですが……」
そう言ったところで、なぜか言葉を止めたフィーネはニヤリと笑う。
「毎回そこまでの準備をしていては、ハラハラドキドキな場面など起きぬまま最初から最後までこちらの筋書き通り進み常に敵を圧倒。冒険譚を紡ぐ吟遊詩人にはいたく評判は悪いでしょうね。もちろんそれを聞く者にとっても毎回の圧勝劇は退屈な話だけで飽きるでしょうし」
フィーネの言う冒険譚とは吟遊詩人が語るそれと誰もが思う。
だが、グワラニーは知っている。
それが別の世界で好まれる物語を指していることを。
その言葉に対し、グワラニーは薄い笑みを浮かべたままでこう応じる。
「安全な場所から楽しむ者にとっては天秤が揺れ動くような戦いのほうがいいでしょう。ですが、実際に命を対価にそこを歩く者にとっては他人の楽しみのために自身の身を危険に遭わせる必要性は爪の先ほども感じませんね」
「できるかぎり情報を集め最高の準備をし、絶対に勝てると確信を持ったところで戦いに臨む。そうであっても、それを上回る準備を相手がしていればこちらは不利になるのです。ろくな準備もせず思いつきと勢いだけで戦いに出かける者の気持ちこそ私には理解できませんね」
その言葉は正しい。
そして、その信念を実行することがグワラニーの勝利の秘訣。
もちろん口には出さぬままその言葉を飲み込むとフィーネはそれとは別の言葉を口にする。
「マロ。斥候は見える?」
「いや。ただし、いるな。間違いなく」
「だそうです」
二台目の馬車、御者役のマロの隣に座るフィーネは後ろを振り向いてそう言うと、荷台に乗るグワラニーからすぐに声がやってくる。
「魔力反応は?」
「少し前に転移したらしく消えましたね。ですが、前方には別の魔術師のものがあります」
「なるほど」
「ということは、ある程度距離をおいて魔術師を配置して動向を監視しているのでしょうね」
「そして、それはこの先のどこかで待ち構えているということでしょう。案外今日中にケリがつくかもしれませんね」
「警戒だけはしてください」
「おそらく最初の襲撃はこちらの死角になる後方から来ます。もちろん防御魔法を展開しているので被害が出るわけではありませんが、用心するのに越したことはありませんので」
「そうですね」
グワラニーの言葉にフィーネは頷く。
「では、馬車のひとつは私が手綱を引いて、最後尾に見張りを置いたほうがいいでしょう。マロ。ファーブとブランに止まるように言って」
そして、休憩後、出発した隊列は、先頭はファーブだけが乗る馬車、それに続くのはブランが御者役となる馬車、三台目はフィーネが御者役でマロが後方の監視役となる。
グワラニーとデルフィンもこの三台目に乗る。
「さあ、ここからどうしますか?グザヴィア・カンキューラ」
グワラニーは黒い笑みを浮かべながら、楽しそうにそう言った。
そして、グワラニーたちのその様子は渓谷の中間地点にあるタボールの岩場に集まった山賊たちのもとにただちに伝えられる。
「……順番を入れ替えただと?」
魔術師とともに戻ってきたその男の報告にマンドゥーラは顔を顰める。
「どう思う?カンキューラ」
「特別な意味があるのかはわからないな」
俯き、考え込むカンキューラだったが、それが計画を変更させる要因にはならないと判断したところで顔を上げる。
「ブレッシェの岩場で奴らを襲う」
「至急全員を集合させろ」
ブレッシェの岩場。
障害物が多く視界が悪いうえに谷底を這う道は馬車一台分の幅しかない。
襲撃する側としては申し分のない場所であり、彼らが狩場としている場所のひとつであった。
襲撃場所を決定したカンキューラは続けてその手順を口にする。
「石を落とし、前進できないようにしておく」
「それはすぐにやる」
自身の言葉にモーリアックが素早く反応すると大きく頷いてそれに応えたカンキューラは言葉を進める。
「馬車止まったところで、タロンテーズが馬車三台に転移避けを施す。これで奴らの逃げ場はない。ここから狩りが始まる」
「まずモーリアック、アラヌエ、ウレトの三隊が後方に転移し襲撃を開始する。奴らが迎撃に出てきたところで、アンガリー隊が前方、プイヤード隊が左、ムルー隊が右に転移し背後を襲う」
「相手は六人。剣士は四人。こちらは六十八人。十分過ぎる数であるが、それでも足りなければマンドゥーラが本隊六十四人を率いて駆けつける」
「俺は予備の四十八人とともに周囲の警戒にあたる。魔族のガキは魔術師。タロンテーズはそれを阻止しろ」
「では、まず各々の隊の転移場所を確認しておくように」
「準備始め」
そして、野盗たちがブレッシェの岩場で襲撃準備を始めて二セパ後。
これから馬車がやってくる道が見渡せるその名を冠した岩場に集結していた彼らのもとに斥候が戻ってくる。
「奴らの馬車がやってきます。距離五アクト」
マンドゥーラは隣のカンキューラに目をやる。
「随分とゆっくりだな。警戒しながら来ているということか?」
「いや。単純に馬の扱いが不慣れなのだろう」
「どちらにしてもすでに谷底に入っていれば、道は細い。引き返すのは容易ではない。馬の扱いに慣れていない者には難しいだろう」
「さて、俺たちのもてなしにどう応える?グワラニー」
カンキューラはニヤリと笑った。
一方、野盗達たちが待ち受けるブレッシェの岩場に向かう三台の馬車。
その最後尾の馬車内。
「グワラニー様。前方に魔術師の集団がいます」
「それと先ほど転移した者たちもそこへ集まっています」
「数は?」
「七つの集団で判別できるのは二十三。それから、左上方の岩場にふたつ」
「魔術師は最低二十五人いるということですか?」
「はい」
……驚きです。
背後から聞こえてくるグワラニーとデルフィンの声に、フィーネは心の中で感嘆の声を上げる。
……私が確認できるのは七つの塊と岩場のふたつ。
……感度が全然違う。というか、才能の違いですか。
フィーネは気持ちを切り替えるように大きく息を吐く。
「それで、どうするのですか?グワラニー」
いつものグワラニーなら敵の全容を把握した時点で攻撃をしてすべてを終わらせる。
安全な場所から攻撃し敵の殲滅と味方の損害ゼロ。
グワラニーの言う完璧な勝利のために。
だが、この日は違った。
「その様子では彼らはその場所に集まり、そこでこちらを袋叩きにするつもりでしょう」
「では、その策に乗りましょう」
「こちらはすでに完全な防御体制が整っています、何があっても被害はありません。そして、それによって焦った野盗はどんどん群がってくる。そこを一挙に叩く」
「もちろんこれは野盗を一か所に集めて殲滅させるという点でも有効なのですが、なによりも大きいのはそれによって首隗のひとりであるグザヴィア・カンキューラを確認できることです」
「子分どもをいくら狩っても頭を逃せばすぐに復活する。ですが、逆に頭のふたりを狩れば、その組織を子分の誰かが引き継いでも今と同じような状況にするのは相応の時間が必要となります」
「このような組織は頭を狩ることが重要なのですから」
「ということで、こちらの戦い方を説明します。まず相手の攻撃を受け流す。そして、首隗の位置を確認したところで逃げられないように転移避けを展開。続いて、魔術師狩りをおこない、最後に掃討戦に移行するということになります」
「伝達を踏まえて一度休憩にしましょうか」
もちろん全員が馬車を下り打ち合わせをする様子は斥候たちに目撃され、直ちにブレッシェの岩場にいるイヴォン・マンドゥーラとグザヴィア・カンキューラに伝えられる。
「軍から地図を貰ったらしいからそれと照らし合わせて現在地を確認しているというところだろう」
「すぐに不要になるようにしてやる」
カンキューラはそう言ったところで、遠くに見える馬車に目をやった。
そして、それからまもなく。
「フィーネ。道が塞がれている。どうする?」
「少し手前で止まりなさい。こちらが止まったところで野盗が襲ってくる手筈でしょうから油断しないように」
先頭の馬車に乗るファーブが大声で叫ぶと、フィーネはそう返す。
その言葉とともに三人は馬車から飛び降り、デルフィンは幌から出て空を眺める。
「準備完了」
「来ます」
フィーネの言葉に重なるデルフィンの言葉とともに馬車の後方に淡い光が現れる。
野盗たちの先陣である。
もちろん彼らにとっては完璧な奇襲。
だが……。
「馬鹿か。貴様ら」
「まったくだ。俺たちがおまえらの準備できるまで待っていると思っていたのか」
その言葉とともに駆け寄ったファーブの大剣とマロの戦斧が実体化しかけた野盗の身体に斬りつける。
むろんその結果は言うまでもないだろう。
ヴァ―レール・モーリアック、リシャール・アラヌエが一合も交えぬままファーブに斬り殺された。
ヴァレール・ウレトは転移直後、マロの戦斧の露と消える。
結局、どうにか無事転移が完了したのは四十八人中十人も満たず、戦うというより逃げ回るという体であるが、すべて狩られるのは時間の問題となる。
「あれでは斬ってくれと言わんばかりではないか」
カンキューラはなすすべなくやられる先陣の不甲斐なさに歯ぎしりしながら、自身の左後方に控える三隊を見やる。
「アンガリー、プイヤード、ムルー。すぐに転移しろ。相手は少ない。各隊が各々目標を定めて戦え」
「承知」
そして、隣で目を大きく見張るマンドゥーラを見る。
「マンドゥーラ。久々の出番だ」
「わかっている」
吠えるようにそう答えたマンドゥーラは大剣を抜く。
「準備はいいか」
マンドゥーラの声に雄叫びで応えるのは本隊の五十四人。
「ナウジャ。おまえは十人を連れて女を襲え。オセジャは二十人戦斧持ち。残りは俺について大剣持ちの首を落とす」
「行くぞ」
その声とともに崖を駆け下りて行った。
「随分と分が悪そうだな。カンキューラ」
カンキューラが自身の率いる四十八人とともに突撃準備をしている中、背後から声をかけてきたのは魔術師団の長タロンテーズだった。
「あれは相当やる」
「それは見ればわかる」
「いや。俺が言っているのは剣士どもの話ではない。あの隊を仕切っている者の話だ」
自身の言葉に視線で応じたカンキューラに、そう返したタロンテーズは忌々しそうに下を眺める。
「先陣を連れて転移していった者がひとりも戻ってこない。おかしいと思い確認したところ全員やられている」
「しかも、やられたのは先陣だけではなく後続を転移させた者も含めた九人全員だ」
「これは間違いなく魔術師を狙い撃ちにしている」
「それでさっさと逃げたいということか?」
「そうしたいのは山々なのだが残念ながらそうはいかない状況だ」
「どういうことだ?」
歯にものが挟まったような言い方にカッとなったカンキューラが強い調子で尋ねると、タロンテーズは苦笑いを浮かべる。
「転移避けが張られている」
「つまり、生きて帰りたかったら、奴らを倒すしかないということだ」
「悠長に転移避けの制御などやっていられない。魔術師団も攻撃に加わらないと、この相手には絶対に勝てない」
「ここからはこちらも好きなようにやらせてもらう」
「それは構わないが、狙いは目障りな魔術師にしろ」
「当然だな」
カンキューラをやや投げやりな言葉にそう応じたタロンテーズはそこからややは離れた場所で待機する魔術師団のもとに戻ってくる。
「許可は?」
「取れた」
側近のエタン・ギヌメの問いにそう答えたタロンテーズは崖下でおこなわれている戦いを眺める。
「……これは絶対に勝てない」
「となれば、逃げるしかあるまい」
そう呟く。
「剣を持っていない男が魔術師だ。そいつを狙え」
「そして、攻撃完了後。転移してモルバの丘まで逃げる」
「三隊に分ける。ギヌメ、モルマ。おまえたちは三人ずつ連れていけ。配置についたとこで攻撃を始める」
ギヌメと、もうひとりの側近であるイヴリーヌ・モルマが三人を連れて左右に散る。
「残りは私とともに魔族の男を一斉攻撃する。準備せよ」
その言葉とともに残った魔術師たちは杖を取り出す。
「……奴は」
視線を眼下に視線を動かしてまもなく、タロンテーズは男の隣に立つ少女と目が合う。
そして、少女が口を動かす。
それがタロンテーズの見た最後の光景だった。
続いて、少女が視線を動かす。
次の瞬間、ギヌメとモルマが率いていた魔術師たちも何が起こったかわからぬまま一瞬で肉片に変わった。
悲鳴とも呼べぬ声を振り向き、出来上がったばかりの元魔術師の肉塊を見つめるカンキューラは悟る。
奴らは自分たちが勝てるような相手ではないと。
当然そうなれば、選択肢はひとつ。
「ここに留まっていては俺たちもやられるだけだ」
「逃げるぞ」
「おいおい。つれないな」
「ああ。仲間を見捨てるとは酷いな」
「いや。そうでなければ野盗はやっていけない。だから、こいつの選択は正しい」
自分の言葉にかぶさるように怪しげなフランベーニュ語の怒鳴り声が聞こえる。
「……貴様ら」
「やあ」
「おや。誰かと思ったらクロード・ジェノス氏ではないか」
「本当だ。なぜこんなところにいるのかな」
「それはこちらが本業だからだろう。なあ、グザヴィア・カンキューラ」
声の主はやった今、崖を登り切った大剣と戦斧を持った三人の若者だった。
「なぜここにいる?」
「おまえを斬りに来たに決まっているだろうが」
斬りかかってくる野盗たちを面倒くさそうに斬り伏せながら、そのひとりがカンキューラの問いにそう答える。
「だが、マンドゥーラたちが崖を下りていった。奴らはどうした?」
「マンドゥーラ?誰だ。そいつは」
「こいつとともにこの野盗団を仕切っている奴だろう。ということは、さっき斬った中にそのマンドゥーラとやらがいたわけか」
「そうなるな。だが、全員弱かったからどいつがそのマンドゥーラかはわからないな」
「おおよそ一番威張っていた奴だろう」
「こんなことなら斬る前に名乗らせればよかった」
「ああ」
三人は冗談とも本気ともとれる身内の会話を続けるが、その間にも死体の数は増えていく。
まさに大人と子供の差。
いや、素人と達人の差である。
そして、ひとりが口を開く……。
「ということで、斬る前に聞いておこうか。おまえの名前は。ちなみに、俺はファーブ。そっちにいるのはマロとブランだ」
さすがに相手に名乗られてしまっては答えぬわけにはいかない。
「グザヴィア・カンキューラだ」
「わかった。ところで、カンキューラ。貴様の部下は五百人はいると聞いて楽しみにしていたのだが、ここにいるのは半分。残りはどうした」
そう。
アルセーヌ・ヒュメル、というか、アシル・ブルガヌフの説明では「セヴィンヌの悪魔」は五百人以上の大野盗団だった。
だが、この場に姿を見せたのは二百人を少しだけ上回る程度だったのだから、ファーブとしては当然その差は尋ねるべきものとなるのだが……。
「さあな。どこか山の中にいるのだろう。ゆっくり探せ」
それがカンキューラの答えだった。
「それで話は終わりならさっさとかかって来い。小僧」
そう言って、カンキューラは剣を握り直した。
むろん斬り合いになるつもりで。
だが……。
「おい、ブラン。そいつはおまえにやらせてやる。感謝しろ」
いつもなら大将首を誰が取るかで揉めに揉める三人だったのだが、この日は脳筋コンビの一方がもう一方に功を譲るという珍事が発生する。
しかも、かろうじてそこに含まれない同類もそれに同調する。
「俺もそれでいい。よかったな。我が弟よ」
これでメデタシ、メデタシ。
となるはずだったのだが、そうはならず。
「なんで俺がこんな弱そうなのを斬らねばならないのだ。しかも、押し付けられた俺が礼を言わねばならない雰囲気になっているのが気に入らない」
「こいつはファーブにくれてやる。その代わりに町についたら酒を奢れ」
そう。
所謂戦闘狂である彼らにとってカンキューラは手ごたえがなさそうな者に見えたのだ。
そして、結局揉める。
いつもとは別の理由で。
だが、それに痺れを切らしたのは斬られる側であるカンキューラだった。
自分の剣技に相応の自信があるカンキューラにとってこれは大いなる侮辱。
顔を真っ赤にして一番近いマロに剣を向ける。
「そっちが来ないのならこっちから行ってやる。死ね。小僧」
「くそっ。結局俺か」
そう言ってマロは戦斧を振り抜く。
終わりだった。
「さて、残りはお前だけだが」
残った男をファーブが見やる。
「どうする?」
むろんその男は命乞いをし、そのままグワラニーの前に引き出される。
ただし、縛られるわけでもなく、足枷をされているわけでもない。
その気になれば逃げられる。
ただし、逃げられると逃げ切れるかは別の話であり、当然逃げた瞬間、死が待っている。
もちろんそう言われたわけではない。
だが、言われなくてもわかる。
そう。
男は見えない鎖に縛られていたのだ。
「……最初に言っておきます」
「助かりたかったらすべてを白状してください。それから……」
「ここからは見えませんが向こうにふたりばかりあなたのお仲間がいます。もちろんすでに尋問が終わっています」
「答えることを拒否したり、嘘をついたりすれば当然あなたは用済みとなります。よろしいですか」
「わかった」
見えない鎖を巻き直したグワラニーは男の言葉に小さく頷く。
「まず、あなたの名前を聞かせてもらいましょうか?」
「……ジャコブ・スクレタン」
「わかりました。では、スクレタン。まず尋ねること。それは……」
「あなたがたの総数はどれくらいですか?」
セヴィンヌの悪魔がどれくらいの規模の組織なのかというのは、討伐する者にとっては大きな問題である。
そして、当初入手していた情報では五百を超えるというものだったのだが、ここに現れたのはその半数。
つまり、情報通りであれば半数は残っていることになる。
もちろん頭と思われるふたりは倒したのだから組織として弱まっているのは間違いない。
だが、それでも数百は放置しても構わないという数ではない。
先ほどファーブも尋ねたのはそのような理由からだったのだが、結局カンキューラはそれには答えぬまま死んでしまった。
そうなれば捕らえられた者が問われるのは当然のことといえるだろう。
もちろん男気を見せて答えないというひとつの道であるのだが、生き残るために捕えられた以上、答えないわけにはいかない。
だが、答えさせるだけ答えさえ、その後用済みになったところで殺すというのはこの世界の尋問の王道といえるものだった。
もちろんそれは承知している。
承知はしているが、そうであってもスクレタンとしては生存の確率は高めたい。
「答える前に確認したい。喋れば確実に助かるのか?」
こう尋ねるのは当然といえる。
だが……。
「それはあなたが私の問いに対して有意義な答えを出すかどうかにかかっています。先ほども言いましたが、私はすでに答えを手に入れています。それを踏まえたうえで答えてください」
グワラニーの言葉は問いの答えにはなっていないものの、だからといってこちらも誠実に答えなくてもいいとはならない。
それこそ自身の死刑執行書に署名するようなものなのだから。
一呼吸後、スクレタンが口を開く。
「正確にはわからないが、三百はいない」
「三百。それは本当ですか?」
「そうだ」
「……おかしいですね」
「先ほどお仲間に聞いた答えと随分違うのですが」
その瞬間、スクレタンの前に細身の剣が突き刺さる。
「もう一度聞きます。『セヴィンヌの悪魔』の総勢はどれくらいですか?あなた自身の命がかかっているのです。よく思い出して答えてください。出来るだけ正確に」
剣が動くと、スクレタンは喚き散らすように言葉を吐きだす。
「俺は嘘など言っていない。魔術師三十を加えても三百はいない」
「つまり、ここにいる者たちはすべてだと?」
「怪我をしていて寝ている者を除けば総勢だ。本当だ」
そう。
実をいえば、ペリゴールのフランベーニュ軍が把握していた彼らの数は実際の倍。
つまり、カンキューラは自分たちの数を実際より多く見せていたのだ。
そして、そのトリックのタネは……。
転移魔法の多用。
「これひとつだけでもカンキューラは有能な指揮官だったようですね」
当然ながらグワラニーの尋問はこれで終わりではない。
「では、次に『セヴィンヌの悪魔』の幹部を教えてもらいましょうか。……あれをここに」
その言葉とともにグワラニーはフィーネに視線を向けると、フィーネは三剣士を眺め合図を送ると、三人の剣士が顔を顰めながら動き出す。
「ほらよ」
それからまもなく掛け声のよう声とともにスクレタンの目の前に放り投げられたのは二十以上の生首。
「もちろん全員があなたの知り合いであるわけですが、幹部たちの首と名前を教えてください」
「とりあえずこちらで名前を把握しているのはイヴォン・マンドゥーラとグザヴィア・カンキューラですのでそこからお願いします」
「……わかった」
半数ほどの首は幹部ではないと省き、最後に残った損傷の激しい生首がボナヴァル・タロンテーズのものとしたスクレタンに休む間もなくグワラニーからあらたな問いがやってくる。
「グザヴィア・カンキューラがペリゴールで商売していたのは知っていますね」
「ああ」
「彼の店で働いている者はあなたの仲間ということでいいですね」
「……カンキューラは」
そこで一度言葉を切り、カンキューラの生首を眺め直したスクレタンは再び言葉を紡ぎ出す。
「非常に用心深い。部下以外の者を雇っているとは思えぬ」
「彼の家族らしき者もいましたが……」
「あれは本物。ちなみにカンキューラの妻はマンドゥーラの姉だ」
「つまり、イヴォン・マンドゥーラとグザヴィア・カンキューラは親戚関係ということですか?」
「そうなるな」
そして、さらにいくつかの質問をしたところで、グワラニーはスクレタンを眺め直す。
「最後にあなたがたの根城を教えてもらいましょうか」
「根城?」
ここまでは比較的素直に白状していたスクレタンが止まる。
「どうしました?」
「それはこちらのセリフだ。それを聞いてどうする?」
「決まっているだろう。急襲して全員八つ裂きにする」
「今『狼の巣』にいるのは老人、女、子供、そして怪我人だ」
「だから?」
ブランの言葉に反応したスクレタンの言葉は目こぼしを願うものだった。
だが、直後にやってきた女性の声は明確にそれを拒絶するものだった。
「あなたたちが今の私たちの立場のときはどうしましたか?」
「慈悲を願う者に手を出さなかったのですか?」
もちろんスクレタンの返答はない。
そして、それこそが答えとなる。
フィーネは薄く笑う。
「そういうことです。あなたたちがこれまでやってきたことがどのようなものかその目で確かめるといいのです。ですが……」
「あなたを助けるついでにひとりだけ目を瞑りましょう」
「それが嫌なら、あなたはここで死に、自分たちで探すだけです」
フィーネの言葉を引き継ぐようにグワラニーは問う。
「ところで、随分と気の利いた名前ですが、自分たちのねぐらに『狼の巣』と命名したのは誰なのですか?」
そう言ってスクレタンを見やる。
実はこの「狼の巣」は彼が元居た世界に生息するミリオタと呼ばれる種類の生き物にとっては非常に有名な場所であった。
偶然ならよし。
そうでなければ、同胞の者への糸口になる。
グワラニーは考えたのだ。
おかしなことを聞くものだと思いながらスクレタンは記憶を辿り、その答えとなりそうなものに辿り着く。
「……マンドゥーラから聞いた話なので本当かどうかはわからないが、その名前は流れ者の剣士がつけてくれたらしい。カンキューラに少数で多数を翻弄する戦い方を教えたのもその剣士だとか」
「変わった剣士ですね。その剣士はどうしました?」
「ここよりずっと東にある祖国に帰っていった。といっても、その後も土産を持って時々顔を出していたようだが」
「名前は?」
「フランベーニュでもブリターニャでもアリターナにもない妙な名た。カラシコフだかカラジコブだとかそんなだったような気がする。偽名かもしれない」
……ビンゴ。
グワラニーはニヤリと笑う。
「まあ、それはそれとして……」
「どうしますか?先ほどの件は」
「……案内する。相当歩くことになるが……」
「構わないですよ」
「では、しばらくあなたは縛られていてください」
スクレタンを縛り元仲間たちの首の隣に転がすと、グワラニーは、目は届くが声は届かぬ場所で五人の仲間と打ち合わせを始める。
「私たちはやらねばならなければことがふたつあります」
「ひとつは斬り落とした首をペリゴールに届け、あわせて城内にある『セヴィンヌの悪魔』の拠点をヒュメル氏に叩かせること」
「もうひとつはスクレタンを連れて『狼の巣』の場所を確認することです」
「尋ねます」
「どのようにしたらよろしいでしょうか?」
グワラニーの問いに真っ先に発言したのはフィーネ。
「当然首を届けるのが先でしょう。あんなのを持って馬車は乗りたくないですから。まあ、載せるのはファーブの馬車だから構わないといえば構わないけれど」
「俺は構う。ということで、俺もフィーネの意見に賛成だ。それに時間が経つと判別不能になるだろうから」
諸般の事情により、それはすぐに決まり、一度ペリゴールまで戻ると、フィーネとマロが戦利品と情報を届け、残りの四人プラススクレタンが「狼の巣」へ向かうことになる。
グワラニーは薄く笑い、再出発にあたり、案内役であるスクレタンを見やる。
「一応言っておけば、ペリゴールから明日には討伐隊が出ます。私たちより彼らが早く着けばそこにいる者は全員殺されることになります。もうひとつ。我々が現場で彼らと出会った場合、当然あなたは彼らに引き渡されます」
「つまり、あなたは知り合いの誰かを連れて無事逃げ出すには相応の時間的余裕が必要となります」
「改めて聞きます」
「どこから……」
「ブレッシェの岩場。俺たちがいた場所だ」
……わかりやすい反応です。
グワラニーはデルフィンを見やる。
「では、先ほどの場所へお願いします」
そして、一瞬後。
「さて、ここから山に入るわけですが、時間はどれくらいかかりますか?」
「慣れた足で三日だが、まあ、子供がいるから五日というところか」
「なるほど」
出かける前に火葬したため、死体はないが、さすがに死臭は完全には消えていないブレッシェの岩場に戻ったところで、自身の問いに答えたスクレタンの言葉にグワラニーは短い言葉で応えた。
だが、彼は知っている。
デルフィンは多くの戦場を歩いているため、並みの戦士より脚力があることを。
……そうなると、足手まといは私かもしれませんね。
自嘲気味にそう呟いたところで、大荷物担いだふたりの若者を見やる。
もちろん反応はすぐにある。
「いいな。俺たちにこんなに荷物を持たせながらおまえだけ手ぶらで」
「違うぞ。ファーブ。女と手を繋いでいるのだから手ぶらではない」
「もっとダメではないか」
「そのとおり。本当に嫌な奴だ」
嫌味のすべてを聞き終えたところでグワラニーはあきらかなつくり笑いといえる表情をつくる。
そして、口を開く。
「実は……」
「おふたりの働き具合を報告するようにとフィーネ嬢から言われております」
「なんでも、それによってその日のお仕置きの強度が違うのだとか。彼女によれば、あなたがたはお仕置きされるのが大好きとのこと。お礼に十倍ほど盛った報告を……」
「ふ、ふざけるな」
「貴様。余計な事を言ったら殺すぞ」
「まずそれを報告しておきましょうか。何も言うなと脅されたと」
「やめろ」
そして、五日目の朝。
スクレタンを率いられた四人は入り組んだ谷底に張りつく南北に伸びた小さな集落とそれを見下ろすように穿かれた大きな洞穴が見える山の上に立っていた。
「集落から見て東側の山の頂上には監視小屋がある。少し遠回りにになったが俺たちはその視界に入らぬよう夜のうちに南側の尾根まできた。あとは下るだけ集落に着く」
「ついでにいえば、『狼の巣』はあの洞窟のことを示し、幹部たちの住居だ。それ以外の者が住むのは下の小屋になる。そして、このもう少し奥に『モルバの丘』と呼ばれ、魔術師たちが集まって暮らしている場所がある。といっても、どこも残っているのは家族だけだが」
スクレタンはひととおりの説明したあとにグワラニーを見やりながら口を開く。
「それで、俺はこれからどうすればいい?」
「……役目が済んだので殺すか?」
「いいえ」
不安と恐怖に支配されあきらかに震える声で問うスクレタンにグワラニーは短い否定の言葉を返答にした。
「あなたはここから集落に行き、『セヴィンヌの悪魔』が壊滅したことを伝え、残っている者たちをできるだけ連れて西に逃げなさい」
「二セパ後。私たちは村に入りその後ここをすべて焼き払います。ただし、追撃はしません。ゆっくりと逃げても大丈夫です」
「そして、これが当面の軍資金。それから食料」
自分の懐から出した革袋を渡しファーブが背負っていた袋のひとつをスクレタンに背負わせる。
「二日後にはペリゴールから追討軍がやってきます。そのつもりで」
「では、行っていください」
そして、約束の二セパ後。
彼らは山の上から火に包まれるその場所を眺めていた。
「……あれでよかったのか?」
家族を殺した者たちの略奪を阻止するため自ら火を放った行為を咎めるファーブの言葉にグワラニーは小さく頷く。
「いいのです。それにああなれば、見たくないものも見る必要もないでしょうから」
「見たくないもの?なんだ?それは」
ブランの問いにグワラニーは一度ブランを眺め、それからそれを口にする。
「少なくない数が自害していることでしょう」
「怪我や病気で動けない者」
「そして、事実を受け入れられない者」
「色々理由はあるでしょうが、どちらにしても私たちを恨みながら死んでいった者たちです」
「だが、逃げろと言ったのだから、それはこちらの責任ではないだろう」
「ですが、そのようなことになった原因をつくったのは私たちです」
「だが、それを言ったら、そもそもの原因は自分たちにあるのだろう。これまで散々人を殺めておきながら最後の最後だけ被害者を装うというのはおかしいと俺は思うぞ」
「そのとおり」
「おふたりの言葉はたしかに正しい。ですが、そう考えるところが人間の悲しさなのです」
「魔族のくせにわかったような物言いだ」
「まったく。気に入らない奴だ」
自らの呟きに絡むファーブとブランの言葉を受け流したところでグワラニーはデルフィンを眺める。
「では、旅に戻りましょう」
「まずはペリゴールへ」