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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二十三章 勇者を雇おう
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王女の初陣 

 さて、フィーネとワイバーンとの邂逅から始まる一件は当事者たちにとっては一大事であったものの、その世界全体を俯瞰的に見た場合には、些細な出来事でしかない。

 当然彼らの意志に関係なく時間は進み、人間と魔族の戦いも止まることなく続いていた。


 そして……。


「私の部隊がフランベーニュ軍と対峙するのですか?」


 魔族の王都イペトスートに呼び出されたグワラニーは王から出されたその命令にグワラニーは少々驚く。

 それと同時に不安と不満を抱く。


「言いたいことがあれば聞く」


 それはグワラニーの表情からその心意を察したらしい王の言葉だった。

 険しい顔につくり直したグワラニーが口を開いた。


「フランベーニュ軍との戦線で我が軍は互角以上の戦いをしていると聞いています。我が部隊を投入せずともこのまま戦っていれば勝利できるのではないのですか?」


 言葉は十分に整えられている。

 だが、内容な明確な拒否。

 グワラニーが自嘲気味に薄い笑みを浮かべる。


「それに我が部隊を西部戦線に投入した場合、背中ががら空きになってしまいます」


「先日アストラハーニェとの国境を視察しましたが、彼らはいつでも攻勢に出られる体制です。そして、彼我の戦力は十対一。戦いが始まった直後に増援を送らないと手遅れになります。私は我が部隊はそのための戦力だと思っていましたが……」


 なぜここで大事な予備戦力を投入するのかとは言わなかったものの、グワラニーの言葉がそれを示しているのは明らかだった。

 王が小さく頷く。


「つまり、東の田舎熊の備えのために自分たちを控えさせるべきだと言いたいのだな」


 自らの言葉の直後に戻って来た王の言葉をグワラニーは小さな声で肯定すると、王はは別の人物に視線を向ける。


「だそうだ」


「ガスリン。グワラニーの言葉は筋が通っているように思うがどう思う?」

「私もそう思います」


 ……ん?

 

 顔には出さなかったものの、グワラニーは驚いていた。


 ……この流れではガスリンの提案ではないのか?

 ……ということは、提案者のもうひとりということか。


 グワラニーはその場にいるもうひとりを見る。

 だが……。


「コンシリア。おまえはどう思う?」

「私もグワラニーの言葉は正しいと思います」


 さすがのグワラニーもその感情は隠しきれなかった。


 ……どういうことだ?

 ……コンシリアも提案者ではない?


 ……ということは王か。


 グワラニーは最後に残った候補者の顔を見た。

 その人物が口を開く。


「一応言っておく。私を含めてここにいる全員がおまえと同意見だ」


「つまり、これはそれをわかったうえでの命令だ」

「と言いますと?」

「おまえはフランベーニュ軍の指揮官は知っているか?」

「アルサンス・ベルナードではないでしょうか?」

「そう。ベルナードだ」


 グワラニーは理解した。


 ……戦線が整理され戦力が集中できるようになった我が軍は攻勢に転じた。

 ……ブリターニャと対する各戦線は予定通りの状況になったが、フランベーニュ側の戦線は変化なし。

 ……遠慮してあのように言ったが、実際に前に進んでいるのは相変わらずフランベーニュ軍。


 ……その状況打破ということか。

 ……たしかに状況が変わらぬ理由はベルナードなのだろう。だが、なぜここで奴の名前が出てくるのだ?


 ……まあ、考えられるのはひとつだ。


「それはベルナードを殺せということですか?」


 直接な表現で問うたグワラニーの言葉に王は苦笑いする。


「そのとおり。と言いたいところなのだが、さすがにそうではない。まあ、結果的にそうなればこちらとしてはありがたいといえるのだが」


「ちなみにおまえはベルナードの強さの根源がどこだと思う?」

「数。ベルナードの戦いは奇をてらわず、数で押してくる戦い方ですから」

「そうだ。となれば、その数を減らせば奴が戦場に立っていようが脅威は大幅に減る」


 グワラニーは再び薄く笑う。

 

「厳しそうですね」

「まあ、そう思えるだろうが、実はそうでもいない」

「はあ……」


 彼らしくもなく、また王の言葉に対するものとは思えぬくらいに曖昧な返事をグワラニーが返したのにはもちろん理由がある。


 究極の一手を封じられた状況にある中で短期間に戦況を好転させる手はそう多くない。


 ……ミュランジ城攻略か。


 まず考えられることをグワラニーは呟く。


 ……後方を脅かし、ついでに補給を止める。

 ……これであれば、ベルナードであっても手の打ちようがない。


 ……だが、それは対ベルナードだけに有効な手だ。


 ……ミュランジ城を落とし、ベルナードの背後を襲う。

 ……これは以前にも検討された手ではあるが、これを完璧にやり切れるのは我が部隊のみ。

 ……しかも、我々であっても相当な時間がかかる。

 ……そうなれば、待っていましたとばかりにアストラハーニェが攻めてくる。東方の戦線は崩壊。万が一我々が作戦途中で呼び戻されるようなことが起これば、ベルナードが反撃に転じ、こちらの戦線も崩壊する。

 ……得るものがないどころか失うものばかりとなる。

 ……進言すべきだ。


「ミュランジ城攻略ですか?」

「まさか」


 グワラニーの問いに王は即座にそう答え、笑った。


「それではおまえを南部に張りつけることになるではないか」


「それをやるなら、ベルナードの前におまえを立たせる。それの方が効果は大きい」

「では、どのようなものでしょうか?」

「それは……」


 グワラニーのその言葉を待っていたかのように王はニヤリと笑う。


「ガスリン。グワラニーに説明してやれ」

「はい」


 王の言葉に一礼したガスリンがグワラニーを見やる。


「ミュランジ城攻略戦のときに我が軍が使った手をもう一度おこなう」


「ベルナード軍の後方に転移し、背後を突く」


「もちろん相手は抜かりないと評判のアルサンス・ベルナード。当然は我々が背後を狙ってくることに気づくだろう。こちらが事前準備として転移できる場所を探すときに残る痕跡によって」


「まさにティールングルと同じ状況。そうなれば奴は再び罠を張る。だが、やってきたのはとんでもない大物。狩るつもりで待ち構えていた猟師が獲物にやられるという構図だ」


 グワラニーは大きく頷く。


 ……まあ、考えられるなかで一番ではあるし、成功すれば戦況が大きく動くうえに、同じ手を使って勝利するのだからティールングルのお返しができる。悪くない策だ。だが……。

 ……問題は相手が乗ってくるかだ。


 ……ベルナードがガスリンやコンシリア程度の者であれば、懲りずにまた同じことをやるのかと相手の学習能力の低さを笑い、再び大軍で待ち構えることだろう。

 ……だが、彼らよりも少しでも頭が回るようなら間違いなく疑う。


 ……あれだけ完璧な待ち伏せに遭っていながらまた同じ手を使ってくるのかと。

 ……そして、転移避けを張って背後の安全を確保するだけで、こちらの望むようには動かない。


 ……しかも、ベルナードは慎重派。

 ……そうなることは確実。


 ……さすがに転移できなければ我々だってどうにもできない。


「一応確認します」


「転移し、待ち構えていた敵を殲滅。その後離脱する。それでいいわけですね」

「そういうことだ。これであれば、戦場に留まるのは数日もない。つまり、田舎熊は動けない」


「もうひとつ。転移できなかった場合は?」

「その時は仕方があるまい」


「承知しました。では、直ちに準備を開始します。準備ができ次第、転移先を探す作業に入りますので、そのときの道案内の手配はよろしくお願いします」


 ……これでベルナードの才を確かめることができる。


 自らの問いの答える総司令官ガスリンの話を聞き終わると、王に一礼し、謹んで拝命することを身体全体で表現しながらグワラニーは心の中でそう呟いた。


 クアムート城。

 実質的政務機能は新市街の庁舎に移されているが、重要な会議だけはこの城の大広間でおこなわれる。


「建物が持つ歴史は効率性では補えない」


 機能性は高いが無機質な空間が嫌い。

 使いにくいが重厚な雰囲気を漂わせる部屋が好き。


 簡単に言えばそういうことである。


 効率性を重要視するグワラニーとは思えぬ言葉ではあるが、これは彼のこだわりといえるだろう。

 ついでに言っておけば、グワラニーがいつもの効率性重視の方針とは真逆な指示を出しているものがもうひとつある。

 補給に関わるもの。


 グワラニーが示した補給の基本はこのようなものである。


 前線と物資集積地との距離は短く。

 複数の移動ルートの確保。

 

 根拠地から目的地までいっぺんにすべてのものを運べば一度で終了する補給業務をいくつかの補給基地を経由し、さらに複数の輸送路を確保するのは効率性とは真逆はことではある。


 だが、その輸送に関わる手間を無駄として省いた結果、重大な問題を生じ肝心の戦いがおこなえなくなったた例は歴史の中に多く存在している。

 戦いに関する輸送に関しては極端な効率性というものはあまり求めてはいけないのかもしれない。


 さて、本題へ話を戻そう。


 大広間に集まったのはグワラニー旗下の将軍クラスの大部分となる。

 もちろん大部分というからには来ていない者もいるわけで、ジルベルト・アライランジアがそれにあたる。

 彼はミュランジ城に留まり、緊急事態が起きた場合には自身の考えで動くことを許可されている。

 アライランジア以外は副司令官クラスの者を代理として置き、この会議に参加しているわけなのだが、これだけ前線指揮官たちを後方に下げ会議が出来るのも多くの場所で非公式な休戦協定が結ばれ戦況が安定しているからに他ならないといえるだろう。


 そして、その会議の冒頭、グワラニーはひとりの人物を紹介する。


「噂には聞いていると思うが、現在私の保護下にあるブリターニャ王国の第四王女、一応肩書上は国王の次の地位となる副王である……」


「ホリー・ブリターニャ」


 緊張とそれに類する多くの感情によってこわばった表情のホリーはグワラニーの言葉が終わると出席者に一礼する。


 そして、一瞬後。

 彼女のもとに大きな拍手がやってくる。

 その拍手が終わるのを待ったグワラニーはさらに言葉を続ける。


「そういうことで今日の会議はブリターニャ語でおこなうものとする。それから、もうひとつ。形式上、彼女は我が軍の捕虜ということになっているが、公的には彼女は私の妻ということにもなっているので、彼女に対する接し方は十分に気をつけるように」


 今度は拍手とともに笑いが起きる。

 しかも、その笑いはあまり上品ではない部類のものだった。

 その笑いが何を意味するかすぐに察したホリーは顔を真っ赤にするものの、グワラニーは苦笑いだけでそれに応じるとさらに言葉を続ける。


「まあ、ここで紹介するのだからおおかた想像ではついていると思うが、彼女は私が参加する戦いに同行してもらう」


「もちろん皆が女性を戦場に連れていくことをよく思っていないことも知っている」


「さらに将来的にブリターニャに戻ることになった場合、我々の戦い方を兄であるアリスト・ブリターニャに伝える可能性があることも知っている」


「だが、それらのことを加味しても彼女を我が本陣に置くことは我々にとって大きな利になる」


「もちろんそれが何を意味しているかはわざわざ言う必要はないだろう。とにかくこれは決定事項である。そして、ここまで言えば当然わかるのと思うのだが、彼女ホリー・ブリターニャをまもなくやってくる次の戦いに同行させる」


「ひとつ質したい」


 グワラニーの言葉の直後、発言の許可を求めたのは老魔術師だった。


「グワラニー殿はその娘を本陣に置くと言ったが、戦場での会議にも出席させるのか?」

「そのつもりです。知られて困るようなことは話していないので問題ないでしょう」

「もうひとつ。その娘には戦場に出る覚悟はできているのか?」


「戦場では王宮のような快適な場所で寝ることもできず、食事も制限される。王宮育ちの娘にそのような環境は耐えられるのか?」


「本人を前にして言いたくはないが、戦場に出たところでわがままを言われては迷惑するのはこちらの兵士だ」


 むろんグワラニーはその点について何も心配もしていない。

 そして、それを問うた老人も注意深くホリーの為人を観察し、そのようなことはないと知っている、

 だから、ここで問うたのは彼女のことを知らぬ者たちへの配慮ということになる。

 当然グワラニーはそれを察する。


「では、本人に確認してみましょう」


 グワラニーは隣に立つ少女に目をやり、返答を促すと少女は小さく頷き、一歩前に出る。


「……魔術師長の疑念は当然だと思いますが、その点はご心配なく」


「私は捕虜。待遇について要求する資格はありません」

「戦場は殺し合いの場。見たくないものを見ることになるが?」

「それについても心配はいりません。戦場ではそれが当たり前だと理解しています。それに……」


「先日どこかの軍がブリターニャ軍を粉砕したダワンイワヤの地でその光景はたっぷりと見ましたから」



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