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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二十二章 あらたな動き
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予想外の獲物

 この大きさでは違う獲物が寄ってきてしまうのではないか?

 

 セドニオの懸念はその言葉を口にした直後に的中する。


「海賊旗と思われる旗を上げた船が近づいてきます。数一。大きさ中」


 見張りからの声にマセドニオは笑みを浮かべる。

 もちろん苦笑いではああるが。


「とりあえず、餌を撒く前にやってきた者がいるようだ。大方、あんたの色香に引き寄せられたのだろう。とにかく仕事の時間だ。バルデシア」

「失礼する」


 ふたりの男は立ち上がり、部屋を出ていく。


「まあ、私もここにいてもすることはありませんので、外に出るわけですが」


 そう言って残された女性も立ち上がった。


「何事も相手がいることです。すべてが思い通りになるわけではありません。それは十分承知しています」


「ですが、やってきてしまったものは相手をしなければなりません。まあ、目的の相手でもありませんので尋ねることもありません。手早く片付けてしまいましょう」


 それからまもなく。


「……本当に容赦ないな」


 目の前に広がる光景を眺めながらマセドニオは呟く。

 

 海賊旗を上げ、続いて投降勧告をする。

 これは海賊が商船を襲撃する際におこなう正当な手順。

 だから、やってきた海賊が特別外道というわけではない。


 だが。


 返信を問われた女が言ったのはひとこと。


「助かりたかったら、積んでいる商品をすべて差し出し、全裸になって詫びを入れなさい」

 

 これではどちらが海賊かわからぬ。

 当然相手はいきり立つ。


「……その結果がこれだ」


 そう言ったマセドニオはもういちど相手の船を見る。


「……一瞬で船は丸焼け。当然逃げる暇もない。当然全員死亡だし、積み荷も回収不能……」


「もう少しやりようがあった気がするが」


 凶悪な海賊とは思えぬマセドニオの言葉にフィーネは薄い笑みとともに答える。


「ですが……」


「海を支配する大海賊でも知らない無名の者なのでしょう?」

「黒旗から海賊とわかるがそれ以上はわからん」


「こちらはブリターニャの旗を掲げていました」


「相手の投降勧告に対して正当な手続きで拒否の回答をしました。さらに、こちらも親切丁寧に投降勧告をおこないました。問題はないでしょう」

「さすがにあれを親切丁寧とは言わないが、とりあえず相手の勧告を拒絶し、あわせて投降勧告をおこなったことは間違いない」


「それを見た相手が攻撃態勢を取って急進してきました」


「こちらに非はまったくないではありませんか。何を悩むことがあるのですか?」


 フィーネはそう言って先ほどより五割ほど黒味が増した笑みを披露した。


 あのユラが聖女に見える。


 マセドニオは、隣に立ち燃える船を笑みを浮かべて女性に目をやると、絶対に口にできない言葉を呟いた。

 

 事態が急変したのはさらに二隻の哀れな海賊船が沈められた直後のことだった。


「せ、船長」


 見張りからやってきたそれはあきらかに恐怖の色を帯びた声だった。


 軍船か。


 海賊である以上、天敵となるのは各国の海軍。

 マセドニオがそう考えるのは当然のことである。


「心配するな。乗組員はともかく、この船はただの商船。上げている旗はブリターニャの国旗のみ。しかも女連れだ。十分にやりすごせ……」

「違います」


 見張りの言葉にマセドニオは顔を顰めた。


「では、なんだ」

「数二十。海賊旗確認。二匹の翼竜と剣の意匠」

「二匹の翼竜と剣だと」


 マセドニオは呻く。


 もちろんその海賊旗を掲げる者たちをマセドニオは知っている。

 その恐ろしさも。


「……奴らに狩られる者の気持ちとはこういうものなのか」


「……こんな沿岸を徘徊するな。アビスベロのクソが」


 マセドニオは焦りを込めた声でその集団を率いる者の名を吐き出すように口にし、罵った。

 だが、マセドニオにとっての悪夢はそれで終わりではなかった。


「後方にさらに十隻。海賊旗確認。二匹の翼竜に中央に骸骨。識別。ワイバーン本隊」

「アビスベロだけではなくワイバーン本人もいるだと。最悪だ。最悪の中の最悪だ」


 見張り員の悲鳴に近い報告にマセドニオの怒号が響く。


「こちらも海賊旗を大至急掲げろ。急げ」


「続いて信号旗。こちらボランパック配下レジェス・マセドニオ。特別な依頼を遂行中。内容はアグリニオンよりアディーグラッドへ通告済み。確認されたし」

「返信。停戦せよ。貴船は臨検の必要あり」

「くそっ。終わりだ」


 海賊旗を上げずに仕事をするのはマナー違反だが、事情があれば許される。

 だが、他者の旗を掲げて仕事をするのは完全アウト。

 見つけ次第制裁が加えられる。

 やむをえないとはいえ、このような形で海賊旗を掲げるのは後者を疑われても仕方がない。


 むろんここで逃げるという手もあるが、それこそ攻撃の口実を与えるようなもの。

 そうかと言って、臨検を受けて助かはわからない。


「……というより、この場合、問答無用で狩りはおこなわれる」


 自分たちの経験上、そうなることを知っているマセドニオは大いに焦るが、それとは対照的にフィーネは嬉しそうな表情でその船を眺める。


「……あれがワイバーンですか」


 ……これはいい。

 ……予定外というのは、たいてい悪い方向にしか向かないものですが、こういうこともあるのですね。


 そう呟き、ほくそえむ。


 ……グワラニーによれば、魔族に紙を流しているのはワイバーン。

 ……当然その長であるバレデラス・ワイバーンはその出どころを知っている。

 ……完全にとはいかなくても、その痕跡は手に入れたい。

 ……そのためにも……。


 ……どんなことをしてでも大海賊ワイバーンの頭バレデラス・ワイバーンという男に会う。


「船長。一応魔法攻撃からはこの船は守られていますので接舷されないかぎり沈没の心配はありません。それから、あの程度の数なら簡単に始末できますのであなたがたは必ず生きて戻れます。ですので、私の言葉を信号旗にしてください」

「なんと?」


「許可なく接舷を試みようとする船は相手が誰であっても撃沈する」


 当然ながら、マセドニオはその言葉を拒否する。


「あんた。あそこにいるのが誰か知っているのか?」


「大海賊のひとりバレデラス・ワイバーンと手下のひとりで奴と同じく魔族であるアラリコ・アビスベロだ」


「奴らとやり合って勝てる奴などいない」

「そうですか」


 マセドニオの怒号が一段落すると、その熱気を一気に凍らせるような冷気の帯びた声がその場を響く。


「私の命令を拒むのであれば今ここで死にますよ」

「だが……」


「では、こうつけ加えなさい。ブリターニャの王太子アリスト・ブリターニャの命により動いていると」

「……わかった」


「信号旗。ブリターニャの王太子アリスト・ブリターニャの命により行動中。許可なく接舷を試みた船は誰であっても撃沈する」


 そして、船内が張り詰める中、返信がやってくる。


「アビスベロの船より信号旗」

「読み上げろ」

「確認する。船に王太子が乗っているのか」


「返信はどうする?」


 マセドニオの言葉にフィーネは表情を変えることなくこう答える。


「王太子の代理人フィーネ・デ・フィラリオと護衛三人が乗船と伝えなさい。それから、バレデラス・ワイバーンに話があるからすぐにこちらに来いと」

「本気か?」

「もちろん。不安なら、来ないのなら今すぐ船を沈めるという言葉も入れてもらっても構いませんが」

「……冗談ではない」


 むろん追加の言葉は加えられない返信が送られる。

 そして……。


「返信の旗が上がりました」

「読め」


「承知した。今から船を動かす。乗船はバレデラス・ワイバーン、アラリコ・アビスベロ、アンドレア・マントゥーア。アンブロシオ・コンセブシオン、ガエウ・デマハグマの五人。武器は持参する」

「……アビスベロだけではなくマントゥーアまでいるのか」

「誰ですか?その者たちは?」

「知らないのか」


 やって来た問いにマセドニオは苦みを噛みしめた表情で応じる。


「マントゥーアはアビスベロと同じワイバーンの分船隊を率いる者。当然剣の腕はワイバーンの中で最上位にある。残りも皆幹部だ」

「魔術師は誰ですか?」

「そこまではわからん」


 ……まあ、最低でもひとりはいるでしょうね。

 ……相手からかなりの数の魔力反応があり、そのうちのふたつはそれなりの強さがあります。

 ……この強さなら、こちらの魔力も感知できるでしょうね。


 ……まあ。どちらにしても何も変わりませんが。


「五人の乗船を歓迎する。武器の所持も認めると返信しなさい」


 ……そうだ。


「来るときには船に積んでいる一番高い酒を持参するように言いなさい」


 フィーネに言われるままに信号旗を上げたものの、大海賊、それと最強と言われるワイバーンに喧嘩を売るような言葉を連続して送りつけたのだ。

 これから何が起こるかは想像できる。


 たしかにこの女の魔法はすごい。

 だが、近接戦に持ち込まれたらさすがに一瞬でケリがつく。

 そして、それが終われば、次は自分たちだ。


 冗談ではない。喧嘩を売ったこの女がどうなろうが知ったことではないが、その巻き添えを食うなどまっぴらごめんだ。


 マセドニオがフィーネを睨む。 


「ワイバーンが乗り込んでくる前に欲しいものがある」


「俺たちが命令されて動いているということを証明する書類だ」


 まあ、マセドニオとしては当然の要求といえるだろう。


「出せるな?」

「もちろん。そんなものならいくらでも書いてあげます。ただし、報酬は半分しますが文句はありませんね」

「ああ」


 今のマセドニオにとっては金より命。

 もちろん承諾するわけだが、その様子を鼻で笑うフィーネはさらさらと渡された羊皮紙に字を書き連ね、それを読み上げる。


「レジェス・マセドニオ以下マルシアル・ボランパックの部下の行為はすべて私フィーネ・デ・フィラリオが命じたものであり、すべての責任は私に帰すので、ボランパックの部下には危害を加えぬよう願う。フィーネ・デ・フィラリオ」


 そして、もう一枚。


「レジェス・マセドニオ以下マルシアル・ボランパックの部下全員、フィーネ・デ・フィラリオの署名を要求した代わりに、アリスト・ブリターニャから報酬として受け取る予定のブリターニャ金貨百枚をブリターニャ金貨十枚に減額する。あわせてマルシアル・ボランパックに対して支払う約束をしたブリターニャ金貨五百枚もブリターニャ金貨五十枚に減額し、その差額はレジェス・マセドニオほかボランパックの部下が支払うものとすることを承諾する」


「これでいいかしら」

「あ、ああ」

「では、署名してください」


 先ほど口にしたものとは随分と違うことにマセドニオは気づいたが、そんなことは構ってはいられない。

 すぐに署名する。

 マセドニオが署名した一枚を懐にしまうとフィーネは笑顔でこの言葉を口にする。


「では、大海賊様をお迎えしましょうか」


「ファーブ。準備はいいですか」


 フィーネは背後に感じる気配の主に声をかけると、一瞬の間をおいて声が返ってくる。


「……フィーネ。一応確認するが本当にやっていいのだな」


 その微妙なニュアンスの言葉にフィーネの表情が変わる。


「もちろん。やりたくなければ構わないのですが、その場合はあなたがたが死ぬだけです」

「言っておくが始まったら全員やるぞ」


「構いません。ただし、こちらからの手出しは厳禁。相手が剣にかけた瞬間に始めるように」

「ああ」


「ということで……」


「やる相手を決めておこうか」


 フィーネの言葉を承諾したファーブは両隣に並ぶ兄弟剣士に声をかける。


「一番首はワイバーンなら、当然俺の相手がワイバーンになるわけだが……」

「いや。順番的に俺だろう」

「いやいや、いつも俺は酷い目に遭っているのだ。こういうときくらい優先権があるはずだ」


「では、クジ引きだ」


 結果。

 ワイバーンはマロ。

 アビスベロはブラン。

 本人の承諾もなく勝手に三番首にされたマントゥーアはファーブが相手をすることに決まる。


「俺は三番首なのだから残りも俺がやる」

「いいだろう。だが、最初の奴に手間取っていたら俺たちがいただくからな」



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