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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二十二章 あらたな動き
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式典での出来事

 そして、式典当日。

 アリストよりあの話が伝わっているため、父王、そして大臣たちの表情も晴れやかなものである。


 ……まったく。

 ……これはフィーネの請求額はさらに高くなる。


 アリストは苦笑いとともにそう呟く。


 もちろん式典は滞りなく終了し、あとはテラスに出て王都の民に王太子のお披露目をおこなうだけ。


 そして、その瞬間がやってきたわけなのだが、拍手とともに上がる声の半分はもちろんアリストに対してのものだったのだが、残りの半分はアリストの隣に立つホリーへのもの。

 これには大臣たちは顔を顰める。

 すぐさま、宰相であるアンタイル・カイルウスが典礼大臣アートボルト・フィンズベリーを呼び、何やら話をする。


 ……排除か。


 宰相の思惑をアリストはすぐに察する。


「宰相。そして、典礼大臣。このような祝いの場で取り締まりをおこなうのは無粋というものです」


 アリストのその言葉にカイルウスは王を見る。

 もちろん王太子の言葉を否定してもらうために。

 だが……。


「今日はアリストの祝いの場。本人がそう言うのだからいいだろう」


「大目に見てやれ」


 それが王の言葉であった。

 大臣たちの予想と期待に反し、王がアリストの言葉を追認したのはアリストにもやや意外なものであったのだが、王がその言葉を口にしたのは、その言葉とはまったく違う理由からであった。

 それがあきらかになるのはその後におこなわれた宴の席のことだった。


 予定外の人物であるホリーの登場に対する典礼大臣アートボルト・フィンズベリーと彼の部下の苦心の跡がそこかしこに見ることができるその宴の最中に主賓であるはずのアリストは別室に招かれる。

 むろんそこで待っていたのは王、宰相のアンタイル・カイルウス、典礼大臣のアートボルト・フィンズベリーである。


「アリスト。おまえをこの場に呼んだのはもちろん意見が聞きたいからだ」


 王はそう前置きすると、その議題となるものを口にする。


「カイルウスよりホリーを副王の地位から降ろすべきという意見が出ている」

「なるほど」


 父王の言葉にそう応じたアリストはカイルウスに目をやる。


「その理由を伺いましょうか?」

「言うまでもないでしょう。ホリー王女に副王の地位を与えたのは魔族の国から戻ってくる可能性がないという前提があったからです」


「だが、どういうつもりか知らないが魔族は王女殿下をこちらに返した」

「厚意でしょう。それにホリーはまもなく帰る」

「ですが、このようなことが度々起こり、その度に王宮内に波風が立つのはよろしくない」


「もちろん副王の地位を与えたのは陛下であるのだから、陛下がそれを取り消せばいいとも言えますが、先ほどの群衆の騒ぎ具合からそれは難しい」


「となれば、王女殿下ご自身にその地位を返上していただく以外にはないしょう」

「どのような理由をつけて?」

「副王が魔族に囚われの身になっているのはブリターニャの体面的と将来のためによろしくないということにすればよろしいと思いますが」


 ……父上があのとき私の意見に賛成したのはこれがあったからだ。

 ……あの場で強制排除をおこない、続いてホリーが副王の地位を下りると発表すれば、間違いなく王の差し金。国民の評判が下がる。

 ……だが、ホリーの名を連呼する者たちを制止せずに流し、続いてホリーが辞任の発表をすれば国を思ったホリーの英断と判断される。


 ……副王の地位がなくなればそれをやるうまみがなくなる魔族はホリーをブリターニャに帰すことはない。

 ……まあ、そうなれば父上や宰相の思惑通りなのだが……。


 ……私としてはホリー副王の地位に就かせたままにしておきたい。


 アリストは父王と宰相を眺めながら考える。


 だが、目の前の相手を説得するとなるとこれまた難しい。

 アリストが考える未来はふたりを説き伏せる有力な材料となるが、そのためには自分とグワラニーとの関係を話す必要が出てくる。

 それは話わけにはいかない。

 つまり、別の理由を探す必要がある。


 ……なにかないか。


 アリストは思考する。


 ……もちろん国民が納得しないと言い張ることもできるが、さすがにそれだけでは弱い。

 ……このまま副王にしておいても問題ないと思わせなければならない。いや……。

 ……副王の地位を与えておかねばならないと思うなにか。


 ここである策が閃いたアリストが口を開く。


 実はカイルウスの言葉を聞いてからここまでほんの僅かな時間しか経っていなかった。

 だが、その短時間の間でおこなわれたアリストの思考は常人では数百倍はかからなければ到達できないものであった。


「まあ、それはやめておいたほうがいいでしょうね」


 そう。

 これがその策の序章。


 当然その短い言葉だけではカイルウスは納得しない。


「その理由を伺いましょうか?」


 その言葉にアリストは頷く。


「まあ、それほど難しいことではありません」


「私が王太子になったことを祝う場でその名が出るほどホリーの人気はある。そして、その理由はホリーがなぜ女性でありながら副王になったのかということに直結している。もう少しわかりやすく言えば、彼らは吟遊詩人に語る物語に登場する王女様にホリーを重ね合わせている」


「ついでにいえば、彼女にそのような辛い境遇を与えた陛下やそのきっかけをつくったアイゼイヤに対する怒りの感情も存在していましたが、陛下が慣例を破ってホリーに副王という地位を与えたことによってその感情はだいぶ和らいでいます。ですが、ここで副王の地位を取り上げるようなことをしてしまっては消えかかっていたその感情が復活します」


「グワラニーという難敵の登場に対処するため、一丸とならなければいけません。そのようなときに内部対立を起こすようなことを起こす必要などどこにもないでしょう」

「ですが……」


 カイルウスはそう前置きして指摘したのはもちろん最初に示した問題点だ、


「そのグワラニーが再びホリー王女をこちらに送り込んだときはどうするのですか?」

「受け入れを拒否すればいいでしょう」


「彼らと我々の窓口は一か所。幸いなことにそこは軍の支配化にある。その程度のことはいくらでもできます」

「ノルディアを経由させた場合は?」

「それこそノルディアに留め置きしておけばいいでしょう」


「ここはホリーの名を最大限に利用して王族の人気向上に努めるべき。こう言って」


 そう言ってからアリストが口にしたのは、まさにフィーネが示したお涙頂戴の安物の芝居。


「私の身代わりとして待っている者を見捨てるわけにはいかないと言ってホリーが帰っていく。もちろん我々は必死に止めたがそれを振り切って身分の卑しい者たちを開放するためホリーは行ってしまったとすれば、ホリーと王族に対する国民の感情は悪い方向には向かない。うまくやればホリー奪還というあらたな大義名分ができて軍の士気が高まることでしょう」


「……アリスト」


 すべての話が終わったところで父王はアリストを見やる。


「二度とホリーをブリターニャに入れないということだが、そのような場面に出くわしたときにはその役割を当然おまえに任せることになるが構わないな」


 アリストは笑みを隠した顔をこわばらせながら、父の問いにこう答える。


「私個人としてはホリーには何度でも戻ってきてもらいたいと思っていますし、そのような辛い役目は御免被りたいところですが、やらざるを得ない事態になれば……」

「やるということでいいな」

「はい」

「わかった」


 そう言ってアリストとの会話を終わらせた王カーセルはカイルウスに視線を移す。


「カイルウス。おまえの意見は正しいと思うし、私もおまえの常識的な意見に乗る。だが、さすがにホリーの名を連呼する群衆に副王の地位を奪うと宣言できる勇気は私にはない。もちろん鎮圧は可能だが、そうなった場合、魔族との戦いどころではなくなる。それこそ魔族軍はとんでもない輩が登場させている。内輪もめをしている余裕などない」


「ここはホリーの人気を利用すべしというアリストの奇手を採用したほうがよさそうだ」


 すべてが終わったところでアリストは腫物に触るような周囲の雰囲気を満喫しているホリーのところへ向かう。


「交渉は終わったのですか?アリスト」


 一方、ホリーの護衛を買って出ているフィーネは酒を楽しんでいた。

 宮廷魔術師たちを圧倒するような最高位の防御魔法を展開しながら。


「一応予定通り」

「アリスト兄さま。私はどうしたらよろしいのでしょうか?」


 フィーネの問いに答えたアリストにホリーはそう尋ねる。

 それはむろん副王を辞めるといえばいいのかという言外の意味を持つ。

 当然そうならないように交渉してきたアリストとしてはそれでは困る。


「ホリー。あなたにはブリターニャ王国の副王として魔族の国に戻ってもらいます」


「ただし、ひとつだけやってもらいたいことがあります」


 もちろんそれは例の小芝居。


「まあ、見る者が見れば嘲笑を誘うだけのものとなりますが、多くの者はその言葉で感激するでしょう。そして、なによりも……」


「ブリターニャはホリーがそれをおこなうことを必要としています」


「やりたくはないでしょうが、よろしくお願いします」


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