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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二十二章 あらたな動き
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グワラニーからの贈り物

 式典前日。

 フィンズベリーからやってくる段取りについての言葉を聞き流しながら時間を過ごすアリストのもとに顔を紅潮させたイムシーダが飛んできたのは昼食が終わって少し経ってのことだった。

 しかも、それはアリストだけに起こったものではない。

 式典を仕切るフィンズベリーにも、その場に立ち会っていた宰相アンタイル・カイルウスのもとにも、そして国王カーセルのもとにも同じような表情をした者が走り寄る。

 しかも、一様に耳元でそれを伝える。

 さらにそれを伝え聞いた者の表情とリアクションも同じ。


 ……なにかはわからぬが、とんでもない事態なのはたしかだな。


 そう呟きながらアリストはイムシーダが自身の耳元で囁く言葉を聞く。

 そして、彼も驚く。


「……間違いないのか?」


 アリストはイムシーダに聞き返す。

 そう。

 イムシーダが口にしたことはそう聞き返さなければならないくらいにアリストにとってもありえないことであった。


「アリスト。カイルウス」


 王がふたりの名を呼ぶ。

 それと同時に、フィンズベリーは式典関係者を集めて何やら話すものの、それまで開け放たれたドアはすべて閉められる。

 もちろん準備作業は停止される。

 アリストたちに伝えられた話の内容はそれだけのものとなる。


「話は聞いたな」


 王の言葉にふたりが頷く。


「なぜという疑問は当然浮かぶ。だが、とりあえずそれは後回しだ。そして、我々が今、真っ先に決めなければならないことは……」


「我々はどう対応すべきなのかということだ」


「むろん、知らせてきた城の警備の責任者でもあるアースキン・ウオルストーンがすぐに緘口令を敷いたから城内はなんとかなっている。だが、城内にその情報が広がるのは時間の問題だ」


「さらにウオルストーンによれば城外は祭りだ」


「そもそも今日はそのような日。そこに……」


「以前『火に油を注ぐ』とかいう言葉をどこかの誰かが言っていたが、まさに今回の件はそれだな」


 王は苦々しそうにブリターニャの王城のその言葉を持ち込んだ者を眺める。


「もちろん、ここで何もなかったようにすることはできるが、それをやったら祭りから暴動になるのはあきらか」


「発表せざるをえないわけなのだが、その後どうするか。これは難問だ」


「アリスト。王太子になっての仕事だ」


「この難問、帰ってくるはずのないホリーが王都に現れたこの事態をどのようにして解決すべきかを答えよ」


 そう。

 ブリターニャの王城に突然降って沸いた一大事の正体。

 それは……。


 魔族に囚われているはずのホリー・ブリターニャの王都帰還であった。

 そして、本来であれば喜ぶべきホリー・ブリターニャの帰還を王たちがなぜそれほど深刻に受け止め、頭を抱えているのか?

 言うまでもなく、それは先日授けた副王の地位があるからである。


 ホリーにその地位を授けた王は彼女が帰ってくるなどもちろん想定外であり、将来ホリーがブリターニャにほぼ確実に戻れることを想定したうえで父王にそれを持ち掛けたアリストも、まさかこのタイミングで戻ってくることは想像もしていなかった。


「さすがに生きて帰ってきたからという理由で副王の地位を取り消すというわけにはいかないでしょう」


 さすがのアリストもこう言うのが精一杯である。


「まずはホリーに会い、話を聞くことにしてはいかがですか?」

「……そ、そうだな。帰ってきたこと自体は喜ばしいことなのだからな。では、ホリーの顔を見にいくことにしようか」


 歯切れの悪いアリストの提案に、さらに歯切れの悪い言葉で応じる父王であった。


 ……やってくれたな。グワラニー。


 父王の背を見ながらアリストは心の中で呟いた。


 さて、当然であるがフィーネとともに控室で待っていたホリーにあったカーセルは完全に父親の表情となる。


「ホリー。もう会えないかと思ったぞ」


「おかあさんもおまえの顔を見れば大喜びすることだろう。すぐに行くといい。だが、その前に少しだけ話を聞かせてくれ」


「どうして戻れた?」


 むろんこれはアリストも同じ疑問を持ち、これからのことを考えれば最初に聞かねばならないことでもある。

 父王の問いに王都を出るときよりも幾分日焼けし、それから多少ふっくらとしたホリーはこう答えた。


「私もそれを聞いたときに驚いたのですが……」


「アリスト兄さまが王太子になるにあたっての魔族の王からの祝いの品。その代わりということだそうです」


「……なるほど」


 王は唸る。

 もちろんアリストも。


 確かにある意味では筋が通っている。

 なにしろ部分的とはいえ魔族の国とブリターニャは休戦協定を結んだ間柄。

 さらにその交渉をおこなったアリストが王太子になると聞けば、形だけでも祝いの言葉とそれなりの品は贈られてきてもおかしいとはいえない。

 だが……。


 ……これだけブリターニャの内情に精通しているのであれば、魔族の王だって知っているはず。

 ……ホリーに副王の地位を与えたことを。

 ……そして、それがどのような根拠に基づいているのかも察しているだろう。


 ……そうなれば、大切な人質であるホリーを返還してきた本当の理由は表向きのものとは違う。


 ……ブリターニャ王宮の混乱と弱体化。


 ……それが本当の理由と目的。

 ……そして、対応をひとつ間違うと魔族側の思惑通りの状況に陥る。


 アリストは心の中でそう断言した。


「……魔族の王は本当に気が利くな」

「まったくです」


 魔族の王の意図を察した父王の皮肉たっぷりの言葉にアリストも同意する。

 だが、それと同時に少々の疑問が浮かぶ。

 有効ではあるが、これは見え透いた手でもある。


 ……ホリーが気づかぬはずがない。それのになぜ……。


 そう呟いたところで、アリストは自身の言葉は即座に否定する。


 ……ホリーは事実上の人質であり、公的にはグワラニーの妻。命じられれば行かざるを得ない。

 ……もちろん拒むことはできるが、それをやるには自身の命を絶つしかない。

 ……私は彼女にそこまでのことを要求できない。


「ところでホリー。自身の地位について魔族から何か聞かされているか?」


 おそらくほぼ同じことを考えていたのであろう。

 父王がその問うと、ホリーは首を傾げる。


「地位を申しますと?」

「もちろん副王になった件だ」

「はあ?」


 そして、ホリーの視線はアリストへと動く。

 それは父王の言葉の確認であり、アリストが頷くのを見たホリーはようやく事態を理解した。

 自分がどのような目的で送り出されたのかということを。

 口を押え、青ざめるホリーを冷たい目で見る父王が言葉を続ける。


「どうやら知らなかったようだな」


「まあ、そういうことなら仕方がない」


「それにこれについてはおまえには一切責任はない。だから早まったことはせぬように」


「とりあえず明日はアリストの王太子を祝う式典だ。ゆっくり休み必ず出席するように」


 父王はそう言うと、部屋を出ていく。


「アリスト。あとは任せる」


 背中越しにその言い残して。


 そして、ブリターニャの王城が大混乱になっているちょうど同じころの魔族の国北部の要衝クアムート。

 その地につくられた新市街地と呼ばれる一角でその地の支配者とその側近が酒を酌み交わしていた。


「そろそろですか……」


 年長の男がそう呟くと、相手の男がニヤリと笑う。


「アリスト王子は喜んでくれているかな?私からの祝いの品は。もっとも……」


「今回は国王をはじめとした国中が喜んでくれているはずだが」

「そうですね。まあ、表面上は喜んでいても国王や大臣は内心それとは全く違う思いをしているとは思いますが」

「結構な話ではないか」


「国の利益のために簡単に娘を敵に渡すような父親は少し懲らしめた方がいいのだからな」


 その部分を口にしたとき、なぜか少しだけ力が入ったグワラニーであった。

 グワラニーの言葉に大きく頷いたその男は酒を含んだ口を開く。


「……それにしても……」


「王がよく賛成しましたね。せっかく手中にできたブリターニャの王女を王都に戻すというグワラニー様の策を」


「というか、自身がそれを許すという役を演じることを承知しましたね」


 その男アントゥール・バイアが口にした言葉にグワラニーは薄い笑みで応じる。


「むろん私にとっては利ばかりだ。たとえば、それを私が独断でやれば、どのような事情であろうとも多少なりとも疑いをもたれるが、王を巻き込めばそれはなくなる」


「それに王女はなかなかの洞察力の持ち主。しかも、私を疑っている。そこにありえない提案。私からそれを持ち掛ければ適当な理由をつけて断ることだってある。だが……」

「王がグワラニー様に命じる形をとれば、そうはならないと」


 バイアの言葉にグワラニーが頷く。


「それに、あれは王からの命令に等しい。断れない。同じ王族として。しかも、王女としても王太子になる兄に祝いの言葉を述べたいだろう」

「これ幸いと受けるということですか」

「さすがに自分が副王の地位に就いたということを知れば、すべてを察し、強硬に断っただろうが」


「王もそれがブリターニャの王宮だけではなく、国全体に罅が入る可能性が十分にあると踏んだ。だから、副王の件を内密にしたうえで王女をブリターニャに送り出すと言ったとたんに乗り気になったのだろう」

「ですが、まさかやってきたフィーネ嬢がそれに気づかなかったとは思いませんでした。実はひやひやしていたのですよ。誰かの口から副王の話が出るのではないかと」

「いや」


「……考えることが苦手な三剣士はともかくフィーネ嬢はおそらくわかっていただろう。副王の話をすればブリターニャが揉めることも、王女がそれを察しブリターニャ行きを断ることも」

「では、なぜ?」

「道具にされた王女に同情した。それに、どうなってもアリスト王子がなんとかすると思っていた。そんなところだろう」


「ところで、帰ってきますかね。王女は」

「帰ってくるだろう。というか、帰らざるを得ない。こちらと向こう、ふたつの枷によって。そして……」


「それによって王女の名声はさらに高まり、王の評判は悪くなる」


「ますます結構な話だ」


 そう。

 今回の件はすべてがグワラニーの策謀。

 だが、その誘い水となったのはもちろんブリターニャ王がホリーに与えた副王という地位。

 そして、その発端をつくったのはアリスト。


 ……策士策に溺れる。自らが蒔いた種ですから、アリストはなんとかするでしょう。


 ダワンイワヤのブリターニャ陣地にやってきたホリーから一時的な帰国の許しが出たという話を聞かされたフィーネは驚きながらもすぐに全体像を察してそう呟き、副王の地位にあることを話すことなくホリーを王都へ連れ帰った。


 そして、その後サイレンセストの王城がどうなったかは承知のとおりなのだが、ここでフィーネは少しだけ小細工を施した。


「ホリー王女殿下が一時的にお帰りになった。城内へ入れるように」


 周囲にいる者たちにことさら聞こえるように衛兵にそう伝えたのだ。

 その理由。

 それはもちろん王に対する要らぬ忠義を示そうとホリーを人知れず暗殺しようとする輩に現れぬようにするため。

 もっとも、ホリーは武器、魔法、どちらに対しても完璧な防御が施されていたのでそれは無用といえば無用だったのだが。

 

 ホリーがサイレンセストに姿を現した理由。

 それがグワラニーの計略とフィーネの機転だったことを理解してもらったところで、そろそろ大混乱中のブリターニャの王城に戻ろう。


 王が部屋を出ると当然残るのはアリストとホリー、それから彼女を王都まで連れてきたフィーネだけとなる。


「……ファーブたちは?」


 アリストからの当然過ぎる問いに答えたのはフィーネ、ではなく、ホリーであった。


「三人は私が戻るまでの人質となりました」

「優雅な人質、と言っておきましょうか」


 ホリーの申しわけなさそうな答えに続いたのは今度こそフィーネ。

 つまり、彼女が三人を強制的に置いてきたというわけである。


「グワラニーが三人を要求したのですか?」

「いいえ。というか、特別何も。ですが、相手があの男となれば、タダより怖いものはないでしょう。強引にでも何か置いてくれば後で請求されることはないでしょう」

「たしかに」


「ですが、彼らはよく納得しましたね」

「エサで釣りました」


「夫人の料理食べ放題だと言ったらすぐに了承しました」


「挙句の果てに、『どうせ戻っても式典に出られずうまいものに預かれないのだからゆっくり帰ってきていい』などと言っていました」

「なるほど。彼ららしい」


 アリストはすべてを理解した。


 ……ホリーが副王になったこともその経緯も、そして、ホリーが王都に来ればどうなるかも知っていながらフィーネがホリーを王都に連れてきたのは、ホリーがグワラニーのもとに戻ることがわかっていたからということですか。

 ……そう。他の王族なら自身のために他者がどうなろうと気にしない。相手が身分の低いものたちなら犠牲になることなど当然だと考えるだろう。

 ……だが、ホリーは……。

 ……戻ってくるものと思って待っている者たちを見捨てるなどできるはずがない。

 ……ということは、ファーブたちを置いてきた理由を問うたときにフィーネが答えた怪しげな理由はあくまで建前。ファーブたちが自分の身代わりになっていることをホリーに再確認させるためだったのですね。

 ……納得です。


 ……となれば、思い悩むことなど全くない。

 ……それどころか、引き留める者たちを振り払って魔族領へ戻るホリーの評判はさらに上がる。


 ……悪くないですね。


 ……ただし、思惑は別にして人質を一時的にしても開放し相手のもとに返した魔族の評価も変わる可能性もある。

 ……そして、引き留めに失敗したブリターニャの王室の評判は下がる。


 ……ファーブたちには戦いは剣だけではないとは言っているわけですが、こうなってくるとあの男の場合はこちらの方が主のような気がしてきますね。

 ……剣を振るわずに小賢しい手を使って勝つ。吟遊詩人には評判が悪そうですが、私から言わせれば失うのは自身の評判のみ。しかも、それは部外者からだけ。最高です。


 ……さて。

 ……難問が解決したからには心置きなく質問ができる。


 アリストの口は当然軽くなる。


「では、ブリターニャの副王様にお尋ねしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」


 そう言ってホリーの顔を膨らませ、大笑いしたところで、最初に尋ねたのはここに来られることになった経緯である。

 もちろんこれについてはある程度想像がつく。


 グワラニーが画策した。


 アリストはそう考え、実際もそうであった。

 だが、ホリーが口にしたのはそれとは別のものであった。


「許可を出したのは、というより、どちらかといえば、命令に近いものでそれを許可したのは魔族の王で、それについてはグワラニーも聞いていなかった様子で、確認の言葉を口にしていました」

「……ほう」


 ……もちろん演技の可能性はある。

 ……だが、少なくても魔族の王もこの一件に関わっているのは間違いない。

 ……つまり、魔族の王はホリーをブリターニャに返すことを承諾したということだ。

 ……魔族の王もなかなかの曲者だな。


 ……それはそれとして……。


「つまり、ホリーは魔族の王と会ったということですか?」

「はい」


「それで、どうでしたか?ホリーから見た魔族の王の印象は?」


 もちろん人間が魔族の家畜だった遠い昔には魔族の王を見た者はいただろう。

 だが、少なくても現在の魔族の王を見た人間は魔族軍に属するタルファ夫妻を除けば、ホリーが初めてといえる。

 その情報が手に入るのだ。

 アリストが興奮するのは当然であろう。


「どうでしたか?」


 短いが熱が籠った言葉で促すようにアリストがもう一度そう尋ねると、ホリーはようやく口を開く。


「魔族の国の王からは我が国で語られているような残忍さというものは感じられませんでした」


「特別高みからものを言うわけありませんし」


「外見は?」

「見た目をいえば五十歳より四十歳に近いというところでしょうか。華美な服装でもありませんでした。というよりも非常に質素。一国の王とは思えぬ程に。それは王城全体にいえることです。金銀の算出量を考えたら信じられないくらいです」


「そこでお茶が出ました。もちろん質は高いものでしたが、注目したのは器です。王のものを含めて使われている器も木製や素焼きのものばかりでした。しかも、皆色形がばらばら。ブリターニャの宮廷ではありえないことです」


「会話は何語でおこなったのですか?」


「ブリターニャ語です。魔族の幹部は基本的にブリターニャ語ができるようです。まあ、グワラニーのようにどの国の言葉を使いこなすような者は少ないのでしょうが」


「魔族の王のブリターニャ語もまったく癖がなく、それだけを聞かされたらブリターニャの貴族と思ってしまうかもしれません」

「なるほど……」


「王に会うにあたってグワラニーから注意を受けましたか?」

「はい」


「魔族の王は回りくどい物言いは好まない。また、自身の意見を否定されて怒り出すことはないが、その根拠となるものを必ず示さなければならない」


「そのようなことを言っていました。そして……」


「王は非常に頭がいい。小細工や隠し立ては通じないと思ったほうがいいと」


「ちなみに魔族の王は名乗りましたか?」

「王になった瞬間に名はなくなり、王または陛下と呼ばれる。グワラニーはそう言っていました」


 ……それは伝承どおりですね。


 ホリーの答えにアリストは小さく頷き、次の問いへと進む。


「王に会ったということは魔族の国の王都イペトスートも見たわけですね。いかがでしたか?魔族の国の王都は」

「なんというか……」


「地味ですね」


「高い建物もありませんし、壁面装飾も少ないですし」

「規制されていると?」

「グワラニーによれば魔族の気質だそうです」


「建物で一番重要なのは丈夫さ。ついで住みやすさ。見栄えというのは彼らのなかに優先順位として非常に低いそうです」


「王都に暮らす者たちの様子は?」

「楽しそうでした。大きな町ですが、私の印象ではサイレンセストよりもラフギールに近いです。のんびりしていて」

「純魔族と人間種の対立は?」

「お互いに相手の悪口は言うようですが、明確な上下関係というものは消えつつあるそうです。純魔族でも人間種の営む店で買い物をすれば払うものは払うそうですから」


「……それは少し耳が痛いですね」


 王族や貴族の傍若無人な振る舞いが問題になっている自分の国の王都の様子を思い浮かべてアリストは苦笑いする。


「魔族の国の王族はどんな暮らしをしているのでしょうね。魔族の王太子には会いましたか?」

「それが……王位は世襲ではないようです。魔族の国は」

「はあ?」


 ホリーの言葉にアリストは、らしくもない声を上げる。

 少しだけ慌て、仕切り直しをするように咳払いをしたアリストはホリーを見やる。


「魔族の国も王が支配しているのですよね?」


 アリストのもっともといえる問いにホリーはそれを肯定するように頷く。


「……そして、当然王には家族はいますし、子供もいるようです。ですが、王の息子が次の王になるという決まりはない。というか、驚くべきことに王の子供は次の王にはなれないという決まりがあるそうです。魔族の国には」


 これはさすがのアリストも理解できる範疇にはない。


 ……もちろんアグリニオン国のようにそもそも王がいない国であれば、それも理解できる。

 ……だが、王がいるのに王の子供が跡を継げないとはいったいどういうことなのだ。

 ……王政とは継続性がその利点とされている。

 ……だが、王の子が国政を担えないとなれば、その利点は失われる。

 ……それでは王政とは言わないだろう。

 ……というか、それでは王とは呼べないのではないのか。

 ……王とは名ばかりの別のもの。それが魔族の王政ということになる。


「ちなみに、次の王はどうやって決めるのでしょうか?」


「王が後継を指名するそうです」

「では、王の家族はその後どうなると?」

「王族として優遇されるそうですが、政治に関わることは許されないのだとか。随分と奇妙な規則だと思いながらグワラニーの話を聞いていました」


 ……グワラニーから聞いた?


「つまり、それはグワラニーの話であって、本当かどうかはわからないということですか?」


 グワラニーの作り話。

 内容から考えれば十分にありえるものである。

 だが、ホリーはそれをきっぱりと否定する。


「その可能性は否定できません。しかし、この話は嘘にしてはかなり出来の悪いものですし、そのような嘘をつく理由もありません。ですので、おそらく本当なのではないかと」

「たしかに」


 ホリーの言葉にそう返しながら、アリストは魔族がそのようなシステムを採る理由を考える。


 ……血による王位継承を認めない。

 ……そして、王位は真に才のある者に渡すべきもの。

 ……それは王の血を引く男であれば、どんな醜悪な性格で無能であっても王になれる人間世界とは裏表にあるといえるのだが……。


 そして、そこであることに気づく。

 もちろんそれはグワラニーにも王位継承権があるということだ。


「ということは、軍才もあり、統治者としても十分な成果を挙げているグワラニーが有力ということになるのでしょうね?」


「それとも人間種は王になれないとか?」


「私もグワラニーに尋ねてみましたが、それには何も答えませんでした」


 もちろんアリストは聞きたいことはまだまだあるし、ホリーも話したいことも山ほどある。

 だが、それでも話はそこで終わらなければならない。


 娘がやってくるのを待っている者がいるのだから。


「残りは後で。とりあえず母上のところへ行ってきなさい」


 そう言ってアリストはホリーを送り出す。


 そして、残されたのはアリストとその場にいたもうひとりの女性ということになる。

 アリストがその女性フィーネ・デ・フィラリオに視線を向ける。


「とりあえず今回の件。その判断は正しかった。そして、感謝します。フィーネ」

「いえいえ」


 フィーネは殊勝そうにそう応じた。

 ただし、そこでは終わらない。


「感謝は言葉ではなく形あるものでお願いします」

 

 そう言ってアリストを渋面にしたところフィーネは少しだけ表情を変え、先ほど語られなかった部分をあきらかにする。


「今回の件は魔族の王の発案だそうですよ」


「それが本当かどうかはわかりませんが」


 ……つまり、フィーネも疑っているわけですか。その言葉を。


 アリストは薄い笑みを浮かべる。


 ……まあ、誰がおこなったのかはこの際どうでもいい。

 ……多くの情報を手に入れられたうえに、ホリーが式典に参加できるのだから。


 そして、笑みを深くしてこう応える。


「まあ、今は良い面だけを見ることにしましょうか」

「ところで王女はグワラニーのもとに返すのですか?」


「そうなるでしょうね」


「そうでなければ、人間界最高の剣士三人が魔族軍の最強部隊に加わることになりますから」


 そう言ったところでアリストは笑いだす。


「そう言いたいところですが、実際にフィーネがファーブたちを置いてきてくれなかったらブリターニャは厳しい立場になったでしょうね」


「なにしろ例の一件以降ホリーの人気は非常に高い。そこに戻ってきた。当然国民はホリーを返すなと言うでしょう。ですが、王や大臣はそれでは困る」


「最悪の場合、最終手段を取らざるを得ない」

 

「そして、自身が命じておきながらそれをおこなった者を処刑。気持ちの悪い結末です」


「ですが、王女が自主的に戻るとなれば話は別。必死に止めたが王女は戻っていった。身代わりとして待っている下賤の者たちを見捨てられないと言って。笑い過ぎて涙が止まらぬ話です」


 フィーネの言葉にアリストは呟く。


「私やフィーネにとってはそうでしょう。ですが、大部分の者はこのような話が好きなのです。そして、これであれば誰も傷つかない。そこまでわかっていたからファーブたちを置いてきたのでしょう。フィーネ」


「そのとおりです。すべての者に満足を与えるこのおこないにブリターニャは国として褒美を出してくれるのでしょうね」


 もちろんこれは最大限の嫌味。

 だが……


「陛下と協議してからということになりますが、フィーネが満足できるくらいのものを用意することを王太子として約束しましょう」


 答えはなんと是。

 信じられないことではあるが、これがあのアリストの言葉である。


 ただし、よく考えれば、これは自身の腹は全く痛まない。

 どこまでも、そう、どこまでもアリストはアリストなのである。


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