奇手のきわみ Ⅱ
グワラニーが差し示した場所。
そこはクアムート城塞の東側に広がる小高い丘を中心とした草原地帯。
つまり、南に展開する人狼軍と北に布陣する敵本隊の中間地点。
言うまでもないことだが、そこに転移すれば、遠方に転移し街道を徒歩で進むよりはるかに城の入り口に近い。
さらに、突破しなければならない敵陣を避けることができる。
だが、一見すると最良の場所に思えるそこは南北双方の敵から挟撃されるだけではなく、城を包囲している敵からも攻撃を受ける可能性が高い。
いや。
実際にそこに転移した第二回救援部隊はすぐさま城の入口に向かったものの、タルファが構築した強固な防御陣地を破れず、結局三方からの攻撃を受けて時を置かずに全滅している。
つまり、敵があえてその草原に自軍を布陣させていないのはそれが狙い。
それにもかかわらずそこに転移することが最良だというグワラニー。
当然のようにその案にはすぐさま疑念の声が上がる。
「グワラニー様。さすがにそこは……」
「そうです。そこは敵がわざわざ開けているだけであってとても最良の場所とは言えません」
「間違いなく罠です」
三人の男は異口同音、当然のことを当然のように言う。
だが、その案に疑問を持った全員がその言葉に乗ったわけではない。
自らの考えを素早くまとめ上げたもうひとりは三人の若い実戦部隊の指揮官たちとは違う理由で懸念を示す。
「グワラニー殿。それでは、城の入り口付近に敵を集める結果になり、本隊が入り口に到達するのは困難になるのではないのかな」
つまり、そこに我々が転移してしまっては囮にはなりえない。
ペパスはそう言ったわけである。
だが……。
「たしかにここは囮役を務める者の転移先としては不適格といえます」
ペパスの言葉にグワラニーは同意すると受け取れるその言葉とともに頷くものの、続いて口にした言葉は肯定とは程遠いものだった。
「ですが、私にとってやはりここが最良の場所です。なぜなら私と将軍では根本的な部分で考え方に違いがあるからです」
「根本的な考え方の違い?それはどういうことでしょうか?」
さすがにここまでハッキリと言われてしまうといくら抑えても感情は漏れる。
丁寧ではあるが少しだけ強い調子の言葉で問うペパスにグワラニーが答える。
「我々が命じられたことは本隊が城に入ることができるようにすることであって、本隊のために囮になることではありません。つまり、我々は囮以外の手段を用いて本隊が城の入り口に辿り着けるようにしてもよいということです」
グワラニーの言葉は正しいと思いながらも、あまりにも現実離れしたものだと心の中でため息をつきながら、将軍の地位にある男がもう一度口を開く。
「それはもちろんそのとおりですが、グワラニー殿には我々が囮になる以外の案があると?」
ペパスの言葉を肯定するためグワラニーはまず頷き、それに続きその言葉を口にする。
「では、将軍。逆に問います。この場所に転移した我々が本隊の入城に協力できるとしたらどのような場合が考えられますか?」
そう問われたペパスは思考する。
いや。
それはすぐに導かれる。
なにしろその答えはそのひとつしかないのだから。
ペパスが苦悶しながら口を開く。
「……集まってきた敵の殲滅」
ペパスの信じられないと言いたそうなその言葉にグワラニーはニヤリと笑う。
「そのとおり。そして、まず言っておきます。この策がすべて終わった後の我々には完全な勝利が待っていると」
「成功ではなく勝利?」
「そう。そして、大部分の者は戦いの後に勝利の美酒に酔いしれることができることも約束しましょう」
つまり、王より与えられた使命を二倍の益をつけて果たすだけではなく多くの兵が生き残る。
グワラニーは言外にそう言った。
……たしかにそうであれば、これ以上の喜びはない。
……だが、やはり……。
……信じられない。
事前にその概要を伝えられていた最側近の男と魔術師長、それからその孫娘以外の四人は心の中でその言葉を繰り返し口にした。
「本当にそのような策があるのですか?」
騎士長の地位にある男の言葉にグワラニーが答える。
「ある」
そして、彼らはその言葉に続いて示されたグワラニーの策に驚愕することになる。
それから八日後。
同じメンバーの前でグワラニーの口が開く。
「すべての条件と準備は整った。では、クアムートに赴くとしようか。すでに確定している我々を明るい未来に導く完璧な勝利を実際に手に入れるために」