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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二十二章 あらたな動き

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三人の副王 

 王族会議最終日。

 王太子候補者三人に対しての投票が始まる。

 

 実はこの投票は投票者自身の名前を記さねばならない。

 つまり、誰が誰に入れたのかハッキリわかる。

 そうなれば、元々アリストを推していた者だけではなく、中立派の中で様子見を決め込んでいた者たちも勝ち馬に乗りたいとアリストに入れる。

 さらに、ジェレマイアに投票を約束していた者たちは軒並みアリストへ票を入れる。

 これは兄弟の上位者であるアリストが候補者であるからという建前上の理由が成立する。

 だが、予想外だったのは残りの者たちである。

 そう。

 あれだけアリストを非難しアイゼイヤを推していたダニエルとファーガスを推していた派閥からも多くの落伍者が出たのだ。

 これについてはアリストのよく聞こえるこの独り言が影響したと思われる。


「私が王太子、そして、王になった暁には私以外に投票した方々には苦い汁をたっぷりと飲んでいただく」


 もちろんアリストにそのようなことをおこなう意志はなく、単純に嫌がらせを色合いの濃いものであったのだが、それとともにアイゼイヤを推したキーズリー公爵の逆恨みの矛先が元身内に向くようにという小さな仕掛けでもある。

 当然その思惑は成功することになるのだが、それはこの日より後の話となる。


 さて、その結果発表であるが……。


 大山鳴動して鼠一匹。


 むろんこの世界にはそのようなことわざは存在しない。

 だが、王族会議の投票結果はそう表現したくなるようなものであった。

 もちろん王がアリストを推した時点でアリストの王太子は確定しているのだが、その結果は予想以上の大差がつくものとなり、勝てるかもしれない、そうでなくても相応の影響力を残せると踏んでいたキーズリー公爵たちを大いに落胆させた。

 

 入口から見て左側に並ぶ王族たち。

 その王族たちで構成される王族会議を取りしきる公爵で王妃の父でもあるアシャー・バリントアの長子ブラッドフォードによって結果が発表され、投票前からすでに決まっていたアリストの王太子が確定する。


 それを受けて中央の玉座に座るカーセルが立ち上がる。


「この結果によりアリスト・ブリターニャを王太子に叙し、あわせてアリストが次期王となる者であることを宣言する」


 その言葉とともに、王族たちとは反対側に座っていた三人の王子のひとりが立ち上がり、王の前へと進み出る。

 そして、この王の言葉で新王太子の誕生が決定される。


「王太子アリスト・ブリターニャにすべての神の祝福があらんことを」


 フランベーニュやアリターナにものに比べて非常に簡素であるが、ここまでは王族会議の次第どおり。

 そして、その次第通りであればここでお開きとなり、王、王太子、王族と残りの王子の順で退場することになる。

 だが……。


「さて、王族の主だった者がいるこの場でいくつか話をしておくことがある」


 閉会宣言を制した王の言葉だった。

 全員の視線が集まったところで、カーセルの口が再び開く。


「皆も知ってのとおり、今回魔族領へ新たな戦線をつくるために出かけた遠征は残念な結果に終わった」


「我々は二十万近くの将兵を失った。そのなかには多くの貴族、そして王族も含まれる」


「私の息子である、ダニエル、アール、ファーガス、レオナルドも死んだ」


「痛恨の極みであるが、戦いである以上、やむを得ないと言わざるを得ない。兵が死ぬのは当たり前だが、王族が死ぬのはあってはならぬとはならないからだ」


「さて、残った王子はこの場にいる三人となる。そこで……」


「王太子アリストが王位に就くにあたり、残るふたりを副王とし、アリストを支える役目を与えることにする」


「王太子はそれを承認できるか?」


 むろんこれは王とアリストの間での話し合いですでに決着していることであるのだが、それ以外の者にはここで初めて披露されたということになる。

 当然、当事者ふたりを含めた全員が微妙な声を上げる。

 ただし、王太子と違い、副王は王が独断で決められるため、それに異義を唱えることはできない。

 しかも、これは完全ではないものの、多くの者にとって望ましいもの。

 意外に早く、そのざわめきは収まりその視線が集まるのは次期王になる者。


「どうだ?」


 王がアリストを眺めながらそう問うと、アリストはすでに出来上がっていたものを口にする。


「承知しました。私はこの場で宣言いたします。私が王位に就いた際には、アイゼイヤ・ブリターニャとジェレマイア・ブリターニャを必ず副王の地位につけ、彼らからの助言を神からの言葉と受け止めることとします」


 これはいわゆる口約束の類。

 違えることはそう難しいことではないように思える。

 ただし、同じ口約束でもこのような神聖な場でおこなった場合、道端で交わされるものとはまったく違う種類のものに変わる。

 

 王はアリストの言葉に頷き、続いて将来の副王となるふたりの王子に声をかける。


「そういうことでアイゼイヤとジェレマイアも将来の副王にふさわしいだけの見識を身に着けるよう精進せよ。よろしいな」


 まずはアイゼイヤ、少しだけ遅れてジェレマイアが小さな声で承諾の声を上げる。


「それから、もうひとつ」


 そう言ったところで、言葉を切ったカーセルは王子たち、それから王族たちを見渡すように眺め、それから口を開く。


「もうひとり、副王に任じたい者、いや、任じなければならない者がいる」


 王の言葉に王族会議のメンバーは再びざわつく。

 

 ……いったい誰が副王になるのだ?


 王族たちは互いの顔を見合わせる。


 ……この場にいる公爵の誰か。となれば……。

 ……バリントア公爵か。


 多くの思惑と思考が重なった先にいたのは王族会議の長アシャー・バリントアだった。

 そして、バリントアもまんざらでもなさそうな顔でそれに応じる。


 だが、王が口にしたのは誰も想像もしなかった者の名であった。


「第四王女ホリー・ブリターニャを三人目の副王とする。なお、ホリー・ブリターニャについては近日中その地位に就けるものとする」


「……陛下。さすがにそれは無理があるように思えますが」


 そう声を上げたのは宰相のアンタイル・カイルウスだった。

 それに続いたのは典礼大臣であるアートボルト・フィンズベリーである。


「副王とは国王の身に何かあった時、王の代理を務める場合もある重要な地位。さすがにそのような職に王族とは言え女をあてるのはいかがなものかと」


「そもそも王女は魔族に囚われの身。そのような地位に就いている者が囚われの身となれば我が国の名に傷がつくことになります」


 ふたりの大臣の言葉に風を感じたキーズリーも反対の意を示すと、他の王族たちも同調する。

 だが、薄ら笑いを浮かべた国王カーセルはキーズリーに目をやる。


「……なるほど。囚われの身ではその地位に就くのは不適か?」

「はい」

「なるほど」


 王は視線を王太子になった息子へと動かす。


「アリスト。私の言葉に対し公爵はそう言っているが、おまえはどう思う?率直に答えよ」

「問題ないかと」


「……理由を聞こうか」

「最初に言っておけば、もし、公爵の言葉が正しければ、私は先ほどの言葉を取り消し、アイゼイヤの副王就任は断固お断りしなければなりません」


「なにしろアイゼイヤは囚われ人だった。そして、ホリーはアイゼイヤの代わりに魔族のもとに向かったのです。あの戦いにまったく無関係にもかかわらずアイゼイヤの身代わりになったホリーが魔族に囚われているから副王になれないというのであれば、ホリーのおかげで王都に戻れたアイゼイヤが副王になるなどありえない話」


「囚われていたアイゼイヤが副王になれるのならホリーが副王になる資格はその数倍あるでしょう」

「まあ、そういうことになる。私もそう思ってホリーに副王の称号を送ってやろうと思ったのだが、女に副王の資格を与えるのは困難というフィンズベリーの主張についてはたしかに一理ある。これについてはどうだ?アリスト」


 アリストの言葉にもっともらしく頷いた父は、自身が昨晩口にしたことを重々しく尋ねると、息子もそれにふさわしい表情でこう答える。


「状況を考えればホリーがサイレンセストに戻ってくることはありません」


「そのうえで、彼女のおかげでアイゼイヤを含む捕虜が王都に戻って来られた。その功績は大。そして、生き残った者は彼女の献身に報いる必要がある。そこにアイゼイヤが副王になるという話です」


「我が国の規則上女性が王にはなれませんが、ありがたいことに副王については明言されていません」


「どうせ形だけなのですから、功に報いるために彼女に副王の称号を送ってやっても悪くはないのかと思います」


 父王はアリストの言葉に大きく頷くと、典礼大臣に目をやる。


「フィンズベリー。典範には女が副王になれないと書いてあるか?」

「ありません」


 即答。

 それに頷いた王はそのまま言葉を続ける。


「そういうことであれば、ホリーに副王の地位をやろうではないか。それから……」


「皆が心配しているだろうかここでつけ加えておく。我が国の混乱を狙って魔族が返還交渉を持ち掛けても断固拒否する。アリスト。これについて何かあるか?」

「……ありません」


 むろん厳密にいえば、捕虜返還とホリーの引き渡しは直接的には関係ないといえる。

 だが、捕虜返還と休戦協定の締結がパッケージングされていた以上、捕虜返還はホリーの功績ともいえる。

 そして、なによりもホリーがブリターニャに戻って来られないと言う事実。

 そこにどのような条件で返還交渉を持ち掛けられても拒否するという明確な意思表示。


 女性であるホリーの副王就任について異議がある者もそれを口にしなかったのも最後の部分が根底にあるからだといえるだろう。


 そして、そう考えると本来停戦交渉に無関係なホリーをアリストが帯同させたというのはその時点でアイゼイヤ奪還のためにホリーを引き渡すプランがあったから。

 当然それはアリストひとりで決められるわけがないので、国王カーセルの命があった。

 そうなると、カーセルが強引にホリーを副王にした理由も理解できる。


 実を言えば、王は昨晩までホリーを副王にすることなど考えてもおらず、それどころか、アリストがその提案をしたときに反対の意志すら見せたとは考えない者たちは深読みに深読みを重ねて、事実追認の形でそのような理由付けをおこなった。


 そして……。


「他に何かあるか?」


 王の問いに全員が沈黙で応える。


「では、すべて決まりだ。宰相」


「すべては陛下の仰せのままに」


 アンタイル・カイルウスのこの言葉によって王族会議は幕を閉じた。


 そして、その翌日。

 公式にアリストが王太子の地位に就くことが発表される。

 もちろんこれは国家として大きな出来事であり喜ばしいことでもあったのだが、今回にかぎり、その発表は一瞬で脇役に追いやられる。

 もちろんその理由は直後に発表されたホリーの副王就任である。


 その発表を聞いた多くの者はまずは驚き、それから喜び、そして悲しむという感情のジェットコースターをその発表に続く経緯の説明によって味わうことになる。

 そう。

 いわば、ホリーは人々が大好きな吟遊詩人が語る悲劇のヒロイン。

 そして、彼らが語る物語の世界での悲劇のヒロインは最終的に王子様に救われることも多い。

 そうならない場合でも、最後まで望みを捨てず戦い続けるヒロインは皆の共感を得る。

 だが、それが現実であった場合、人々がどのような感情を持つのかといえば……。


 絶望感。

 それから憎悪。


 そして、その憎悪の矛先が向くのはまずは王女を攫った魔族、続いて王女の代わりに王都に戻ったアイゼイヤとなるわけなのだが、驚くべきことに父王に対しても批判的な言葉を口にする少なくない数の者がいた。


「簡単に囚われるような無能者のために戦いに無関係な王女を差し出すとは王としてより父親として許しがたい」


 もちろん王や王族への非難は厳禁。

 それは表向きにされることはなかったのだが、地下に沈んだ分その批判はしっかりと根を広げることになる。


 それに対し、それまでほぼ無名だったホリーの評判はうなぎ上りとなる。


「……これは予想外です」


 その様子を遠くから眺めながらアリストは呟く。


 だが、それをこっそりと喜んだのはアリストだけではなかった。

 そして、少しだけ遅れてこの情報を手に入れたその者の企みがブリターニャにこの直後、大混乱をもたらすことになるのである。



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