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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二十一章 ダワンイワヤ会戦 交渉
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その夜の出来事 

 二日目の交渉が終わった夜を迎えた魔族軍陣地。

 まったく進展しない交渉を打開するため、グワラニーはバイアとアリシアを自室に呼んでいた。

 もちろん前日にふたりを呼ぶことも可能であったのだが、グワラニーが敢えてそれをおこなわなかったのには彼なりの理由があった。


アリスト王子にはふたりほど有能な助言者はいない。

その王子と対するのにふたりの助言をもらっては公平ではない。


 つまり、せっかくイーブンな論戦ができるのだから、あくまで最後までその条件でやりたいということである。

 むろんこれはそれをおこなうだけの余裕があるという前提があるわけなのだが、どうでもいいこだわりがともいえるものでもある。

 だが、ここまで膠着してしまってはもうそんな悠長なことは言っていられなくなった。


 そもそもグワラニーは今回の交渉はブリターニャ金貨を奪い取ることに重きを置いていなかった。

 だから、適当なところで妥協してその対価としてある条件をつけるつもりでいた。

 その方針が急変したのはひとり当たり金貨一枚というアリストのあのひとことだった。

 喧嘩を売られた。

 グワラニーはそう感じ、心のどこかでそれを望んでいたこともあり応戦することにしたのである。


 ……だが、その結果はこれだ。

 ……まあ、自分の未熟さを知るよい機会だったともいえるのだが。


 そう反省し、ふたりの知恵者の考えを聞くことにしたのである。


「……なるほど」


 そして、幾分偏った感想も混じるグワラニーの説明を聞いた知者のひとりバイアは短い言葉を発したのに続き、その感想を口にする。


「まあ、簡単に言ってしまえば、グワラニー様が熱くなり過ぎたということでしょう」


「相手はあのアリスト・ブリターニャ。本当の戦いの前哨戦となるここで簡単に引き下がりたくない気持ちはわかりますが、やはりここはこちらが譲歩すべきでしょう」


「それによって我々が本当に手に入れたいものに辿り着くわけですから」


 バイアの言葉は的を射ている。

 それはグワラニーも理解している。

 だが、どうも釈然としない部分もある。


「だが、さすがにひとりあたりブリターニャ金貨一枚はないだろう」

「そこが今回の交渉に対するグワラニー様とアリスト王子の立場の違いということなのでしょう」


「なにしろ王子は捕虜を連れ帰るだけではなく、身代金をできるだけ抑えなければならないというふたつの責務を負っているのですから」

「私もそう思います」


 バイアの言葉にアリシアも肯定の言葉を重ねる。


「ですから、明日の交渉がある程度進んだところで、グワラニー様は相手が満足する提案をすべきです。ただし、露骨に恩を売るように。そして、その直後に条件を提示する」


「そうなれば、今度悩むのはアリスト王子となります」


「自分が当初提示した条件よりはかなり高くなったものの、グワラニー様より驚くほどの譲歩を引き出せた。ただし、それを完全に手にするためにはこちらの条件を飲まなければならない」


「金貨か、未来か。という選択を迫られるわけです」


「……さて、どちらを選ぶかな?アリスト王子は」

「前者でしょう。それがここに来た目的ですから」


「そして、最終的にはアリスト王子もグワラニー様も欲しいものを手に入れるということになります」

「……わかった」


「ふたりが同じ意見ならそれが正しいのだろうが……」


「ここで下りるのは若干不満が残る」


 グワラニーは心にある引っ掛かりのようなものを吐露する。

 その表情は言葉以上のものが滲み出している。


 バイアは苦笑いする。


「つまりアリスト王子に参ったと言わせたかったわけですか」

「当然だ」


「ですが、相手も死ぬ気でやっているのだから、百戦百勝はありえないとグワラニー様は言っているではありませんか」


「最終的な勝利のため、ここはアリスト王子に勝ちを譲ってやればいいでしょう。もっとも……」


「今回の交渉でグワラニー様が本当に負けたのかは疑問ですが」

「負けたのではない。これから負けるのだ」


 屁理屈をいいながら、なおも納得していないことを言葉と表情で表わすグワラニーを眺めバイアは思う。


 ……いつもは目的第一のグワラニー様がここまで無意味な勝ちに執着するとは……。

 ……アリスト・ブリターニャはそれだけの者ということなのでしょうが。


「まあ、グワラニー様がどれだけ不満なのかは十分に理解しましたが、アリスト王子も今頃フィーネ嬢相手に不満をぶちまけていると思いますよ」


「なにしろ金貨一枚と提示したものが、最低でも二千枚。最終的には三千枚を超えそうな状況なのですから」

「だが、それはこのような交渉をおこなう際の伝統的手段だろう」

「では、お聞きします。グワラニー様はアリスト王子の腹積もりはどれくらいだと推定しますか?」

「金貨百枚。多くても千枚」

「なるほど」


「そうなれば、先ほどの話にある金貨二千枚は、すでに彼の中での限界は超えています」


「ちなみに我が軍が捕虜ひとりにかかる経費は?」

「ブリターニャ金貨で考えるのであれば二十枚。百枚もあれば御の字だろう」


「まあ、そういうことです。ということで、アリスト王子はグワラニー様以上にも現状を不満に思っているのは間違いないでしょう」


「わかった。アリスト王子に勝つ楽しみは本番にとっておくことにする。それと……」


「……ふたりともありがとう。やはり、持つべきはよい助言者だな」

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