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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二十一章 ダワンイワヤ会戦 交渉
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不毛なだけの頂上決戦 Ⅱ

 アリストとグワラニーによる交渉二日目。


 グワラニーが提供したアリシア特製焼き菓子がテーブルに並び、転移魔法でラフギールに戻ったフィーネが持ち込んだ緑色の茶を飲みながらそれは始まる。


「昨日、誰かの余計なひとことに騙され酷い目に遭ったファーブたちから今日中にカタをつけるように言われている。彼らの仲間である私は彼らの気持ちがよくわかる。ということで、今日は昨日のような夢物語のようなものではなくもう少し常識的な提案をしていただきたい」


 アリストは開始早々そう切り出した。

 つまり、グワラニーに自分の提案に賛成しろということであるのだが、そう言われて自身の主張を引っ込めるほどグワラニーは軟ではない。

 すぐさまお返しの言葉を口にする。


「早く終わらせたいという気があるのなら、王子が我々の提案を受け入れれば済むことですよ。そのような度量でよい王太子にはなれません」


「王太子になる私に対する餞別の意味で私の提案に乗ってもバチは当たらないと思うのだが」

「バチは当たらないかもしれませんが王都に戻って王より罰を受ける。王子にそこまでしなければいけない恩も義理も私にはありません」


 お互い一歩も引かぬ構えである。

 このままでは昨日と同じまま終了する。

 それを打開するため、まず動いたのはアリストだった。


「本来なら銅貨一枚も譲る気はないのだが、私とおまえの仲だ。妥協することにする」


「私が五割割要求を引き上げ、おまえは五割割引き下げるところから話を始めようではないか?」


 一見すると建設的に聞こえるアリストの提案であるが、これには大きな落とし穴がある。

 単価の話をすれば、アリストは捕虜ひとりあたり金貨一枚、一方のグワラニーは金貨一万枚を提示している。

 その条件で五割ずつ動かしたらどうなるかといえば、アリストは金貨一枚も上乗せしないのに対して、グワラニーは五千枚にまで引き下げられる。

 つまり、妥協したなどと言っているが、単純に自身の側にグワラニーを引き寄せただけである。


 ……これはフィーネ嬢が言う以上にせこいな。


 笑顔は崩さない。

 崩さないものの、渋さが大量に混ざった表情を変化する。

 ただし、グワラニーがこの程度の言葉のトリックに引っ掛かるはずがなく、それのお返しとなるものを即座に提案する。


「それならば、私がひとりあたり金貨一万枚という要求から五千枚削る代わりに、王子はご自身の提示額に金貨五千枚上乗せしてください」


 もちろん今度渋い笑顔を披露したのはアリストとなる。


 ……それでは、私の提案の方が高くなってしまうではないか。


 同じく、それが自身に得になるものではないことを見抜いたアリストだが、ここで激高などしない。

 そうなれば、相手の術中に嵌ることになるのだから。

 だが、さすがに笑って流せる心境にはならず、つまらぬひとことを加える。


「なかなか面白い提案だ」


「いえいえ。王子の提案には勝てません」


 当然のように再びの膠着状態にはいる。

 そして、それに痺れを切らしたのはフィーネ。


「飽きました」


 そのひとこととともに最後のひとつとなるアリシア特製お菓子を口に放り込み、さらに自身の足元にあった袋から大きな葉に包まれた塊を三つ取り出すと、そのうちのふたつをタルファとデルフィンに差し出す。


「これが昨日話したヤキオニギリ。食べましょう」


 そう言いながら自身も葉を剥き、中から出てきたものを頬張り始める。


「このふたりも遊んでいるだけだから、こちらも緊張して聞いている必要はありません」


 だが、フィーネとは立場が違う。

 とくにタルファは将軍の地位にある者。

 「はい、そうですか」というわけにはいかない。


「……お構いなく」


 そうは言ったものの、それではデルフィンも巻き添えになることに気づき、小さく「あなたは食べても大丈夫です」と声をかける。

 だが、デルフィンにとって必要なのはタルファの許可ではない。

 それに気づいたフィーネがグワラニーに目を向ける。


「そちらはそちらで楽しくやっているのだから、彼女も将軍も私の手土産を口にしても問題ないでしょう。ねえ、グワラニー」


 集中していたあまり、周りがよく見えていなかったため、やってきた言葉でようやく状況を飲み込めたグワラニーはじっとりとした眼差しで懐かしい食べ物を眺め、それから大きく頷く。


「香りからしておいしいそうです。副魔術師長も将軍も食べてください。私も……」

「お許しが出ましたよ」


 グワラニーの言葉を最後まで聞くことなくフィーネが言葉をかけ、ようやくふたりの手が焼きおにぎりへと伸びる。


「いただきます」

「頂戴する」


 そして……。


「おいしいです」

「初めて食べるものだが、これはたしかにおいしい。ブリターニャ王都の女性たちが夢中になるのもわかる」


「それはよかった」


 ふたりのうれしそうな表情に満足したフィーネはお預けを食らっているふたりを嘲るような表情で眺め、それからこのような言葉を口にする。


「あなたたちにはその交渉が終わるまであげません」


「もっとも交渉が終わった時にこれが残っていればの話ですが」


 ……くそっ。ケチなアリスト王子のおかげで故郷の懐かしい味を口にできないではないか。


 グワラニーはすべての罪を擦り付けてぼやくものの、それは相手も同じ。

 主語が変わっただけのグワラニーのぼやきを口にしていた。


 だが、早く終わらすために一方的に譲歩はしたくない。


 まさにケチなふたりによるチキンレース。


 そして、ふたりのケチが出した折衷案。

 それは……。


「では、こうしよう。まず、それぞれの案に二割加除を加え、そこに二千枚の加除を加える。これなら、お互いの主張を取り入れることになる。文句はあるまい」

「いいえ。大ありです」


 アリストが大幅に譲歩したように思えるこの案をグワラニーは即座に蹴り飛ばした。


「何が気に入らない?」

「順番です」


 そう。

 変わらないように思えるが、アリストが示した方法でおこなうと、その逆の順でおこなうのに比べて金貨八百枚グワラニーが損をするのだ。

 当然グワラニーは自身が損をしない順を提案するのだが、今度はアリストがそれを拒否する。


 そして、次に出てきたのは、アリストはアリストが主張する順で自身が主張する額を上乗せし、グワラニーも同じように自身が主張する順で減額するというものだった。


 ……よくも次から次へとせこい案を考えつくな。この王子は。


 グワラニーは呟き、ため息をつく。


 もちろんグワラニーとしてはひとりあたり金貨五千枚でも一万人の捕虜であるから、ブリターニャ金貨五千万枚、魔族金貨でいえば後百万枚が手に入るのだから悪い数字でないのだが、そもそものスタート地点から考えれば半分となり、大幅に妥協したものといえる。

 損得以外のところで納得していないのは理解できるところではある。


 もっともそれはアリストも同様であり、捕虜ひとりあたり金貨一枚も払いたくない彼にとって二千枚を支払うのは、とんでもない出費となる。

 もちろんアリストは兵士の命を軽く見ているわけではないのだが、彼にとって「これはこれ、それはそれ」という心境なのである。


 ……折半であれば、金貨五千枚が妥当なのだ。こちらすでにそれに近い額を提示しているのだから、そちらももう少し歩み寄るべきだろう。そんなこともわからないのか。このケチンボ王子は。

 ……こちらは当初の提示額の二千倍も出している。これで文句を言うとは守銭奴魔族としか言いようがない。


 お互いに自分自身のことは棚に上げて、相手を盛大にケチ呼ばわりしたところでついにこの日の交渉は終了となる。

 当然ながら、そのケチんぼコンビは焼きおにぎりにはありつけず、彼らの分はタルファとデルフィンのお腹に収まることになったのであった。


「とりあえず、明日こそ決着したいものです」

「それについては同意だ」


 ふたりのケチはそう言って別れた。



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