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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第二十一章 ダワンイワヤ会戦 交渉
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茶番の本番 Ⅱ

「……さて、そろそろ本題に入ろうか」


 アリストの言葉にグワラニーが頷く。

 もちろん本題とは捕虜返還交渉のことであり、緊張感が一気に増すはずなのだが、なぜかそうはならない。


「捕虜を返還するにあたっては当然払うものを払わなければならないのだが……」


「まずはそちらの希望を聞いておこうか?」


 アリストから投げかけられた問いにグワラニーが答えようとした瞬間だった。


「あなたは知らないと思うので一応忠告しておくと、アリストは一国の王子とは思えぬほどケチです。間違って『そちらの言い値で』などと言ったらタダにされます」


 もちろんその言葉の主はフィーネ。

 そして、その言葉に慌てる者は二名。

 もちろんひとりはアリスト。

 そして、もうひとりはといえば驚くべきことにグワラニーだった。


 そう。

 彼はホリーに対する言葉とは裏腹に金銭的な要求については特別な希望はなかった。

 つまり、「そちらの払える範囲で構いません」と答えるつもりで口を開きかけていたのだが、さすがにただとなれば話は別だ。

 

 つまり、グワラニーは「九死に一生を得た」状況だったということになる。


 苦笑いするグワラニーに対し、アリストは必死に取り繕うものの、フィーネのさらなる一撃によってとどめを刺され万事休す。

 目論みが外れ、項垂れるアリストにフィーネはこのような言葉をかける。


「……アリスト。あなたはまもなく王太子になる者なのです。ケチが完全な悪とは言いませんが、あなたが考えているような美徳でもないことをこの辺で認識すべきでしょう」


 もちろんフィーネとしては慰めのつもりでその言葉を口にしたわけなのだが、それを聞いてアリストはさらに落ち込み、恨めしそうな目でフィーネを身ながら口を開く。


「裏切り者」


 その意味が十分に理解できなかったデルフィンを除く四人分の乾いた笑いが一段落すると、アリストはもう一度口を開く。


「改めて聞こう。そちらの条件を」


 先ほど経緯がある。

 今度は少し考えたところで口にしたのは……。


「私としてはその数字を我が国の王に伝えて叱責されないものでなければなりません」


「となれば、最低でも人間の世界で王族が捕虜になった場合に支払われる金額の数倍は欲しいですね」


「ですが、私は人間の国の事情は知りません。となれば、我々が人間の王族を捕らえ、返還する代わりに代金を受け取ったノルディアを参考にするしかありません。まあ、アリスト王子は色々な意味で関係が深い。その点を考慮して……」


「アイゼイヤ王子に関してはブリターニャ金貨五百億枚。その他の方々は全員でブリターニャ金貨百億枚と言ったところでしょうか」


 もちろんホリーに披露した額に比べれば少ないし、ノルディアから奪い取ったものから考えても少ないのでグワラニーの言葉に偽りはない。

 そうであってもとんでもない金額である。


 なぜなら、ブリターニャが手にした身代金の最高額はブリターニャ金貨に換算すれば金貨一万枚。

 対象のなったのが、フランベーニュの有力貴族のひとりであったものの、王族ではない。

 さらに時代もかなり遡る。

 だが、それらすべてを考慮してもせいぜいその十倍。


 さすがに金貨五百億枚は多すぎる。


 さらにいえば、アイゼイヤ以外の者に関してはそれがどれだけの人数になろうが、金貨百億枚は論外。


 ……当然こんなもの蹴り飛ばすのだが……。


 心の中で呟いたアリストは肝心なことを聞いていなかったことに気づく。


「ところで、実際どれくらいの数の者が囚われの身となっているのか聞いてきなかった」


「まず、それを教えてもらおうか」


 薄く笑ったグワラニーが口を開く。


「我々が捕らえているのは身分の上下を抜きにすれば一万人と少し」


「多いな」

「ええ」


 カンタレーがもたらした情報をもとにしてアリストが推定していた千人を大きく上回った捕虜の数。

 もちろん一瞬で崩壊、その後はひたすら狩られるだけというあの状況からは想像もできない数でもあるのだが、当然そうなったのには理由がある。


 まず、魔族軍の戦い方にその理由があった。

 守勢に回ってからの期間が長く、今回のような一方的な勝ちはグワラニーの部隊を除けば久々のことであり、まして敗走する敵を追って長い距離を追撃するなど魔族軍の軍史を何十枚も捲ってもお目にかかれない出来事だった。

 そのため、遠くなる敵の背が気になっていつもより斬りが浅かった。

 しかも、移動距離を考慮して戦斧や錘を持つ者は皆無。

 瀕死の者は多かったものの、斬り死した者は意外に多くなかったのは当然といえば当然なのかもしれない。

 

 そして、そこに後方からやってくるグワラニーの直属部隊が担う掃討部隊の存在が加わる。

 一応掃討部隊と名乗っているが、息がある場合は同行の魔術師の魔法で助けることが基本となっていた。

 もちろん他の戦場ならトドメを刺すところであるのだが、今回はクアムート戦同様身分にかかわらず捕虜を捕らえた者はひとりにつき金貨一枚の報奨金が手に入る。

 しかも、彼らは皆クアムートでそのうまみを十分に知っている。

 そうなれば、どんな状態でも生きている者がいれば助けようとする。

 もちろんカンタレー兄弟のようにたとえ発見できても虫の息の状態となるとさすがに並みの魔術師では手の施しようがないのだが、幸運にもデルフィンが手当した者はそこから復活できた。


 ……合計一万千三十四人。

 ……つまり、金貨一万千三十四枚が消える。

 ……当然これはブリターニャに支払ってもらうものだ。

 ……そこに食事代もある。

 ……最低でもブリターニャ金貨二十万枚は貰わねば赤字だ。


 アリストに負けないくらいにシビアな金勘定を心の中でおこなったグワラニーはその最低ラインを呟いた。


 もちろん元祖ケチ、アリスト・ブリターニャもその計算の渋さはグワラニーに負けるものではない。


 ひとりあたり銀貨一枚。

 上限は銀貨百枚。

 つまり、金貨一枚。


 それがアリストの計算ベースだった。

 ということは、一万の捕虜を開放するのに魔族側に支払う額はたったブリターニャ金貨一万枚。


 しかも……。


 ……気前が良すぎるかもしれないが、今回は相手が魔族ということを考えればしかたがない。


 心の中でそのような他人が聞いたら椅子から転げ落ちそうなことを宣わっていた。

 当然彼の基準ではグワラニーが実際に示したものどころか口に出していないほうのグワラニーの要求もお話にならないということになる。


 ……まあ、これが他の魔族となればそんなことは言っていられなくなるのだが、幸いなことに相手はグワラニー。いくらでも値切り交渉ができる。

 ……とりあえず、アイゼイヤに金貨一万枚。一万人の将兵に金貨一万枚。合計金貨二万枚。


 ……これだけ払えば文句はあるまい。

 ……そして、これでケチというあらぬ疑いも解消される。

 

 アリストは自信たっぷりにそう呟いた。


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